29 百年、終わらない一年
「今年の春から冬を過ごしたら、また同じ春から冬を繰り返す。〝来年〟が来ない。それが今のベルハーラだ。」
アルギナの衝撃な告白に、言葉を失った。
「今年がその記念すべき百回目だ。」
「そんな……。」
隣にいたホルンに顔を向けると、なにも言わず真剣にこちらを見つめたまま、静かに頷いた。
「そんな事あるはずねぇって言いたいんだろうが、これが現実だ。来年が来ないから俺はずっと十九歳の身体のまま。建物や植物だってそうだ。同じ一年を繰り返すから風化も朽ちもしない。」
アルギナはズボンのポケットから懐中時計を取り出した。時間を確認すると、窓の外の空を一瞥する。
「今から十秒後、雨が降るぞ。」
半信半疑でアルギナが見た窓の外を見た。
「十、九、八…………、ニ、一。」
彼が数を数え終わると同時に、さっきまで晴天だった空が曇り、雨粒が窓を叩いた。
「もちろん天気だって同じように繰り返す。ずっとな。」
「嘘……。」
私は恐る恐る、窓に近づく。
ここは魔塔の中でもかなり高い位置にある部屋らしい。大きな窓からは外の様子がかなり遠くまで、よく見えた。
「この雨は今から一時間半後に止む。」
冷たく吐き捨てたアルギナの舌打ちを背に、私は窓の外の光景から目が離せないでいた。
「ベルハーラの現状は理解出来たろ。そこで本題に入らせてもらうぜ、外の魔法使いよぉ?」
ホルンも私と出会った時に〝外〟と言っていた。
私は勝手に、ベルハーラの外から来た魔法使いを指すのだと解釈していたんだ。
「この百年で外からベルハーラにやって来たのはてめぇが始めてだ。魔塔の魔法使いが何度も研究し、解析してもこのベルハーラから出ることは叶わなかった。」
違った……。
目の前の光景が、広がる景色が、それを物語る。
「てめぇ。この白紙の世界に閉じ込められたベルハーラに、どうやって入ってきた?」
ここにはベルハーラ以外なにも、なかった。
他の街に続く道がない。
森がない。
地平線がない。
あるのは、無限に広がる、白。
〝見えない〟のではなく〝ない〟のだ。
余白、空白、空っぽ。
どんな言葉を尽くせば、この景色を正確に伝えられるだろう。世界には元々、ベルハーラという都市しかなかった。そう言われて納得出来るぐらい、ベルハーラの外は白一色。
——まるで、描きかけの絵画みたいだ……。
アルギナの言葉を拒絶したい。
真っ向から否定したい。
だって、こんなのおかしいじゃない。
なのに……。
——……そう言うことだった、の?
さっきからずっと頭の中で繰り返している言葉が、この非現実的な現実に、確信を持ち始めていた。
『僕はもうずっと、この都市を復元し続けているんだ。』
全身の毛穴が息をするみたく開いて、吐き出すように汗が吹き出す。
リュゼ……。
ねぇ、リュゼ……。
——貴方は一体、なにを考えているの……?
「なぁ、外の魔法使い。てめぇは外からの助けか? 正直に答えろ。俺に嘘は通用しねぇぞ。」
アルギナの薄桃色の瞳が、燃えたぎる炎のような赤に染め上がった。魔塔主の迫力なのか、彼自身の魔力がそうさせるのかは分からない。ただ、私の首元には確かに、彼の鋭い牙が今にも刺し貫こうとしていた。
「結論から、申し上げます。私は、外からの助けでは、ありません。外への帰り方も知りません。」
「キロエ。貴方、外からの助けじゃないの……?」
ホルンが目一杯に瞳を広げて問う。
その姿に、罪悪感が胸を締め付ける。
「お力になれず、申し訳、ございません……。」
私の謝罪にホルンは、その場で崩れ落ちてしまった。
「まぁ、そう上手くはいかねぇか……。ホルン、てめぇはいつも勝手に先走って行動し過ぎなんだよ。その癖直せって何度も言っただろうが。」
アルギナもホルンの横に腰を下ろし、自身の髪を掻き上げてため息を吐きだした。
「そんで、てめぇはどうやってここへ来た?」
「私は、地下通路を通り大きなシェルターに入って……。それから、絵画を観ていたんです。」
「地下シェルターの絵画だと?」
「はい。ベルハーラが描かれた、大きな絵画です。」
「あ゙あ゙? じゃあここは絵画の中だっていいてぇのか?」
「それは、分かりません。でも絵画に倒れ込む形で転んだら、ベルハーラにおりました。」
深く考え込むアルギナ。
「あの……、私からもよろしいでしょうか?」
「……なんだ?」
正直、さっきからずっと身体が震えている。
手の中には未だ、ホルンから預かった壊れたネックレスを握りしめたまま。思考と現実が追いつかない。
ここが閉ざされたベルハーラで、
百年間ずっと同じ一年を過ごしていて、
外からやって来た魔法使いは、私だけ。
——私、一人…………。
「あの……、黒髪の魔法使いと白いフクロウを知りませんか?」
ホルンはピクリと肩を震わせ、アルギナが大きく目を見開き、素早く立ち上がった。
「名前はリュゼと、」
その名を口にした瞬間、背にあった窓は勢いよく開き、追い風が私を外に放り出した。
「うぐっ!」
太い植物のツタのようなものに首を掴まれて、身体は宙を浮いてしまった。身動きは取れず、首が徐々に締まっていく。
「その名は、よく知ってるぜ。」
アルギナの声だ。
こちらに向けた右腕から、私の首にツタが伸びている。
彼の魔法が、私を殺そうしているんだ。
急にどうして!?
「そいつはなぁ。このベルハーラにおいて、史上最悪の大罪人。名前を呼ぶことすら憚られる存在。」
息を吸うだけで精一杯。
ジワジワと締め殺される感覚。
雨のせいで手が滑ってツタを上手く掴めない。
「ベルハーラをこの白紙の世界に閉じ込めた張本人だ。」
「……っ!?」
そんな……!?
違う!!
リュゼはそんな事、絶対にしない。
なにか勘違いしているんだ。
「てめぇが大罪人と関係していると分かった今、生かしておけない。」
苦しい……。
息が出来ない。声が、出せない!
「ホルン……、もう止めるんじゃねぇぞ。」
アルギナは本気だ。
本当に私を殺すつもりなんだ。
身体をどれだけバタつかせても、私の首を掴んでいるツタはびくともしない。それどころかツタは脚にまで絡んで締め上げてくる。
「た、大変ですっ!!」
その声の主は部屋の扉を大きく開き、肩で息をしながらこの緊急事態に、更なる不安を運んで来た。
「南の住民街で〝消滅風〟が発生しました!」
ツタの勢いが止まった。
これなら呼吸が出来る!
「修復師はどうした!?」
「皆、他の修復に出払っております。その上、この雨です。すぐに迎える者がおりません。」
何が起きたのか分からないけれど、これはチャンスかも知れない。スカートのポケットに入っていた杖を握った。
「クソッ!! 緊急の鐘を今すぐ鳴らせ。住民の避難を優先しろ。俺がすぐに行く!!」
手の中には、ホルンから預かった木彫りの鳥をあしらったネックレスの残骸。
「魔塔主一人では無理ですよ!!」
大きく深呼吸。
さっきは私に力を貸してくれてありがとう。
クルッポの姿を見れて嬉しかった。
ついさっきまで、一緒にいたのに……。
なんでもう、こんなにも懐かしいのだろう。
「修復師なら、ここに、います……。」
「あ゙あ゙?」
手のひらに乗せたネックレスを、アルギナに向けた。
このぐらいの修復ならもう魔女の涙なしでも大丈夫。
杖に魔力を。
物に想いを。
大地に恵みの雨が降り注ぐように。
杖から降る魔力よ、光を帯びてネックレスに降り注げ!
「…………てめぇ。色なしの魔法使い、か。」
その光景は、雨雲の隙間から差し込む一筋の光柱。
雨粒さえも天からの祝福に思えるほど、光り輝いていた。
「私は修復師のキロエ。そして偉大なる魔法使いの弟子です。きっと、お役に立てます。」
私の手のひらにある木彫りの鳥を模したネックレスは、もう残骸なんかじゃない。羽ばたく羽根を完全に取り戻した本来の姿だ。
「ですので、私に対話する機会をください!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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また次回、お会いしましょう。




