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第二話 調停者

 私は任務でこの高校に来ていた。人死にすら出かねない重要任務だった。だから当然、それ相応の覚悟はしてきたし、多少の犠牲にも目を瞑れる。何かイレギュラーが起きてもいつでも対処できるようにもした。けど……


「あなた、それ……!」

「……え?」


 その光景に私は目を疑っていた。ついさっき私を追って屋上まで来ていた男。彼の目には、さっきまでは無かった星のような紋章が、白光に覆われながら浮き出ていた。


(まさか、調停者様が言ってた……!!)

「あ、あの、俺に何か……」


 彼が立ち上がろうとしたその時だった。


「今のって一体……ぐッ!?」


 突然片目を抑えてうずくまる。


(しまった!暴走が始まって……)

「あ…がぁぁぁッ!?」


 駆け寄ろうとした瞬間先ほどのような重圧感と空間が歪むような感覚が再来する。


「な、なんて、力……ッ!?」


 私の時とは勝手が違いすぎる!このままじゃ校舎だけじゃない……下手すれば周囲一帯が……!


(……気張りなさい神崎澪火!例え傷を負わせてでも、彼の意識を沈める!!)


 腰の長刀に手を伸ばし、刃を引き抜こうとしたその時、



「動くな」



 突如として体が動かせなくなる。同時に重圧感も一気に静けさを取り戻すように消え去った。


「ふん」

「ア、がっ…」


 すると暴走を引き起こしていた彼は、突如としてその背後に現れた茶髪の女性に手刀を食らい意識を失う。


「全く、冷静さは忘れちゃいけないと何度も言ってきたはずなんだがな」

「師匠!」


 その女性の名は鏡(かがみ)静華(せいか)。私を強くしてくれた唯一の師匠だ。師匠は自分のレイピアを腰にしまい、気絶した男を見下ろす。


「コイツが今回の元凶か?」

「いえ、元凶はそこの教師で……」


 私は瓦礫の上で倒れてるデブのオッサン教師に指を指して答える。


「じゃコイツはなんだ? さっきのを見た後だとどう見ても普通の人間じゃあない用に見えるぞ」

「……確証はもてませんが、私が見たものから推測するに__」


 私は立ち上がり、師匠のもとに近づいて言う。


「この男はおそらく、〚開眼者〛です」

「…!なんだと……!?」

「恐らくは。それも、以前に調停者様のおっしゃっていた……」


 私が最後まで言い終える前に、師匠は男を担ぎ上げた。


「なら話は別だ。コイツを基地に連れて行く」

「はぁ!? 師匠、いくらなんでもそれは……!」

「だがあの教師を止めれたのは、コイツがいたからなんじゃないか?」

「うっ…」


 言葉が出なかった。確かにあの時、コイツが開眼をして無ければ、少なくとも今以上の被害を出して私は止めていただろう。


「もうじき事後処理部隊がここに来る。こいつの件は私が伝えておくから、お前は先に帰れ」

「……了解、しました」


 そう言って師匠は、私の横を通り過ぎようとして、また止まる。


「……気負うなよ、澪火」

「!」


 突然、師匠が変なことを言ってきた。


「確かに死者は出てしまった。だがそれはお前の所為でもコイツの所為でもない。いつも言っているだろう? 守るべきものを見失っちゃあ……」

「心配無用です、師匠」


 私は思わず遮るように反論してしまった。


「元より気負うつもりなど微塵もありませんから。どれだけの犠牲を出してでも悪を滅する……あの日あなたに手を差し伸べられた時から、その覚悟はすでに決まってます」

「……そうか」


 師匠は心配いらないと思ったのか、あるいは私に呆れてしまったのか、彼を連れてその場を瞬時に離れた。



 ⌘



 __なんだ、ここは……


 __何も感じない……


 __まるで、一人宇宙にでも放り投げられたような気分だ……


『お婆ちゃん!』


 __あれは、小さい頃の俺か? なんでまた……


『……眞、お前は強い子だよ』


『強い!? 俺が!?』


 __あぁ、なるほど……


『いいかい眞。その強さは誰かを助けるために振るうんだよ。そうすれば、きっと……』


 __これは、夢か……


 ***


「はっ!」


 目が覚めた時、俺はどこかの部屋のベッドに寝かされていた。


(なんだ、ここ……)


 目線の先には真っ白な天井。首を動かし周りを見てみるが、窓一つない壁と薬品棚があるだけだ。

 ……なんでこんなとこにいるんだ? 確か俺は……


「……そうだ、犬亦先生は!?」

「ひゃあ!?」


 勢いよく起き上がると同時に、甲高い女の人の声が聞こえたのと、顔に柔らかな感触が伝わる。


「……んぶ!?」

「あ、ああああの……!できれば離れていただければ……!」


 その声は頭上から聞こえてきた。……あれ、頭上から? てことは今俺の顔にぶつかってるのは……


「うわぁあ!? すみません申し訳ありませんごめんなさい!!」

「い、いえ! こちらこそ驚かせてすみません!!」


 俺と目の前のナース服の女性は二人揃ってアワアワとする。外国人だろうか? 金髪ロングで顔立ちもどこか日本人とは違う……


「あ、も、申し遅れました! 私はここで医療局長をさせてもらってる、レイシア=アリスと申します!」

「あ、は、はい!俺は光条眞です!」

「光条くんですね!よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」


 謎にガシッと握手をする。いやそもそもなんでこんなとこに、というかそれ以前にここはどこなんだ……!?


「随分と贅沢な目覚めね」


 すると左隣から、妙に聞き覚えのある声が聞こえてきた。恐る恐るそちらへと振り向くと、神崎さんが腕を組んでドアに寄りかかりながらこちらを睨んでいた。


「か、神崎さん!?」

「寝起き早々、欧米美女の巨乳ナースの胸元に顔面から飛び込むなんて……」

「いやいやいや!こ、これは不可抗力でして!」

「変態」

「弁解の余地をください!!」


 汚物を見るような目で俺を睨み続けていた神崎さんは、やがて眼力を収める。


「……で? 怪我とかは大丈夫なの? 痛いとことか」

「そ、そうでした!光条さん!」

「え、あ、はい!」


 言われて俺は自身の身体を触ったり、腕を軽く回してみたりしてみる。


「……特に問題は無さそうですね」

「本当ですか!ならよかったです!」


 レイシアさんは優しい笑顔でホッとしていた。うーん癒やされる……


「そう。なら平気ね」

「へ? 平気ってなにがぐえっ!?」


 すると突然、神崎さんが俺の首根っこを引っ張り、無理やりベットから引きずり下ろす。


「アリス。ちょっと彼連れてかなきゃなの。いいわよね?」

「は、はいぃ!乱暴だけはしないであげてくださいねー!」


 レイシアさんの声がすでに遠くから響いている。俺は服の首根っこを掴まれ引きずられてい痛い痛い痛い!!


「待って待って待って痛い痛い痛い苦しい!!」

「なによ、やっぱ痛いとこあるの?」

「現在進行形であなたに引きずられてるからなんですが!?」

「ああ、そういうことね」


 そして急に離し、俺は地面にドサッと落ちる。


「そういうことは早く言いなさいよ、まったく……」


 「言う間も与えずに引っ張ったのはどっちだよ」なんて文句すら言う間もくれず、神崎さんはさっさと歩いていった。

 俺は立ち上がり、後を追うように駆け足になる。


「……」

「……」


 ……気まずい、気まずすぎる。さっきから神崎さんはひと言も喋らないし、というかさっきレイシアさんにぶつかったとこをガッツリ見られてるし、それ以前に学校での件もあるし……


 というかここはどこなんだ? さっきまで全面白塗りの部屋にいたと思えば、今度は薄暗い通路を歩かされてるし。そもそもあの時、魔法陣みたいなやつを破壊してからの記憶がほとんど無いし……


「……あの、神崎さん?」

「なによ」


 神崎さんはこちらに振り向かずに返事をするが、なぜか不機嫌そうだ。


「俺たち、今どこに向かってるんだ?」

「人に会いに行ってる」

「いや誰に……というかそもそもとしてここどこ?」

「だから、今からそれに一番詳しい人に会いに行ってるの。あと話しかけないで、気が散る」


 いや「だから」って、俺何も言われずにただ付いてきてるだけなんですが……



 ⌘



「ここよ」


 しばらく歩き続け、やがて辿り着いた場所は目の前に大きな扉があるだけの行き止まりだった。神崎さんがそのドアを開けると、ドアの向こうは明るく、そしてやけに和風なふんいきを持った広い部屋だった。


「広っ……!なんだここホントに……」

「土足厳禁だから靴脱いで」

「あ、はい」


 言われて靴を脱ぎ、そのまま畳の地面に足を踏み入れる。まるで高級旅館にでも来たような気分だ。

 周りを見渡してみると、所々にドアがあり、そこから出入りする人たちもチラホラ見える。


「……なんか、やけに視線を感じるんだけど」

「当然よ。ここは本来、上の許可なく立ち入りできる場所じゃないもの」


 そんなとこに無断で連れてくるなよ。スタッフさんなのか、黒スーツを着た人たちが仕事?をしながらも、こちらをチラチラと見ていた。


「おや、ようやくいらっしゃいましたね」


 するとようやく着いたのか、いつの間にか大きな襖(ふすま)の前まで来ていた。そして門番でもするかのように襖の正面を陣取ってる老年女性に神崎さんは話しかけに行く。


「悪かったわね江見(えみ)さん。なかなか起きなかったのよ」

「そうですか。ですが遅刻は遅刻。面会時間は本来五〇分の予定でしたが、遅刻分の一〇分差し引かせていただきますからね」

「相変わらず融通利かないわね……」


 なんて文句を言いながらも、まあいいかという顔をしている。この人そんなに偉い人なのか。


「主君はすでにお待ちしております。どうぞ中へ」


 そう言いうと、江見さんと呼ばれた老年女性は襖を開ける。

 中は特段広いわけではなかったが、それでも一〇人以上は入りそうなくらいの広さの畳があり、目の前には床にまで届くほどの簾(すだれ)が広がっていた。


「えっと、ここでなにを……」


 何か知ってるであろう神崎さんに聞こうとすると、神崎さんは簾の前でひざまずいていた。


「ただいまお連れいたしました、調停者様」


 神崎さんがそう言った次の瞬間だった。



「__こうして会うのは『はじめまして』ね。光条眞くん」


 

 簾の向こうから女性の声が聞こえてきた。


「え、あ、は……!?」


 立ち尽くしながらどう返事を返せばいいか悩んでいると、神崎さんが「座れ」とでも言っているような目配せをしてくる。

 ので、とりあえず俺は正座した。


「え、えっと、はじめまして……?」

「ふふ、そう固くならずに、楽にしてくれていいのよ?」


 簾で見えないが、なぜか俺の頭の中では、目の前で幼そうなお嬢様が笑顔で喋っているような絵が浮かんできた。


「それに、君のことはすでに視(・)て(・)い(・)た(・)もの」

「視ていた? というかなんで俺の名前を……」

「それについても後ほど説明してあげるわ」


 「さて」と声の主は一度区切る。


「先に軽く自己紹介を。私は此処では『調停者(ちょうていしゃ)』と呼ばれてるわ。君は私に聞きたいことが山程あるのではないかしら?」


 ある。ありすぎてどこから聞けばいいか分からないくらいだ。


「……えっと、じゃあ」

「はい」


 慎重に言葉を選びながら質問する。


「ここはどこなんですか? 俺、さっきまで学校にいたはずなんですけど……」


 まあその学校も多分倒壊してるんだけど。


「そうね……それを説明するには少し長くなってしまうのだけれど、それでもいいかしら?」

「は、はい」


 声のトーンが途端に真面目な雰囲気を帯びる。


「まず初めに、君は今の……この現代社会をどう思ってるかしら?」

「え、えっと……」


 唐突な質問返しに戸惑いを隠せなかった。どう? どうってなんだ……?


「……治安は悪いけど、まあそれなりに平和?」

「そう。ふふ、君にはそう見えてるのね」


 何だか含みのある言い方だな……


「世界中で犯罪や不祥事が多くなっているのは知っているでしょう?」

「それはまぁ、はい」

「ただの不景気や不経済なんてもので片付けれるならまだよかったのだけれどね……これには大きな理由があるの」

「理由?」


 俺は思わず唾を飲み、次の言葉を待つ。



「__これらの背景には、ある秘密犯罪組織が大きく関係しているの」



「……は?」


 思わずそんな素っ頓狂な声を出してしまう。秘密犯罪組織? そんな政府の陰謀論みたいなのを信じる宗教かなにかなのか……?

 なんてことも言えなくなってしまっている。だって学校での犬亦先生は明らかにおかしかったから。


「そして単刀直入にお願いするわ。その犯罪組織の撲滅に君の力を貸してほしい」

「ちょちょちょ待ってください!話が急展開過ぎてついていけないんですけど!?」


 なんだよ犯罪組織って!? そもそもここはどこで何をしてる場所なんだ!? あと仮に全部ホントだとして、それを何でただの男子高校生に頼む!?


「それとさっきから言ってますけど!俺は今何も分かってない状態で」

「視界いっぱいに広がる無数の魔法陣」


 その瞬間、俺の心臓がひときわ大きくドクンと音がした気がした。


「まるで星海に包まれたように時間の流れが遅くなり、指先が魔法陣に触れた瞬間、破壊の音と共に世界が歪んだ」


 的確だった。いや、的確す(・)ぎ(・)た(・)。あの瞬間のあの景色を見れたのは、恐らくは俺だけのはずなのに……!?


「先刻前に君が友人たちの死を目撃した直後に起きたこと。間違いはあるかしら?」

「……無い、です。でもなんで……」


 すると、簾の向こうで調停者さんが微笑んだような気がした。


「今から話すことが嘘でも作り話でもないと、信じてくれるかしら?」

「信じます」


 思わず反射で返事する。隣で跪いていた神崎さんも驚いたように目を見開いていた。


「まだ混乱しっぱなしですけど、とりあえずはあなたのことを信用していい気がします」

「……根拠は?」

「勘です」


 俺がそう言うと、調停者さんがまた微笑んだような気がした。



「なら話しましょうか。およそ200年以上続く私たちの戦いについて__」



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