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父、奏多守はほら吹きではなかった  作者: てへろっぱ


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48/52

第48話 迎える者は、帰った後の話をする



広間に並んでいた者たちが、一斉に動き始めた。


王族。

官吏。

軍人。

医師。

看護師。

料理人。

地図師。

鐘楼番。

灯守。

魔族。

吸血鬼。

星間航路の監督官。


本来なら、奏多守の棺へ別れを告げるために作られていた列だ。


その列が、冬城の指示で静かに向きを変える。


棺を正面に見る形ではない。


棺の横。

第一会議室へ続く廊下。

その先にいる、まだ帰れない少年を迎える形へ並び直していく。


蒼汰は木笛を握ったまま、通信門と広間の間に立っていた。


第一会議室の床には、二本の太い光が固定されている。


第一錨。


エリオ本人の血。


第二錨。


母親の声、風鈴、胡桃パン、寝台板、窓に残された灯。


残るのは第三錨。


待機者証明。


だが、広間に百人以上が集まっても、床に現れた三本目の線はまだ薄かった。


冬城が端末を確認する。


待機者登録、百四十三名

意志反応も検出されています

ですが、錨としての固定率は十二パーセントから上がりません


蒼汰は眉を寄せた。


百四十三人もいて、それだけなのか


人数の問題ではないようです


エレノアが銀色の端末を操作する。


待っているという意志が、抽象的すぎます

帰ってきてほしい

助けたい

それだけでは、帰還後の座標にならない


蒼汰には意味が分からなかった。


迎える気持ちは本物だ。

義務で並んでいる者ばかりではない。

それなのに、足りない。


カーミラが床を走る深紅の線へ目を細める。


境界路は、帰還後に居場所があるかを見ています


居場所?


はい


カーミラは通信門の向こうで灯を持つミリアを見た。


母親のもとへ戻るだけなら、第二錨で足ります

ですがエリオ殿が失われてから、こちらでは十八年が経過した

当時の国も、村も、家族構成も変わっている


帰還した後

少年をこの世界が受け入れられるか


第三錨は、それを証明するものなのでしょう


蒼汰は奥歯を噛んだ。


帰る場所は見つかった。


だが、帰った後に暮らせるか。


十八年前の九歳の少年が、突然いまの世界へ戻ってくる。

戸籍もない。

現在の国では死亡にも生存にもなっていない。

母親は七十一歳。

父と兄はもういない。

村も家も変わっている。


境界路は、それを理由にエリオを放さない。


守が頭の奥で低く言う。


帰したあとで困るから

ここにいた方が安全だと判断してる


余計なお世話だろ


境界路に善悪はない

維持できる状態を選んでるだけだ


十八年閉じ込めるのが維持かよ


そう判断したんだろうな


蒼汰は木笛を強く握った。


そんな判断は認められない。


だが、怒鳴るだけでは道は開かない。


エレノアが告げる。


第三錨には

帰還後の生活を具体的に保証する情報が必要です


具体的にって、何を言えばいい


例えば

住む場所

身分

治療

教育

食事

保護者

現在の世界で生きるために必要なものです


蒼汰は広間を振り返った。


父へ弔問に来た者たちが並んでいる。


国を動かせる者もいる。

制度を変えられる者もいる。

道を作れる者もいる。

食事を回せる者もいる。

名前を記録できる者もいる。


父が一人ずつ助けた者たち。


その全員が、今度はエリオの帰還後を作れる位置にいる。


蒼汰は冬城を見る。


ただ待つんじゃなくて

帰ってきた後に何をするか、言ってもらえばいいのか


その可能性が高いかと


じゃあ、やろう


冬城が頷く。


承知しました


すぐに広間の中央へ、小さな台が用意された。


父の棺を隠さない位置。

だが弔問者全員から見える場所。


台の上に、白い紙が一枚置かれる。


表題は、冬城の手で書かれた。


エリオ・ファン帰還後受入証明。


その下には、まだ何もない。


蒼汰は台の前へ立った。


何て説明するか考えるより先に、視線が集まる。


百人を超える王や役人や異種族へ話すなんて、普通なら絶対にできない。


だが今は、格好をつける余裕がなかった。


皆さん


広間が静まる。


待ってるだけじゃ、足りないみたいです


エリオが帰ってきても

十八年前と同じ生活には戻れません


家も

村も

国も変わってます


だから境界の道が

帰した後に困るなら、ここに残した方が安全だと判断してるらしいです


広間の空気がわずかに重くなる。


蒼汰は木笛を持ち上げた。


そんな判断は、俺は嫌です


帰った後に困るなら

帰った後を作ればいい


何ができるか

一人ずつ教えてください


待ってるって言葉じゃなくて

エリオが帰った後に、何をしてあげられるか


それを、向こうへ聞かせたいです


少しの沈黙。


最初に前へ出たのは、王都帰還者照合局のフリードリヒだった。


硬い表情のまま、台の前へ立つ。


エリオ・ファン殿が帰還された場合

帰還者照合局は、十八年前の記録と本人の血液照合をもって

即日、正式な帰還者として登録します


死亡者扱いにはしません

身元不明者にも

無所属者にもさせません


鉄の仮帰還札を、白い紙の上へ置く。


その瞬間、第三錨の線が少しだけ明るくなった。


エレノアが数値を見る。


固定率、十二から十八へ上昇


蒼汰は息を呑んだ。


これでいい。


ただ迎えるのではない。

帰った後の居場所を、一つずつ形にする。


次に前へ出たのは、孤児識別記録官アデルハイトだった。


エリオ・ファン殿は当時九歳

現地経過時間が確定するまで、年齢区分を保留とします


本人が少年の姿で帰還した場合

王都孤児識別記録局は、成人記録を強制しません

教育と保護を受ける権利を、失わせません


白い仮識別札を置く。


固定率、二十三。


薬庫番のゲルトルートが続く。


漂流域からの帰還者は

既存の病症区分で判断できない可能性があります


よって王立施療院中央薬庫は

専用診察が完了するまで、必要薬の払出等級を最優先とします


署名不足を理由に

朝まで待たせることはしません


青い空瓶が置かれる。


固定率、二十九。


主任看護師クララが前へ出る。


帰還直後

エリオ殿を一人にはしません


眠っている間も

目を覚ました時も

必ず誰かがそばにいる勤務表を組みます


真鍮の呼鈴が置かれる。


固定率、三十四。


厨房監督ヨーゼフが進み出る。


帰還直後に食べられる物が分からない場合

温かい薄粥から始めます


胡桃が使えるなら

母上様の作り方を教わり

星形のパンを焼きます


端が五つある物を

一番小さいところから食べられる形で


銀の匙が置かれる。


通信門の向こうで、ミリアが口元を押さえた。


木笛から、かすかな声がする。


……ぱん


蒼汰はすぐに答える。


聞こえてるか、エリオ

帰ったら星形の胡桃パンを焼いてくれるって


……ほんと?


ヨーゼフが木笛へ向かい、真剣な顔で答える。


本当です

私は厨房局の責任者です

パンの一つくらいで嘘はつきません


守が頭の奥でぼそりと言う。


あいつのパンは少し硬い


今それ言うなよ


ヨーゼフがなぜか棺の方を見た。


守様が何か仰いましたか


少し硬いって


広間が静まる。


ヨーゼフの眉が動く。


守様には

焼きたてを待たずに持っていかれた記憶があります


頭の奥で守が言う。


急いでた


だから硬かったのは父さんのせいらしいです


ヨーゼフは深く息を吐いた。


では今回は

きちんと焼き上がるまで待っていただきます


広間から、小さな笑いが漏れる。


通信門の向こうで、ミリアも泣きながら笑った。


木笛の奥から、エリオの小さな笑い声が聞こえた気がした。


固定率、四十一。


次に衣料係アンネリーゼが進み出る。


帰還時の衣服が傷んでいる場合

身体を冷やす前に、乾いた寝巻きを用意します


サイズが分からなくても

混合束をほどいて待ちます


白い衣類札が置かれる。


固定率、四十六。


灯守長オットー。


帰還の時刻が夜であれば

通信門から宿までの街灯を消しません


最後の路地まで

灯を残します


青銅の消灯札が置かれる。


固定率、五十一。


鐘楼番エーリヒ。


帰還門が閉じる刻限を迎えても

エリオ殿が道の上にいる限り、第二打は鳴らしません


青銅の楔が置かれる。


固定率、五十七。


港務局のイルゼ。


帰還経路が水路、空路、境界港のいずれであっても

帰還船を出航船より優先します


青銅の出港札が置かれる。


固定率、六十一。


地図師イザベル。


旧ファン村が地図から失われていても

エリオ殿の記憶に残る道を復元します


帰る場所が現在の地図にないなら

現在の地図へ、帰るための線を足します


羅針儀が置かれる。


固定率、六十六。


主席通訳官ユリウス。


エリオ殿の言葉が

現在の言語と異なっていても問題ありません


十八年で変わった言葉を

本人の間違いにはさせません


銀の主席笛が置かれる。


固定率、七十。


一人ずつ。


父に制度を壊された者たちが、今度は制度を使って一人の帰還後を作っていく。


王族も前へ出た。


セレスティアが宮旗の前へ立つ。


エリオ・ファン殿が、どの国の民として扱われるか確定するまで

我が王家が身分と居住を保証します


忠誠も奉仕も求めません

帰還した子どもへ、国を選ばせるような真似はいたしません


小さな宮旗が置かれる。


固定率、七十五。


北嶺王国のアーデルハイト。


当人と母上が望まれるなら

旧ファン村の土地記録、家屋材、移住資料を全て開示します


帰る場所を作り直すためであれば

王国は土地も資材も提供します


白銀獅子大勲章ではなく、削られた勲札を置く。


固定率、七十九。


グラディウスが前へ出る。


魔王が何を保証するのか。


蒼汰だけでなく、広間の何人かがわずかに身構えた。


グラディウスは木笛を見る。


エリオ・ファン


聞こえているか


雑音の向こうから、小さな返事。


……うん


私はグラディウス

守の友人だ


守が頭の奥で言う。


自分で言うな


蒼汰は黙っていた。

今は伝えない方がいい。


グラディウスは続ける。


帰還後

お前を勇者にも、聖者にも、境界の奇跡にもさせない


ただの帰還者として扱う


誰かがお前を利用しようとするなら

私が止める


方法については、守の息子に聞かせられないので省く


蒼汰は即座に口を挟んだ。


省いてください

絶対に


グラディウスが小さく笑う。


承知した


黒い小さな紋章石を置く。


固定率、八十四。


次にカーミラが進み出る。


エリオ殿


……はい


母上と再会された後

時間差による寿命、肉体年齢、血脈の変化を調べます


必要であれば

母上と過ごす時間が短くならないよう、血の公域が治療を提供します


ただし、眷属化や血盟は

お二人が望まない限り一切行いません


深紅の夜紋が置かれる。


固定率、八十九。


蒼汰は思わずカーミラを見る。


そこまでできるんですか


可能性の話です

人間の時間を無理に伸ばすことが幸福とは限りませんので

選ぶのは、お二人です


通信門の向こうで、ミリアが深く頭を下げる。


ありがとうございます


カーミラも静かに礼を返した。


エレノアが進み出る。


漂流域での時間経過を解析し

エリオ殿の身体とこちらの世界の時間差を調整します


帰還後、急に十八年分の時間が押し寄せないよう

星間航路管理局が責任を持ちます


帰還優先灯の運用標が置かれる。


固定率、九十三。


残り七パーセント。


広間にはまだ大勢がいる。

申し出も続いている。


住居。

教育。

治療。

戸籍。

食事。

衣類。

安全。

言葉。

道。


必要なものは、ほとんど揃っている。


だが第三錨の線は、九十三パーセントで止まった。


冬城が端末を見る。


不足項目があります


何が足りないんだ


蒼汰が尋ねる。


帰還後の責任主体


今までの保証だけでは駄目なのか


支援者は揃っています

ですが最終的に、誰がエリオ様の帰還後を自分の責任として引き受けるのか

その証明が必要です


蒼汰は通信門を見る。


向こうには母親がいる。


当然、母親なのではないか。


だがミリアは七十一歳だ。

息子が帰ってきたあと、どれだけ共にいられるか分からない。


境界路は、それを見ている。


母親がいなくなった後。

支援制度の担当者が変わった後。

今日ここにいる者たちが帰国した後。


最後まで誰が、エリオの帰還を終わらせないのか。


広間が静まる。


王が引き受ければ、国の都合へ巻き込む。


保護局が引き受ければ、制度上の対象になる。


魔王や吸血公が引き受ければ、人間の少年には重すぎる。


誰もが大きな力を持っているからこそ、簡単には名乗れなかった。


蒼汰は頭の奥へ問いかける。


父さん


何だ


父さんなら、どうした


私が引き受けた


即答だった。


やっぱりそうか


ああ


でも、父さんは死んだ


ああ


蒼汰は目を閉じる。


父の仕事を継ぐとは決めていない。


未帰還者全員を背負うとも言えない。


境界管理者になるかどうかも分からない。


だが、エリオの声へ答えたのは自分だ。


もう一人で待たせないと言った。


消えても、また繋ぐと約束した。


帰った後のことを他人へ任せ、自分だけ元の生活へ戻るのは、その言葉と違う。


冬城さん


はい


責任主体って

家族にならないと駄目なのか


いいえ

必ずしも親族である必要はありません


後見人、身元保証者、帰還担当者

表現は制度ごとに異なります

ですが重要なのは

エリオ様が現在の世界で居場所を失った時、最後まで手を離さない方です


蒼汰は木笛を見る。


父は十八年間、手を離さなかった。


自分に同じことができるかは分からない。


だが今ここで、誰かに押しつけたくはなかった。


蒼汰は台の前へ出る。


白い紙の最後の空欄。


帰還後責任者。


冬城が差し出した銀筆を受け取る。


守が頭の奥で言う。


蒼汰

無理に書くな


初めてだった。


父が、自分の残したものから蒼汰を止めた。


母さんの手紙にもあった

ここで手を離して、自分の人生を生きてもいいって


ああ


父さんも、そう思ってるのか


思ってる

これは私の失敗だ


蒼汰は銀筆を握ったまま、小さく息を吐いた。


それが駄目なんだよ


何が


エリオのことを、ずっと自分の失敗って呼んでるところ


守が黙る。


帰せなかったのは失敗かもしれない

でも、帰ってきた後の人生まで、父さんの失敗じゃない


エリオの人生だろ


だったら

誰かが罪悪感で抱えるんじゃなくて

帰ってきた本人と話しながら決めればいい


蒼汰は白い紙へ銀筆を置く。


一生面倒を見るとか

全部背負うとか

そんな格好いい約束はできない


でも


困った時に、連絡を無視しない

制度から外れた時に、一緒に次を探す

母親がいなくなった後も

帰ってきたことをなかったことにはしない


それくらいなら約束できる


守の声が、少しだけ震える。


蒼汰


俺は父さんの仕事を継ぐんじゃない


蒼汰は名前を書く。


奏多蒼汰。


ただ

俺が返事をした相手への責任だけ取る


銀筆が紙から離れる。


第三錨の光が、一気に広がった。


九十三。


九十六。


九十九。


そして。


待機者証明、認証。


第三錨、固定。


広間全体を青白い光が走った。


並べられた全ての品が、一瞬だけ輝く。


黒箱。

旗。

鍵。

鐘槌。

呼鈴。

銀の匙。

仮帰還札。

識別札。

衣類札。

消灯札。


父が誰かを帰すために触れた物が、今度は一人を迎えるための道標になる。


第一会議室の床から、三本の光が天井へ伸びた。


第一錨。


対象血液。


第二錨。


帰還先記憶。


第三錨。


待機者証明。


帰還路構築条件、達成。


通信門の向こうで、ミリアが油灯を抱きしめる。


エリオの声が震えた。


……みち

ひかった


蒼汰は木笛へ向かって言う。


こっちも光った


……かえれる?


蒼汰は一度だけ目を閉じた。


もう、帰れるとはまだ言えない、だけではない。


道を作る条件は揃った。


だが実際に帰還できるかは、これからだ。


だから正確に答える。


帰る道を

今から開ける


……うん


怖いか


……こわい


俺も怖い


……そうたも?


当たり前だろ

こんなの初めてだからな


守が頭の奥でぼそりと言う。


普通は何度もやらん


父さんは黙ってろ


グラディウスが両手を広げる。


門を開く準備をする


カーミラの周囲に深紅の光が集まる。


血脈追跡を最大まで上げます


エレノアが端末を構える。


時間差補正開始

漂流域の経過速度を固定します


イザベルが二枚の地図を重ね、一本の銀針を突き立てる。


帰還先座標、レーヴェ村

窓の灯を基点に固定


冬城が広間全体へ告げる。


待機者の皆様

これより帰還儀礼を開始します


声は不要です

エリオ・ファン様が、この場所へ帰還されることを願ってください


無理に祈る必要はありません

ただ

帰ってきた後に、自分が何をすると約束したかを忘れないでください


広間の者たちが姿勢を正す。


父の棺の横で。


父を送りに来た者たちが。


一人の少年を迎えるため、静かに待つ。


三本の錨から、細い道が伸び始める。


白い道の向こう。

黒い影が大きく動く。


境界路そのものが、帰還門の形成を阻もうと形を変える。


エリオの声が震えた。


……きた

また、くらいの


蒼汰は木笛を握る。


大丈夫とは言わない。


怖くないとも言わない。


それでも、今度は一人ではない。


エリオ

風鈴の音だけ聞け


通信門の向こうで、ミリアが入口の風鈴を鳴らす。


ちりん。


小さな音が、異なる世界を越えて届く。


……きこえる


その音の方へ来い


……うん


黒い影が白い道を覆う。


グラディウスが低く笑う。


お前が十八年押し返せなかった道だ


今度は、こちらが借りるぞ


頭の奥で守がぼそりと言う。


壊すなよ


蒼汰は思わず叫んだ。


父さんが、壊すなって言ってます


グラディウスは楽しそうに笑った。


善処しよう


絶対壊す気だろ


カーミラが静かに補足する。


完全には壊しません

帰還に必要な幅だけ、少々形を変えます


父さんの知り合い

本当に全員同じ言い方するな


蒼汰の言葉に、広間から小さな笑いが漏れる。


その笑いさえ、第三錨へ流れ込んだ。


張り詰めた祈りだけではない。


帰った後に食べるパン。

乾いた寝巻き。

消さない街灯。

面倒な戸籍。

言葉の違い。

少し硬いパンを巡る苦情。


生きて帰った後に待つ、ごく普通の面倒。


それこそが、エリオをこちらへ引く力になる。


白い道の先に、小さな人影が見えた。


九歳ほどの少年。


片手に何かを握り。

もう片方の手で、黒い影を避けるように走っている。


エレノアが叫ぶ。


対象視認

帰還路開通まで、残り十九秒


十九秒。


境界路が閉じるまでの時間。


鐘楼番エーリヒが、棺の横に置いた青銅の楔へ手を添える。


十九秒なら

第二打を待たせるには十分です


街灯局のオットーが消灯札を握る。


最後の筋へ灯を残します


関門官フリードリヒが鉄札を持ち上げる。


門まで来れば

帳簿より先に中へ入れます


蒼汰は木笛を胸元へ引き寄せる。


走れ、エリオ


黒い影が少年の背後から迫る。


白い道が大きく揺れる。


十八。


十七。


十六。


帰還路の先に、父を送りに来た全員が立っている。


だがその視線は今、棺ではなく。


十八年間、帰れなかった少年へ向けられていた。


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