第三話 白祓機構
「まずは君が見た魔法陣について」
いつの間にか用意されたお茶をいただきながら、俺は調停者さんの話に耳を傾ける。
「君のその力は、『魔眼』と呼ばれているの」
「魔眼?」
「ええ。全ての人間に備わる、潜在的無意識下でしか存在しない一種の能力と考えてちょうだい」
そう言われて、俺はその片手を目元に持ってくる。
「本来魔眼っていうのはね、生涯表へと発現することのない力なの。けど代わりに無意識下で常に発動しているから、力の断片が身体能力や学力、はたまたスポーツや芸術などの個人の特筆した能力……いわば『才能』として現れてるの」
「……えっと、その理屈で言うと、俺のこれも発現することは無いはずなんじゃ」
「ええ、本来はね」
するとついさっき江見さんと呼ばれていた老年女性が俺に資料のような紙を渡してきた。
「私はその魔眼の力を人為的に表へと引き出すことができるシステムを作り出したの。結果、このシステムによって魔眼を発現させた者たちは、その力を意図的に操ることを可能とさせた」
「な、なるほど……」
話が壮大すぎてあまり付いていけなかった。資料も難しい単語ばかりでほとんど理解できてないも同然だ。
「じゃあ、あなたもそのシステムで何らかの力を持った魔眼を得たんですか?」
「惜しい。私は少し特殊なの」
「?」
「惜しい」ということは、魔眼を持ってはいるけど何かほかの人たちとは違う部分があるのか……?
「私の魔眼は先天性……生まれつき発現していたものなの」
「えぇ!? でもさっき、魔眼は一生発現する物じゃないって……!」
「何事にも少なからず例外はあるわよ。君のもそうでしょ?」
それは……確かにそうだ。俺が見たあの魔法陣が、言う通り俺の魔眼によるものなら、俺はそのシステムなしで発現させたことになる。
「私の魔眼は『未来視』。数秒先から100年以上先までの未来を視れる力」
「未来視!?」
予想以上に強力な能力に俺は驚く。さっきからずっと驚かされてばかりだ。
「あ、じゃあ俺の名前を知ってたのもそれで……?」
「ええ。もっとも、確証はなかったけれどね」
「……ん?」
未来が見れるのに確証がない?
「私の見れる未来はすべて不確定な未来なの。無限にある選択肢の可能性の中から、今現在の時間軸に一番近い未来が目に映る。確か君を視たのが二〇年ほど前だったけど、その時視たときよりも未来は随分と変わっているわ」
「二〇年!?」
驚いた。声だけで大分若い人だと思ってたけど、意外と年いってるほうなのか。
「まあその話は置いといて。君はここがどこなのかが気になってたわね」
「え、あ、まあ……」
本当にようやくだった。けどそれに続いてもう一つ気になることもできた。
「さっき言ってた秘密犯罪組織って……」
「それについても一緒に説明するわ」
調停者さんは一度声を区切る。
「ここは日本政府公認の公安組織、『白祓機構』。世界最悪の秘密犯罪組織『終ノ式』へ対抗するべく発足された、正義の機関よ」
「白祓…機構……」
言葉が出なかった。今日で何度目だろうか。まさか俺たちの日常の裏でこんな壮大な組織が二つも立てられていたなんて……
「『白祓機構』は、『調停者』たる私の統率の下で戦い続ける総勢10万人の構成員で成り立つ組織なの」
「多っ!? そんなに集まるもんなんですか!?」
「理由は人それぞれだけどね。それだけ『終ノ式』の脅威が広がり続けているということよ」
一体どれだけのことをしてきたんだ、その『終ノ式』って組織は……
「……ちなみに、お相手様の数は」
「日々前後するけれど、総勢約200万人というところかしら」
「へ~200万か……200万!!?」
多い多い!多すぎるだろ!向こうの兵力の方が二〇倍近く上じゃないか!!
「悔しいことに、世の中は善人よりも悪人の方が集まりやすいのよ。人間はとても繊細な生き物だから、自身の傷を隠すために非行に走る子も多い。……そして私たちは、それを見抜けないことがほとんどよ」
その言葉を聞いて、俺は真っ先に犬亦先生が言っていたことを思い出した。
「……あの、先生や学校って」
「……残念ながら、暴走していたあなたの担任の先生も、あなたのクラスメイトも助けることはできなかったわ。力及ばず、辛い思いをさせてしまってごめんなさい」
そう言いながら、簾の向こうで影が頭を下げたように見えた。
「犬亦先生の暴走は、さっき言ってた『終ノ式』って組織の所為なんですか?」
「ええ、間違いなく」
調停者さんはきっぱりと言い切った。
「私たち『白祓機構』が『魔眼』を人為的に発現させる仕組みを作ったように、『終ノ式』は『肉体』と『脳』の制限を解放させるシステムを作ったの」
「……え、えっとぉ」
「簡単に言えば制限の『解除』ね。人間の脳と肉体には、本来100%の力を扱わせないように制限がかけられてるの。100%の反動に人間の脳と肉体は耐えれないから」
「……その制限を無理やり解除した結果が、犬亦先生のような暴走状態なんですか?」
簾の向こうで調停者さんが首を振る。
「それだけじゃないわ。『終ノ式』は一切の反動を残さない制限の『解除』を成功させると同時に、100%の域を無理やり超えさせる制限の『解放』までも実現させてしまったの」
「そ、それって……!」
「経験上、肉体の制限100%解除時の身体能力は、おおよそ軍の一個中隊相当かそれ以上よ。もちろん、これも個体差はあるわ」
やべぇ、全然分かんねぇ!スケールがでかすぎて何を言われても理解できる気がしない……!
「それから……」
「主君、そろそろお時間です」
調停者さんが何かを言おうとしたその時、江見さんがそれを遮る。
「あら、もう少し話しても良いのだけれど」
「なりません。時間厳守はいつもあなたが仰っていたことでしょう」
「まあそうだけれども……」
「あ、あのぉ……」
俺は恐る恐る手を挙げながら二人の会話に割り込む。
「結局、俺はその犯罪組織と戦えばいいんですか?」
「え……」
「は?」
「はい?」
調停者さん、神崎さん、江見さん。この場にいた全員に同じ反応を返された。しかも神崎さんに関しては「こいつマジか」みたいな目で見られてるし……
「えっと、まだあまり理解できてないことも多いんですけど、要は困ってる人たちが多いからその手助けをしてほしいってことですよね?」
「……だいぶ拡大解釈してる気がするのだけれど、ホントにいいの?」
誘ってきた本人がなぜ心配になっているのだろうか……
「こちらからお願いした手前、強制することはしないのよ? なにせこれは命にも関わること。一介の高校生に任せるものでないということは、私自身も十分に理解してるつもりよ」
「自覚はあったんですね……でもまあやります」
俺は今一度姿勢を正して正座する。
「怖くないって言ったら嘘になりますけど、俺は困ってる人を見捨てられない性分なんですよ」
それはたぶん、昔からのことなんだと思う。だからこんな人生最大の分岐点にもなりえる選択を即答できたのだろう。
「それにこの『魔眼』?ってやつが俺に宿ったってことには、何か意味があるんじゃないかって思えてきたんです。そしてそれはたぶん、ここで活動することで初めてわかることなんだと思う」
俺はずっと、『純粋な善』というものが必ず存在すると思っていた。だからどれだけ悪い人がいたとしても、その過去や背景には何かやむを得ない事情があったんだと思ってしまう。犬亦先生の時だって、先生があれだけの苦労を背負っていたと知ってたら……なんて、今も考えている。
「だからやります。やらせてください」
俺は体を前に倒し、額を畳に付ける。
「……むしろ、私から頭を下げてお願いしたいくらいなのに」
調停者さんは微笑みながら俺に頭を下げた。いや実際には見えてないんだが。
「こちらこそよろしくお願いします。江見」
「はい」
江見さんが姿勢を正す。
「本日付で彼を『白祓機構』へと迎え入れます。その旨を各所へ伝えてもらってもいいかしら?」
「かしこまりました」
江見さんはそう言うと、タブレットのようなものを取り出し、作業を始める。
「澪火。新人育成所への案内を任せてもいいかしら?」
「……御意」
神崎さんはひざまづいたまま頭を下げる。
「あ、そういえば調停者さん。さっき一介の高校生に頼むようなことじゃないって言ってましたけど、それで言ったら神崎さんも高校生じゃないですか?」
「え?」
「……は?」
「調停者『さん』?」
再び三者全員に注目される。
「……光条さん、あなたはもうこの組織の一員なのです。今回は見逃しますが、以降は『様』などの敬称を付けるように」
「は、はい!すみません!」
「いいのよ江見。私は気にしてないもの」
加入早々怒られてしまった。いやまあよくよく考えれば……いやよくよく考えなくても、組織の長相手にいくらなんでも『さん』付けはあまり良くなかったな。うん、反省。
「それと澪火は今年で22歳だけど、まだ年上ってこと言ってなかったのね?」
「……別に、所かまわず言いふらすようなことでもないじゃないですか」
「……え、22歳って……えぇ!?」
それはさすがに信じられなかった。今俺が高2で16歳だから……少なくとも5,6つ上ってこと!? それで俺の高校に来てたのかよ!?
「へ、へぇー!そうだったんですね!」
「ちょっと、露骨に引かないで頂戴」
「ふふ、二人とも仲良くね?」
調停者さ……様はそう言うが、神崎さんはずっと俺のことを睨んでいた。




