5 鞭で打たれる準備は出来ています。
廊下にポツンと一人、取り残された。
リュゼの口から出た言葉があまりにも予想外だったから。
「一週間も、休むの…………?」
どうやって?
そもそも、そんな長い期間の休みを過ごしたことがないのだ。
困った。
本当に、困ったわ。
誰の命令もない空間が絶妙に落ち着かない。
リュゼの部屋の方に目を向けるも、当然ながら彼が顔を出すことはない。生活音もなく、とても静かだ。
ここまで魔法を使って、夜の間もずっと私を連れて飛んでくれたんだ。疲れていて当然。
もしかしたら既に寝てしまったのかも……。
そう考えると、これ以上の指示をもらいに部屋を訪ねるのは、彼の気分を害してしまうかも知れない。それだけは絶対にダメだ。となれば……、
「部屋に入って休む、をしましょう。」
よくよく考えたら、この家で用意された部屋が部屋として機能しているかは、かなり怪しい。リュゼの言った通り、休むのに必要な場所を確保するのに一週間を要するのかも……。
きっとそうだ。
不安を押し殺し、私は用意された部屋の扉を開いた。
「まぁ……、これは。」
ドライフラワー、香る。
部屋はちゃんと〝綺麗な〟部屋だった。
床に物は散乱していないし、穴も開いていない。
もっと言えば、ネーベル家の屋根裏部屋より何十倍も過ごしやすそう。
貴族が暮らすような華やかさはない。
どこか温かみのある部屋。
想像よりも室内は広く、家具のほぼ全てが木製。
それもかなり古い物だと分かる。
彫られた花の模様は芸術的。細部の装飾も手が込んでいる。年季は入っているのに傷が一つもない。
「大切に、扱われてきたのね……。」
そんな言葉が口から滑り出すぐらい、驚きが隠せなかった。
そんな中、一際目立つのが中央のテーブルに置かれた小さなランプだ。光を反射させる傘の部分がステンドグラスのようになっていて、窓から差し込む太陽光を七色に変化させていた。
部屋の壁や床に、その色が映っている姿はまるで魔法のよう。昨日、夜空でリュゼと踊った夢の時間を彷彿とさせる。
魔法使いの家へ、ようこそ。
貴方を歓迎します。
部屋全体が、そう言っているように感じた。
「ベッドも……、ふかふか。」
布団はお日様の香り。
少し横になってみるつもりが、心地よくて。
あっという間に眠りへと誘われてしまった。
「ポポッポー!!」
「うぐっ…………。」
手触りはもふもふ。
顔面に押し付けられてさえいなければ、快く受け入れただろう。視界は白い。くしゃみを誘う胸毛は、ちょっぴり柑橘で奥から匂う冬の夜の冷気。耳を塞ぎたくなる鳴き声の正体は、知る限り一匹しかいない。
「…………クルッポ。退いてください。」
「クルックー」
「あの……、起きれません。」
「ポポポッ」
なんとかクルッポの妨害を止めて起き上がると、窓の外はもう陽が傾いていた。
「半日以上寝ていたなんて……。こんなによく眠ったのはいつぶりかしら。」
グッと伸びをすると、お腹が鳴った。
そういえば、昨日の朝から何も食べていない。
「ポポッ」
クルッポはいつの間にか、ドアの前に優雅に着地していた。
「…………着いて来て、と言っていますか?」
首を九十度に曲げて、早く開けろと扉を突く。
そういえば、クルッポはどこからこの部屋に入って来たのだろう。冷気が入らないよう、窓もきちんと閉まっているというのに。

そんなことを考えながらクルッポの後に続いて階段を降りた。
「ここは、シャワールーム?」
「クルッポー」
ゆっくりと廊下を進んだ先、開けっぱなしになっている扉の中を覗く。ここは少しハーブの匂いがする。
浴槽はないし、なんだか分からない液体が入った小瓶が幾つも並んでいた。床はちょっと滑り気を感じた。
「ポポー」
「あ、待ってください。」
どうやらクルッポがこの家の紹介をしてくれるらしい。
「この小さな納屋みたいなのは、クローゼットかしら?」
「ポー……」
「え、ランドリールーム!?」
曲がりなりにも貴族に属していたネーベル家。
侯爵という爵位を誇示するかのように建てられた屋敷には、それなりの人間が働いていた。
「こんなに小さくて機能するのかしら?」
家と王城と学校の往復の日々を送っていた私には、平民が暮らす家の間取りはかなり興味深い。
「ここが、キッチン。……初めて厨房以外の簡易設備を見ました。火はどうやって付けるのだろう。」
「ポケー……」
「食糧庫はどこですか? 見てみたいです。」
「クルック」
「あと使用人の方にもご挨拶をしたいのですが。」
「クルック……」
「私、ある程度の家事は本を読んで学んでおりますから、お手伝い出来ると思います。」
「…………」
…………どうしたのだろう?
さっきまであんなに意気揚々と案内をしてくれていたのに。
「クルッポ、どこだ?」
声に反応して後ろを振り向くと、気怠げなあくびをしたリュゼがいた。
「クルッポーッ!!」
「あ、キロエ。起きたんだね。おはよう。」
もう夜だけど、と付け加えたリュゼの肩にクルッポが乗る。
「クルックー……。」
「えぇ……。うん、あー。…………なるほど。」
二人がなにを喋っているのかは分からない。それでもリュゼの相槌やクルッポの翼でこちらを指す。私の出来の悪さを言われているような気がしてしまう。
私だけが他人。
そんな雰囲気を感じる。
それは当たり前だと分かっている。
……なのに、胸がざわついた。
「とりあえず、簡単な飯を作ろうか。」
「……リュゼが作るのですか?」
「うん。ここには使用人が居ないからね。因みに食糧庫もない。」
「あ……。」
さっきのクルッポの反応はそういうことだったのか。
使用人がいない家なんて。だからこんなにも家が散らかっているのね。
「で、ではなにかお手伝いさせてください。」
「まだこの家のどこに何があるかも分からないでしょう。そこ、座って待っていてよ。」
リュゼはキッチンに併設された小さなダイニングテーブルを指差した。
「あ、料理が置けるようにテーブルの上にある物を床に移動させておいて。」
「分かりました……。」
とは言ったものの、床には既に多くの物が占拠している。さて、どうしたものか……。
テーブルの上も、もちろん同様。
数多くのガラクタや本が置かれていた。
本は綺麗に積んで置けば良いが、残りのガラクタ達が厄介だ。ある程度の形を残している物はまだ良い。中には用途の分からないボタンや木の破片、なにかの蓋まである始末。
これらは処分対象だろう。
周りを見渡すと後ろの扉付近にゴミ箱があった。
「二人とも、晩ごはん出来たよ。」
「ポポーッ!!」
「おやおや、このテーブルって楕円形だったんだね。忘れてたよ。」
「ポポポッ」
ありがとう、と口にするリュゼが手でテーブルを撫でる。思い入れのある物だったのだろうか。そう思いながら食べた夕食は、とても楽しかった。
貴族の堅苦しい食事は、気の抜けない試練の場で。
豪華な材料を沢山使っていたけど、どれも味がしなかった。音を立てることも許されない。
でもここは違う。
リュゼはリスみたいに頬袋に物をためながら喋るし、クルッポは皿を啄むたびにスープをこぼす。食事マナーなんて存在しない。
なのに、凄く美味しくて。
この家に来て、初めて私は息をしたように感じた。
「ねぇ、キロエ。テーブルに置いてあった木の枝を知らない?」
リュゼの問いは食後の皿洗い見習いをしていた頃。
「枝、ですか……?」
「ああ。このテーブルに置いてあったと思うんだけど。」
「そんな物、見て……、あっ!!」
私は慌ててゴミ箱へと駆け寄った。
「要らない物だと思い、捨ててしまいました。」
中からさっき捨てた木の破片を取り出すと、リュゼは勢い良く、それを奪い取った。
「……僕、捨てて良いって言ったかな?」
声は低く冷静。
顔だって笑ってる。
なのに、脚が動かない。
空気が、冷たい……。
「床に移動させて、言ったはずだよね。」
「す、すいません。」
彼は怒っている。
食事の時の明るい黄金瞳が嘘みたく、視線が刺さる。
「この家に、要らない物なんてひとつもない。勝手な判断に捨てないでくれ。」
どうしよう……。
リュゼを怒らせてしまった。
家を追い出されてしまう。
「申し訳、ございません。」
リュゼはその他にも私が捨てたガラクタをゴミ箱から全て拾い上げ、またテーブルに置き直した。そして自身も椅子へ腰掛ける。
「リュゼ。本当に申し訳ございません。罰は受けます。なので……、見捨てないでください。」
彼の前で両の手のひらを差し出した。
「…………その手はなに?」
「鞭で打たれる準備は出来ています。」
パッとリュゼがこちらを見た。
なんとも表現し難い顔だ。
「あ、足裏がお望みですか? でしたらすぐに準備します。」
「待て待て、待ってっ!」
靴と靴下を脱ごうとした私の腕は掴まれた。
リュゼは難しい顔をして、それから深いため息を吐き出した。
「僕は君を罰する気はないよ。それから、僕も悪かった。説明が不足していた。」
「リュゼが謝ることなどありません。ここはリュゼの家で、ルールはリュゼですから。」
リュゼがなぜ謝るのか、その表情が意味する感情が私には分からない。こういう時の正解はなに?
「君は、ずっとそうやって生きてきたの?」
「………………はい。」
「それはなんて、つごッ!?」
リュゼがなにかを言いかけたその時、
「クルッポーーッ!!!!!」
リュゼの顔面にクルッポが勢い良く体当たりした。
床に尻餅をつくリュゼの周りからふんだんに埃が舞い、咳き込む私。リュゼは床に倒れた拍子に脚をなにかにぶつけたようで悶えて苦しんでいた。
「クルッポ。そんなに慌てて、どうしたんだよ……」
「クックル、クルッポーーッ!!」
この惨状を起こした張本人は羽根をバタつかせたまま。どこか焦っているみたい。
「え、家の外で子供が倒れてる?」
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また次回、お会いしましょう。




