第二話 ハイエルフは泣きながら魔法を覚える(後編)
リュシエルは赤ちゃんなので、あまり長いこと起きれていませんが、努力型の子なので努力回がしばらく続きます。
もうしばらくお付き合いください。
その日から、私は毎日考えるようになった。
(魔力の道……。)
老妖精が言っていた言葉が、頭から離れない。
泣くことで、魔力が身体を巡る。
その繰り返しで、魔力の通り道が育つ。
つまり。
泣くこと自体が目的ではなく、
**魔力を巡らせること**が目的なのだ。
(だったら。)
泣かなくてもいい方法は、きっとある。
前世では、新しいことを覚える時は仕組みから考える癖があった。
どうしてそうなるのか。
何が原因なのか。
それが分かれば応用できる。
今も、その考え方は変わらない。
◇◇◇
それからというもの、私は眠る前の僅かな時間を「修行」に使うようになった。
もちろん、傍から見れば赤ちゃんがぼんやりしているだけだ。
けれど私の意識は、自分の身体の中へ向いていた。
(息を吸って……。)
すぅ。
(吐いて……。)
ふぅ。
……何も分からない。
胸も、不本意なぽっこりお腹も、手足も。
魔力らしきものは感じられなかった。
(失敗。)
でも落ち込まない。
一回で出来るとは思っていない。
ゲームだって、最初からラスボスには勝てない。
レベルを上げて。
装備を整えて。
何度も挑戦する。
それが当たり前だった。
(毎日少しずつ。)
そう決める。
今日はできなくても、明日は少し感じられるかもしれない。
百日後なら?
一年後なら?
三十年後なら?
(……長命種って、こういう時は得かも。)
思わず笑ってしまう。
前世なら「三十年かかります」と言われたら絶望しただろう。
でも今の私は違う。
ハイエルフの三十年は、人族でいえば十年ほど。
焦る必要なんてない。
毎日一歩ずつ進めばいい。
◇◇◇
そんなある日。
窓の外がいつも以上に賑やかだった。
『アルが帰ってきたー!』
『おかえりー!』
『いっぱい採れた?』
『今日は早いね!』
私は抱き上げられたまま外を見る。
アルヴィンの肩には、一匹の妖精が腰掛けていた。
若草色の髪に、透き通る羽。
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、アルヴィンの耳元で何か囁いている。
「そんなに急かすな。」
『だってフィリア待ってるもん。』
「分かっている。」
『リュシも!』
「もちろんだ。」
二人――いや、一人と一匹は、まるで長年連れ添った親友のようだった。
言葉を交わさなくても息が合う。
歩幅(?)までぴったりだ。
(……契約妖精。)
これが、契約というもの。
命令するでも、従わせるでもない。
お互いを信じて、一緒に歩く相棒。
(いいな。)
胸が少し熱くなる。
私にも、いつか。
そんな相棒ができるだろうか。
世界を一緒に旅して。
綺麗な景色を見て。
笑って。
困って。
助け合って。
(……楽しそう。)
自然と笑みがこぼれた。
その様子を見た妖精たちが、また騒ぎ始める。
『笑った!』『リュシ笑った!』
『かわいいー!』
『今の見た!?』『見た見た!』
『世界一!』『それアルの口癖!』
『うつったー!』『親バカ感染!』
窓の外は今日も平和だった。
◇◇◇
夜。
森は昼間とは別の顔を見せる。
虫たちの歌。
葉が擦れ合う音。
遠くで小川が流れる音。
その全てが子守歌のようだった。
(今日もやろう。)
私は目を閉じ、呼吸を整える。
ゆっくり息を吸って。
ゆっくり吐く。
その時だった。
(……あ。)
ほんの一瞬。
胸の奥で、小さな灯火が揺れた気がした。
気のせいかもしれない。
でも、昨日までは何も感じなかった。
(今の……。)
何日もかかってのやっとの事で、嬉しさで胸がいっぱいになる。
その時。
『……起きておるか。』
不意に、誰かの声が聞こえた。
(…………。)
誰?
男とも女ともつかない、不思議な声。
(知らない人。)
即座に前世の記憶が働く。
知らない人にはついて行かない。
知らない人とは話さない。
――いかのおすし。
(寝よう。)
私は固く目を閉じた。
『聞こえておるじゃろう。』
(寝ています。)
『心の中で返事をしておるではないか。』
(寝言です。)
『寝言で会話は成立せん。』
(夢です。)
(これは夢。)
(夢ならセーフ。)
沈黙。
数秒後。
くすり、と小さな笑い声がした。
『……警戒心が強い子じゃ。』
(褒め言葉です。)
しまった。
また反応してしまった。
慌てて心の中で「無」を唱える。
(無。)
(無です。)
(私は石。)
(石は喋らない。)
『石になるには、まだ柔らかすぎるの。』
(…………。)
ダメだ、この人。
心の中まで読んでくる。
でも。
だからといって返事をする理由にはならない。
私はそのまま寝たふりを貫き、そのまま眠りに誘われ、やがて声は聞こえなくなる。
静かな夜。
虫の音だけが部屋に響いていた。
◇◇◇
森のどこかで、誰かが小さく笑う。
『……面白い子じゃ。』
その声を聞いたのは、夜風だけだった。
翌朝。
リュシエルは昨夜の出来事を「夢だった」と結論づける。だって変なおじさんみたいな声だったし、今世の私は可愛すぎるみたいなので。
そして今日もまた、誰にも知られない小さな努力を始める。
泣くことだけに頼らず。
自分の意思で魔力を巡らせるために。
その一歩が、後に世界で誰も辿り着かなかった魔力制御の礎になることを、この時はまだ誰も知らなかった。
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第二話 ハイエルフは泣きながら魔法を覚える 了




