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さよなら、婚約者様。こんにちは、偽りの魔法使い。  作者: 穂村 ミシイ


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12/20

12 自分の意思でここにいます。

「どなたか、いませんか?」


 階段を半分登った辺りで店員を呼ぶ声がした。

 今、この店に居る従業員は私だけ。

 魔法使いの経験はなく、残念ながら接客の経験すらない。


「あのー、修復の依頼に来たのですが……。」

「は、はい! ただいま伺います!」


 伺いますと言ってしまったけど、伺える技量は一切ないのだ。どうしようが頭をぐるぐると回るだけ。


 階段を急いで駆け降りると、待っていたのは私より少し年上の上品な女性。彼女は少し驚いた様子でこちらを向いていた。


「ごきげんよう、貴婦人。」


 とにかく挨拶をと思ってカーテシーをしてしまったけれど、これで良かったのだろうか。


「…………」


 二人の間に流れる静寂が気まずくその場に留まる。


「………あ、あの。なにか気分を害されましたでしょうか?」

「えっ!? あ、違うの。いえ、違うことはないのだけど。」


 両手を大きく振った女性は一呼吸置いてから美しいカーテシーと共に「ごきげんよう」と挨拶をくれた。


「貴方がその……、知り合いととても良く似ていたから。驚いてしまって。」

「そう、でしたか……。」


 女性は苦笑いをして、私は次の会話を探したけれど、なにも言葉が生まれない。会話がないから静寂なわけで、二人の間に気まずい空気が流れていた。


 ここにリュゼはいないのだから、私が喋らなくては。

 そして丁重にお断りをしよう。


「それで……。修復のご依頼の件なのですが、」

「ああ、そう。そうなのっ!」


 断りを口にする前に、女性は思い出したかのように私の声を遮って話を始めてしまった。


「この万年筆の修復をお願い出来るかしら?」


 布袋の中から取り出したのは、黒い炭の残骸のような物。ペン先があるおかげで、なんとかそれが万年筆だと分かる。そのぐらい、状態が酷い。


「実は一度、暖炉で燃えてしまったの。」


 これは……、修復できる代物なのだろうか?


「あと、申し訳ないのだけど、代金もそこまで多くは払えなくて。どう、かしら……?」


 どうなのでしょう、と言い掛けてなんとか堪えた。

 私は修復に掛かる費用なんて知らない。

 キキは大金を置いていったけど、リュゼは元々収入は少ないとも言っていたし……。


「……やっぱり無理、よね。」


 どうするべきなのだろう……。

 無理もなにも、私はリペアの魔法を使ったことすらないのだから。


「申し訳ございません。今、店主が留守にしておりまして、修復を受け付けることが出来ません。」

「それは、困ったわね。…………戻るまで待たせて貰ってもいいかしら?」

「店主が帰って来るのは明日の夜辺りになります……。」

「…………」

「…………」

 

 また、二人は長い思考の海に沈んだ。

 名前も知らない女性はなにを思っているのだろう?

 私の言い方が悪かったのだろうか?

 それともこの無愛想な顔がいけなかった?

 

 こんな時、リュゼなら簡単に話を進められるのに。

 私はどうしたら良いのか、全然、分からない。


「…………これが、運命なのかしら。」


 女性は悟ったように小声で吐き出した。

 

「え?」

「なんでもないの。うん、諦めるわ。」

「修復を、諦めるのですか?」


 女性はあっさりと頷いた。

 彼女にとって、代えの利かない唯一ではなかったのか。そう思うと少し胸が痛い。

 

「元々、どの修理店に行っても断られていたし。ここが駄目なら諦めようって決めていたのよ。」

「ま、まだ無理と決まってはいません。」

「でも明日の夜まで私は待てないの。」


 ピシャリと言い切って笑う女性から、強い意志を感じた。ならば仕方がない、と告げようとした私を彼女はじいっと見つめていた。


「……それよりも私、ずっと貴方が気になるの。」

「私、ですか?」

「そう。お名前はなんと言うのかしら?」

「私は……。キロエと、申します。」

「キロエ、良い名前だわ。私はニア。」


 深海のような濃い青色の髪と瞳をしたニアは、まるで全てを見透かしているよう。切れ長の猫目が私を逃さない。


「さっき言いかけた私の知り合いもね、キロエというの。」


 ニアの食い入るような視線に耐えられなくなり、後ずさる。まるで取り調べでも受けているみたいだ。

 

「知り合いと言っても、私が一方的に知っているだけで話したことはないのだけど。」

「それは、知り合い、なのですか……?」


 なんだか、彼女から嫌な予感がする。

 頭の中で警報が鳴っている。

 

「ふふ。そうよね。私の知り合いの名前はキロエ・ネーベル。」


 掴まれた両手。

 ピクリと反応する肩。

 ニアの射抜く眼差し。

 

「言い遅れました。私、アルターム新聞社で記者の端くれをしています。少し、お話よろしいでしょうか?」


 差し出された名刺は本物。

 彼女は私を知っていた。


 どうしよう……。

 これはかなりまずい。

 今すぐにでも否定するべき?

 いや、大袈裟に否定すれば余計に怪しまれる。だからといって肯定したら…………、


 ——…………いや、肯定しても問題ないのでは?


 いやいや、駄目よ。

 あの人達に居場所がバレたら今度こそ殺されるかもしれない。


 ——あ、私……、死にたくないわ。


 なら答えは決まっているでしょう。


「…………あ、ああのっ! お茶、しませんか!?」


 その声は自分でもびっくりするぐらい大きくて。

 驚きと恥ずかしさで身体が熱い。


「冬用の茶葉です。茶菓子も少し……、いえ、だいぶ焦がした無味のクッキーしかありません……。ですが、その……、お茶を、飲みながらお話をしませんか!?」」


 自分でもこんな誘い方は如何なものかと。

 心臓はバクバク騒ぎ狂っていて耳障り。

 手のひらは汗が滲んで気持ちが悪い。

 でも、不思議と達成感があった。


「………………あ。………………はい。」


 ニアはとても驚きながら、時間をかけて頷いた。


「すぐに準備します!」

 

 彼女は疑っているものの、確信は持っていないように見える。記者で私を知っているのなら、当然だろう。

 あの人形が、自分からお茶を淹れるなんてあり得ないもの。


「私はその、貴方のお知り合いにそれほどよく似ているのでしょうか?」

「えっ、ええ……。貴方とは髪色が違うけれど。よく似ている、と思うわ。」


 ダイニングテーブルを囲み始まったティータイム。

 二人して口を付けた紅茶は、いつもより渋くて不味い。


「そう、ですか。……それで、お話とは?」


 コホンと咳払いをしたニアが「では早速質問を」と髪を耳に掛け直した。


「キロエはここで働き始めてどのぐらいなの?」

「…………今日が初めて、です。」


 ここへやって来たのは四ヶ月前だけど、看板を置いたのはついさっき。間違ってはいないはず。

 

「はぁ!? そんな子を置いて店主は出掛けたの!?」

「……申し訳ございません。」

「貴方が謝ることじゃないでしょう。問題はそのクソ店主よ!」


 持っていたティーカップを音を鳴らして置くニア。

 その驚きように、私がリュゼの行動に慣れつつあるのだと気がついた。だってよく考えたら、リュゼとクルッポが出掛けるなら、店の開店は二人が帰って来てからで良かったのだ。


「貴方、その店主になにか弱味を握られているの?」

「い、いいえ。なにも……」

「じゃあ大事な物を奪われているとか!?」


 私は大きく首を振るが彼女は信じない。

 慌てる私の反応がいけなかったのか、ニアは更に勢いを増した。


「私、女を騙す男が許せないの。クソ野郎は裁かれるべきよ。力になるわ!」


 立ち上がったニアにギュッと両手を掴まれ、顔がグッと近づいた。彼女の瞳は心を映すようにキラキラと輝いている。


 記者でさっきまで敵意を剥き出しにしていたのに。

 ニアは根が良い人なのだろう。

 だからだろうか。

 この人には誠実でいたいと思った。


「あの……、私。自分の意思でここに居ます。」

「え……?」

「ちゃんと、私が選んで、ここに居ます。」


 少し間を置いてから、掴まれていた手が離れた。


「そう、なの……。困ってはいないのね?」

「はい。」

「貴方は本当にキロエ・ネーベルではないの?」

「はい。」


 力強く頷いた。


「私は、キロエ。」

 

 自分でもびっくりするほど抵抗がない。


「このリペアリアの従業員です。」


 むしろ、パズルがハマるようにしっくり来た。

 

「……私の勘違いか。ごめんなさいね。」

「いえ。今までこんなに心配してくれた方はいなかったので、なんというか……。その、」


 座り直しニアに、私は自分の心に合う言葉を探した。少し前の自分ならこんなこと、考えもしなかった。多分、諦めていた。


 ——今は少し……、頑張ってみたいと思う。


「……ありがとう、ございます。」


 そう思えたのはきっと、リュゼのおかげ。

 今朝出掛けて行った彼の背中がもう懐かしい。


「じゃあ、私帰るわ。変な事を聞いて悪かったわね。」


 冷めた紅茶を一気に飲み干したニアは、晴れやかに立ち上がった。ホッとした気持ちとは裏腹に、私の心は靄がかかってる。


「あ、あのっ……、本当に修復を諦めるのですか?」

「ええ。もう良いのよ。」


 さっきと同じ、笑っている。

 本当に……?

 ニアの笑顔はずっと暗いんだ。


『感情の動く方が選べば良いんですよ。』


 ふと、リュゼと出会った日の言葉を思い出した。

 

「あのっ、私に修復をさせて頂けないでしょうか?」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


キロエとリュゼの旅を応援したいと思っていただけましたら、☆☆☆☆☆評価やブックマークをいただけると、とても励みになります。


また次回、お会いしましょう。

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