14 バラバラです。
「………………キロエ・ネーベル、ですか……?」
まさか、ここで自分の名前を聞くことになろうとは。
「そう。私も似顔絵でしか見たことがないのだけど、貴方と本当によく似ているわ。名前まで一緒だから貴方と見間違いしちゃった。名家の令嬢がこんな所にいるはずないのに。」
馬鹿よね、と笑うニア。
彼女の対面に座る私は全く笑えない。
「……そう、なんですね……………………。」
手掛かり……?
私が?
全く、みじんも知らない。
ダリル・ダルーシュという方を知らないと叫びたい。
「……なぜ、彼女が手掛かりなのでしょうか?」
「ダリルが残した研究資料から推察すると、キロエ・ネーベルこそ、魔法使いである可能性が高いからよ。」
さっきまでのニアの話を聞く限り、ダリルという男にあまり良い印象を持ってはいなかった。だが、彼の研究には非常に興味が湧いた。
ニアの話が本当なら、ダリルの研究は正確である可能性が高いと、私自身が誰よりも証明しているからだ。
「ダリルは魔法の源である魔素の消えたこの世界で、隔世遺伝児と魔素の繋がりを研究していたの。もし、隔世遺伝児が魔法をまだ使えるなら、消えたベルハーラを見つけることが出来るかも知れないって。」
ネーベル家を飛び出したあの日。ベルハーラが救済都市だと言っていたリュゼの話と、よく似ている。
「…………どうやって、ベルハーラを見つけるのですか?」
「そこまでは、分からないわ。でも、ダリルは隔世遺伝児を探しているのは間違いないと思う。だから私はキロエ・ネーベルを追ってるの。絶対に接触を試みていると思うから。」
ニアはこの国でキロエ・ネーベルほど隔世遺伝の特徴を持っている人間はいないと断言した。
「それは、間違いのない、情報なのでしょうか……?」
「え? そうね。ネーベル家は名家だから家系図がかなり鮮明に残っているのよ。だから他より調べやすい。私も確認したから、間違いないと思うわ。」
自分が家族と容姿が似ていないのは、そういうものだと諦めていた。ニアのように、もっとよく調べていればよかった……。
『ああ……、君は特別だから。』
ふと、リュゼを思い出した。
彼の言った特別は、そういう事だったのか……。
「キロエ……? 真剣な顔をしてどうしたの?」
「あ、いえ……。なんだか、胸がギュッとなった気がして。」
リュゼはあの日、魔力に引き寄せられたって言っていたけど、本当は会う前から知っていたのかも。
接触のタイミングを、計っていたのだろうか……?
「まぁ、キロエがそんな顔になるのも分かるわ。」
「え……?」
「だって相手は次期王妃だもの。一介の記者が話せる相手じゃないものね。」
なんとか曖昧に相槌を打ったけど、ニアに本当のことが言えないのが心苦しい。ダリルを知らないという事実も……、彼女には一生言えない。
「それに最近、彼女の周りはかなり不穏だから。余計に近づけないわ。」
ニアはため息を吐きながら、おかわりの紅茶を啜り始めた。
「不穏……?」
「なんでもキロエ・ネーベルは伏せっているらしいのよね。公の場にも姿を見せていないし……。」
お父様はやはり、私を殺すつもりなのね。
分かっていたことだ。予想が現実になっただけ。
「そうですか……。」
——今更……心を痛める必要があるの?
「第一王子のフェリカ様は王から任された事業で失敗続き。今までの成功って実は、キロエ・ネーベルの功績だったのではないかとか言われ始めている始末。ネーベル家も財政が傾いてるっていうし……。第二王子が王位奪還に動き出したなんて噂もあるわね。」
いつの間にか記者の顔になったニアは、どこか楽しそうに王都の様子を教えてくれた。彼女はダリルを探すために記者になったと言っていたけれど、根っからの追求者なのだろう。
「ま、こんな最北の地じゃあまり関係ない話よね。それよりも、貴方の話も聞きたいわ!」
「ええーっと……、」
それから始まった怒涛の質問の嵐をなんとかやり過ごしている間に、辺りは夕暮れを迎えようとしていた。
雨はまだ降り止まない。
きっと今日は、深々と降り続けるのだろう。
「そろそろ帰らないと……。ねぇ、もう一度。もう一度だけ……、魔法を掛けてみてくれないかしら?」
それは二人が粗方喋り終えた頃。
ひと息置いたニアが、こちらに小さく笑いながら申し出た。
「この万年筆を直すには、込めたい想いが強くないといけないのよね?」
「はい。」
「私、さっきね……。想いを込めろと言われて躊躇ったのよ。」
彼女を思えば当然だろう。
それに、あの失敗も頷ける。
試してみる価値はある。でも……、
「もう私も二十四歳。父にはあんな男は早く忘れろって急かされてて。実は明後日、お見合いする予定だったの。でも、丁重にお断りしてくるわ。」
あまり乗り気ではなかったし、呟く。
「この万年筆を暖炉に放り込んだのは、私よ。彼を忘れてやるつもりだったのに、捨てられないの。それなのに修理屋に直らないと言われて安心する自分がいる。そんな自分を、どうしても、好きになれないの。」
夕暮れのオレンジは彼女の頬を染めている。
光の当たらない瞳だけは暗い。
「だったら、もう。直すしかないじゃない……。」
「ニア様。……バラバラです。」
彼女の心も顔も声も、全部がバラバラに見えてしまう。
「私は人の感情に鈍感で。なので、間違っているかもしれませんが……。直さない方が、良いのではないですか?」
彼女の想いは複雑過ぎる。
直してしまったら、彼女はダリルを探し続けてしまうだろう。彼女にとってそれは、たった一人で辛く苦しい日々を送ることを意味する。
「女性は男性を支えることが幸せだと、ある人から教わりました。女性を一人残して行く男性を探し続けることが、幸せとは思えません。」
終わりの見えない苦痛にきっと、ニアは後悔する。
いつかの私がそうだったように。
「……そうね。でも私は、男を支えるだけが幸せとは思わない。私の思い描く幸せは、好きな人の隣を一緒に歩くこと。」
一緒に……、隣を歩く。
そんな事が可能なのだろうか?
「キロエの幸せを否定するつもりはないの。そこは勘違いしないでね。多分私……、欲深いのよ。」
顔を傾けて笑い泣くニアが、夕陽に照らされて美しく輝いていた。
「この万年筆。彼のお気に入りだったの。なんで置いていったのかな……。なんで、待っていてくれ、って書けないかなぁ……。」
口にも文字にも出せない想いを正確に相手に伝えるなんて、到底出来ない。だから、人は物に想いを込めるのだろうか。
「本当に……、馬鹿よね……。」
——せめて、物だけでも、愛して貰えるように……。
「……ニア様。もう一度、想いを込めましょう。」
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また次回、お会いしましょう。




