↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
父、奏多守はほら吹きではなかった  作者: てへろっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/102

第97話 父は、帰り道を一つにしなかった



 ミアの言葉をきっかけに、新しい帰還路の設計条件はようやく形になり始めた。


 誰か一人を固定杭にしない。名前も帰還先も一か所へ集めず、複数の場所へ分散して保持する。一つの経路が壊れても、他の経路まで巻き込まれないようにする。そして何より、帰りたい人、帰らない人、まだ決められない人を同じ仕組みの中へ無理やり押し込まない。


 言葉にして並べるだけなら簡単だった。


 問題は、それをどうやって実現するかだった。


「理想はわかったけれど、これを全部満たすと今までの帰還路とは別物になるわね」


 エルナは長卓に広げた紙へ何本もの線を引きながら、珍しく楽しそうというより悩ましげな顔をしていた。


 旧校舎、南海自由港、奏多家。それぞれの観測点を結ぶ線に加え、名前保存用の記録板、本人選択を残すための記録系統、さらに帰還先ごとの分岐まで必要になる。


 蒼汰が覗き込んでも、途中からは何が何だかわからない。


「俺に整理しろって言いましたけど、もう半分くらい暗号に見えてますよ」


「あなたは技術部分を理解しなくていいの。こっちが変なことを始めたら、『それ本人が選んでる?』って聞いてくれればいい」


「ずいぶん重要な係ですね」


「重要よ。技術者は、できるとわかるとやりたくなる生き物だから」


 蒼汰は無言でエルナを見た。


「何よ」


「自覚あるんだなと思って」


「あるから今回は気をつけてるの」


 これまでの彼女なら、守を失わないためという理由で本人の意思より先に技術を使おうとしたことがある。それを守に拒絶され、三十七年かけてようやく謝った。


 だから今は、できることより先に、やっていいことを確認している。


 人は簡単には変わらない。それでも、変わることはできる。


 今日何度も聞いてきた父の話と同じだった。


 冬城が現在の設計案を整理し終えると、今度は弔問者名簿へ視線を落とした。


「蒼汰様。作業を続けながらでも構わなければ、次の方をお通しできますが、いかがなさいますか」


「お願いします。ずっと待ってもらってますし、父の葬儀を止めたままにしたくないです」


「承知しました。ただ、次の方は少々……今回の件に関係が深いかもしれません」


 その言い方に、蒼汰は嫌な予感より先に興味を覚えた。


「どんな人です?」


「旧境界帰還局の元輸送調整官、ハロルド・ケイン様です。守様と二十八年間、帰還者の移送計画を担当されていました」


「帰還者の移送?」


「境界から出した方を、その後どこへお送りするかを調整する部署です」


 そこまで聞いたところで、眠っていたはずの父から微かな声が届いた。


『……ハロルド?』


 蒼汰は棺を見る。


「起きなくていいって言っただろ」


『起きてない。聞こえただけだ』


「それ起きてるって言うんだよ」


 守は返事をしなかった。どうやら本当に、意識の端だけが反応したらしい。


 ほどなくして扉が開き、七十代半ばほどの男が入ってきた。長身だが少し腰が曲がり、片手には古びた革鞄を持っている。派手な雰囲気はまるでなく、駅の窓口にでも座っていそうな、ごく普通の老人に見えた。


 ところが棺の前まで来た途端、その老人は深くため息をついた。


「守。お前、最後まで乗り換えを覚えなかったな」


 蒼汰は思わず眉を上げた。


「乗り換え?」


 ハロルドはそこで初めて蒼汰へ目を向けた。


「あなたが蒼汰さんですね。父上には二十八年間、『帰還は直通列車ではない』と言い続けた男です」


「今日は父が教わったことの答え合わせばかりですね」


「教えても翌月には勝手に直通へ戻すので、二十八年かかりました」


 頭の奥で、父が小さく抗議する。


『その方が早い時もあった』


「父が、その方が早い時もあったって」


 ハロルドは即座に答えた。


「それで三度、帰還者を違う国へ送りました」


「親父?」


『全部ちゃんと迎えに行った』


「そういう問題じゃないだろ」


 ハロルドの口元がわずかに緩んだ。


「その返しまでよく似ていますな」


 彼が革鞄から取り出したのは、何百枚もの古い紙片だった。


 一枚一枚には数字、名前、場所、時刻が記されている。蒼汰には昔の切符のように見えた。


「これは何です?」


「帰還票です。守が境界から人を出したあと、我々がその方を本来帰るべき場所へ送り届けるために使っていました」


 境界を越えたからといって、その場が本人の故郷とは限らない。


 国が違うこともある。


 世界そのものが違うこともある。


 同じ世界でも百年単位で時間がずれ、故郷が存在しなくなっている場合もあった。


 だから帰還局では、まず本人確認を行い、身体状態を確認し、帰還先を調べ、その人が実際に暮らせる場所までいくつもの中継地点を使って送り届けていた。


「父がよく言ってた『帰って終わりじゃない』って、ここでも教わってたんですね」


「最初はひどいものでしたよ」


 ハロルドは懐かしそうに笑った。


「境界から三十人連れてきて、『帰したぞ、あとは頼む』と言うんです。こちらは夜中に突然、住所も時代も世界も違う三十人を渡される。宿泊先も食事も用意していない。何度殺意を覚えたことか」


「すみません、息子として謝った方がいいですか」


「あなたが謝ることではありません。本人には二十八年分、十分働いてもらいました」


 眠っている守から、今度は反論がなかった。


 蒼汰はそのことに少し笑いながら、机の上に広がる帰還票を眺めた。


 一枚につき一人。


 名前。


 現在地。


 希望する帰還先。


 身体状態。


 中継先。


 次の担当者。


 そして最下部には必ず、本人確認済みという欄がある。


「これって……」


 エルナも同じことに気づいたらしく、一枚を手に取った。


「分散されてる」


「何がです?」


「情報よ。本人の全部を一枚に背負わせてない」


 帰還票一枚だけで、人間の全情報を管理しているわけではなかった。


 医療情報は医療院。


 本人確認は帰還局。


 家族照会は別部署。


 移動経路は輸送担当。


 到着後の生活支援は現地側。


 どこか一つが失われても、その人の存在全部が消えないよう、複数の場所にそれぞれ必要な情報だけが残されている。


 蒼汰は設計図と帰還票を交互に見た。


「これ、新しい帰還路と同じ考え方じゃないですか」


 ハロルドの目が細くなった。


「何か作っているのですか」


 蒼汰は第十四区画について、今わかっている範囲だけを簡潔に説明した。


 祖父と父が一人の存在を固定点として使っていたこと。そのせいで二人とも存在を削られた可能性が高いこと。現在はミアという女性が多くの人の名前を覚え続けており、その役割も一人に背負わせたくないこと。


 ハロルドは黙って最後まで聞いた。


 そして。


「守の馬鹿」


 非常に静かな声で言った。


 蒼汰は苦笑した。


「今日、父の評価かなり落ちてません?」


「逆です」


 ハロルドは棺を見た。


「昔よりずっと腹が立つようになりました。昔なら知らなかったで済んだ。しかし、後には知っていたはずなのに、自分だけは例外にした」


 人を一か所に集めるな。


 一人の担当者へ全部背負わせるな。


 一人が倒れても続けられるようにする。


 帰還者本人の意思を途中で失うな。


 守は、帰還局でそのやり方を何十年も見ていた。


 なのに、第十四区画だけは自分を固定点として残し続けた。


「どうしてでしょう」


 蒼汰が聞くと、ハロルドは少し考えた。


「おそらく、最初に父親がそこにいたからでしょう」


 蒼汰は黙った。


「仕事なら仕組みにできる。しかし、自分の父親を置いてきた場所となれば、守にとっては最後まで仕事だけではなかった。誰かへ完全に渡すことができなかったのでしょうな」


 それなら理解できる。


 理解できるからこそ。


 同じことはしたくない。


「俺は、第十四区画を父の仕事として引き継ぐつもりはありません」


 蒼汰がそう言うと、ハロルドはじっとこちらを見た。


「でも、帰れない人がいて、名前が消え始めている。それに応答するところまでは自分で選びました。ただ、その先を全部俺がやる気もないし、父の代わりになる気もないです」


 老人の顔に、ゆっくり笑みが浮かんだ。


「守より賢い」


 頭の奥から。


『聞こえてるぞ』


「寝てろ」


 思わず返すと、ハロルドが眉を上げた。


「守が何か?」


「『聞こえてるぞ』だそうです」


「なら、なおさら言いましょう。息子さんの方が賢い」


『こいつ昔から……』


 父の声は不満そうだったが、またすぐに遠のいていった。


 ハロルドは鞄からさらに一冊、薄い帳面を取り出した。


「実は、これを届けるために来ました」


「何です?」


「守が十八年前に作った試験記録です」


 エルナの手が止まった。


「十八年前?」


「第十四区画の名前は書かれていません。ただし内容を見れば、今のお話と無関係とは思えない」


 帳面の表紙には、父の字でこう書かれていた。


 ――多点帰還方式・第三試験。


 蒼汰は思わず顔を上げた。


「親父、もう作ろうとしてた?」


「完成はしていません」


 ハロルドの声は少し苦くなった。


 試験内容は、複数の中継地点を同時に帰還路の目印として使うというものだった。


 一人の人間ではなく。


 七つの場所。


 七つの記録。


 七つの観測点。


 どれか一つが失われても、別の場所から帰還方向を確認できる。


「ほとんど今考えてるものと同じ……」


「発想だけならね」


 エルナが帳面を読み進める。


「でも第三試験、失敗してる」


 蒼汰は記録へ目を落とした。


 固定そのものには成功。


 帰還路も維持。


 人間の存在消耗。


 なし。


 そこまでなら。


 成功に見える。


 だが。


 最後の項目。


 ――試験中止。


 理由。


 ――帰還者の意思と無関係に、最も強い固定点へ誘導される。


 蒼汰は意味を理解した。


「帰りたい場所じゃなくて、一番強い出口に連れていかれる?」


「そういうこと」


 エルナが頷く。


「技術的には安全。でも、本人の選択が消える」


 父は。


 そこで。


 試験を止めた。


 七つの固定点を作れば。


 自分を削らずに済んだ。


 道も安定した。


 それでも。


 採用しなかった。


 人は帰還できる。


 ただし。


 帰りたい場所は選べない。


「親父らしいな」


 蒼汰が呟く。


 ハロルドが少し驚いた顔をする。


「怒らないのですか」


「昔だったら、途中までできてたなら完成させとけよって思ったかもしれません。でも」


 蒼汰は帳面を閉じなかった。


 むしろ。


 最後の一文を。


 もう一度見る。


 ――本人選択を失う方式は、帰還と呼ばない。


「ここで止めたなら、父は間違ってないと思います」


 完璧な解決策がない。


 なら。


 未完成で止める。


 誰かの意思を犠牲にして、完成したふりをしない。


 それも。


 必要な判断だ。


 エルナは過去の設計と現在の案を並べた。


「でも今なら、この方式の欠点を直せる可能性がある」


「どうやって?」


「十八年前の守は、七つの固定点に全部同じ役割を持たせようとした。だから一番強い場所へ引っ張られた。でも今は違う」


 本人名。


 帰還先。


 家族名。


 関連名。


 本人選択。


 それぞれを。


 別の場所へ。


 分けて持たせる。


「固定点を出口にするんじゃない。本人が選んだ出口を確認するための情報網にする」


 ハロルドも理解したらしい。


「帰還局と同じですな。一枚の票が人を運ぶのではない。複数の担当が確認して、本人の希望する場所へつないでいく」


「それです」


 蒼汰は、ようやく設計図が少しだけ理解できた気がした。


 一本道を作る必要はない。


 巨大な門もいらない。


 誰か一人を目印にする必要もない。


 一人の帰還者が。


 自分の名前を確かめ。


 自分が帰りたいのかを確かめ。


 帰るなら、どこへ帰りたいかを確認する。


 その人に必要な道だけを。


 複数の場所が。


 一緒に支える。


「だから、みんなで、か」


 蒼汰が呟いた。


 ミアが言った言葉。


 全員一緒という意味ではない。


 一人で背負わない。


 その意味が。


 さらに。


 はっきりした。


「エルナさん。これ、作れそうですか」


「設計はできる。ただし試験が必要。いきなり人を通すなんて絶対にしない」


「そこまで言ってくれれば安心です」


「何よ、その言い方」


「昔の話を聞いた後なので」


「根に持つわね」


「三十七年絶交された話ですよ」


 エルナが言葉に詰まり、ハロルドが静かに笑った。


 その横で。


 白い板が。


 淡く。


 光った。


 蒼汰たちは。


 すぐに見る。


 ミア。


 ではない。


 本人名。


 ――トーマ・ベル。


 六十八歳。


 元教師。


 以前、守の暗算の遅さをからかっていた男。


 その下。


 本人選択。


 ――帰りたい。


 帰還先。


 ――学校。


 家でも。


 家族でもない。


 学校。


 さらに。


 学校名。


 文字が。


 ゆっくり。


 戻り始める。


 ――ベルン中央初等学校。


 冬城がすぐに検索した。


 結果。


 存在する。


 ただし。


 現在は。


 名称が変わっている。


「まだある?」


 蒼汰が聞く。


「校舎は三度建て替えられていますが、同じ場所に学校があります」


 ハロルドが帰還票を一枚取った。


「なら、こういう時に調整するのが我々の仕事でした」


 昔の名前。


 今の名前。


 場所。


 本人が帰りたいものは。


 建物なのか。


 土地なのか。


 そこで暮らしていた人なのか。


 確認する。


「いきなり学校へ送らない?」


「当然です。まず本人に聞きます」


 蒼汰は笑った。


「それなら安心です」


 白い板。


 さらに。


 新しい表示。


 本人選択。


 ――学校の。


 ――子どもの声を。


 ――聞きたい。


 ハロルドが。


 静かに息を吐いた。


「なるほど。帰りたいのは建物ではない」


 六十八歳の教師が。


 帰りたい場所。


 それは。


 昔の校舎でも。


 住所でもなく。


 子どもの声がする場所。


 蒼汰は。


 ようやく。


 わかった気がした。


 帰還先を。


 住所だけで。


 決めてはいけない。


 家。


 学校。


 海の町。


 父親。


 人によって。


 帰りたいものは。


 全部違う。


 だからこそ。


 一人一人。


 聞かなければならない。


 白い板。


 トーマの。


 帰還意思の横へ。


 新しい項目。


 ――要確認。


 蒼汰は。


 その文字を見て。


 頷いた。


「これでいい」


 急いで。


 帰還確定にしない。


 帰りたい。


 その次に。


 どこへ。


 どんな形で。


 本人に。


 もう一度。


 聞く。


 ハロルドは。


 帰還票の束を。


 蒼汰へ差し出した。


「これは守へ返すつもりでしたが、あなたが持った方がよさそうです」


 蒼汰は。


 すぐには受け取らなかった。


「俺が引き継ぐって意味なら、受け取りません」


 ハロルドは。


 一瞬。


 目を丸くした。


 それから。


 笑った。


「違います。見本です」


「見本?」


「一人で全部背負わなかった頃の、守の仕事の」


 蒼汰は。


 そこで。


 帰還票を受け取った。


「それなら」


「はい」


 紙の束は。


 軽かった。


 父や祖父が。


 自分の存在ごと。


 背負ったものに比べれば。


 驚くほど。


 軽い。


 そして。


 たぶん。


 それでいい。


 重い仕事だから。


 一人で重く持つ必要はない。


 分ければいい。


 ハロルドが棺へ向かい、最後に静かに頭を下げた。


「守。お前が作りかけた路線は、どうやら息子さんが別の人たちと続きを考えるそうだ」


 眠っている父から。


 返事はない。


 だが。


 ハロルドは。


 それを求めなかった。


「だから、お前はもう乗らなくていい」


 その言葉だけを残して。


 老人は。


 ゆっくり。


 列へ戻っていった。


 蒼汰は。


 手にした帰還票と。


 十八年前の未完成の設計記録。


 そして。


 エルナたちが今作っている。


 新しい帰還路を。


 見比べた。


 父が。


 完成できなかったもの。


 父が。


 間違えたもの。


 父が。


 正しく止めたもの。


 全部。


 今なら。


 材料になる。


「エルナさん」


「なに?」


「最初の試験」


 蒼汰は。


 白い板を見る。


「人じゃなくて」


 一度。


 考える。


「本人が自分で選んだ情報だけを」


「向こうから」


「こっちへ」


「複数経路で送れるか」


 エルナの目が。


 少しずつ。


 鋭くなる。


「なるほど。人を通す前に、“選択”だけ通してみる」


「それなら失敗しても」


「人は消えない」


 二人が。


 同時に。


 同じ結論へ。


 たどり着く。


 そして。


 子ども用の椅子に座っていたユイが。


 小さく。


 手を挙げた。


「わたし」


 蒼汰が見る。


「どうした?」


「やっていい?」


 エルナが。


 すぐに止める。


「待って」


 ユイは。


 帰還済み。


 しかも。


 今なお。


 存在定着の途中。


 試験に。


 使っていい相手ではない。


 蒼汰も。


 同じだった。


「ユイがやらなくていいよ」


 少女は。


 少し。


 不満そうに。


 眉を寄せた。


「でも」


「ユナに」


「みせたい」


 蒼汰は。


 その言葉で。


 止まった。


「何を?」


 ユイは。


 空いている。


 もう一脚の。


 小さな椅子を。


 見た。


「こっち」


 一度。


 自分の胸へ。


 手を置く。


「こわくないって」


 蒼汰は。


 すぐに。


 答えなかった。


 やらせる。


 やらせない。


 それを。


 自分が。


 勝手に。


 決めるのも。


 違う。


「エルナさん」


「うん」


「安全にできる方法」


「あります?」


 エルナは。


 ユイを見る。


 装置を見る。


 そして。


 慎重に。


 答えた。


「ユイ自身を接続には使わない。今ここで本人が自分で選んだ情報を、一度こちら側の別記録へ保存して、そのコピーだけを試験信号にするなら」


「失敗した時のユイへの影響は?」


「限りなくゼロに近づけられる。でも完全なゼロとは言わない」


 蒼汰は。


 ユイへ。


 そのまま伝えた。


「ちょっとだけ危ないかもしれない。嫌ならやらなくていいし、途中でやめてもいい。それでもやりたい?」


 ユイは。


 しばらく。


 考えた。


 すぐには。


 頷かなかった。


 それでいい。


 やがて。


 自分で。


 答えた。


「やる」


「わかった」


 エルナが。


 新しい。


 小さな記録板を。


 用意する。


「じゃあユイ。送るものは、自分で決めて」


「ことば?」


「言葉でもいいし、好きなものでもいい。ユイが“これをユナに見せたい”と思うもの」


 少女は。


 長いこと。


 考えた。


 そして。


 最初に。


 蒼汰が作った。


 オムライスを。


 思い出したらしい。


 少し。


 笑った。


「たまご」


「それでいいの?」


「うん」


 ユイが。


 自分で。


 記録板へ。


 言った。


「オムライス、おいしかった」


 記録。


 完了。


 エルナが。


 その情報だけを。


 新しい分散経路へ。


 流す。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 別々の観測点。


 旧校舎。


 南海自由港。


 奏多家。


 同じ情報が。


 どこか一つへ。


 集中せず。


 三つの場所を。


 経由する。


 蒼汰たちは。


 待った。


 そして。


 白い板が。


 淡く。


 光った。


 ユナ。


 四歳。


 自己認識。


 不安定。


 その欄の下に。


 新しい。


 本人選択。


 文字が。


 浮かんだ。


 ――たまご。


 ユイが。


 立ち上がる。


 次。


 ――たべたい。


 蒼汰は。


 思わず。


 笑った。


 帰還意思ではない。


 大きな決断でもない。


 ただ。


 四歳の少女が。


 今。


 卵を。


 食べたい。


 それを。


 自分で。


 選べた。


 そして。


 誰一人。


 道にはならなかった。


 誰の名前も。


 削れていない。


 エルナの装置が。


 初めて。


 安定した。


 青を。


 示していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。