氷の姫、配信中に隠れてホットサンドを食べさせられる
『今日、氷姫の通常配信あるぞ』
『黒角鹿の件、本人コメントするかな』
『粉砕しない氷姫、正直ちょっと良かった』
『いや解釈違いだろ。氷の姫は血を浴びないから氷の姫なんだよ』
『でも素材回収班的には神』
『肉質が死ぬ男、教育成功してて草』
『だから誰なんだよ肉質が死ぬ男』
配信開始前から、コメント欄は妙な熱を帯びていた。
原因は、前日の討伐ダイジェストだ。
氷室ソフィアが第十九階層で黒角鹿を討伐した、ただそれだけの映像。
本来なら、世界ランク上位の探索者が低層の中型魔物を処理したところで、大きな話題になるはずがない。
だが、その映像には一つだけ、これまでの氷の姫と違う点があった。
魔物が、粉々になっていなかったのだ。
脚の関節だけが薄く凍り、首元を正確に断たれた黒角鹿。
袖に残った、わずかな返り血。
完璧に美しく、何も汚さず、何も残さず敵を砕いてきた氷の姫にしては、あまりにも地味で、あまりにも実用的な倒し方だった。
そして、視聴者は覚えていた。
数日前の配信事故。
深層ボス部屋で聞こえた、謎の男の声。
――凍らせるな。肉質が死ぬ。
「……緊張するなぁ」
氷室ソフィアは、配信待機画面の裏で小さく呟いた。
もちろん、カメラには映らない。
映っているのは、冷たく整った横顔だけだ。
銀髪は綺麗に結われ、探索服にはスポンサー企業のロゴが入っている。
姿勢は真っ直ぐ。
表情は静か。
完璧な氷の姫。
けれど、内心では胃のあたりが妙に落ち着かなかった。
理由はコメント欄ではない。
今日の討伐対象、雷鳥のことを考えていたからだ。
「羽の付け根は潰すな。胸肉に氷を入れるな。首を落とすなら、血が胴に回る前にやれ」
昨日、遠野朔にそう言われた。
戦闘指南ではない。
食材回収の手順だ、と本人は言っていた。
ソフィアも分かっている。
これは配信だ。
世界中の視聴者が見ている。
スポンサーも、ギルドも、ランキング関係者も見ている。
ここで考えるべきことは、討伐の安全性と配信映えと魔力管理。
決して、夕飯の下処理ではない。
――ない、はずだった。
「配信、開始します」
通信からギルドスタッフの合図が入る。
ソフィアは一度だけ息を整え、顔を上げた。
カメラのランプが赤く灯る。
「皆様、ごきげんよう。氷室ソフィアです。本日は第二十三階層、帯電樹林エリアの通常討伐任務を行います」
声は乱れない。
丁寧で、冷たく、澄んでいる。
『姫きたあああ』
『今日も美しい』
『帯電樹林って雷鳥出るとこ?』
『雷鳥は速いぞ』
『氷姫なら一瞬で氷像だろ』
『いや最近の姫は素材に優しいからな』
『素材に優しい氷姫って何?』
ソフィアはコメント欄を視界の端で流しながら、森に似たダンジョンの中を進んだ。
黒い幹。
青白く光る葉。
枝の間を、微弱な電流が蜘蛛の巣のように走っている。
空気は乾いているのに、肌の表面だけがちりちりと痺れた。
帯電樹林。
雷属性の魔物が多く、機材トラブルも起こりやすいエリアだ。
配信用ドローンが、少し高い位置でソフィアを追う。
その時、枝の上で何かが光った。
雷鳥。
鶏に似た体躯。
鋭い嘴。
青く帯電した羽。
次の瞬間、雷鳥が枝を蹴った。
速い。
青い稲妻のように、空中を滑る。
いつものソフィアなら、森ごと薄い氷で覆い、雷鳥の群れをまとめて凍結させていた。
美しい。
安全。
圧倒的。
だが、その場合。
胸肉に氷が入る。
羽の付け根が砕ける。
血が止まりすぎる。
――肉が死ぬ。
「……対象を確認」
ソフィアは右手を上げた。
生まれた氷は、大鎌ではない。
細い針。
昨日、黒角鹿の後に何度も練習した、指先から伸びる透明な氷の糸。
雷鳥が急降下する。
ソフィアは半歩だけ引き、氷の糸を空中へ走らせた。
狙うのは胴ではない。
羽の付け根。
飛ぶための関節。
「――そこ」
氷が刺さる。
雷鳥の片翼が、一瞬だけ止まった。
体勢を崩した雷鳥が落ちる。
その首元へ、薄い氷の刃が滑り込んだ。
一撃。
血は散った。
だが、胴体は潰れていない。
羽も、胸も、脚も残っている。
雷鳥はその場に沈み、青い電流だけが床の上で細く弾けた。
『え?』
『粉砕しない!?』
『今の氷、細っ』
『羽だけ止めた?』
『姫、制御変わってない?』
『素材回収班の人、今泣いてるだろ』
『肉質が死なない倒し方じゃん』
ソフィアは表情を変えなかった。
「対象一体の沈黙を確認しました。引き続き、周辺警戒を行います」
冷静な声で告げる。
けれど、内心ではほんの少しだけ、別のことを考えていた。
今のは、何点だろう。
――いや。
違う。
配信中に考えることではない。
遠野朔の採点など、今は関係ない。
関係ない、はずなのに。
「……四十点くらいは、欲しいな」
小さく呟きかけて、ソフィアは寸前で口を閉じた。
危ない。
配信中だった。
その後も討伐は続いた。
二体目。
三体目。
ソフィアは雷鳥をまとめて凍らせず、一体ずつ、関節と首元だけを正確に狙った。
見た目は地味だ。
以前のような、森全体が白銀に染まる絶景ではない。
だが、魔力消費は明らかに少ない。
視聴者にも、それは伝わっていた。
『今日の姫、燃費よくない?』
『いつもより氷が小さいのに精度えぐい』
『綺麗さは落ちてないのに実用性上がってる』
『氷の姫、進化してる?』
『いや飯で育成されてる説ある』
『飯で育成って何だよ』
四体目を処理したところで、ソフィアは一度足を止めた。
魔力は残っている。
呼吸も乱れていない。
だが、指先に小さな震えがあった。
広範囲で押し流すより、細い制御の方が神経を使う。
魔力の消費ではなく、集中力の消耗。
それは、今まであまり意識したことのない疲労だった。
「機材確認のため、一時的に映像を固定します」
ソフィアはカメラに向けて告げた。
配信ドローンが上空へ移動し、帯電樹林の全景を映す。
ソフィアはその死角に入るように、岩陰へ歩いた。
そこに、黒い手袋の男がいた。
遠野朔だった。
黒い防刃シャツ。
背負ったMontaBellのバックパック。
腰のツールベルト。
当然のような顔で、配信用ドローンの死角にしゃがんでいる。
「カメラからの角度が甘い。二歩右に寄れ」
「……なぜいるんですか」
「この区画の後処理担当だ」
「偶然ですか?」
「申請は出した」
「つまり偶然ではないですよね」
「雷鳥は、あんた一人に任せると胸肉が死ぬ」
「私は今、配信中です」
「だから急げ」
朔はまったく悪びれなかった。
足元には小さなZOTOのバーナー。
その上に、UNI-FLAMMEのホットサンドメーカーが乗っている。
黒い鉄の器具の端から、細い湯気が漏れていた。
焼けたパンの香ばしさ。
甘辛いタレの焦げる匂い。
生姜。
ほんの少しの山椒。
それから、澄んだ肉の香り。
帯電樹林の乾いた空気と雷の臭いが、じわじわと押しのけられていく。
ソフィアの喉が、分かりやすく鳴った。
「今のは、違います」
「まだ何も言ってない」
「言われる前に否定しました」
「その癖、直した方がいいな。余計に分かりやすい」
朔はホットサンドメーカーを裏返した。
じゅ、と小さく音が鳴る。
「今日の主役はまだ飛んでる。これは昨日の在庫だ」
「在庫……?」
「月光兎。第十七階層の夜行種。脂は薄いが、肉に澄んだ甘みがある」
「月光兎」
「細かい制御の前に入れるのが良い。胃も重くならない」
朔はそう言いながら、ホットサンドメーカーの留め具を外した。
中から現れたのは、きつね色に焼き固められたホットサンドだった。
端はしっかり圧着されている。
表面には薄く塗ったオーク脂が馴染み、焼き目がまだらに走っていた。
パンの隙間から、照りのあるタレが少しだけ滲んでいる。
甘辛い醤油。
煮切った酒。
すりおろした生姜。
焦がしネギ。
そこに、細く裂いた月光兎の肉が絡んでいた。
照り焼きだ。
ただの照り焼きではない。
濃すぎないタレを、肉の繊維に薄くまとわせて、パンの内側にだけ染み込ませてある。
外は香ばしく。
中はしっとり。
けれど、噛んだ時にタレが垂れないよう、ぎりぎりの量に抑えられている。
「……それ、絶対に美味しいやつじゃないですか」
「声が大きい」
「すみません」
「月光兎は火を入れすぎると紙みたいになる。先に軽く焼いて、タレを絡めて、余熱で戻す。ホットサンドメーカーで潰しすぎると食感が死ぬから、圧は弱めだ」
「ホットサンドにも圧の加減があるんですね」
「当たり前だろ。挟めばいいと思うな」
当たり前ではないと思う。
少なくとも、ソフィアの知っているホットサンドに、そんな考え方はなかった。
朔は焼き上がったホットサンドを半分に切った。
ざく、と小気味いい音がした。
切り口から湯気が上がる。
白いパンの内側に、照り焼きのタレをまとった月光兎の肉。
焦がしネギの黒。
細く刻まれた香味菜の緑。
その隙間から、肉汁と甘辛いタレが、ほんの少しだけ光った。
朔は片方を紙に包み、ソフィアへ渡した。
「食え」
「今ですか?」
「今だ。集中が落ちてる」
「配信中にホットサンドを食べるトップ探索者がいますか?」
「倒れたらもっと面倒だ」
正論だった。
ソフィアは戸惑いながらも、ホットサンドを受け取った。
熱い。
指先に伝わる温度だけで、胃が反応する。
「カメラに映るな。あと、声を出すな」
「分かっています」
ソフィアは小さくかじった。
ざく、とパンの表面が割れる。
焼き目の香ばしさが、最初に来た。
その直後、内側の熱がふわっとほどける。
月光兎の肉は軽い。
けれど、頼りないわけではない。
噛むほどに澄んだ甘みが滲み、照り焼きのタレがそれを逃がさず受け止める。
醤油の香ばしさ。
生姜の熱。
焦がしネギの苦み。
奥の方に、ほんの少しだけ山椒の香り。
パンの内側にはタレが染みているのに、外側はさくっとしている。
噛むたびに、甘辛い肉汁と焼けたパンの香りが重なった。
重くない。
胃に沈まない。
なのに、ちゃんと満たされる。
飲み込んだ瞬間、胃の奥に細い熱が落ちた。
魔力を一気に増やす飯ではない。
魔力の線を、細く、速く、通し直す飯だった。
頭の中のざらつきが消える。
指先の震えが、すっと引いていく。
枝葉の隙間を走る電流の向きまで、さっきよりはっきり見える。
「……っ」
声が出かけた。
ソフィアは慌てて口元を押さえる。
駄目。
配信中。
声を出してはいけない。
でも、頬が勝手に緩む。
目元がほどける。
甘辛い照り焼きと、月光兎の澄んだ肉の旨味と、焼けたパンの香ばしさが、冷たい氷の姫の顔を内側から崩しにくる。
朔が見ていた。
「重いか」
ソフィアは首を横に振った。
「ぼやける感じは」
もう一度、首を横に振る。
「味は」
「……」
声を出すなと言ったのはそちらでしょう……?
そう目で訴えると、朔は少し考えた。
「美味いなら親指を立てろ」
ソフィアは一瞬ためらった。
それから、ホットサンドを持っていない方の手で、小さく親指を立てた。
朔は頷く。
「ならいい」
何がいいのかは分からない。
ただ、ソフィアは残りを食べる手を止められなかった。
二口目。
三口目。
端の部分が、特に危険だった。
パンが強めに焼けて、タレが少しだけ焦げている。
甘辛い照り焼きが香ばしく煮詰まり、月光兎の肉に絡み、噛むとじゅわっと熱が戻る。
「遠野さん」
「なんだ」
「これ、半分ではなく、一個ありませんか」
「ある」
「本当ですか?」
「俺の分だ」
「……」
「見るな。戻れ」
「まだ、機材確認が」
「終わったことにしろ。雷鳥が逃げる」
「……はい」
ソフィアは名残惜しく紙包みを見た。
本当に名残惜しかった。
だが、配信中だ。
氷の姫に戻らなければならない。
彼女は表情を整えた。
冷たく。
静かに。
完璧に。
ただし、胃の中には月光兎の照り焼きホットサンドの熱があった。
「お待たせいたしました。機材確認を完了しました。探索を再開します」
映像がソフィアへ戻る。
コメント欄は、すでに少し騒いでいた。
『姫、今ちょっと表情柔らかくなかった?』
『機材確認長めだったな』
『なんか口元隠してなかった?』
『気のせいだろ』
『いや、目が優しかった』
『氷姫の目が優しいって何?』
ソフィアは反応しない。
次の雷鳥が、枝の上で鳴いた。
青い電流が走る。
ソフィアは右手を上げた。
指先から、氷の糸が伸びる。
さっきより細い。
さっきより速い。
震えがない。
雷鳥が飛ぶ。
ソフィアはその動きを、以前よりはっきり見ていた。
羽の角度。
電流の走る方向。
落ちる位置。
首元の血管。
「――そこです」
氷の糸が、雷鳥の両翼を一点だけ縫い止めた。
次いで、薄い刃が首元を走る。
一撃。
胴体は無事。
胸肉も潰れていない。
羽の付け根も、必要以上には凍っていない。
配信映えする大技ではない。
けれど、無駄がなかった。
『うっま』
『今の制御やばくない?』
『氷姫、こんな細かいことできたの?』
『いや前からできただろ』
『前はやる必要がなかっただけでは』
『絶対なんか変わった』
『飯か?』
『飯でこんな変わるわけないだろ』
『でも深層焼肉男がいる世界だぞ』
ソフィアは次々と雷鳥を処理した。
魔力は減っている。
だが、以前のように一気に空になる感覚がない。
細く使えば、氷はこんなにも長く保つ。
食事で胃が整い、集中が戻り、指先の制御がぶれない。
それだけで、戦い方が変わる。
ソフィアは初めて、カメラの前でそれを実感していた。
探索終了予定時刻まで、残り十分。
最後の一体を沈黙させたソフィアは、静かに息を吐いた。
「討伐対象の沈黙を確認しました。本日の通常討伐任務は、これで完了となります」
完璧な声。
完璧な表情。
完璧な締め。
そのはずだった。
けれど、配信ドローンのマイクは、最後に小さな呟きを拾っていた。
「……あと半分、残しておけばよかった」
一秒。
二秒。
三秒。
コメント欄が止まった。
そして、爆発した。
『今なんて?』
『あと半分?』
『何を?』
『姫、何か食べてた?』
『やっぱ機材確認中になんか食っただろ』
『肉質が死ぬ男、現場にいる?』
ソフィアは硬直した。
やってしまった。
今のは完全に、氷の姫ではない。
ただの、食い意地が張った女の子の呟きだった。
「……ご視聴、ありがとうございました」
彼女は強引に締めた。
カメラに向けて、静かに一礼する。
その瞬間、配信ドローンがわずかに角度を変えた。
画面の端。
ほんの一瞬。
黒い手袋が映った。
そして、その手が持っていたものも。
黒い、四角い鉄の調理器具。
UNI-FLAMMEのホットサンドメーカー。
すぐに映像は切れた。
配信終了。
だが、もう遅かった。
掲示板には、数分も経たずに新しいスレが立った。
【疑惑】氷姫、配信中に何か食べてない?
1:名無しの探索者
最後の「あと半分」って何?
5:名無しの探索者
聞いた
完全に言ってた
9:名無しの探索者
機材確認の直後、なんか顔ゆるくなかった?
14:名無しの探索者
画面端に黒い手袋映ってたぞ
18:名無しの探索者
あと黒い四角いやつ
23:名無しの探索者
あれホットサンドメーカーじゃね?
29:名無しの探索者
なんでダンジョン配信にホットサンドメーカーが映るんだよ
34:名無しの探索者
深層焼肉男、今度はホットサンド焼いてる?
41:名無しの探索者
肉質が死ぬ男改め、ホットサンド男
48:名無しの探索者
弱そう
52:名無しの探索者
でも氷姫の戦闘精度上がってたよな
60:名無しの探索者
飯で強化されてる説、いよいよ否定できなくなってきた
その頃。
地上ゲート裏の古いアパートで、ソフィアは端末を両手で握りしめていた。
顔は赤い。
耳まで赤い。
配信中の冷たい氷の姫は、どこにもいなかった。
「……終わりました」
「討伐は成功しただろ」
朔は平然としていた。
黒いエプロン姿で、UNI-FLAMMEのホットサンドメーカーを洗っている。
「そういう意味ではありません」
「顔は映ってない」
「ホットサンドメーカーは映りました」
「ならいい」
「よくありません」
「顔よりギアの方が高い」
「比較対象がおかしいです」
ソフィアは頭を抱えた。
朔はまったく動じていない。
むしろ、配信の戦闘部分だけを見返しながら、雷鳥の倒れ方を確認している。
壁際には、今日回収した雷鳥の入ったMontaBellの保冷バッグが置かれていた。
外側だけを冷やし、内部には氷を入れていない。
朔がしつこく言った通りの運搬方法だ。
「羽の付け根は悪くない。胸も潰れてない。首元は少し深いが、昨日よりマシだな」
「今、私は社会的に少し死にかけています」
「雷鳥は死んでない。食材としては生きてる」
「会話してください」
朔は端末を置いた。
「五十五点」
ソフィアはぴたりと動きを止めた。
「……五十五点?」
「雷鳥の回収としては。黒角鹿よりはいい」
「それは、褒めていますか?」
「事実だ」
また事実。
それでも、ソフィアの胸の奥は少しだけ温かくなった。
配信事故寸前。
掲示板炎上寸前。
スポンサーに説明しなければいけないことが増えた。
それでも。
五十五点。
昨日より上がった。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
その時、ソフィアの端末が震えた。
ギルド広報部からの連絡だった。
続けて、スポンサー担当者からもメッセージが届く。
ソフィアは内容を確認し、顔から血の気が引いた。
『次回配信について、人工魔力補給剤のPR枠を正式に組み込みたいとの依頼が来ています』
『探索中の補給シーンを必ず入れてください』
『最近、補給剤関連の投稿が減っているため、ブランド側が懸念しています』
銀色のパウチの味が、記憶の中で蘇った。
人工甘味料。
薬品臭。
喉に貼りつく泥のような後味。
胃が、きゅっと縮んだ。
朔が端末を覗き込む。
「ゼリーか」
ソフィアは、無言で頷いた。
朔は少しだけ考えた。
励ましはしない。
慰めもしない。
ただ、棚の方へ目を向ける。
深層キノコの乾燥瓶。
オーク骨の白湯スープ。
RainPeakの小鍋。
そして、まだ下処理前の雷鳥。
「胃が死ぬな」
「……ですよね」
「なら、死なないようにしないとな」
それだけ言って、朔は調味料ケースを取り出した。
次の配信。
氷の姫は、カメラの前でゼリーを飲まなければならない。
そして遠野朔はもう、その胃をどう守るかだけを考え始めていた。




