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父、奏多守はほら吹きではなかった  作者: てへろっぱ


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81/102

第81話 父は、家の下に帰り道を隠していた



「この座標」


冬城が言った。


「奏多家です」


蒼汰は。


何も言えなかった。


旧校舎。


南海自由港。


そして。


自分の家。


第十四区画へ続く。


同じ一本の道。


その途中に。


三つ目の接点がある。


しかも。


よりによって。


自分が。


何年も暮らしていた場所。


「……親父」


返事がない。


「親父?」


「いる」


声が。


少し遅い。


「知ってた?」


守は。


さらに黙った。


蒼汰の眉が寄る。


「その間やめろ」


「いや」


守が言う。


「知ってたかどうかを」


「考えてる」


「自分の家だぞ」


「だから困ってる」


蒼汰は。


額を押さえた。


エルナが。


透明な箱の中の地図を。


外から観察している。


「正確な位置は?」


冬城が。


別の記録を照合する。


「奏多家敷地内」


「それ以上は」


「まだ」


マルタは。


もう港へ向かった。


今いるのは。


蒼汰。


冬城。


エルナ。


そして。


頭の中の守。


蒼汰は。


地図を見る。


一本の線。


旧校舎。


港。


家。


「家って」


「建てる前からそこに道があったんですか」


冬城が答える。


「奏多家の取得記録を確認します」


古い資料。


土地台帳。


建築記録。


守の私的記録。


次々に。


照合する。


蒼汰は。


待つ。


今度は。


焦らない。


勝手に。


家へ走って帰ったりしない。


少し前の自分なら。


やっていたかもしれない。


「ありました」


冬城の指が止まる。


「土地取得」


「二十四年前」


蒼汰が顔を上げる。


「俺が生まれる前?」


「はい」


「守様と巴様が」


「結婚後に購入されています」


蒼汰は。


棺を見る。


「普通に買ったの?」


守が答える。


「普通に買った」


「事故物件とか?」


「違う」


「安かった?」


「少し」


「怪しいじゃん」


「駅から遠かったんだよ」


妙に。


現実的だった。


エルナが聞く。


「守」


当然。


声は聞こえない。


蒼汰が代わりに。


「何です?」


「家を選んだ理由」


蒼汰は。


父へ聞く。


守が答える。


「巴が庭が欲しいって」


「それだけ?」


「あと」


少し。


声が。


柔らかくなる。


「子どもが走れるくらい」


「広い方がいいって」


蒼汰は。


一瞬。


黙った。


父と母が。


まだ。


自分が生まれる前。


子どものことを。


考えて。


選んだ家。


そんな場所の下に。


境界への道がある。


「偶然?」


蒼汰が聞く。


エルナが。


すぐに首を振らない。


「まだわからない」


冬城が。


建築当時の図面を出す。


「地下室は」


「ありません」


「床下収納は?」


「台所に一つ」


蒼汰は。


すぐ思い出した。


「あそこ?」


小さい。


普通の。


床下収納。


非常食。


工具。


母が使っていた。


梅酒の瓶。


そういうものを。


入れていた。


子どもの頃。


蒼汰も。


何度か。


覗いたことがある。


「何もなかったぞ」


「少なくとも」


冬城が言う。


「通常空間上は」


「そうでしょう」


嫌な言い方。


エルナが。


地図の線を見る。


「道は」


「家の真下を通ってるとは限らない」


「じゃあ?」


「家という」


「場所そのものに」


「接続してるかもしれない」


蒼汰は眉を寄せる。


「場所そのもの?」


「人間の家って」


エルナが言う。


「物理的な住所だけじゃないでしょ」


帰る場所。


家族がいる。


名前を呼ばれる。


飯を食べる。


寝る。


朝起きる。


そういう。


意味。


境界は。


時々。


そういうものにも。


引っかかる。


蒼汰は。


今日。


何度も聞いた。


父にとって。


帰還は。


門を通ることではない。


家へ。


帰ること。


それなら。


「親父が」


蒼汰は。


ゆっくり言った。


「帰りたいって」


「何度も思った場所だから?」


エルナが頷く。


「可能性はある」


守が。


頭の中で。


「あ」


と言った。


蒼汰がすぐ反応する。


「何」


「一個」


「思い出した」


「早く言え」


「家」


守が言う。


「建ててから」


「妙なことが何度かあった」


蒼汰の顔が。


固まる。


「何で今まで黙ってた」


「普通だと思ってた」


「何が?」


「夜中に」


守が言う。


「廊下が一メートルくらい長くなる」


沈黙。


蒼汰。


冬城。


エルナ。


誰も。


すぐには。


反応できなかった。


「……一メートル?」


蒼汰が聞く。


「ああ」


「廊下が?」


「ああ」


「長くなる?」


「ああ」


「それを」


蒼汰は。


声を強くした。


「普通だと思ったの!?」


守が。


少し。


困った声を出す。


「古い家だったし」


「家の築年数で廊下は伸びない!」


エルナが。


吹き出した。


冬城は。


深く。


目を閉じた。


「守様」


低い声。


「何で報告されなかったのですか」


蒼汰が伝える。


守が言う。


「朝になると戻ってたから」


冬城は。


しばらく。


無言だった。


怖い。


怒っている。


「他には?」


蒼汰が聞く。


守は。


渋々。


思い出す。


「風呂場の窓から」


「たまに海が見えた」


「うち山側だぞ!」


「知ってる」


「何で放置した!」


「綺麗だったから」


「観光じゃねえんだよ!」


エルナが。


とうとう。


声を出して笑った。


「守らしい」


「笑い事じゃないですよ!」


さらに。


「あと」


守が言う。


「玄関を開けたら」


「旧校舎の廊下だったことが」


蒼汰が。


完全に。


止まった。


「何回」


「二回」


「二回!?」


「一回目は」


「閉めた」


「二回目は?」


「念のため入った」


「入るな!」


「調査だ!」


「家族に言え!」


「巴には」


守が。


少しだけ。


声を小さくする。


「バレた」


蒼汰の目が。


細くなる。


「どうなった」


「怒られた」


「でしょうね」


「四時間」


「前より増えてる!」


その時。


エルナが。


笑うのをやめた。


「待って」


「何です?」


「巴は」


「知ってた?」


蒼汰が。


父へ聞く。


守が答える。


「全部じゃない」


「でも」


「家が」


「時々おかしいことは」


「知ってた」


そして。


巴は。


守へ。


一つ。


約束させた。


家の中に。


境界異常が出ても。


蒼汰がいる時は。


追わない。


まず。


蒼汰を。


安全な場所へ。


それから。


冬城か。


エルナか。


専門家を呼ぶ。


「母さん……」


蒼汰は。


少し笑った。


やっぱり。


母が。


止めていた。


「それ」


「守れた?」


守が。


少し黙る。


「だいたい」


「だいたい禁止」


「九割」


「一割何した」


「床下に」


「一回だけ」


「入った」


蒼汰の表情が。


消える。


「床下?」


守が。


答える。


「台所の」


「床下収納」


全員。


黙った。


蒼汰が。


ゆっくり。


言う。


「そこ」


「何があった」


守の声が。


変わった。


さっきまでの。


少し笑える昔話ではない。


低い。


慎重な声。


「扉」


蒼汰の背中に。


寒気が走る。


「どんな」


「小さい」


「人一人」


「通れるくらい」


「その先は?」


守が。


すぐには。


答えなかった。


「……家だった」


蒼汰が眉を寄せる。


「家?」


「ああ」


「うちじゃない」


「でも」


「うちに似てた」


同じ。


台所。


同じ。


廊下。


同じ。


階段。


だが。


古い。


家具がない。


人もいない。


窓の外は。


真っ白。


そこで。


守は。


一つだけ。


見つけた。


「何を」


蒼汰が聞く。


守が。


ゆっくり答える。


「子どもの靴」


蒼汰の心臓が。


強く鳴った。


「誰の?」


「わからん」


「サイズは」


「小さかった」


守は。


それを。


持ち帰らなかった。


触らなかった。


ただ。


扉を閉めた。


そして。


翌日。


エルナへ。


相談するつもりだった。


「した?」


エルナが。


蒼汰の顔を見る。


答えは。


聞く前から。


わかっている。


守が言う。


「……忘れた」


蒼汰が。


怒るより先に。


エルナが言った。


「違う」


「忘れたんじゃない」


蒼汰が見る。


エルナは。


七回分。


消えていた記録を。


指差す。


「持っていかれた」


家の地下。


似た家。


小さな靴。


それを。


見た記憶。


記録しようとした内容。


全部。


第十四区画側へ。


「だから」


蒼汰は呟く。


「今」


「返ってきてる?」


「多分」


エルナが答える。


父の。


帰り残した記憶。


父が。


何度も。


そこへ。


行った理由。


その一つが。


自宅にあった。


「でも」


蒼汰は。


地図を見る。


「なんで」


「うちなんだ」


その時。


透明な箱の中。


白い紙に。


文字が浮かんだ。


――いえ。


蒼汰たちは。


身構える。


次。


――まもるの。


次。


――いえ。


そこまでは。


わかる。


そして。


もう一行。


――ぼくらの。


蒼汰が。


息を止める。


最後。


――いえ。


エルナの表情が。


変わった。


「……そういうこと?」


蒼汰が聞く。


「何が」


エルナは。


少し考える。


「第十四区画の人たち」


「守から」


「ずっと」


「家の話を聞いてた」


巴。


蒼汰。


飯。


風呂。


庭。


帰りたい場所。


その話を。


何年も。


何度も。


聞いて。


帰れない者たちは。


守の家を。


知った。


いや。


「作った?」


蒼汰が言う。


エルナが頷く。


「境界側に」


「帰る場所の形として」


蒼汰は。


父を見る。


正確には。


棺を見る。


「親父」


「お前」


「向こうで」


「うちの間取りまで話した?」


守が。


気まずそうに答える。


「……多分」


「何でそこまで!」


「暇だったんだよ!」


「だからって!」


「お前が階段から落ちた話とか」


「するだろ普通!」


「普通じゃない!」


紙に。


また。


文字。


――そうた。


蒼汰が止まる。


――かいだん。


次。


――ころんだ。


エルナが。


吹き出した。


冬城が。


顔を逸らす。


蒼汰の顔が。


赤くなる。


「親父!」


守が。


頭の中で。


大笑いしている。


「お前!」


「三歳!」


「言うな!」


紙。


さらに。


――ないた。


「消せ!」


もちろん。


消えない。


でも。


その瞬間。


蒼汰は。


少しだけ。


怖くなくなった。


第十四区画。


何十。


何百。


いるかもわからない。


帰れない人たち。


その人たちは。


父から。


蒼汰の話を。


聞いていた。


自分たちが。


帰れない夜。


他人の家族の。


くだらない話を。


きっと。


何度も。


聞いた。


そして。


父の家を。


帰る場所の。


見本にした。


蒼汰は。


透明な箱を見る。


「だから」


「うちに道が」


エルナが頷く。


「守が」


「一番強く」


「帰りたいと思った場所」


「同時に」


「第十四区画の人たちが」


「一番よく知っている帰還先」


それが。


奏多家。


蒼汰は。


少し考える。


そして。


言った。


「じゃあ」


「家が入口なんじゃない」


冬城が見る。


「と申しますと」


「出口なんじゃないですか」


静かになる。


蒼汰は続ける。


「第十四区画から」


「みんなが帰る時」


「最後に」


「家を思い浮かべる」


だから。


道が。


そこへ。


触れている。


守が。


頭の中で。


小さく言った。


「……ああ」


思い出した。


そんな声。


「親父?」


「俺」


守が言う。


「十四番に」


「言った」


「何を」


「帰り道がわからなくなったら」


「俺の家を目印にしろって」


蒼汰は。


目を見開いた。


守は。


続ける。


「そこまで来れば」


「俺が」


「それぞれの家へ」


「帰すって」


父の家は。


終点ではない。


中継点。


仮の。


帰還場所。


「……だから」


蒼汰は。


長卓の木札を見る。


マルタの。


閉港条件。


再開条件。


帰すだけでは。


終わらない。


もし。


第十四区画の人たちが。


奏多家へ。


大量に。


帰ってくるなら。


そのあと。


どうする。


何人。


身体。


時間。


身元。


家族。


住む場所。


食事。


全部。


必要になる。


「親父」


「なんだ」


「これ」


蒼汰は言った。


「迎えに行くより」


「帰ってきた時の準備の方が」


「先じゃないか」


守が。


すぐには。


答えなかった。


そして。


ゆっくり。


笑った。


「そうだな」


冬城も。


深く頷く。


「おそらく」


「それが」


「先です」


エルナが。


腕を組む。


「帰還口が奏多家なら」


「なおさら」


「人数も状態もわからないまま」


「開けるわけにはいかない」


蒼汰は。


少し。


肩の力を抜いた。


道が。


見えてきた。


まだ。


行くとは。


決めていない。


でも。


調べることは。


できる。


準備も。


できる。


「じゃあ」


蒼汰は言う。


「葬儀が終わったら」


「まず家を調べます」


「一人で?」


エルナが。


わざと聞く。


蒼汰は即答した。


「絶対行きません」


「よろしい」


「冬城さんも」


「もちろん」


「エルナさんも」


「行く」


頭の中で。


守が言う。


「俺も」


蒼汰が。


少しだけ。


黙った。


父の声は。


さっき。


遠くなり始めていた。


葬儀が終わったあと。


まだ。


いるとは。


限らない。


でも。


蒼汰は。


笑って答えた。


「いたらな」


守も。


少し笑った。


「ああ」


その時。


扉の外から。


控えめな。


ノック。


今度は。


魚も。


境界も。


関係ない。


普通の。


来訪者。


冬城が。


名簿を見る。


「次の方が」


「お待ちです」


蒼汰は。


透明な箱を見る。


文字は。


もう消えていた。


家の調査は。


あと。


今は。


葬儀。


「お願いします」


冬城が。


扉へ向かう。


開く。


そこにいたのは。


小さな。


老婆だった。


背中が。


曲がっている。


両手で。


古い。


黄色い傘を。


大事そうに。


抱えていた。


蒼汰は。


その傘を見た。


頭の中で。


父が。


「あ」


と。


声を出す。


今度は。


すぐに。


わかったらしい。


「親父」


「知ってる?」


守が答える。


「ああ」


少し。


懐かしそうな声だった。


「俺が」


「初めて」


「帰せなかった人の」


「母親だ」


蒼汰の表情が。


静かに変わった。


老婆は。


棺を見る。


そして。


黄色い傘を。


ぎゅっと。


抱きしめた。


「守さん」


震える声。


「やっと」


「会いに来られました」


広間が。


再び。


静かになった。


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