12 自分の意思でここにいます。
「どなたか、いませんか?」
階段を半分登った辺りで店員を呼ぶ声がした。
今、この店に居る従業員は私だけ。
魔法使いの経験はなく、残念ながら接客の経験すらない。
「あのー、修復の依頼に来たのですが……。」
「は、はい! ただいま伺います!」
伺いますと言ってしまったけど、伺える技量は一切ないのだ。どうしようが頭をぐるぐると回るだけ。
階段を急いで駆け降りると、待っていたのは私より少し年上の上品な女性。彼女は少し驚いた様子でこちらを向いていた。
「ごきげんよう、貴婦人。」
とにかく挨拶をと思ってカーテシーをしてしまったけれど、これで良かったのだろうか。
「…………」
二人の間に流れる静寂が気まずくその場に留まる。
「………あ、あの。なにか気分を害されましたでしょうか?」
「えっ!? あ、違うの。いえ、違うことはないのだけど。」
両手を大きく振った女性は一呼吸置いてから美しいカーテシーと共に「ごきげんよう」と挨拶をくれた。
「貴方がその……、知り合いととても良く似ていたから。驚いてしまって。」
「そう、でしたか……。」
女性は苦笑いをして、私は次の会話を探したけれど、なにも言葉が生まれない。会話がないから静寂なわけで、二人の間に気まずい空気が流れていた。
ここにリュゼはいないのだから、私が喋らなくては。
そして丁重にお断りをしよう。
「それで……。修復のご依頼の件なのですが、」
「ああ、そう。そうなのっ!」
断りを口にする前に、女性は思い出したかのように私の声を遮って話を始めてしまった。
「この万年筆の修復をお願い出来るかしら?」
布袋の中から取り出したのは、黒い炭の残骸のような物。ペン先があるおかげで、なんとかそれが万年筆だと分かる。そのぐらい、状態が酷い。
「実は一度、暖炉で燃えてしまったの。」
これは……、修復できる代物なのだろうか?
「あと、申し訳ないのだけど、代金もそこまで多くは払えなくて。どう、かしら……?」
どうなのでしょう、と言い掛けてなんとか堪えた。
私は修復に掛かる費用なんて知らない。
キキは大金を置いていったけど、リュゼは元々収入は少ないとも言っていたし……。
「……やっぱり無理、よね。」
どうするべきなのだろう……。
無理もなにも、私はリペアの魔法を使ったことすらないのだから。
「申し訳ございません。今、店主が留守にしておりまして、修復を受け付けることが出来ません。」
「それは、困ったわね。…………戻るまで待たせて貰ってもいいかしら?」
「店主が帰って来るのは明日の夜辺りになります……。」
「…………」
「…………」
また、二人は長い思考の海に沈んだ。
名前も知らない女性はなにを思っているのだろう?
私の言い方が悪かったのだろうか?
それともこの無愛想な顔がいけなかった?
こんな時、リュゼなら簡単に話を進められるのに。
私はどうしたら良いのか、全然、分からない。
「…………これが、運命なのかしら。」
女性は悟ったように小声で吐き出した。
「え?」
「なんでもないの。うん、諦めるわ。」
「修復を、諦めるのですか?」
女性はあっさりと頷いた。
彼女にとって、代えの利かない唯一ではなかったのか。そう思うと少し胸が痛い。
「元々、どの修理店に行っても断られていたし。ここが駄目なら諦めようって決めていたのよ。」
「ま、まだ無理と決まってはいません。」
「でも明日の夜まで私は待てないの。」
ピシャリと言い切って笑う女性から、強い意志を感じた。ならば仕方がない、と告げようとした私を彼女はじいっと見つめていた。
「……それよりも私、ずっと貴方が気になるの。」
「私、ですか?」
「そう。お名前はなんと言うのかしら?」
「私は……。キロエと、申します。」
「キロエ、良い名前だわ。私はニア。」
深海のような濃い青色の髪と瞳をしたニアは、まるで全てを見透かしているよう。切れ長の猫目が私を逃さない。
「さっき言いかけた私の知り合いもね、キロエというの。」
ニアの食い入るような視線に耐えられなくなり、後ずさる。まるで取り調べでも受けているみたいだ。
「知り合いと言っても、私が一方的に知っているだけで話したことはないのだけど。」
「それは、知り合い、なのですか……?」
なんだか、彼女から嫌な予感がする。
頭の中で警報が鳴っている。
「ふふ。そうよね。私の知り合いの名前はキロエ・ネーベル。」
掴まれた両手。
ピクリと反応する肩。
ニアの射抜く眼差し。
「言い遅れました。私、アルターム新聞社で記者の端くれをしています。少し、お話よろしいでしょうか?」
差し出された名刺は本物。
彼女は私を知っていた。
どうしよう……。
これはかなりまずい。
今すぐにでも否定するべき?
いや、大袈裟に否定すれば余計に怪しまれる。だからといって肯定したら…………、
——…………いや、肯定しても問題ないのでは?
いやいや、駄目よ。
あの人達に居場所がバレたら今度こそ殺されるかもしれない。
——あ、私……、死にたくないわ。
なら答えは決まっているでしょう。
「…………あ、ああのっ! お茶、しませんか!?」
その声は自分でもびっくりするぐらい大きくて。
驚きと恥ずかしさで身体が熱い。
「冬用の茶葉です。茶菓子も少し……、いえ、だいぶ焦がした無味のクッキーしかありません……。ですが、その……、お茶を、飲みながらお話をしませんか!?」」
自分でもこんな誘い方は如何なものかと。
心臓はバクバク騒ぎ狂っていて耳障り。
手のひらは汗が滲んで気持ちが悪い。
でも、不思議と達成感があった。
「………………あ。………………はい。」
ニアはとても驚きながら、時間をかけて頷いた。
「すぐに準備します!」
彼女は疑っているものの、確信は持っていないように見える。記者で私を知っているのなら、当然だろう。
あの人形が、自分からお茶を淹れるなんてあり得ないもの。
「私はその、貴方のお知り合いにそれほどよく似ているのでしょうか?」
「えっ、ええ……。貴方とは髪色が違うけれど。よく似ている、と思うわ。」
ダイニングテーブルを囲み始まったティータイム。
二人して口を付けた紅茶は、いつもより渋くて不味い。
「そう、ですか。……それで、お話とは?」
コホンと咳払いをしたニアが「では早速質問を」と髪を耳に掛け直した。
「キロエはここで働き始めてどのぐらいなの?」
「…………今日が初めて、です。」
ここへやって来たのは四ヶ月前だけど、看板を置いたのはついさっき。間違ってはいないはず。
「はぁ!? そんな子を置いて店主は出掛けたの!?」
「……申し訳ございません。」
「貴方が謝ることじゃないでしょう。問題はそのクソ店主よ!」
持っていたティーカップを音を鳴らして置くニア。
その驚きように、私がリュゼの行動に慣れつつあるのだと気がついた。だってよく考えたら、リュゼとクルッポが出掛けるなら、店の開店は二人が帰って来てからで良かったのだ。
「貴方、その店主になにか弱味を握られているの?」
「い、いいえ。なにも……」
「じゃあ大事な物を奪われているとか!?」
私は大きく首を振るが彼女は信じない。
慌てる私の反応がいけなかったのか、ニアは更に勢いを増した。
「私、女を騙す男が許せないの。クソ野郎は裁かれるべきよ。力になるわ!」
立ち上がったニアにギュッと両手を掴まれ、顔がグッと近づいた。彼女の瞳は心を映すようにキラキラと輝いている。
記者でさっきまで敵意を剥き出しにしていたのに。
ニアは根が良い人なのだろう。
だからだろうか。
この人には誠実でいたいと思った。
「あの……、私。自分の意思でここに居ます。」
「え……?」
「ちゃんと、私が選んで、ここに居ます。」
少し間を置いてから、掴まれていた手が離れた。
「そう、なの……。困ってはいないのね?」
「はい。」
「貴方は本当にキロエ・ネーベルではないの?」
「はい。」
力強く頷いた。
「私は、キロエ。」
自分でもびっくりするほど抵抗がない。
「このリペアリアの従業員です。」
むしろ、パズルがハマるようにしっくり来た。
「……私の勘違いか。ごめんなさいね。」
「いえ。今までこんなに心配してくれた方はいなかったので、なんというか……。その、」
座り直しニアに、私は自分の心に合う言葉を探した。少し前の自分ならこんなこと、考えもしなかった。多分、諦めていた。
——今は少し……、頑張ってみたいと思う。
「……ありがとう、ございます。」
そう思えたのはきっと、リュゼのおかげ。
今朝出掛けて行った彼の背中がもう懐かしい。
「じゃあ、私帰るわ。変な事を聞いて悪かったわね。」
冷めた紅茶を一気に飲み干したニアは、晴れやかに立ち上がった。ホッとした気持ちとは裏腹に、私の心は靄がかかってる。
「あ、あのっ……、本当に修復を諦めるのですか?」
「ええ。もう良いのよ。」
さっきと同じ、笑っている。
本当に……?
ニアの笑顔はずっと暗いんだ。
『感情の動く方が選べば良いんですよ。』
ふと、リュゼと出会った日の言葉を思い出した。
「あのっ、私に修復をさせて頂けないでしょうか?」
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また次回、お会いしましょう。




