4 なんでも直す修復店リペアリアへ、ようこそ!
「あの……、従業員兼修復師とは?」
「言葉の通りですよ。ここは修復店。だからここで働く者は従業員であり、モノを直す〝修復師〟でもあります。」
僕も一人の修復師です、と胸を張るリュゼ。
理解出来るような、不可解なような。
いまだ整理が追いつかない私を他所に、リュゼはいかにも怪しい店の扉を開いた。
「さぁ。なんでも直す修復店〝リペアリア〟へ、ようこそ!」
カランコロンとベルが鳴る。
室内は大量の本とガラクタだらけ。
鼻を掠めるは、インクと木と紙の匂い。
窓から降り込む日差しの下、沢山の埃達が踊っている。
ここは時間が止まっています。
そう言われたら納得してしまうぐらい、全てが古くどこか壊れてしまいそうな脆さが漂っていた。
「魔法使いだって腹は減る。腹を満たすには金がいる。ならば働くしかありません。けれど魔法使いなんて絶滅危惧種、信頼なんてありません。」
「それで、このお店の修復師ですか……?」
ご名答、と楽しげにパチパチと手を叩く。
「魔法使いの弟子改め、リペアリアの修復師ということで、よろしくお願いしますね。」
「…………はい。」
「修復師、良い職業ですよ。きっと貴方に向いている。」
「そうでしょうか?」
「ええ。この仕事は人を笑顔に出来るのだから。」
優しい笑みを浮かべたリュゼは次の瞬間、息が止まりそうになるぐらい無表情になった。
「と言っても、冬の間は休業してますけど。」
「はぁ……。」
この店は山林にポツンとある離れた家だ。客がわざわざ来訪するには過酷すぎる。収入はあまり見込めないのだろう。
……あれ?
ということは、私という修復師として増えてしまったら冬を越せるだけの蓄えはあるのだろうか?
この男について行くと決めたのは私だ。
でも、まさか初日から路頭に迷うなんてこと……。
ダラダラと、嫌な汗が背中を駆け出した。
「冬って、なんでこうも憂鬱で眠たいんでしょうね?」
「………………はい?」
「僕、昔から冬が嫌いなんですよ。なんだかやる気が削がれるんだよなー。」
「収入が見込めないから休業するのではないのですか?」
「え? 収入? そんなもの、最初からないようなものですよ。」
「……え?」
じゃあ、さっきの話はなんだったのだ?
全く意味が成立しない会話に私は迷宮を迷い込む。
「冬に休業するのは……。ほら、寒いから。」
「寒いから……?」
「あっ。今、魔法を使えば良いと思いましたね?」
図星を突かれてコクンと頷いた。
「魔法は感情に左右されるっていいましたよね? 冬は寒いから感情が動かない。感情が動かないと魔法も鈍る。」
だから冬に働くなんて不可能です、とリュゼは両手でバツ印を作りながら首を横に振った。
「魔法って正直、使うの面倒くさいんだよなー。」
魔法使いを生業にする者とは思えぬ発言に混乱する私を取り残し、リュゼは近くにあった椅子に深々と腰を下ろした。
「はぁ、もう疲れたから敬語も無しでいいよね?」
「あ、はい……。お構いなく。」
リュゼの隣の置いてある止まり木には、既にクルッポが羽を休めていた。二人とも、今にも眠ってしまいそう。
店の扉の前に立ったままの私は、手持ち無沙汰で思考は謎多い海に放り出されただけ。
状況を整理するには……、
聞きたいことが沢山。
知りたいことも多すぎる。
ただ、踏み出す一歩目が、分からない。
「あ、そうそう。僕、冬の間は魔法を使いたくないから修復師見習いは春からで。」
「あ…………、はい。」
「それから、キロエの部屋は……。どこが良いだろう?」
微睡みで目を擦るリュゼがクルッポに話を振ると、「クルックー」とこちらも眠そうなあくびとも呼べる生返事をした。
「え? あの部屋?」
「ポー……」
「あの部屋、この前の依頼で床が燃えてなかった?」
「ポポーッ」
「ああ、そうだ。燃えて修復して……、その次の依頼で水浸しになったところにカビが生えてるんだった。」
「ポポポッ」
この店、本当に大丈夫なのだろうか……?
さっきから不穏な言葉が羅列されているのだけど。
クルッポは何を言っているのか分からないし。
ただ、最後のは笑っているように見えた。
「じゃあ、あの部屋が一番マシか。」
「クルッポー!」
「キロエ、着いておいで。」
ゆっくりと立ち上がったリュゼの後をすぐに追った。
床は物で覆い尽くされており、歩くのも困難だ。リュゼがいつも歩くのであろう場所だけが木製の床が見えていた。その跡へ同じように足を置いて前に進む。
室内は歩いた場所から埃が舞う。
見渡す限りの床、机、挙句に天井から釣り下げられるほど、物が溢れていた。
「一階は全て店で、二階が居住スペースだよ。」
二階がどうか物で埋もれていませんようにと、願いながら踏めばギシッと音の鳴る階段を登った。
「二階、なんだけど……。所々床が抜けそうなところがあるから気を付けて。」
見えた惨状に、私の願いは儚く散る。
うつ伏せのぬいぐるみ、金属の何かの部品。
壊れたおもちゃに脱ぎ散らかされた洋服たち。
そして目を塞ぎたくなるほどの本の山と、草。
「……なぜ、こんなところに草が生えているのですか?」
「さぁ? 放っておいたら生えてきた。ど根性だよねー。」
「ど根性……?」
「あ、そこ床がないから気を付けて。」
「はいっ!!」
二階は階段を挟んで両手に二部屋ずつあるらしい。
案内された部屋は左にある一番奥の部屋。辿り着くまでの廊下はそれほど長くないはずなのに、戦場を潜り抜けるかのように危険だった。
「長距離の移動で疲れたでしょ? とりあえず部屋に必要な物は揃っていると思うから休むといいよ。ちなみに、僕とクルッポの部屋はあっちの一番奥ね。」
リュゼが指差すのは階段を挟んだ一番奥の部屋。
私の部屋の対極に位置していた。
「残りの部屋は、入っても良いけど怪我しないように。春になったら修復するから……、多分。」
リュゼの気怠げな返答に希望は薄そうだと感じた。
「それじゃあ、ごゆっくり。」
「あ、あの!!」
背を向けるリュゼの服の裾をギュッと掴んだ。
「ん? どうかした?」
驚きながら振り向く彼の視線は優しかった。
私の都合で呼び止めて、こんなにも穏やかに返事をくれる人は初めてだ。いつもなら喉に詰まって出てこない言葉がスッと滑らかに口から出た。
「あの……。どのぐらい、休めば良いのでしょうか?」
分からないことだらけではあるが、休めと言われればそれが私の最優先なのだ。ならば、その後の指示が欲しい。その方が安心して身体を休められる。
「えーっと……。」
今日は一日が始まって間もない。昼頃まで休めば良いのか。それとも日が落ちる頃まで部屋で待機した方が良いのだろうか?
「じゃあ……、一週間ぐらい?」
………イッシュウカン?
「じゃあ、そういうことで。」
ヒラヒラと、手を振って立ち去ったリュゼ。
タイミングよく飛んできたクルッポと共に自室に入って行くのを見送った。
「…………イッシュウ、カン?」
イッシュウカンとは、私の認識が正しければ一週間だ。
つまりは七日。
太陽が昇って月と交代するのを七回見守る。
それが一週間。
「………………………………え?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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また次回、お会いしましょう。




