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さよなら、婚約者様。こんにちは、偽りの魔法使い。  作者: 穂村 ミシイ


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10/13

10 質問があります。

「魔法とは、どう使うのですか?」


 リュゼから杖をもらって一夜が明けた。

 私の脳裏には、いまだに昨日見たリュゼの美しい魔法と、キキの満面の笑みが焼きついて離れない。


「……僕、見習いは春からって言わなかったっけ?」

「はい。ですから実技ではなく知識として聞いています。」


 なるほど、と納得したリュゼは床をキョロキョロと見渡し始めた。


「クルッポ、あれどこに置いたっけ?」

「ポー……、」


 首をクルクル回している辺り、クルッポもリュゼの探し物の位置を知らないのだろう。


 程なくして、ランドリールームの奥から声が聞こえた。

 嬉しそうに戻ってきたリュゼに手渡されたのは、一冊の分厚い本。


「〝基礎魔法の全て〟」

「そう。キロエの知りたいことはこの本に全部書いてあると思うから。」


 背表紙には『著者、ベグラジ・フォリューシオ』と書かれている。


 姓がある。

 この本の著者は貴族だ。

 でも……、聞いたことのない名前。


「僕は立て続けに魔法を使ったからさ。まだ疲れが取れないんだよ。読み終わったら教えて。」


 それだけ残し、リュゼは自室へと戻ってしまった。

 その背を見送ってから本の表紙に手をかける。


「で。もう、読み終わったの…………?」

「はい。」


 リュゼの指示通り読み終わったことを報告に部屋へ赴いた。癖っ毛の黒髪に寝癖を付けたままの彼が、眠そうに目を擦って口を開く。

 

「まだ……、昼前だよね?」

「速読には慣れておりますので。」


 元々、ネーベル家の資産やマリーの衣装代の捻出など、お父様から命じられた仕事をこなすため、本を読み漁っていた。この程度の本ならばそう時間は掛からない。


「そこで、質問があるのですが。」

「…………どうぞ。」

「この本によると、魔法はまず基礎である四属性魔法を身に付けるべきと。ですが、リュゼは私に二つしか教えないと言いました。何故ですか?」


 くわぁ、と大きなあくび。

 気だるげな瞳は宙を彷徨う。


「今の世界で基礎魔法が必要ないから、だね。」


 基礎魔法を使うより蛇口を捻る方が簡単だもの、と笑い飛ばすリュゼ。納得ではあるのだけど……、


「では、なぜこの本を読ませたのですか?」

「だって魔法の使い方を知りたいっていうから。」

「使い方は載っていません。」

「基礎魔法の使い方は書いてあったろ?」

「ですが基礎魔法は使用しないのですよね?」


 絶妙にすれ違う会話。

 二人して首を傾げ合った。


「つまり、キロエは教わる魔法の使い方が知りたいのかい?」

「はい。」

「だったらもっと簡単だ。」


 リュゼは床を指差した。


「この家にある全ての本を読んで理解し、知識として蓄えればいい。」

「……え?」

「リペアの魔法に必要なのはたった二つ。込めたい想いと直したいモノの構造把握。そこに魔力を込めるだけ。」


 簡単だろ、とウインクが飛ぶ。


「そうだな。キロエに課題を出そう。」

「課題、ですか?」


 師匠として初めて出す課題だよ、と少し楽しげなリュゼはニヤリと笑った。

 

「リペアリアが開店する春までに、この家にある本を全て読みなさい。」


 ……春まで?

 今は冬の中旬辺り。

 春までは残り三ヶ月ぐらい。

 ざっと見渡して数千冊、いや、数万冊はある本を全て?


「それじゃあ、おやすみ。」

 

 唖然とする私を置き去りに、ヒラヒラ手を振ったリュゼは自室の扉を閉めた。


「…………………………え?」


 天気は快晴。

 師匠は快眠。おそらくクルッポも。

 これ以上、彼らから指示を仰ぐのは厳しいだろう。


 ならば、やるしかない。


 床に散らばった数々の本をゆっくりと手に重ねて、私は自室に籠った。


「よし……。」


 雪が散らつく朝。

 そこには、いつもとは違う匂いが漂っている。

 本の紙とインクの香りだ。

 

 昼時は紅茶を啜りながら本を読む。

 夜になれば布団を頭まで被り、本から逃げるように目を閉じた。文字と記号に埋もれる日々。


「リュゼ。質問があります。」

「…………まだ、夜明け前で眠たいんだけど。」

「課題を終わらせるため、必要と判断しました。」

「……………………………………はい。」


 来る日も来る日もページを捲る。

 両手には、古びた紙の匂いが染み付いた。


「リュゼ、質問です。」

「もうこのパターンにも慣れてきたよ。どうぞ。」


 呆れ顔をするリュゼも、なんだかんだ私に付き合ってくれる。

 

「頂いた杖に彫られた花はなんと言う名前なのでしょうか?」

「…………花の図鑑を調べれば良いんじゃないかな。」

「どの図鑑にも載っておりませんでした。」

「それはそれは。」

「知りたいのです。教えて下さい。」


 リュゼから初めて貰った贈り物だから。

 どうしても花の名前も意味も、知りたい。


「あー…………、忘れた。」


 髪をポリポリと掻いてあくびまで。

 リュゼは質問に付き合ってはくれるけど、いつも答えをくれるとは限らない。


「思い出してください。」

「無理だよー。」

「では新しい図鑑が欲しいです。」

「図鑑って結構高いんだよね。」

「では、ネーベル家から持参した衣服を売ってきます。」

「待て待て。春、そう春になったら買ってくるから!」


 こんなやり取りをしながら。

 日々は穏やかに、少し慌しく過ぎていった。


「あ……、ベグラジ・フォリューシオ様が書いた本。」


 本を読み漁っていると同じ著者が大体分かってくる。その中で特に多く登場するのがこのベグラジ・フォリューシオという人物。


 彼の書く本は決まって魔法に関すること。

 その内容はとても興味深いものが多い。

 今回も表題に強く心を惹かれた。


「〝聖地ベルハーラと世界樹について〟」


 ——世界樹……?


「あれ……、なんで〝聖地〟なのかしら。」

 

 リュゼにベルハーラが救済都市だったと聞かされるまでは一度も疑問に思いもしなかった。でも今は不思議で仕方がない。

 

 魔法が生まれた都市ではない。

 ベルハーラは魔道を極めるための都市だった。

 宗教が発展したと言う話も聞かない。

 聖地ではなく、救済都市として世間に周知されてもいいはずだ。


 ——表題の世界樹に関係があるのだろうか……?

 

 脈打つ鼓動を抑え、本のページを捲った。


『ベルハーラは、あの最北端である極寒の土地で建築されねばならなかった。』


 さっきよりもずっと心臓が速く動いている。

 ページを捲る手が止まらない。


『世界樹を守る為に。』


 なんと興味深いのだろうか。

 続きが気になって仕方がない。

 私は今、ベグラジ・フォリューシオの導きで推理小説を読んでいる気分。早く秘められた真実を解き明かしたい。


「………………ねぇ。キロエッ!!」

「んきゃ!?」


 背後からリュゼに肩を叩かれた驚きの余り、本を床に落としてしまった。


「朝食出来たよって、何度呼んでも返事がなかったから心配になって……。ごめんね。」

「あ……、いえ。つい没頭しておりました。」

「目の下、酷いクマになってる。そんなに面白い本、この家にあったかな?」


 笑いながら本を拾おうとしたリュゼの身体が一瞬、ピタリと止まった。


「…………リュゼ?」

「ああ、すまない。」


 本を拾い上げた彼に礼を言って手を差し出した。


「この本は読む必要ないから、僕が預かっておくね。」

「え……」


 あの顔だ……。

 私が大切な木の枝を捨ててしまった時と同じ。

 笑っていながら、彼は怒っている。


 また、なにか気に触る事をしてしまっただろうか?

 リュゼはなにに対して怒っているのだろう?


「……なにが、いけなかったでしょうか?」

「え? キロエはなにも悪くないよ。」


 本を持ち、背を向けて歩いて行く。


「リュゼが怒っていると、胸が。胸の奥が、ザワザワします。」


 私は彼に少しでも近づきたかっただけなのに。

 なんで彼はこんなに遠いのだろう。


「…………怒ってないよ。」


 こちらを向き直った彼は、困ったように笑っていた。


「キロエにこの本を読んで欲しくなかっただけ。本の内容が間違っているからね。」

「そう、なのですか……?」


 私の頭にポンと手を置いて「ああ」と小さく頷く。


「この本に出てくる世界樹という大きな木はね、他の木と違って空気中に魔力の源である魔素を吐き出していた。」


 リュゼがくしゃくしゃに頭を撫でるせいで前がよく見えない。


「アレはただ、それだけの木なんだ……。」


 彼の顔もよく見えない。

 聞こえる声は朗らか。

 本当にもう怒ってはいないみたい。

 

「さ、朝ごはんにしよう!」


 でも、私……。

 その本を半分ぐらいまで読んだのです。


 リュゼの言っていたことは本の記述と同じ。

 問題は、その後を彼が言っていないこと。


『世界樹は、世界中の魔素をたった一本で支えている。もし、世界樹がなくなれば、この世界から確実に魔法は消え去るだろう。』

 

 ——本の記述が間違っているの……?


「リュゼ、質問よろしいでしょうか?」

「……なんだい?」


 背を向けたまま、耳だけこちらを向けて。

 彼は「最近は質問が多いな」とぼやく。

 

「私は本当に、魔法使いの、修復師になれますか?」


 口を開いて、一度閉じて。

 私は彼を見た。


「ああ……、君は特別だから。」


 ——特別……。

 

 出会った時も言っていた。

 あの時は胸が凄くじんわりしたのに、今はモヤが掛かってしまう。


「…………そう、ですか。」


 薄々……、気づいてはいたの。

 用意された部屋だけが異様に片付いていたこと。

 キッチンに置かれた幾つもの使いかけのマグカップ。

 二人掛けのダイニングテーブル。

 この家のあちこちに残る、人が暮らした痕跡。

 

 ——貴方は何人の弟子に、そう言ってきたのですか?

 

 先に階段を降りる彼に、聞けなかった……。

 


 雪は久しく見ていない。

 木の枝の先、開花を待つ蕾がはち切れんばかりに丸みを帯びた。


 緑が目覚めの時を迎えている。

 春は、もうすぐそこだ。


 なのに……、私の心には小さな雪が降り積もる。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


キロエとリュゼの旅を応援したいと思っていただけましたら、☆☆☆☆☆評価やブックマークをいただけると、とても励みになります。


また次回、お会いしましょう。

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