ご当主様との会話
俺は片付けが終わると、セシルによって直ぐにお風呂に入れられ、一息付く間もなく食堂へと連れてこられていた。
「それではレン様、行ってらっしゃいませ。」
食堂の扉の前で突然歩みを止め、そんな事を言うセシルを俺は訝しげに見上げる。
「セシルは行かないんですか?」
俺は首を傾げてそう質問した。
俺のその問いにセシルは一度だけ頷くと、俺の背を押し、食堂に入るように促してくる。
「お急ぎ下さい。中で皆様待っておられます。」
俺は渋々頷くと、食堂の扉を開けて中へ入っていった。
食堂には既に三人の先客がいた。ご当主様、奥様、ジーンだ。三人共、どことなく雰囲気が重いように感じるが、何か重要な話でもするのだろうか。
俺はそんな事を考えて内心で首を傾げながらも、入室の挨拶をする。
「レン・サガラ。お呼びと伺い、只今参りました。遅くなり、申し訳ございません。」
正式な作法なんて知らないから、日本でのお辞儀に言葉を付け加えたような挨拶をするしかなかった。
これでダメ出しをくらったら、ジーンを恨む。
「ああ、よく来たな。取り敢えず挨拶はもういいから早く座りなさい。」
ご当主様の言葉に俺は小さく安堵の息を吐いた。どうやら日本の礼は無礼には当たらなかったらしい。よかった…。
俺はもう一度頭を下げて、ジーンの隣に座る。
さっきからご当主様に観察されていて居心地が悪かったが、ジーンの隣に座ったらその視線もなくなったので助かった。
俺は緊張で入っていた体の力を抜く。そこで俺ははたと気付いた。そういえば俺、奥様には庭を壊したことの謝罪したけど、ご当主様にはしてないんじゃねぇ?と。
俺は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
お世話になっている身で、謝罪の一つもしないなんて俺は何をしてるんだ!
俺は慌てて席を立ち、勢い良く頭を下げた。
「レン。お前何を…。」
「申し訳ございません!屋敷の庭を壊してしまい、そしてそのことに対してのご当主様への謝罪が遅れたこと。本当に申し訳ございませんでした!」
途中驚いたジーンから謝罪を止められそうになったが、それを振り切って俺は勢い良く謝罪の言葉を口にした。
少し勢いが良すぎた気もするが、そこは仕方ないという事で…。まぁ、怒られたらその時はもっと謝ればいいし。
俺は内心でそんな事を考えながら、頭を下げ続ける。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、ご当主様が長い沈黙の末、やっと口を開いた。
「………いいだろう。お前が未成年という事をふまえ、今回は不問とする。だが、次はないと思え。」
「っ、はい!ありがとうございます!」
威圧感が半端ない。許された事は良かったが、怖い。
俺は声が震えないように気合を入れ、しっかりと返事をする。
「うむ…。」
ご当主様はそんな俺の返事がおきに召したようで、幾分か表情を緩めて頷かれた。
俺は怒られなかった事に安堵し、ジーンの隣に座り直して話を聞く体勢を整える。さっきは誰かが話し出す前に謝罪をしてしまったので、今度は遮らずしっかり話を聞かなくては。
「…では、今からはお前達をここに読んだ理由を果たそうか。……レン、これから話す事はお前の今後に関わることだ。しっかりと聞き、しっかりと考えるように。お前ならその判断が出来るだろう?」
ご当主様の俺の正体を見透かしたような言葉に、俺は内心でドキドキしながら頷く。元々、七歳児の俺がこの場に呼ばれることはおかしいのだ。ご当主様がここに読んでくれた事、感謝しなくては。
そんな事を考えている俺を、ご当主様はしっかりと見据え口を開いた。
「レン。先に言っておこう。お前の魔力は規格外だ。よって、お前がこの家で魔法を使う事を禁ずる!」
「えっ…」
俺は突然ご当主様から言い渡された言葉を聞き、絶句した。
魔法の使用禁止。それは余りにも惜しい。将来冒険者志望としては、剣と魔法の両立が一番良かった。今はまだいいが、十歳を過ぎても魔法の訓練が出来ないならそれは難しくなるだろう。
俺は内心頭を抱えた。
「ふ。その様子じゃ、魔法を余程習いたかったようだな?」
「はい。」
ここで誤魔化しても意味はない、と俺は素直に頷く。
「そこでだ、レン。王都の高等魔法師教育学院に行く気はないか?」
「高等魔法師教育学院?」
俺は首を傾げた。
学院とついていることから恐らく学校なのは間違いないだろう。ただ、魔法師教育と言うのはいまいちピンとこない。
「高等魔法師教育学院は、貴族とごく一部の優秀な平民が通う魔法使いの教育機関のことだ。この国の王都にあり、魔力のある貴族なら誰でも入学可能なのだ。それがもちろん養子、でもな。」
ご当主様の言葉に、俺はハッと気づく。元平民でも貴族の養子なら魔力さえ持っていれば入学可能。ということは、俺もたやすく入れるという事だ。そう。孤児で将来冒険者志望の俺でも。しかも入学すれば魔法学び放題。その上、この国や世界についても学べる。これはチャンスだ。この世界で俺が独り立ちするチャンス。
俺は笑みを浮かべる。こんな美味しい話を逃してたまるか。
「行きます!その学院に入学させてください!」
「そんなに直ぐ決めてもいいのか?学院に入れば、お前は十五歳までの約八年間、ここには戻ってこれなくなるぞ?」
八年間帰ってこられない?そんな事承知のうえだ!ジーンやセシルに会えないのは少し寂しいが、それはもう割り切るしかない。
「別に構いません。覚悟の上です!」
「そうか。覚悟はあるか。……ならいいだろう。学院への転入手続きをしよう。但し、学院への転入試験もある。出発は一ヶ月後だ。それまでに
出来る限りの知識を詰め込んでおけ。」
「は、はい!」
「あと、その隣の奴はお前がどうにかしろ。」
「は、はい!……って、え?」
俺はご当主様の言葉に反射的に返事をした後で、えっ?と思いながら隣を見る。
「………………は?」
瞬間、俺は驚きで固まった。
俺の隣に座っていたのはもちろんジーンだ。そう。それはいい。問題はそこじゃない。その隣のジーンが、泣きながら俺を見ているのが問題なんだ。
「ジ、ジーン?」
俺は恐る恐る声をかける。ジーンが泣いている所なんて初めて見たから、なんか話しかけにくいんだよな。
「ジーン。レン。退出を許可する。二人で話してきなさい。」
オロオロしていた俺を見かねたご当主様が助け舟を出して下さったので、俺はそれに乗っかる事にした。
まぁ、状況はほぼ変わらないんだけどね!
「はい。ありがとうございます。では失礼します。…………ジーン。行きましょう?」
俺は尚も泣いているジーンの腕を引っ張って、扉へ促す。ジーンは逆らう事なくついてきたくれた。
俺はジーンを心配しながらも、扉を開くと一度だけご当主様と奥様に頭を下げて部屋を退出した。




