13 あの人は間違ってなかった。
「……貴方が、修復出来るの?」
ニアがそう思うのは当然だ。
なにせ、仕事歴はたった一日。
魔法の使い方は今朝、リュゼにサラッと教わっただけ。圧倒的な経験不足。
「はい、と言いたいところですが……。私はまだ見習いで。正直なところ、星に願う程度の可能性です。」
「それは神頼みというものじゃないのかしら!?」
「知識はあります。」
幸いにもリュゼの課題のお陰で、万年筆の構造把握は出来ている。あとは、上手く魔法を掛けられるかどうか。
「任せて貰えませんか?」
「……私、ギャンブルでもしている気分よ。」
「コイントスなら、少なくとも勝率は五分五分です。」
「…………貴方、なかなか口が上手いわね。」
「ありがとうございます。」
「褒めたわけじゃないのだけど!?」
やはり私だけでは上手く出来ない。
顔を赤くしてこちらを睨むニアに耐え切れず、視線を逸らしてしまった。
「………………申し訳、ございません。」
リュゼみたいになりたいのに。
キキみたいに笑顔になって欲しいのに。
いつも人を怒らせてしまう。
「出過ぎたマネを致しました。」
——私は……、人間になり切れない。
「はぁー…………、分かった。」
「え……?」
「貴方に修復を任せる。考えてみたらここへ来たのもギャンブルみたいなものだったし。依頼を引き受けてもらえるだけでもありがたいのよね。……お願い出来るかしら?」
差し出された右手。
一瞬、その意図が分からなくて。
ニアに「どうする?」と言われて初めて、勢いよく立ち上がり彼女の手を握った。
「頑張ります!」
そうと決まれば行動あるのみ。
部屋から杖と魔女の涙を。
店の入り口付近に積まれた本の中から万年筆の構造が載っている本を発掘。
「こんな散らかった店の中でよく本の場所を把握しているわね。」
「はい。冬の間に全て目を通しましたから。」
本当はもっと整理したいのだけど、しまう場所もないから保留している。
「冬の間にって、凄いわね。何年掛かったの?」
「今年です。」
「…………はぁ? 貴方って冗談も言えるのね。」
「冗談を言ったつもりはありませんが……。」
「……………………え?」
ポカンと口を開けたままのニアを他所に、彼女から預かった万年筆と本の内部構造を慎重に見比べる。
「吸引式の万年筆の構造はそこまで難しくありません。」
黒い硬質ゴム製の軸。
細かな彫刻模様が刻まれ、側面には金属のレバーが埋め込まれている。インクの吸い上げはほぼ注射器と同じ原理。
高級な物は一生涯使えるという名前の由縁に相応しく、完璧に修復出来ればまた元通り使えるようになるだろう。
「問題は……。インクを吸引するレバーがなく、表面が焦げたせいでひび割れと穴が出来てしまっていますね。」
「そうなの。他所で見てもらったら中のインクを貯めるゴム袋も燃えて使い物にならないだろうって言われたわ。」
つまりは、万年筆としては致命的な損傷をしてしまっているのだと分かる。
「魔法でも使わない限り直せないって言われたわ……。」
そう。
この万年筆はそのぐらいの奇跡がないと直せない。
「それなら、リペアリアに来たのは正解です。」
真新しい杖と一緒に懐から取り出した魔女の涙を一粒握りしめる。
『リペアの魔法に必要なのはたった二つ。込めたい想いと直したいモノの構造把握。そこに魔力を込めるだけ。』
魔力は昂ぶる感情だ。
想いを乗せて。
身体を駆け巡り、杖へと行き着く。
「ニア様、私の左手に両手を。」
「は、はい。」
「この万年筆に込めたい想いを願って下さい。」
「込めたい想い……。」
「貴方の想いは私を通して万年筆に宿ります。強く直したいと願って下さい。」
「わ、分かったわ。」
後は杖を万年筆へと振るうだけ。
どうか、上手く行きますように…………。
「いきます!」
杖を高く振り上げ、そして万年筆へ。
先端からはあの時に見た丸みを帯び光が。
この光が万年筆へ届けば、きっと魔法が掛かる。
(そのまま、万年筆へ……っ!)
そう思った次の瞬間、光はシャボン玉のように弾けて消えてしまった。
「あっ…………、」
途中までは上手くいったのに。
万年筆はさっきと変わりなく壊れたまま。
握っていた魔女の涙だけが真珠のような輝きを失い、ただの石ころに成り果てていた。
「何が駄目だったんだろう……。」
元々、最初から成功するとは思っていない。
失敗した箇所さえ地道に直していけば良いと思っていた。ただ、その原因が分からないとは。
——考えが甘かった……。
「あ、貴方……。今、何したの……?」
隣でワナワナと震えるニア。
「今の、魔法……?」
ニアの問いへの返答が喉に詰まってしまった。
今朝のリュゼに言われたルールが頭を過ぎったから。
「その棒の先から、なんか丸い光が……。こんなの、科学じゃ説明できない。まさに魔法……、そう。魔法しか、考えられない…………!」
この家の中なら大丈夫だと言っていた。あとは、どこまでを話して良いのかもっと聞いておくべきだった。
「ええーっと……、」
「ねぇ!! 魔法使いなの!?」
ニアの叫び声に似た問いかけに気押され、思わず「見習いですが」と頷いてしまった。
「本当に……、いたんだ……。彼の言う通りだった……!」
「あの、ニア様……?」
ニアは一人でなにかを考え始めたと思ったら次の瞬間、私と両肩を強く掴んで揺らした。
「キロエ、教えて欲しいの。ダリル・ダルーシュという男を知らない!?」
彼女の逼迫した声は只事ではない。ただ、残念ながら記憶を遡ってもそのような名前の男に聞き覚えはなかった。
「存じ上げません。」
「本当に? ねぇ、もっと良く思い出して!!」
「そう言われましても……、落ち着いて下さい。」
「落ち着いてなんていられないわよ! ようやく、ようやく見つけた手掛かりなんだから!!」
握られた肩が痛い。
幾ら思い返しても心当たりはない。
私は首を横に振ることしか出来なかった。
「お願い……。彼を知ってるって、言って……」
「………………申し訳ございません。」
何度か続いた押し問答の末、諦めたように涙したニアは近くにあった椅子に腰掛けた。
「ニア様、紅茶を淹れ直しました。どうぞ。」
「…………ありがとう。それからさっきはごめんなさい。」
窓の外は雲行きが怪しくなってきた。
カタカタと音を立てて震える窓ガラスが、壊れてしまいそうなニアの姿と重なって見えた。
「あの……、さっきの手掛かりって?」
「私ね、婚約者を探している。」
「それがダリル・ダルーシュと言う方ですか?」
小さく頷くニア。
「もう三年。ずっと彼を探しているの。彼は研究者で、聖地ベルハーラ消失事件を追っていたわ。」
その名前を、この四ヶ月で何度聞いたことだろう。
ベルハーラがあった土地だからか。もしくは、魔法使いであるリュゼと出会ったからなのか。ここまで来ると他人事ではない気がしてしまう。
「といっても、彼が追っていたのは魔法使いの方だけど。」
「それでさっき、手掛かりと言ったのですね。」
「そう。あの人はまだ魔法使いは存在しているはずだと信じていたの。もちろん誰も信じていなかったし私も……。」
節目がちのニアの瞳に、また涙が貯まる。
彼女は燃えた万年筆を優しく自身の頬に当てた。
「あの人は間違ってなかった。私……、私だけは信じてあげれば良かった……。」
謝罪と後悔を口にする彼女に呼応するように、家の屋根をポツポツと雨粒が打ち付け始めた。
「何があったのか、聞かせて頂けませんか?」
彼女の心が知りたい。
涙が堪え切れなくなるぐらいの想いを、知りたい。
「三年前、ダリルと些細なことで喧嘩をして。私、思わず居るはずのない魔法使いの研究なんてやめてしまえって言ったの。そしたら次の日……。彼、研究成果を見つけるまで帰らないって、置き手紙とこの万年筆を残して消えてしまったの。」
ニアの話はまるで、リュゼと出会ったあの日の私のようで。
「私、凄く後悔して。すぐに探したのだけど、見つからない。」
残される人の気持ちなんて、考えたこともなかった。
「記者になったのも情報が手に入りやすいから。あの人に繋がる手掛かりがあるかも知れないって安直でしょう?」
笑ってくれて良いと自傷するニアに、私は大きく首を振った。
「笑いません。ダリル様を想うニア様の行動力は素晴らしいと、思います。」
「ありがとう……。」
「それで、今までなにも手掛かりはなかったのですか?」
聞けばダリルは男爵家三男の生まれだという。それなら貴族の繋がりをもとに、居場所を特定できてもおかしくはないと思うのだけど。
「ダリルは昔から貴族を嫌う研究者でね。よく私の父と研究者同士、各地に調査へ赴いていたのよ。そのせいか旅には慣れていて、消息を追えなかった。」
ニアはため息を漏らしながら項垂れた。
「最大の手掛かりは……、たった一つだけ。」
「手掛かりがあるのですか!?」
「望みは薄いけれど。」
「私に出来ることなら協力します!」
「ふふ、ありがとう。でも貴方には無理ね。」
断言するニアに、私はリュゼが帰って来たらなにか分かるかも知れないと言い掛けて、止めた。
いや、声が出なかった——。
手に持っていた万年筆を机に置き直したニアが、とんでもない言葉を呟いたから……。
「最大の手掛かりは、キロエ・ネーベル。この国の次期王妃である女性にあるはずだから。」
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また次回、お会いしましょう。




