15 明日からも戦える
「私も、今できるありったけをします。」
「とても頼もしいわ、ありがとう。」
「すぐに準備します!」
さっきの失敗理由で最も明確なのは、ニアの想いが足りなかったから。それ以外は?
構造把握は間違っていないはず。
魔力が足りなかったのかも。
だったら魔女の涙を十粒ぐらい一緒に握ってみよう。
「それ、手のひら痛くない……?」
「ありったけですので、お気になさらず。」
後はリュゼが言っていたことを反芻する。
それから杖の振り方。
全部全部、思い出せ。
「よし……。ニア様、私の方は準備が出来ました。あとは、心が整いましたら私の手を握ってください。」
黒く燃えてしまった万年筆を前に、私はニアに左手を差し出した。
「直したいって想いだけじゃなくていいのよね?」
「はい。」
「……ちゃんと、仲直りがしたい。私の元に戻ってきて欲しい。ダリルに会いたい。だけど、会ったらきっと、私は怒るわ。三年も私を放って置いてどういうつもりって。」
ニアの震えた両手がゆっくりと、重なる。
「もう声だって微かにしか思い出せないの。このままだと貴方の顔すら忘れてしまいそうよ……。」
今度こそは、絶対に成功させるんだ。
「貴方を信じてあげれなくてごめんなさい。」
杖を握る右手が熱い。
爆発する感情が花開くみたいに、生命の熱がこの右手に集約されているようだ。
「いつまでも貴方を想っている。」
ここで魔法が使えないなら魔法使いなんてなれない。
やり遂げるんだ。
ニアの想いが、届くように。
「いきます!」
物はいつか壊れる時が、必ず訪れる。
それでも、代えが利かない唯一だから。
辛くても苦しくても修復して、心に留めておきたい。
想いを込めた物がどうか、長生きをしますように。
「……ダリル、愛してるわ。」
雨音が消えた。
聞こえるのは心音。
高鳴る鼓動は踊るようにリズムを刻み、杖の先から現れた光が私とニアを包む。
いつか見た輝く黄金の花のような光じゃない。
突けば簡単に割れてしまいそうな脆く、薄い光。
だけど、美しい。
「綺麗な、虹色だわ……。」
光の反射によって、見る角度で色が変わる虹色。
ニアそのもののようで、とてもよく似合う。
光はそのまま万年筆に集まって、ゆっくり静かに包んでいく。まるで小さなステンドグラスだ。内側に灯る光が家の中に煌めいて、壁や天井を染めている。
雨上がりの虹に心が洗われるように。
それは、とても尊い光景だった。
「…………そんな、」
けれど、世界は残酷で。
物理を無視した魔法が易々とは、まかり通らない。
「まぁ、そう簡単じゃないわよね……。」
光が緩やかに消えた後、残ったのは変わらず焼け焦げたままの万年筆。
なにが駄目だったの?
杖と一緒に握っていた魔女の涙は全て黒い石に変化している。今度はニアだって想いが篭っていた。
——失敗の原因が、全く分からない……。
「ニア様、申し訳ございません。もう一度、挑戦させて下さい。」
こんな肩透かしでは終われない。
リュゼならきっと上手く直したのに、私は……。
「キロエ、もういいわ。」
私の思いとは裏腹に、ニアはおおらかな笑顔で首を横に振った。
「良い夢を見せてくれて、どうもありがとう。」
「で、ですがっ!!」
ニアは立ち上がりグッと背伸びをすると、修復されていない万年筆をそっと手に取って鞄にしまった。
「私、夜が来る前に帰らないといけないの。」
ニアは名残惜しそうに店内を見回して、最後に私を見た。
「あ、そうだ。お代はいくらかしら?」
「お代なんて、貰えません。私、なんのお役にも立ちませんでした。」
あれだけ意気込んでおいて、期待だけさせて。
なにも、出来なかった。
握りしめたスカートはシワだらけ。
自分の不甲斐なさが、醜い。
「キロエ、なにを言っているのよ!」
俯向く私の両頬を、ニアは両手のひらでパチンと音を立てて挟んだ。
「貴方は私に、夢をみせてくれたのよ?」
「……夢では意味がありません。」
「ふふ。明日を楽しみに思える夢よ。これほど素晴らしい事はないわ。私、この三年でダリルをどう思っていたのかすら、忘れかけていたの。でも、私。まだダリルを愛しているって、心から思えたから。」
ニアの青い瞳が強くこちらを見つめていた。
「私、明日からも戦えるわ。」
晴天だ。
彼女が雲一つない晴天の空の下を堂々と歩いて行く姿が、何故か脳裏に映った。
「キロエ、本当にありがとう。」
頬から消える彼女の体温。
開かれた扉から見える橙の空。
カランコロンと、音がした……。
「ニア様!!」
店を出たニアの背中に、私は家の中から叫んだ。
「私……、ニア様に言えていないことがあります。私は、とても卑怯で、まだ人間になる練習中なんです。」
くるりとこちらを振り向いたニアと私を隔てるのはたった板一枚。私達は、魔法が途切れる境界線を隔てて向き合っている。
境界線は黄昏時のように曖昧で、輪郭すら掴みづらいけれど。確かに、存在しているんだ。
「まだ上手く言葉に出来ません。でも、それでも……、」
ニアはもう私を魔法使いの見習いとは、覚えていないだろう。ただの修理店の見習いとでも誤認しているはず。
だからどうした?
縁が切れる訳ではないだろうに。
「もっともっと……、貴方のお役に立てるように努力をします。私は修復師ですから。その万年筆を直すのは、この私です!」
私を追う記者なんて、絶対に深く関わってはいけない。そう頭では分かってはいるけど、今日が最後になんてしたくないと思ってしまったから。
「だから、またいらしてください。私はここで、リペアリアで、貴方のことをお待ちしています。」
ニアへの敬意を込めて、とびきりのカーテシーを。
「ふふ……。また来るわ。万年筆と面白い話をいっぱい持って。」
小さくなるニアの背中を眺めながら、私は本当にこれで良かったのかと、答えの出ない自問自答を繰り返していた。
その日の晩。
自分でも驚くほどの睡魔と疲労感に襲われ、どうやって自室のベッドに潜り込んだのかも覚えていない。
ただずっとニアのこと、ダリルの研究、それからあの直らないかった万年筆の事を考えいた。考えたところでやっぱりなんで魔法が失敗したのかは分からなかった。
「早くリュゼに会いたい……。」
答えはたった一人の師匠しか持ち合わせていないから。
「ただいまー。今帰ったよ……って、うわっ!?」
翌日の夕暮れ時、ようやく開かれた扉から黒い癖っ毛が見えた瞬間、私はその男の胸に飛び込んだ。
「……リュゼ。私、修復師になれないかも知れません。」
「えっ!! なに、なにがあったの!?」
「魔法が、上手く使えません。それに、現実に出来ません。なにも、なんにも出来なかったんです。」
彼の顔を見た途端、張り詰めていた糸が切れたみたく、涙が止まらなくなってしまった。
「ええ……っと。なにがあったのか分かんないけど。ちょっと腕を離して?」
「うゔっ……。すいません……」
ゆっくり手を離してリュゼから距離を取ろうと後退りをした。
「僕、離れて欲しいとは言ってないんだけどなぁ。」
「……ふぇ?」
「ほら、こっちにおいで。」
グイッと引っ張られた腕。
外の空気を纏ったままのリュゼに抱きしめられた。
「一人にしてごめん。寂しかったんだね。」
——ああ…………、そっか。これが寂しい、なんだ。
私、ずっと一人で心細かったんだ。
リュゼに、そばにいて欲しかったんだ。
「次はキロエを連れて行くから。」
「…………はい。」
この時、リュゼがあまりに優しく抱きしめてくれたから、気づけなかった。
キロエも一緒に、ではなくキロエを連れて行くと行ったリュゼの言葉の真意に……。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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また次回、お会いしましょう。




