↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
父、奏多守はほら吹きではなかった  作者: てへろっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
74/104

第74話 父の手紙に、知らない名前が増えていた



「蒼汰」


「それ」


「俺が入れたものじゃない」


蒼汰は動けなかった。


胸元で。


封筒が。


もう一度。


震えた。


小さく。


ぶる、と。


生き物みたいに。


「冬城さん」


「はい」


「今の、見えました?」


「見えました」


「俺の気のせいじゃない?」


「残念ながら」


残念ながら。


という言葉を。


こういう時に使わないでほしい。


エルナが戻ってくる。


さっきまでの明るい顔は消えていた。


「蒼汰」


「はい」


「封筒を机に置いて」


蒼汰は言われた通り。


胸元から封筒を取り出した。


長卓の。


何も置かれていない場所へ。


そっと置く。


全員が離れた。


一秒。


二秒。


三秒。


何も起きない。


蒼汰が息を吐きかけた。


その時。


封筒が。


す、と。


動いた。


一センチ。


誰も触れていない。


「……親父」


「知らん」


即答だった。


「本当に?」


「本当に知らん」


「お前、昔から知らんこと多いからな」


「今それ言うか?」


エルナが手を上げる。


「二人とも黙って」


蒼汰が口を閉じる。


守も。


頭の中で黙った。


エルナは鞄から。


細い金属棒を一本取り出した。


先端に。


透明な石のようなものが付いている。


それを封筒へ近づける。


石が。


淡い青色に光った。


次に。


白。


黄色。


最後に。


赤。


エルナの表情が変わる。


「何です?」


「境界反応」


冬城が尋ねる。


「強度は」


「弱い」


エルナは答えた。


「でも新しい」


蒼汰が聞く。


「新しい?」


「守がこれを私に預けた九日前には、なかった反応」


広間の空気が。


もう一段。


重くなる。


「じゃあ」


蒼汰は封筒を見る。


「誰かが後から入れた?」


「物理的には無理」


エルナが即答する。


「この封筒、一度も開いてないもの」


「封印とか?」


「そう」


エルナは裏返した。


赤黒い蝋。


その上に。


小さな印章。


奏多家のものではない。


境界管理側の封印だという。


「破ればわかる」


「じゃあ、本当に開いてない」


「ええ」


「なのに中身が増えた?」


「そういうこと」


蒼汰は嫌な顔をした。


「そういうの、一番嫌なんだけど」


冬城が言う。


「境界では珍しくありません」


「珍しくあってください」


冬城は答えなかった。


エルナが。


封筒へ耳を近づける。


また。


震えた。


そして。


今度は。


音がした。


かさ。


紙が。


中で。


擦れる音。


蒼汰は一歩下がる。


「絶対なんか増えてる」


「増えてるわね」


「嬉しそうに言わないでください」


「研究者だから」


「研究者って便利な言葉ですね」


エルナが笑いそうになって。


やめた。


「でも」


真顔に戻る。


「開けない方がいい」


蒼汰は。


少し驚いた。


研究者なら。


真っ先に開けたがりそうだった。


エルナは蒼汰の顔を見て。


察したらしい。


「昔の私なら開けた」


「ですよね」


「勝手にね」


そして。


棺を見る。


「でも、もうしない」


守は。


何も言わなかった。


蒼汰は。


封筒を見る。


父が。


死ぬ九日前に。


自分へ残したもの。


そこへ。


父も知らない何かが。


あとから入り込んだ。


普通なら。


怖い。


すぐ調べたい。


でも。


蒼汰は。


さっき決めた。


葬儀が終わるまで。


開けない。


「じゃあ」


蒼汰は言った。


「開けません」


冬城を見る。


「ただ、これ」


封筒を指す。


「ここに置いといて大丈夫ですか?」


冬城が答えるより先に。


封筒が。


また。


震えた。


今度は。


三回。


ぶる。


ぶる。


ぶる。


蒼汰が眉を寄せる。


「……なんか」


「はい」


冬城も気づいた。


「呼んでいるように見えます」


「嫌な言い方しないでください」


エルナが。


突然。


封筒を見つめた。


「待って」


「どうしました?」


「三回」


「はい」


「もう一回、来るかも」


全員が黙る。


しばらくして。


ぶる。


一回。


エルナの目が細くなる。


「やっぱり」


「何が?」


「符号よ」


「符号?」


エルナは机を指で叩いた。


三回。


少し間。


一回。


また。


三回。


一回。


「古い帰還信号」


冬城が。


初めて。


明らかに驚いた顔をした。


「まさか」


「知ってるんですか?」


蒼汰が聞く。


冬城は封筒を見る。


「非常に古い形式です」


「どういう意味?」


冬城が答える。


「三、一」


「こちら生存」


蒼汰の表情が消えた。


封筒が。


また。


震えた。


三回。


一回。


こちら生存。


蒼汰は。


無意識に。


長卓へ手をついた。


「誰が」


誰が。


生きている。


父が残した封筒の中で。


誰が。


こちら生存と。


知らせている。


頭の中で。


守が言う。


「待て」


いつもより。


低い声だった。


「蒼汰」


「それに返事するな」


蒼汰が止まる。


「どうして」


「古い帰還信号は」


守が言う。


「返事までが一組だ」


冬城も頷く。


「その通りです」


「返したらどうなる?」


冬城が言葉を選ぶ。


「相手に」


「こちらが受信したことが伝わります」


「それだけ?」


「通常なら」


通常なら。


嫌な言葉が増えた。


蒼汰は封筒を見る。


三回。


一回。


また。


三回。


一回。


何度も。


繰り返している。


こちら生存。


こちら生存。


こちら生存。


助けてくれ。


とは言っていない。


来てくれ。


とも。


ただ。


生きている。


それだけ。


それが。


妙に。


父の話と重なった。


帰れない者。


名前が消えた者。


誰にも見つけてもらえなかった者。


「親父」


「なんだ」


「これ」


蒼汰は聞いた。


「無視できた?」


守が。


黙る。


それだけで。


答えはわかった。


「できないよな」


「……ああ」


守の声は。


小さかった。


「だからこそ、お前は返事するな」


「なんでだよ」


「俺が失敗したからだ」


蒼汰は。


眉を寄せる。


守が続ける。


「昔」


「同じ信号を聞いた」


広間が静まる。


冬城が。


棺を見る。


どうやら。


知らない話らしい。


エルナも。


表情を変えた。


「いつ?」


蒼汰が聞く。


「ずっと前だ」


「どこで」


「境界の最深部」


守は。


一度。


言葉を切った。


「三、一」


「こちら生存」


「俺は返した」


「それで?」


「十三人帰ってきた」


蒼汰が目を見開く。


「助かったんじゃん」


「ああ」


守の声が。


重くなる。


「十四人目が」


「俺についてきた」


蒼汰は。


何も言えなかった。


エルナが尋ねる。


「守」


聞こえない相手へ。


名前を呼ぶ。


蒼汰が代わりに聞いた。


「十四人目って、誰」


返事が。


来ない。


「親父」


それでも。


ない。


しばらくして。


守が言った。


「わからない」


「……え?」


「最後まで」


「名前がわからなかった」


蒼汰の背中を。


冷たいものが走った。


帰還者には。


名前がある。


家族がいる。


帰る場所がある。


そうではない者もいる。


でも。


父は。


名前を確認してきた。


名前がないなら。


本人へ聞いた。


記録を探した。


呼び名を戻した。


それでも。


わからなかった。


十四人目。


「人だったの?」


蒼汰が聞く。


守は。


長い沈黙のあと。


答えた。


「最初は」


その一言で。


十分だった。


蒼汰は封筒を見る。


三回。


一回。


こちら生存。


本当に。


誰かが。


生きているだけなのか。


「じゃあ、この信号も罠かもしれない?」


「可能性はある」


「本当に助けを待ってる人かもしれない?」


「それもある」


一番。


嫌なやつだ。


どちらか。


わからない。


無視すれば。


助けられる人を。


見殺しにするかもしれない。


返事をすれば。


何かを。


こちらへ呼ぶかもしれない。


蒼汰は。


封筒を見たまま。


考えた。


以前の父なら。


多分。


一人で返した。


危険でも。


自分だけなら。


何とかできると。


でも。


蒼汰は。


それをしない。


「冬城さん」


「はい」


「エルナさん」


「なに?」


「俺」


二人を見る。


「返事するかどうか」


「一人で決めません」


冬城の表情が。


わずかに緩む。


エルナも。


静かに笑った。


頭の中で。


守は。


何も言わない。


蒼汰が聞く。


「親父?」


「なんだ」


「文句ある?」


「ない」


即答だった。


「むしろ」


守が言う。


「それでいい」


蒼汰は。


少し笑った。


そして。


封筒を。


透明な箱へ入れることになった。


エルナが持っていた。


境界反応を遮断する。


簡易保管箱。


完全ではないが。


少なくとも。


こちらから誤って返事が飛ぶことはない。


箱の蓋が閉じる。


信号は。


それでも続いた。


三回。


一回。


三回。


一回。


だが。


だんだん。


弱くなる。


最後に。


一度だけ。


長く。


震えた。


そして。


止まった。


蒼汰は。


箱から目を離せなかった。


「……消えた?」


エルナが計器を見る。


「反応は残ってる」


「じゃあ?」


「待ってる」


その言葉が。


重かった。


蒼汰は。


胸の奥で。


何かが引っかかる。


誰かが。


どこかで。


待っている。


それだけなら。


今までと同じ。


だが。


これは。


父が死ぬ前に残した封筒へ。


あとから入った。


父自身も。


知らない。


「冬城さん」


「はい」


「これ」


蒼汰は聞いた。


「葬儀が終わったら、調べましょう」


冬城は。


一度。


蒼汰を見る。


それから。


深く頷いた。


「承知しました」


エルナも言う。


「私も残る」


「いいんですか?」


「守の置き土産なら」


棺を見る。


「最後まで付き合うわ」


頭の中で。


守が言う。


「帰っていいぞ」


蒼汰が笑う。


「親父は帰っていいって」


「嫌よ」


「即答ですね」


「百十二年も付き合ったのよ」


エルナは腕を組む。


「最後の面倒くらい見るわ」


守が。


小さく。


ため息をついた。


広間の空気が。


少しだけ戻る。


蒼汰は。


透明な箱を。


長卓の一番奥へ置いた。


今は。


開けない。


返事もしない。


でも。


忘れない。


待っている誰かがいる。


それだけ。


覚えておく。


そして。


蒼汰は。


再び。


椅子へ座った。


「冬城さん」


「はい」


「続きを」


冬城は。


少し驚いた。


「よろしいのですか」


「はい」


蒼汰は答える。


「親父の手紙も」


「今の信号も」


「大事です」


でも。


扉の外を見る。


「今ここで待ってる人もいますから」


冬城は。


静かに。


名簿を開いた。


「では」


次の名前へ。


指を置く。


「次の方は」


そこまで言って。


止まった。


蒼汰が嫌な予感を覚える。


「どうしました?」


冬城が。


名簿を見る。


ページをめくる。


戻す。


もう一度。


確認する。


「冬城さん?」


「……おかしいですね」


「何が」


冬城は。


名簿を。


蒼汰へ向けた。


そこには。


次の来訪者の名前がある。


はずだった。


だが。


一行。


増えていた。


墨で。


今。


書いたばかりのような。


濡れた文字。


冬城も。


蒼汰も。


書いていない。


エルナが。


ゆっくり近づく。


蒼汰は。


その名前を読んだ。


そして。


息を止めた。


そこに。


書かれていたのは。


知らない人間の名前ではなかった。


――奏多 守。


蒼汰は。


棺を見る。


名簿を見る。


もう一度。


棺を見る。


「……親父」


頭の中から。


守の声がした。


「俺も」


「知らん」


名簿の。


奏多守。


その横。


来訪理由の欄へ。


新しい文字が。


一文字ずつ。


浮かび始める。


――帰還。


蒼汰は。


椅子から立ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。