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さよなら、婚約者様。こんにちは、偽りの魔法使い。  作者: 穂村 ミシイ


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8 代えが利かない唯一になることを願っている。

「たった二つ……?」

「そう。修復師に必要なのは二つの魔法だけ。その内の一つが〝リペア〟」


 リュゼは手に持った杖で指揮するように、空中に絵を描くように軽やかに振るった。


「クソガキ。これに込めたい想いを願え。」

「……え?」


 杖の先から出た丸みを帯びた光は、寝起きの太陽より輝きながらオルゴールを包んだ。


「物には、人間の想いが宿る。それは幸せであったり、絶望であったり。色々だ。言葉では上手く伝えられなくても、物に込めれば想いは届く。その想いが強ければ強いほど、このオルゴールは元の形に近づくだろうさ。」


 想いの強さ……。

 オルゴールを壊してしまった罪悪感だけでは埋められないなにか。それがリュゼが言っていた「物を想う気持ち」なのかも知れない。


「オルゴールに込めたい想い……」


 キキは噛み締めるように反芻し、咀嚼して、飲み込んだ。次に出てくる言葉がリュゼを満足させるものであることを願うしかなかった。


「それなら……、俺は。姉上に幸せになって欲しい。領主にならなくて良かったって思えるぐらい。ずっと笑って生きていって欲しいんだっ!」


 キキを、それからリュゼを見た。


「極上だ。その想いを込めましょう。」


 あの日見た太陽みたいな笑顔が咲いた。

 リュゼが杖を高く振り被る。すると、キキの胸元の辺りから陽だまり色の光の球体が浮かび、オルゴールへ目掛けて飛んだ。


「うわぁ……。」


 陽だまり色の球体はオルゴールに触れると弾け、雨のように降り注いだ。染み込んだ光は輝きをより一層強めて次の瞬間、朝露を受けた花が咲くようにゆっくりと。でも力強く、オルゴールを包みながら大輪の光の花を咲かせた。


「お望みの品の修復が終わりました。」


 リュゼから手渡されたオルゴールを、キキは赤子を触るみたく優しく、しっかりと受け取った。


「凄い……。魔法なんて、初めてみた。」


 機械仕掛けを回せばカチチと音を立て、部屋に美しい音色を響かせてる。


「ちゃんと、直ってる……。」


 壊れてしまった人形も。

 それが赤子を抱く女性だったと、知った。

 

「こんな音色だったんだね。」

「……とても美しいです。」

「うん……、うん。姉上が大切にしていた理由が分かったよ。」


 堪え切れない涙でオルゴールが濡れないように、キキは空を仰いだ。その間も、柔らかな音色で三人を包んでいた。

 

「このオルゴールを諦めなくて良かった……!」


 そう泣きながら笑うキキの顔が、脳裏に焼き付いて離れない。見比べるように自分の手のひらを見る。


 ——なにも、ない……。


 キキはあんなに満足を手に入れているのに。

 私はなにも持っていない。

 涙も、天を仰ぐほどの喜びも、全部。

 

 私の周りだけ温度が違うんだ。

 私だけ、まだ夜道を歩いているみたい……。


「はい、これ。」

「…………え?」


 リュゼが私の手のひらに小さな部品を乗せた。


「キロエがみつけたんだろ?」

「そう、ですが……」

「じゃあ君が持って置くべきだ。」


 オルゴールの修復に使ったとばかり思っていた。

 なぜ、ここにあるのだろう?


「しゅ、修復に失敗したのですか!?」


 キキはすかさずオルゴールを見返す。

 私も目をやるが、支障はないように見える。

 

「え? 僕、別にオルゴールの修復に使うなんてひと言も言ってないけど。」

「はぁ……?」

 

 ケロッとした顔でリュゼが言い放つ。

 困惑より先にキキの怒りが爆発した。


「ハハハ。でもそのおかげで込めたい想いが定まったんだ。初めから修復していたらこんなにも綺麗に直らなかったよ。」


 感謝して欲しいぐらいだ、と言ってのけた。

 キキは戦意喪失して窓の外を見ると、遠くの方で彼を呼ぶ声がした。もう時期、キキの護衛がここへやって来るだろう。彼が急いで部屋の扉を開けて出て行くのを見ながら、私はリュゼに近づいた。


「部屋の会話を聞いておられたのですか?」

「この家の壁は薄いからね。たまたま聞こえたんだよ。」


 眠そうなあくびをして。


「さ、クソガキは早く帰る準備をしろ。」

「俺はキキディベルだ。平民が偉そうに命令するな!」


 洋服は昨日と同じまま。


「それは失礼。報酬はしっかり頂きますね、お貴族様。」

「分かってる。俺だって約束はちゃんと守る男だ。」


 目も少し充血させて。

 それでも〝たまたまだ〟と言う。


「あ、そうだ。クソガキ、ちょっとこっち向け。」

「だから俺はっ……!!」

「これでよし。」

 

 キキの耳元で何かを囁く姿は兄弟みたい。


「…………変わった人。」

「キロエ、なにか言ったかい?」


 彼から目が離せない。

 少しでいいから……、

 近づきたい。


「私にも……、いつか分かるでしょうか?」

「なにを?」

「物に込める想い。魔法のこと。リュゼのこと。それから、リュゼが言った〝都合の良い人〟の意味も。」


 階段を降りながら、リュゼは背を向けたまま「さぁね」とひと言、呟いた。


「キロエ。もし困った事があったら俺に言ってよ。今度は俺が手伝ってあげるから!」

「はい。ありがとうございます。」


 程なくして、護衛がこの家に辿り着いた。

 キキの素早い説明で私達が疑われることはなく、キキもすぐに帰路に着くこととなった。

 

 これだけの騒ぎを起こしたのだからそれなりのお叱りは覚悟しておくように、と言い含められるキキの顔は、地獄を見たような悍ましいものだった。


「じゃあ、キロエ。また会おうね!」

「はい。」

「それから、クソ店主。…………ありがとう。」


 最後まで可愛くない、とリュゼはぼやいていたけど、キキを見送る顔は笑っていた。


「魔法を使ったから疲れた。」

「すぐにお茶を淹れますね。」

「助かるよー。」


 家に戻るとリュゼは脱力を体現しながら、いつもの椅子に腰掛ける。私はキッチンで安物のアールグレイを淹れてから、リュゼの元へと戻った。


「リュゼ、どうぞ。」

「ありがとう。で、どうだった?」


 手渡したマグカップに口を付けながら、リュゼはこちらに問う。

 

「……なにがですか?」

「修復師の仕事さ。どう思った?」


 思い返されるのはキキの笑顔。

 それからリュゼが振るった杖から発せられた絵画のような美しい魔法。


「おとぎ話を読んでいるみたい、でした。」


 とても素敵な、他人の幸せ。

 ただそれを外から見ていた。


「私には、まだ、人の感情が上手く理解、出来ません。」

 

 私なんかに出来るとは思えない。

 それでも——……、

 

「もし……、もしも。私が人の感情を理解出来る日がきたら。私も、修復師に、なってみたいです……。」


 口にしてしまった。

 まだ早いと怒られるだろうか。

 見習いにもなれていない分際でと、笑われるだろうか。

 リュゼの反応が怖くて、ギュッと目を閉じた。

 

「それは良かった。」


 返ってきた返事は、思わず瞳を見開いてしまうぐらい温かくて。


「楽しみにしているよ。」


 彼の声も穏やかな表情も、全部全部。

 私はきっと、今日の出来事を忘れられないだろう。

 

「リュゼは、どうしてこの仕事をしようと思ったのですか?」


 ふと、そう思った事が口から滑り落ちた。

 魔法を使えば、もっと自分本位に生きることも出来るだろう。だって、なんでも直せるのだ。


 金儲けし放題。

 王都に店を構えれば有名店にもなれるだろう。

 でも、彼はそうしない。

 なにか深い理由があるのかも知れない。


「今日はやけにお喋りだね。」

「……申し訳ございません。」

「別にいいよ。でもそうだな……、」


 持っていたマグカップを机に置き、顎に手を置いたリュゼは少し考えて、それから笑った。


「僕、この魔法が大好きなんだよね。」

 

 彼の回答はたったそれだけ。

 私の質問の答えにはまるでなっていない。

 心底満足そうに笑って。

 今年の春が楽しみだと、呟いた。


「そうだ。さっきの小さな部品、貸してくれる?」

「……は、はい。」


 手渡すとリュゼは懐から一本の杖を取り出した。


「この小さな部品はね、僕が探していた物なんだ。魔力を集めて放出するとても貴重な部品でね。」

「……本当に、オルゴールとは関係なかったんですね。」

「ないない。全然ない。」


 ハハハ、と笑い飛ばすリュゼは手に持った杖の先端にその部品を取り付けた。


「はい、出来た。」

「…………これは?」

「魔法使いに必要なキロエ専用の杖だ。」

「私の……」


 手渡された杖は、美しい花の彫刻が施されていた。


「部屋のベッドと同じ模様……。」

「その杖はね、君が昨日の晩に捨てた木の枝だよ。」


 リュゼは言葉に、表情に、居た堪れない。


「申し訳、ございません。」

「謝って欲しいわけじゃない。ただ……、」


 空気を飲み込んだリュゼは、消えてしまいそうなぐらい弱々しい声で、言った。

 

「その杖が、君の代えが利かない唯一になることを願っている。」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


キロエとリュゼの旅を応援したいと思っていただけましたら、☆☆☆☆☆評価やブックマークをいただけると、とても励みになります。


また次回、お会いしましょう。

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