第55話 明日では遅い手紙
応接室へ入ってきた男からは、紙と革と馬の匂いがした。
乾いた封筒。
封蝋。
雨を吸った郵袋。
夜道を走った駅馬の汗。
これまで訪れた役人たちとは少し違う。
男は立っている間も、周囲の時計を気にしていた。
年齢は六十代半ばほど。
細身で、背筋がまっすぐ伸びている。
白髪は短く整えられ、黒の礼装の上には濃い緑色の肩布を掛けていた。
胸元には、翼のついた封筒と四本の道を組み合わせた銀の徽章。
後ろには若い逓送吏が二人。
一人が分厚い夜間仕分記録簿。
もう一人が小さな革製の郵袋と、緑灰色の旗包みを抱えている。
冬城が告げる。
王都郵便逓送院
元夜間仕分長、コンラート・ベッカー様です
守様に
翌朝便へ回した郵袋を一袋、出発便へ戻されたご当人になります
男――コンラートは蒼汰へ深く一礼した。
奏多蒼汰殿
私はコンラート・ベッカー
王都中央逓送院で
三十七年間、夜間仕分を預かっておりました
そして守殿に
明日届く手紙と、明日では遅い手紙を同じ棚へ置くなと叱られた者です
蒼汰は一拍置き、頭の奥へ問いかける。
父さん
また郵便の順番まで変えたのか
守がぼそりと答える。
一袋だけだ
一袋の中に何通入ってた
百四十二通
全然、一通だけみたいな言い方じゃないな
一通だけ抜く方が遅かった
蒼汰は額へ手を当てた。
コンラートの眉がわずかに動く。
守殿は
いまも何か仰っているのでしょうか
一袋だけだって
コンラートは深く息を吐いた。
一袋を動かすため
出発済みの郵便馬車を二駅先まで追わせた方が
何を仰っているのでしょう
父さん
かなり大事だったみたいだぞ
間に合ったんだから問題ない
そういうところだよ
蒼汰は椅子へ座る。
コンラートも向かいへ腰を下ろした。
机へ置かれた夜間仕分記録簿には、細かな文字が隙間なく並んでいる。
宛先。
経路。
料金。
優先等級。
到着予定日。
仕分時刻。
積載便。
その中の一行だけ、翌朝第三便という記載が消されていた。
代わりに書かれている。
夜間第一便追掛。
第二中継駅にて合流。
横には父の字。
朝に読めればいい手紙じゃない
朝までに読まないと帰れなくなる手紙だ
蒼汰は文字を見つめた。
父さん
中身を読んだのか
読んでない
じゃあ、何で分かった
封筒に書いてあった
コンラートが頷く。
あの夜の郵便量は
通常の三倍を超えていました
冬の街道が雪で閉ざされ
三日分の郵便が一度に王都へ入ったためです
中央逓送院では
到着した郵便を行き先ごとに分け
夜明け前に出る駅馬車へ積みます
ですが馬車の積載量にも限界があります。
手紙だけではありません。
公文書。
薬の処方箋。
商取引証書。
軍の連絡。
死亡通知。
送金札。
優先等級の高い郵便から積み
入らなかった物は翌朝便へ回す。
その夜
北東方面行きの郵袋が一つ、積み残されました。
百四十二通。
通常便です。
翌朝に出しても
到着は半日遅れるだけ。
規則上
何の問題もありませんでした。
守殿が逓送院へ来たのは
最終馬車が出発した直後です
本来は
災害対応の連絡が届いていない地域を確認するためだったそうです
守殿は積み残し棚の前を通り
一つの封筒へ目を止めました
どういう封筒だったんですか
蒼汰が尋ねる。
コンラートは若い逓送吏へ合図する。
記録簿の間から、複写された封筒の図面が出された。
粗い紙。
青い封蝋。
宛先は、王都東門第三帰還兵宿舎。
宛名。
レオン・アーベル。
封筒の表には、別の筆跡で小さく書き足されていた。
明朝、東門を出立予定。
間に合わなければ、転送先不明。
裏側には、さらに一行。
帰ってこい。
家はまだ、お前の家だ。
蒼汰はしばらく、その文字を見つめた。
手紙の中ではなく。
封筒の外へ書かれていた。
誰にでも読めるように。
郵便を扱う誰かが、どうか急いでくれるように。
父はこれを見つけたのか
ああ
守の声が低くなる。
コンラートが続ける。
送り主は
北東地方の小さな農村に住む女性でした
エマ・アーベル。
宛先人レオンの妹です。
レオンは戦争へ出たあと
三年間、行方不明となっていました。
家族には一度
戦死通知まで届いています。
ですが彼は捕虜収容所で生きており
交換後、王都へ戻った。
帰還兵宿舎から
故郷へ生存通知を送りました。
返事を待った期間は二か月。
その間
故郷からの手紙は一通も届かなかった。
どうして
街道が閉じていたためです。
妹からの返事は
すでに出されていました。
ですが雪崩と橋の損傷で
三日間、北東郵便路が止まった。
レオンは
返事がないことを拒絶と受け取った。
戦死扱いとなった自分へ
もう帰る場所はない。
家も畑も
別の者が継いでいる。
そう考え
明朝、東門から出る辺境警備隊へ志願していました。
蒼汰は眉を寄せる。
兵士へ戻ろうとしてたんですか
正確には
危険地域の護送人です。
帰る家のない元兵士が
生きる場所を得るために選ぶ仕事でした。
契約期間は五年。
出発後は移動を繰り返すため
転送先は定まりません。
この手紙が翌朝便へ回れば
東門宿舎へ着く頃には
レオンはすでに王都を離れていました。
蒼汰は封筒の複写を見る。
帰ってこい。
家はまだ、お前の家だ。
その一通が半日遅れるだけで。
一人の男は、帰る道を自分から閉じてしまう。
守殿は
この郵袋を今夜の便へ戻せと言いました。
私は拒否しました。
最終馬車は出発済み。
次の馬車を一袋のために出せば
馬、御者、護衛、通行門
全てを臨時で動かす必要がある。
しかも郵袋の中で急ぐ必要があるのは
おそらく一通だけ。
ならば、その一通だけを抜けばいいだろ
蒼汰が言う。
コンラートは頷いた。
私もそう提案しました。
ですが封筒を抜き取るには
郵袋の再開封記録。
立会人。
封印更新。
内容確認。
再仕分。
手続きに最低でも半刻かかります。
守殿は
それでは追いつかないと判断した。
だから郵袋ごと?
はい。
百四十二通を
まとめて追いかけさせたのです。
守が頭の奥で言う。
一通だけ救うために
残り百四十一通を遅らせる必要もない
それはそうだけど
コンラートの目元が、ほんの少しだけ厳しくなる。
問題は
追いかけるための駅馬がなかったことです。
夜間第一便が出た直後。
使える馬は
翌朝の王府監査便用に休ませていた一頭だけ。
その馬を使えば
翌朝便の運行に影響が出ます。
守殿は何と言ったと思われますか
蒼汰は少し考える。
監査は少し遅れても死なない、とか
ほぼ正解です。
正確には。
監査官は半刻遅れても監査官だ。
この手紙は半刻遅れたら、ただの不在郵便になる。
蒼汰は額を押さえた。
本当に父さんだな
ああ
コンラートが続ける。
私は
王府監査便の馬を動かす権限はないと申しました。
すると守殿は。
私にもない、と答えた。
蒼汰は目を瞬く。
権限ないのに使ったのかよ
守が答える。
馬番には頼んだ
何て
事情を話した
それで貸してくれたのか
最初は断られた
じゃあ、どうした
馬番も封筒を見た
蒼汰は黙った。
父は命令したのではない。
封筒の一行を見せた。
その手紙が届かなければ。
誰が、どこへ行ってしまうのか。
馬番は自分で判断したのだろう。
コンラートが静かに続ける。
馬番は
監査用の駅馬を出しました。
ただし御者はいません。
通常便の御者はすでに出発。
夜勤御者は、別の便へ。
守殿は
自分で乗ると言いました。
乗馬できたのか
蒼汰が頭の奥へ聞く。
守が答える。
少しは
少しで夜道を走ったのか
途中までだ
落ちた?
一度だけ
やっぱり落ちたのかよ
コンラートが淡々と補足する。
二度です。
一度だ
父さんは一度って
二度です。
二度目は降りただけだ
走ってる馬から降りて転がった場合
通常は落馬と記録します。
守が黙った。
蒼汰は少しだけ笑ってしまう。
父はその夜。
革の郵袋を背負い。
王府監査用の駅馬へ乗り。
すでに出発した郵便馬車を追った。
だが、一人ではありませんでした。
コンラートが続ける。
私も同行しました。
蒼汰は顔を上げる。
反対してたのに?
反対した責任があります。
守殿一人へ任せ
事故が起きれば、逓送院の不始末となる。
それに。
コンラートは封筒の複写を見る。
私も
間に合うかどうかを確認したくなった。
二人乗りで?
いえ。
私は院の伝令用自転走具を使用しました。
自転走具?
二輪の乗り物です。
坂では速い。
雪道では、かなり危険でした。
守が頭の奥で言う。
三度転んでた
コンラートの眉が動く。
守殿は二度落馬されています。
お互い数えてたのかよ
夜の街道。
前を走る郵便馬車。
その後ろを、郵袋を抱えた父と郵便仕分長が追う。
どう考えても、葬儀で語られる英雄譚には見えない。
だが父らしいと思った。
第一中継駅では追いつけませんでした。
先行馬車は
すでに馬を替えて出発したあと。
私たちは休まず、第二中継駅まで走りました。
到着した時
郵便馬車は出発準備中。
あと数分遅ければ、再び出ていた。
守殿は駅庭へ入るなり
郵袋を御者へ投げました。
投げたのかよ
馬から降りる余裕がなかった
守が答える。
ちゃんと受け取ったのか
落ちた
蒼汰は目を閉じた。
コンラートが真顔で頷く。
雪の上へ。
封印は無事でした。
御者はかなり怒りましたが
事情を聞き、積載庫を開けた。
百四十二通は
全て予定の夜間第一便へ戻りました。
東門第三帰還兵宿舎へ
手紙が届いたのは、夜明け前です。
郵便吏は
レオンが出立準備をしている部屋へ直接届けた。
本人はすでに荷物をまとめ。
剣を背負い。
護送隊の集合所へ向かうところでした。
蒼汰は小さく息を止めた。
間に合ったのか
ああ
守の声が静かになる。
コンラートは、一枚の書類を机へ置く。
受領確認書。
受取人、レオン・アーベル。
受領時刻、夜明け前第一鐘。
備考。
受領後、辺境護送隊との契約を辞退。
同日、北東方面帰郷便へ乗車。
帰ったんだ
蒼汰が呟く。
はい。
レオンは手紙を読み
その場で護送隊への参加を取りやめました。
帰郷便は三日後。
その間
宿舎で妹への返事を書いた。
手紙の内容は
本人が後に公開を許可しています。
コンラートが別紙を開く。
短い返事だった。
帰っていいのか分からなかった。
返事がないから、帰るなという意味だと思った。
手紙が届いた。
帰る。
たったそれだけです。
蒼汰は何も言えなかった。
家族へ宛てる言葉としては、あまりに少ない。
だが三年間行方不明になり。
戦死扱いされ。
二か月返事を待った男にとって。
帰ると書くだけでも、相当な勇気が必要だったのだろう。
その後
レオンは故郷へ戻りました。
家と畑は
妹夫婦が守っていました。
本人の部屋は
物置になっていたそうです。
ですが妹は
一日で中を空にした。
食卓には
彼が使っていた椅子も残っていた。
レオンは農業へ戻らず
村の郵便取次人になりました。
郵便?
蒼汰が顔を上げる。
コンラートの表情が、少しだけ和らぐ。
自分のように
返事を待つ者を作りたくない、と。
雪の日も。
橋が落ちた日も。
危険な時は無理をしません。
ですが
明日では遅い手紙がないかだけは
必ず確認する取次人になった。
現在、八十二歳。
本来なら本人が弔問へ参る予定でしたが
長距離移動が難しい。
代わりに、これを預かってきました。
若い逓送吏が、小さな革製郵袋を机へ置く。
大きさは両手に収まるほど。
表面は古く。
何度も補修されている。
蓋には、赤い革紐。
札にはこうある。
追掛郵袋。
夜間第一便。
第二中継駅合流。
これが
あの夜の郵袋です。
百四十二通を入れた物としては小さく見えますね
当時の書状は薄く
かなり詰め込みましたので。
守殿が背負って走ったため
片側の縫い目が切れています。
後に補修されました。
蒼汰は郵袋へ触れる。
革の一部だけ、色が違う。
新しい革ではない。
おそらく別の古い鞄から切り取って縫ったのだろう。
補修したのは
レオン本人です。
帰郷後
彼が逓送院へ来て、直したいと申し出ました。
守殿は
郵袋が壊れたのは自分が落馬したせいではないと言い張りましたが。
守が頭の奥で言う。
馬の鞍金具に引っかかったんだ
それを落馬のせいって言うんだよ
コンラートは続ける。
レオンは
理由など何でもいいと言いました。
自分を帰した郵袋だから
これからも手紙を運べるよう直したい、と。
その後、この郵袋は
緊急追掛便専用として使われました。
通常便へ積み遅れた手紙を
何でも追わせたわけではありません。
翌朝では遅い事情が
外装から確認できるもの。
医療。
死亡危篤。
出立時刻。
帰還要請。
仕分長が必要と判断した時だけ
使う郵袋です。
制度にしたんですね
蒼汰が言う。
はい。
守殿が勝手にしたことを
次から勝手にしなくて済むよう。
追掛便規定として整備しました。
守が頭の奥で、少しだけ黙る。
それから低く言った。
それが一番いい
蒼汰はそのまま伝える。
父さんが
それが一番いいって
コンラートは小さく頷いた。
私も
そう思います。
奇跡や善意へ頼る制度ではいけません。
守殿のような方が偶然通りかからなくても。
誰かが外装の一行に気づけば。
正規に追掛便を出せる。
そのための規定です。
緑灰色の旗包みが開かれる。
王都郵便逓送院旗。
緑灰色の地に
銀色の封筒と、四方へ伸びる道。
中央には、小さな赤い革紐が刺繍されている。
本式の日。
王都中央逓送院は
この旗を半旗とします。
また夜間仕分では
翌朝便へ回される郵袋を、全て一度開封確認します。
手紙そのものは読みません。
外装。
宛先。
出立予定。
転送可否。
医療記号。
明日では遅い可能性のある郵便を選びます。
該当する物が一通でもあれば
追掛郵袋を出します。
弔意のため
空の郵袋を走らせることはありません。
必要な手紙だけを
必要な夜に間に合わせます。
蒼汰は少しだけ笑った。
父さん
これも喜びそうだな
守が答える。
空で走らせると馬が疲れるからな
やっぱりそこかよ
大事だ
コンラートは最後に、一枚の紙片を差し出した。
父の字。
返事を待っている者には
届かない時間も返事になる
黙って翌朝へ回すな
明日では遅い一通を先に探せ
蒼汰は、その文章を何度も読んだ。
届かない時間も返事になる。
レオンは、返事が来ないことを拒絶だと思った。
家族は帰ってこいと書いていたのに。
手紙が道の途中で止まっていただけなのに。
沈黙は時に。
相手が出していない答えまで、勝手に作ってしまう。
蒼汰は父の棺がある方角を見る。
自分も同じだったのかもしれない。
父が何も話さないから。
自分より別の世界の方が大事なのだと思った。
家族に興味がないのだと思った。
ほら話で誤魔化しているのだと思った。
父は、本当に言葉が下手だった。
届かせる努力も足りなかった。
だが沈黙の中で、蒼汰が受け取った答えの全てが。
父の本当の気持ちだったとは限らない。
守
何だ
父さんは
俺に何か送ろうとしたこと、あるのか
手紙を?
うん
ある
蒼汰は少し驚く。
届いてないけど
出してないからな
何でだよ
書いたが
うまくまとまらなかった
何通
守は答えない。
父さん
……二十三
蒼汰は目を見開いた。
二十三通も書いて、一通も出してないのかよ
書き直してる間に
話した方が早いと思った
話してないだろ
そうだな
何してるんだよ、本当に
蒼汰は額を押さえた。
腹が立つ。
父は他人の手紙を夜道で追わせた。
明日では遅いと理解していた。
届かない時間も返事になると分かっていた。
それなのに、自分の息子へ書いた二十三通を。
一通も出さなかった。
コンラートが静かに尋ねる。
守殿が
何かお話しになりましたか
俺に手紙を二十三通書いて
一通も出してないそうです
応接室が静かになる。
コンラートは父の棺がある方角を見る。
長く郵便へ携わってきた人間らしく。
非常に厳しい顔になった。
守殿。
それは
逓送以前の問題です。
守が頭の奥で答える。
分かってる
分かってるって
コンラートは首を横へ振った。
分かるのが遅すぎます。
守が黙る。
蒼汰は少しだけ笑った。
葬儀の席で。
父はまた、かつて怒らせた相手から正しく叱られている。
父の知人たちは、父を英雄として褒めるだけではない。
悪いところは悪いと言う。
だから蒼汰も、彼らの話を信じられるのだと思った。
コンラートが立ち上がる。
去り際、追掛郵袋を蒼汰の前へ残し、深く頭を下げる。
こちらは
奏多家へお預けします。
レオンからの伝言もございます。
蒼汰は顔を上げる。
コンラートは静かに読み上げた。
守殿へ。
あの夜
帰ってこいという手紙を
私より先に見つけてくださり、ありがとうございました。
家へ戻った時
妹は私を殴りました。
二か月も待ったなら
あと一日くらい待て、と。
守が頭の奥でぼそりと言う。
妹の方が正しい
蒼汰は笑いそうになる。
レオンは続けて伝えています。
ですが私は
待つことが怖くなっていました。
返事がない時間へ
自分で答えを付けてしまった。
守殿が手紙を追わせてくださらなければ
私は、帰るなと言われてもいない家から
勝手に遠ざかっていました。
私は帰りました。
妹の子を抱き。
畑の土を踏み。
自分の椅子へ座りました。
それから五十年以上
手紙を届けています。
あの一通の続きとして。
コンラートは一度、父の棺へ向かって頭を下げた。
守殿。
あなたが追わせた郵袋は
今も使われています。
ですから今夜も
明日では遅い手紙があれば走らせます。
守が頭の奥で低く答える。
頼む
蒼汰は伝える。
父さんが
頼むって
承りました。
コンラートは深く一礼し、応接室を去った。
扉が閉まる。
紙と革と馬の匂いだけが残る。
蒼汰は追掛郵袋へ手を置いた。
明日では遅い一通を載せるため。
残り百四十一通までまとめて夜道を走った袋。
守
何だ
俺への二十三通
どこにある
旧校舎の地下だ
どの棚
第二保管区画
まだ開いてないところかよ
ああ
何でそんなところへ入れたんだ
出せなかったから
捨てることもできなかった
蒼汰は目を閉じた。
父の二十三通。
読めば、また腹が立つのだろう。
言い訳ばかりかもしれない。
途中で文章が切れているかもしれない。
大事なところを誤魔化しているかもしれない。
それでも。
届かなかった時間へ、自分で答えを付けたままにしたくなかった。
読める時が来たら読む
守が少し黙る。
それから。
あまり期待するな
しないよ
父さんの文章だし
それならいい
よくないだろ
蒼汰は小さく笑った。
冬城が追掛郵袋と旗を長卓へ運ぶ。
そして次の名簿へ目を落とした。
蒼汰様。
次の方は
王都駅馬院の継馬監です。
守様に
王府監査便用の休養馬を一頭、夜間追掛便へ回されたご当人になります。
蒼汰は顔を上げる。
さっきの馬の持ち主か
守が頭の奥で答える。
馬は駅馬院のものだ
父さんが二回落ちた馬?
一回だ
記録では二回だぞ
二回目は降りただけだ
蒼汰は古い郵袋を見下ろした。
明日では遅かった一通を追いかけるため。
父は郵便の次に。
翌朝の王府監査より、一人の帰る返事を先へ走らせた馬の話まで残していた。
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