16 ニアの忘れられない貴方
「初めまして、ニアと申します。」
父が用意した見合いの男は、まさに理想的という言葉がよく似合う青年だった。
「あ、初めまして。今日はわざわざ……、」
社交的で愛嬌もあって。
おまけに女性が仕事をすることにも理解がある。
——ダリルとは、まるで正反対……。
研究者なんて偏屈か変人の集まりだからしょうがないのだけど。あの人は、頑固で研究馬鹿で、クソがつくほどの真面目だった。でも、時折り見せる少年みたいな笑顔が好きだったの。
もう三年よ。
いっそのこと、野垂れ死んだと一報があれば諦めがつくのに……、なんて。何度思ったことか、知れない。
「時間に遅れてしまい申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、記者の仕事はお忙しいでしょうからお気になさらず。」
想い人の万年筆を直すまで地方に出向いていた、とは口が裂けても言えない。私はなんとか笑って誤魔化した。
「あの……、単刀直入に言います!」
もう迷いはない。
ここへ来るまでに、あの乙女と出会えたから。
——それにしても、不思議な出会いだった。
なんでも直す修復店〝リペアリア〟
その名を聞いたのは、些細な出来事がきっかけだ。
「こりゃ無理ってもんだ。新しいのを買っちまいな。」
王都の職人に見放された万年筆を捨てることが出来なくて、持っているのも辛くて。墓場を探しあぐねていた。
「そんなに直したいなら北部へ行ってみろ。噂では魔法使いみたいな職人がいるらしいぜ。」
魔法、使い……?
「なんでも腕が物凄く良い職人が気まぐれで店をやっているんだと。でも、かなり偏屈って噂だ。気に入らない人間は店から放り出すとか、獰猛な化け物を飼っているとか。店は人が住めないぐらいカビだらけって聞くぜ。まぁ、あくまで噂だがね。」
奇人変人の扱いは慣れている。
記者として粘り強さも持ち合わせている。
なにより、北部はあのベルハーラがあった土地だ。
一度行ってみたいと思っていた。
——これだっ!!
私の直感が告げている。
思い至ったら即行動。
「あの、その店がある場所を詳しくっ!!」
鞄一つ手に持って寄り合い馬車へと飛び乗った。
そうして北部の更に山の中へ。
道中、あのクソ職人から情報料を奪い返してやると、三度ほど思ったところで辿り着いた。
「…………ここ、だわ。」
鬼が出るか蛇が出るか。
魔法使いと呼ばれる職人の顔を拝んでやろうじゃないの。それに、ここまで来たんだ。万年筆が直らなくてもようやく、諦めがつくわ。
——そう。私は万年筆の供養に来たのだ。
カランコロン、となる扉を開いた先。
恰幅の良い髭面で、いけ好かない男がいるのだろう。
「……ごきげんよう、貴婦人。」
私の予想は真っ向から殴り壊された。
泥中の蓮。
掃き溜めに鶴。
貴族令嬢がガラクタに囲まれている。
奇妙な絵画でも見ている気分だった。
「申し訳ございません。今、店主が留守にしておりまして、修復を受け付けることが出来ません。」
キロエと名乗る乙女は、まるで表情を変えないお人形だ。恐ろしく整った顔、アイリスの花を思わせる魅惑の瞳。完璧な所作。
誰がどう見ても貴族だとひと目で分かる。それなのに、貴族特有の気位の高さは感じない。
かの人形姫、キロエ・ネーベルと瓜二つ。
髪色が違うだけで特徴すら同じ。
これで他人はおかしい。
もしかしたら、生き別れた双子だったりして。
記者としての探究心が疼く。彼女の内側を暴きたい。そんな私の好奇心を、彼女はたった一瞬で切り裂いた。
「自分の意思でここに居ます。」
その瞳が、意思の強さが……。
キラキラと静かに輝く夜空に浮かぶ月みたい。
『ニア。僕は絶対に諦めないよ。』
彼女がダリルと重なって、それ以上声が出なかった。
『この世界にはまだ、魔法使いが存在するはずだ。』
諦めて、帰って来てくれたら良いのに。
そんなに頑固にならないでよ。
どうして、私を置いて行くの。
——貴方にとって……、私はその程度の存在だった?
私は、一生涯を貴方と。
そう夢見ていたのに。
貴方の座るいつもの椅子はとっくに埃まみれ。
春の花を一緒に見上げる約束を三回も破って。
二人用のベッドはいつも冷たいわ。
——全部全部、貴方のせい……。
研究馬鹿で生活能力なんてほとんどないじゃない。
ねぇ……、ねぇってば。
私がいなくて本当に、大丈夫なの……?
「直さない方が、良いのではないですか?」
修理士見習いが言って良いセリフじゃないでしょうに。キロエは、言葉を選んだ先でそう言った。とても誠実で、私の幸せを真面目に考えている目の前の乙女。
穢れを知らない百合の花みたいだ。
その純白が私の心の汚れを洗い流していく。
最後に残ったのはたった一つ。
——私は今でもダリルを愛している。
焦げてしまった万年筆が直らなくとも、私の想いは息を吹き返した。それはまるで、ようやく雨が止んだ空に虹が架かるみたいな、晴れやかな想いだった。
私は貴方をとことん追いかけるわ。
凄く遠回りな幸せかも知れないけれど、後悔はないから。
——もう一度、貴方と出会う日を心から夢みてる。
それはとても良い夢で。
愛しい夢。私だけの明日を戦う魔法のよう。
こんな素晴らしい夢をくれた彼女が、なんの役にも立てなかったと悔しがっている。
「キロエ。いつか貴方にも、自分だけの幸せが見つかると良いわね。」
「私だけの、幸せ……?」
そう。
他人に教わる定義の幸せじゃない。
キロエだけの魔法を。
「ふふ……。また来るわ。万年筆と面白い話をいっぱい持って。」
仕事が落ち着いたらまた会いに行こう。
季節の紅茶とお菓子を持って。
甘い甘い蜂蜜も添えて持って行ったら、喜んでくれるかしら?
「ニア、本当にあの有料物件を断って良かったのか?」
私はあのお見合いの席で、ダリルを忘れられないからと丁重にお断りをした。もちろん更に謝罪の手紙も送った。
相手の青年はやはり素敵な方で『貴方に想う人がいるのなら』と優しく身を引いてくれた。
「もう一生、あんな好青年とは出会えないぞ。」
当然、父はこの反応。
罪悪感がない訳じゃない。
でも、自分の心に嘘は付けなかった。
「ごめんなさい、お父さん。でも私はやっぱり、ダリルを忘れられないの。」
「はぁー……。お前のその頑固さは俺そっくりだよ。早く見つけ出してこい。その方がお前らしい。」
焦げた万年筆はそのまま。
でも、前よりも悪くない気がする。
「ふふ、ありがとう。お父さん。」
「お前の幸せを願ってる。」
この夢が覚めるまで、もう少しだけ。
今は、そばにいて……。
「そう言えば。今朝の朝刊、届いていたぞ。」
父に手渡された新聞。
ライバル社のものだ。
「…………え、これは。」
パッと勢いよく開いた記事の一面。
飛び込んできた内容に目を疑った。
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【独占!!】
キロエ・ネーベル失踪か!?
先日より、第一王子フェリカ様の婚約者である彼女は身体を壊しているとされていた。しかし、その事実は意外なものだった。
なんと、失踪していたらしい!
誘拐か?
それとも駆け落ちか!?
正確な情報は未だ不明。
しかし、ここ最近のフェリカ様の事業失敗やネーベル家の不穏な動きから、我々は独自の取材でこの事実に辿り着いた。
この情報は確かである!
キロエ・ネーベルは一体何を考えているのか?
彼女に次期王妃の自覚はあるのか!?
実は既に、我々は第一王子直属の王国騎士が動き出しているという情報も得ている。世論は第二王子の他国交流による、貿易海路の開拓という快進撃に沸いている最中だというのに……。
フェリカ様はどう対応するのか。
非常に気になるところだ。
[情報求ム!]
王国一の情報通信である我がビルテッシュ社は、この記事に関する有力な情報を、高値で買い取ると約束しよう。
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また次回、お会いしましょう。




