9 キキディベル・ガルダの雪解け
「キキ、聞いておるのか!」
「うぇ!? も、もちろんです。父上。」
ガルダ辺境伯の屋敷に戻ってきた俺キキディベル・ガルダは、父上の長い長い説教に疲れ果てていた。
「大体お前は、どうしていつも無鉄砲に走り出してしまうんだ。お前の姉とは大違い……」
オルゴールの入ったバッグをギュッと握りしめた。
父上はいつも俺が何かする度に姉上の名前を出す。
姉上はお前と同じ年頃にはもっと勉強が出来ていた。
もっと剣を自在に操れていた。
なのにどうしてお前は出来ないのだ、と。
きっと姉上は、父上と母上の良いところを全部取って産まれてきたんだ。あとに産まれた俺は、その残りしか持たずに産まれてしまった。
——勝ち目なんて、最初からないじゃないか。
この事実に気が付いているのが俺だけってことが、より悲しい。
「全く……、お前に一週間の謹慎を言い渡す!」
苦しい……。
ふと、キロエが言っていたことを思い出した。
『仕方がない、のではないでしょうか?』
まるで童話に出てくるお姫様みたいに綺麗で、可憐な立ち居振る舞い。なのに、機械仕掛けのお人形みたいに表情が全く変わらない不思議な女性。
彼女の前では格好付けてあんなことを言ったけど、本当はさ。何度もそう思ったよ。
姉上は最初から俺を嫌っていた。
今更、少し話せるようになった関係がなくなったって、なんともない。どうせ姉上は春が来る前にいなくなるんだから。
これは仕方がない。
諦めて切り捨てる方が良いって。
でも……、出来なかった。
なんでだろうね。
「…………キキ、どうした?」
意味も分からず見下されていたのに。
どうせなら、居なくなる日まで俺を許さないでくれたら良かったのに。
「キキ……っ!? しっかりしろ!!」
涙なんて、見せないでよ。
姉上……。
貴方はズルい人だ。
「誰か、すぐに医者を呼べ!!」
——こんな出来の悪い弟で、ごめんね……。
俺は家に着いた安堵からか、高熱を出してしまったらしい。
あの日から一週間が経つ。
俺はまだベッドの上。
ため息を吐くと、部屋の扉を叩く音がした。
「キキディベル。今、少し良いかしら?」
「姉上……、もちろんです。」
ベッド横に置かれた椅子に腰を下ろす姉上は、俺とよく似た焦茶色の髪を靡かせている。
「姉上……。その、俺……、」
「キキディベル、話したいことがあるならハッキリ言いなさい。」
昔からこの瞳が苦手だ。
騎士のように冷静で、こちらを値踏みするような視線。
お前をまだ認めません。
そう言われているようだった。
「本来なら、男性の意見を先に聞くのがマナー。でも、今日は私から話させてもらうわ。」
俺が頷くより先に、姉上は自身の膝に件のオルゴールを置いた。
「それはっ!!」
「貴方の護衛に、事の経緯と一緒に手渡されたのよ。こんな物のために命を賭けるなんて、馬鹿がすることだわ。」
ピシャリと言い切る姿は父上そっくり。
「ごめん、なさい……。」
あのクソ店主、物に想いを込めれば届くって言ってたのに。嘘じゃないか。姉上はずっと怒ったまま。
仲直りなんて…………、
出来ない。
「でも、直してくれて……その、ありがとう。凄く嬉しいの。」
白く美しい肌が自慢の姉上が、頬を赤く染めていた。
こんな顔、初めて見た……。
「それから、あの日言ってしまったことも謝罪するわ。貴方は何も悪くないのに。」
姉上は膝に置いたオルゴールを優しい手付きで撫でる。そして口からふぅと、息を吐き出した。
「私、貴方が産まれた時、本当はホッとしたのよ。」
「…………え?」
「これで周りの女の子と同じように暮らせる。勉強漬けの毎日を送らなくて済むって。」
オルゴールを撫でていた手は止まり、代わりに慈しむような瞳をした。
「ただ……。父上と母上、それから屋敷の全員の関心が全て貴方に向くとは思わなかったの。」
ふと、目が合った。
この瞳を俺は知っている。
俺がずっと姉上を見ていた瞳と同じだから。
羨ましくて、妬ましい。
なのに……嫌いには、なれない。
「まるで、私は用済みのガラクタになったような気持ちだったわ。」
それは家に居るのに、居場所がないようなもの。
「父上からは急に女らしくしろと言われたの。ほんの少し前までは、男をひれ伏せるほど強く逞しい女になれと言っていたのに。」
姉上は全部持っている人だと思っていた。
悩みなんてないと。
常に完璧な人だって、思ってた。
「母上との週に一度のお出掛けも、貴方が産まれてからはめっきりとなくなってしまった。」
俺と同じだった。
ずっと苦しかったんだね。
「キキディベルが悪いわけじゃないのに。姉として貴方を見守ってあげたかったのに。…………なにも、出来なかった。」
ごめんなさい、となんとか吐き出した姉上は涙を溢した。
「姉上。俺のことはキキって呼んでよ。」
俺達は家族なんだから。
こんなにも、似ているんだから。
「それから、オルゴールを壊してしまってごめんなさい。元通りには直ってないかも知れないけど。俺ね、凄く頑張ったんだ。」
俺の話を聞いて?
話したい事がいっぱいあるんだ。
「キキ……、ありがとう。今のオルゴールの方が気に入ってるのよ。頑張った話も聞かせてちょうだい?」
ギュッと握られた手はとても温かい。
見えないけど、ここに確かな想いがある気がした。
それが凄く嬉しかったんだ。
それから俺たちは、空いた時間を埋めるように沢山の話をしたんだ。恐ろしく荒れた部屋から小さな部品を見つけたこと。クソ店主のこと。父上の愚痴に、母上の宥め方。
——そして……、恋の話。
俺にはまだあまりピンとこなかったけど、姉上は夫になる人のことを話す時が一番嬉しそうだった。
「姉上……、時間です。」
「ええ。」
春はすぐそこまで来ている。
生命が産声を上げる少し前、姉上の婚礼式が執り行われた。
「とても綺麗です。」
純白のドレスに身を包む姉上は今日、世界中の誰よりも輝いている。
「キキ、ありがとう。」
その膝の上には、愛らしいオルゴールが。
「姉上……。お、俺ッ……」
「ふふ。しっかりなさい、未来の当主様。」
立ち上がる花嫁は大きな窓から晴天の空を見上げ、手を伸ばした。
「私、幸せになるわよ。」
なにかを掴み取るように強く手を握りしめ、くるりと振り向いた。彼女の顔には、いつぞやに見た光の花が咲いていた。
「だから……、貴方も幸せになって。」
………………。
…………。
………
……
追伸 親愛なる弟へ
以前、話してくれた修復店のことだけど。
店主がどうやってオルゴールを直してくれたか覚えてないって言っていたわよね?
あの時はキキが疲れて熱も出ていたせいで覚えてないだけだって言ったけど、少し気になって調べてみたの。
やっぱり腕が良いただの修理屋の店主みたいね。
でも、リュゼって名前をどこかで聞き覚えがあると思っていて……、思い出したの。
彼の名前、古い文献で見かけた魔法使いと同じ名前だったわ。もしかしたら、あの聖地ベルハーラになにか関係あるかも、なんて。
これって偶然かしらね?
面白いと思わない?
貴方も気になるなら調べてみると良いわ。なにせ、うちの領地にはそれらの文献が多く残っているはずだから。
身体には気をつけて。
また来年、そちらに会いに行くわ。
私の最愛を連れて……。
貴方を見守る姉より
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
キロエとリュゼの旅を応援したいと思っていただけましたら、☆☆☆☆☆評価やブックマークをいただけると、とても励みになります。
また次回、お会いしましょう。




