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さよなら、婚約者様。こんにちは、偽りの魔法使い。  作者: 穂村 ミシイ


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11/20

11 この店のルールを説明しよう。

「やっと読み終わった…………。」


 パタンと本を閉じると、外を舞うひとひら。

 一枚の花びらはピンク色。

 部屋に置かれた花瓶には、昨日摘んだ野の花。


 春がようやくお目覚めだ。

 まだ朧げに目を擦りながら、ベッドから立ち上がったばかり。それでも彼女は、確かに冬を終わらせたのだ。


「リュゼ、クルッポ、朝です。」

 

 コンコン、とリュゼの部屋の扉を叩く。

 彼らはここ数日、やけにお寝坊で。


「…………あと、もうちょっと。」

 

 返事はこればかり。


「もう朝ごはんが出来ていますよ。」

「うげっ!?」


 なにかが床に落ちる音。

 それから、勢いよく扉が開かれた。


「もう、作っちゃった……?」

「はい。今回は違う本のレシピ通りに作りましたので大丈夫です。クルッポ専用のご飯も作ってありますよ。」

「ポポッ、クルックポーーッ!!」


 部屋を覗くと止まり木にいたクルッポがぐるぐると首を回していた。二人に早くキッチンへと急くと、私はいつものようにリズム良く階段を降りた。

 

 ここでの生活にも随分慣れたと思う。

 カーテンとは名ばかりの布から差し込む陽の光と共に起き、森で採れた野菜や保存食を自分達で調理して頂く。


 過ぎる時間はのんびりと。

 香る匂いは四季折々。

 そして、なにより静か。


 ネーベル家では常に廊下を誰かが歩き、見知らぬ視線に睨まれていた。あの家の生活を思い出しただけで息が詰まりそう。首を軽く振り、今の生活に足を向けた。


「これ……、食べれるのかい?」

「理論上は。」


 キッチンは少し温かい。

 アールグレイから仄かに湯気が立つ。

 並んでいる皿の上には野菜だったものたちと黒い塊。

 

 レシピ通りの工程は踏んだ。

 見た目は冴えないけど、味は大丈夫なはずだ。


「クルックー……」

「せっかく作ってくれたんだ。そんなことを言うなよ。」

「クルッポはなんと言っているのですか?」

「あー……、早く食べたいってさ。」

「ポポッ、クルッポポーッ!!」

 

 三人同時に食べ始め、みんな揃って紅茶で流し込む。

 レシピ通りに作っているはずなのに、何故かいつも上手くいかない。


「ゆっくり慣れていけば良いんだよ。焦らずにさ。」


 私は、焦っていたのだろうか……。

 そんなつもりはなかったのだけど。

 リュゼに叩かれた肩は、いつもより軽くなった気がするから不思議だ。


「キロエ、両手を出して。」


 言われた通りリュゼに両手のひらを差し出すと、木製の櫛と少し重たい布袋を渡された。


「櫛の持ち手に嵌め込まれているコレって……。」

「そう。〝魔女の涙〟だよ。」


 ちなみに布袋の中身は全部魔女の涙だ、とリュゼは言う。


「櫛には梳かした髪の色を変える魔法が掛かっている。魔女の涙に魔力が籠っている内は使えるはずさ。キロエという名前は珍しくはないけど、一応ね。」


 梳かしみろと、手鏡をこちらに向けている。彼に急かされ灰色の髪を梳かすと、途端に髪はヘーゼル色に変化した。


「茶色も似合ってるよ。水に触れると元に戻るから、気を付けてね。」


 鏡に映る自分をつい、目を背けてしまった。

 考えなかった訳ではないの。

 けれど、いつも同じ考えに辿り着くから。


 ネーベル家が私を探すなんてしないだろう、と。

 だって……。私はあの家からも、婚約者からも必要とはされていなかったもの。


「ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません。」

「ポポーッ!!」


 深く詫びるため、頭を下げようとした私の顔面にクルッポが突撃してきた。お陰で私の視界は白とモフモフ。

 

「うぐっ…………、なにするんですか。クルッポ。」

「クルックー!」


 私にはクルッポの言いたいことがリュゼみたいに分からない。最近ようやくクルッポがオスだと知ったぐらいだ。


「キロエ。」


 グリグリと、押し付けられる胸毛。

 強制的にモフモフを味わっているとリュゼの呼ぶ声がした。


「そういう時はね。ありがとうって言ってよ。クルッポもそう思ってるんだ。」

「ポーッ!」


 真っ白だった視界は春に変わる。

 心も陽だまりに居るみたい。

  

「…………ありがとう、ございます。」

「どういたしまして。」

「ポポッ」


 彼らは春がとても良く似合う。

 なんだか、ふと、そう思ったんだ。

 

「さてと、そろそろ始めないとね。」

「なにをですか?」


 着いておいでと手招きされ、あとを追う。

 カランコロンと、家の扉が音を立てて開かれた。

 リュゼの手には立て看板。


「なんでも直す修復店〝リペアリア〟開店だよ!」

「クルッポーッ!!」


 素晴らしい開店日和だ、と嬉しそうに看板を設置する二人の背に突風。


 香り立つ花達の宴が始まる。

 ヒラ、ヒラリ。

 踊り舞うや色とりどり。


 春が来た。

 ついに春が来たんだ!

 

 喜ぶ二人の後ろで私は思わず手を上げた。

 

「あの、私に魔法の使い方を教えてください。」


 リュゼに出されていた課題は今日の明け方、なんとか終わらせた。


「お願いします。」

 

 私もこの店で役に立つ人間になりたい。

 リペアリアに来る人達がキキみたいに、笑顔になる瞬間に立ち会いたい。そうすればきっと、私も変われる気がするから……。


「もとよりそのつもりだよ。ただ、その前に。この店のルールを説明しよう。」

「ルール、ですか?」


 絶対に守らなければならない、と真剣に語るリュゼ。

 彼は人差し指を立てた。


「一つ目、魔法は必ずリペアリアの中だけで扱うこと。」


 そして中指を立ててから二つ目は、続ける。


「魔法の存在は秘匿すること。」


 例外は認めない、と言い切った。

 黄金瞳の中に闇がちらつく。


「それは、」

「分かった……、よね?」


 有無を言わさぬリュゼの圧力に、私は戸惑いながら頷いた。


「しかし、リペアの魔法を使って修理を行うのであれば、魔法を秘匿するなんて不可能ではありませんか?」


 私の心配を他所に、店の扉を開けたリュゼがカランコロンと鳴るベルを指差した。


「家にはこれがあるから。」

「そのベルになにかしらの魔法が掛かっているのですか?」

「…………そうそう。その櫛と同じような感じのやつ。」


 彼が言うには、魔力を感じられない人間がベルの音を聞くと魔法のことを忘れてしまうらしい。


「魔法の世界は奥が深いのですね。」

「だねー。あ、そうそう。魔法の使い方だけど、杖と魔女の涙を一緒に握って振れば良いよ。」

「分かりまし…………、ん?」


 今サラッと、なにか重要なことを言われた気がした。


「あ、あのリュゼ……。もしかして、今のが魔法の使い方の全てではない、ですよね?」


 ザワザワと焦りが身体を駆け巡る。

 リュゼはニヤリと笑っている。

 この顔は良くない。非常に良くない顔をしている。

 

「え? 全てだよ。僕は町に買い出しと用事を済ませて来るから、留守番よろしくね。」

「ちょ、ちょっと、待ってください!」

「大丈夫大丈夫。こんな辺境にお客なんてすぐには来ないから。」

 

 どこからか上着を手に取り、肩にはクルッポを乗せて。リュゼは店の扉をカランコロンと鳴らして開けた。


「明日の夜には戻るよ。じゃあ、行ってきます。」

「クルックー!」


 いつもと同じ、ヒラヒラと手を振って。

 私の制止も笑って聞き流す。

 リュゼは風のように素早く店を出て行った。


「…………。」


 リュゼに振り回されるのはいつものことだけど、今回もなんて唐突なのでしょう。


 ポツンと残された店に、息を吐き出す。

 さっきまであんなにも賑やかだった室内が、今では静寂に支配されていた。


「そういえば、この家に来てから一人のお留守番は初めてね。」


 いつもはリュゼかクルッポのどちらかは家に居てくれていた。今日の用事は二人にとって特別なのだろうか?


「それなら仕方がない…………。仕方がないのよ。」


 いつまで経っても返ってこない返事。

 静寂とは仲良くなっていたはずでしょう。


「なんで、こんなに胸に穴が空いた気分になるのでしょう?」


 ここにはリュゼ達の痕跡が沢山ある。

 それだけで十分。大丈夫なの。

 両手に抱えた物達をギュッと握った。


「魔法を使う練習をしてみましょう!」


 そうなれば部屋に保管している杖を持って来なければ。

 意気揚々と階段を登り始めた時。


 カランコロン……、と音がした。


「あの……、修理をお願いしたいのですが。」


 現れたのは若い女性。

 彼女は今、修理をお願いと言った。

 ということはお客様だ。


「………………え、お客様?」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


キロエとリュゼの旅を応援したいと思っていただけましたら、☆☆☆☆☆評価やブックマークをいただけると、とても励みになります。


また次回、お会いしましょう。

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