6 なら……、お前達に拐われたって言う。
クルッポの先導で家を飛び出したリュゼと私。
外は既に暗く、雲の隙間から微かに覗く月だけが辺りを照らしていた。
「こんな雪の降り積もる中、子供なんて本当にいるのか?」
リュゼの言う通り。
戦争もなく平和である我が国で、子供が雪山で倒れるなんて早々にないと思いたい。
「クルッポーッ!!」
暗い辺りは木々が月明かりを遮り見通しも悪い。
夜目の効くクルッポだけが頼り。
足元だって降り積もった雪で走り難い。こんな中、子供なんて小さな存在を見つけるなんて……、
「ん? …………あ、あそこ。何かいますっ!!」
それは小さく、上から雪が降り積もってしまっていた。
駆け寄って雪を振り払ってみると、五、六歳の小さな少年が倒れていた。
「クルックー!」
「息は……、まだあるな。急いで家に戻ろう。」
「はい!」
細身のリュゼが少年をヒョイっと持ち上げて家へ戻った。
「体温が下がっています。まずは身体を温めないと。」
「毛布を持ってこよう。」
「私、暖炉に火を焚べます!」
焦っていたはずのリュゼがピタリと脚を止めてこちらを振り返る。
「え、暖炉!? そんな物、この家にあったっけ?」
「目の前にあるのがそうなのでは?」
「ああ……、物置き場ね。」
「いいえ、確かに暖炉です。」
ただ、物で溢れかえっていて使うにはそれら全てを取り除くか、全て燃やしてしまうかの二択を強いられるのだけれど。
「と、とにかく。ありったけの毛布を持ってくるよ。キロエはこの子を見ててあげて。」
「分かりました。」
「クルッポ、手伝って!」
「ポポーッ」
その後、ありったけと言ったリュゼの言葉は正しく、少年は毛布の山に埋もれながら暖を取った。意識が戻ったのは意外と早く、リュゼが暖炉を片付け終わる前のことだった。
「これなら物置き場を整理する必要はなかったな。」
「ポー……」
彼らは人の命に対して、どこかあっさりしているところがある。今だって、「ホットミルクを飲んだらすぐに家に帰れ」と冷たく言い放つ。
「こんな夜分に子供が一人で森を抜けるなんて不可能です。」
「でも一人でここまで来れたんだろ?」
「それは……、そうですが。」
この子が凍死しそうになっていた先ほどはあんなにも焦っていたのに。彼らの基準は独特だ。
「俺、帰らないからっ!!」
声の主は金切り声でリュゼを強く拒絶した。
「ここはなんでも直す修復店なんだろ? だったら、俺の依頼を受けてくれ。」
「リペアリアは現在休業中です。春になったらまた起こし下さい。」
リュゼは柔らかく、でも確かな口調で断った。
「金ならある。ほら、この袋の中身全部くれてやる!」
少年をひと目見た時から貴族だと分かっていた。
着ている服は上質な物だし、指には毎日筆ペンを握っているのだろうペンだこがある。貴族が受ける情操教育の課程を踏んでいる証。
そんな少年がバッグから取り出した袋の中身は、大量の金貨。この価値を分かっているのだろうか?
「リュゼ、この家が買えるぐらいの金額があります。」
「そうですか。おかえりください。」
リュゼは全く動じない。
むしろ、さっきより強く断りを口にした。
クルッポなんて、自分の仕事は終わったと言わんばかりに二階の自室へ飛んで行ってしまった。
「金があるなら新しい物をお買いなさい。その方が貴方にお似合いだ。ガルダ辺境伯のご子息。」
「ガルダって……。」
「この辺り一体を領地とするお貴族様。彼はそこの長男、キキディベル・ガルダ様だよ。」
辺境伯譲りの焦茶色の髪。
若草色の瞳は母親譲りだろう。
ガルダ辺境伯夫妻には建国祭で一度お会いしたことがあった。言われてみれば良く似ている。
「でしたらリュゼの言う通り、今すぐに帰るべきでしょう。」
「俺は嫌だって言っているだろ!!」
「そうはいきません。今頃、貴方の護衛が総出で捜索をしているはず。早く安堵させてやるべきです。」
「……くっ」
それにしてもリュゼと飛んでいる間、景観を観てなんとなく北に進んでいるとは思っていたけど、これで位置がはっきりと分かった。まさか、我が国の最北端だったとは。
「この領地に、聖地ベルハーラ跡地があるのですね。」
「ああ。といっても、ベルハーラへの立ち入りには王族とガルダ辺境伯の許可が必要なんだよ。」
それは勉強しました、と相槌を打とうとした隣で、テーブルをドンッと叩く音が響いた。
「今じゃないと駄目なんだっ!!」
勢いそのまま、キキディベルは持っていたバッグから更にある物を取り出して私達の前に置く。
「オルゴール……?」
「これを今すぐに元通りに直してくれ。」
見た目は愛らしい小物入れ。
装飾の細かい蓋を開き、後ろのネジを回すと中央の人形が音色と共に踊り出す。
貴族の少女が一度は欲しいと望む憧れの品だ。
マリーも両親に買ってもらったと私に自慢していたからよく覚えている。
ただ、このオルゴールは繊細な機械仕掛けのせいでとても壊れやすいのだ。
「俺が、落とした拍子に中の機械仕掛けが壊れたらしく、音が鳴らないんだ。それから人形も壊れてしまっている。」
可愛らしい見た目に反して繊細なこのオルゴールは、まるで大きなガラス玉。子供が誤って壊してしまってもしょうがない。
「オルゴールなんてこの国に数多あります。新しいお気に入りを探した方がいいでしょう。ささ、お帰りはあちらですよ。」
「もうやった!! 同じ物を見つけるように指示したけど、一つも見つからなかったんだ。」
リュゼは魔法を使いたくないからか、別の理由があるのか。絶対に依頼を受けようとはしない。
「なんでだよ! これだけの金があれば今年一年は遊んで暮らせるんだぞ!!」
「ええ、そうですね。でも欲しくありません。僕は依頼を受けるかどうか、明確な基準を持っています。貴方はその基準を満たしていない。」
「基準ってなんだよ?」
リュゼはキキディベルの胸を指差した。
「物を想う気持ちです。」
「……なんだ、それ?」
「壊れた物が元通りなることは決して、ありません。だからそれに近い形に直してやることを修復と言います。新品には劣る。それでも代えが利かない唯一だからこそ、直したい。そんな想いが貴方にはない。」
キキディベルは困惑しながらも口を噤んだ。
「貴方にあるのは、ただ壊してしまったという罪悪感だけ。そんなもの、新品を買い直せば事足りるでしょう。だからどれだけ金を積まれても、僕は貴方の依頼を絶対に受けない。」
物を想う気持ち……。
さっき捨ててしまった木の枝を思い出す。
リュゼにとってはあの枝さえ、代えの効かない物だったのだろうか……?
「なら……、お前達に拐われたって言う。」
「はぁ?」
「今ここで俺を追い出すなら、お前達に脅されて金を持ってくるように言われたって護衛にいうからな!!」
子供は時に、無鉄砲さを武器にして大人の予想を簡単に飛び越えしまう。
「俺はガルダ辺境伯の長男だぞ。俺とお前達の話、父上が聞いたら絶対に俺の味方をしてくれる。いいんだな!?」
これが一番大人を困らせる。
「リュゼ。ガルダ辺境伯は長年後継の男児が誕生せず、苦労されたと聞きました。なので、ようやく産まれた男児を誰よりも大切に育てていると。」
王都のサロンで噂になっていたのを聞いたことがある。貴婦人達のこう言った噂話は侮れない。
「貴族でもない僕達の言い分では勝てないってことか。」
「はい。私の身分を明かせばどうにかなると思いますが、信じてもらえるか分かりません。」
悩む私の前で「君はもう平民だ」とリュゼが強く断言した。
「はぁー…………。この、クソガキ……。」
深いため息を吐いた後、リュゼは髪をガシガシとかき上げてからキキディベルを睨み付ける。
「そんな怖い顔をしても効かないぞ。俺は本気だからな!」
「分かりました、降参です。この家を失うわけにはいきませんから。ただし、条件があります。」
着いて来なさい、と立ち上がったリュゼの後を私とキキディベルが追う。向かったのは二階へ上がってすぐの右の部屋。
軋む音を立てながら開かれた扉の先は、キキディベルが小さく悲鳴を上げるほどの惨状が広がっていた。
「この部屋の何処かに、修復に必要な小さな部品があります。それを朝方までに二人で見つけて下さい。」
リュゼが落ちていた紙にサラサラと描いたのは一センチにも満たない小さな部品。それをこの大荒れの部屋から見つけ出せと言う。
「えっ!? そんなの無理だ!!」
キキディベルが嘆くのも無理はない。
「でも、僕を脅してまで直して欲しいのでしょう? だったらこのぐらい頑張ってもらわないと。」
ククッと見下すように笑うリュゼはまるで子供の嫌がらせ。必死に睨み返すキキディベルをサラリと受け流す。
「今すぐに諦めて帰ってもらっても結構ですが?」
「やってやるよっ!!」
そう言い放つとキキディベルは物で溢れかえる樹海へ足を踏み入れていった。
「あの……、リュゼ。私も探すのですか?」
キキディベルを見送るリュゼの背に声を掛けると、彼はふわりと振り返り、目を細めて笑った。
「ええ。だって貴方は……。」
リュゼの手が肩に触れ、それから突き放すように部屋の方へ押された。
「本当に、都合の良い人みたいだから。」
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また次回、お会いしましょう。




