27 リャナンシーの漁り場
「……………………ベルハーラ?」
そんなのありえない。
ここが、かの聖地ベルハーラだと言うの?
「ええそうよ。」
「本当に、ここはベルハーラなのですか!?」
百年前に突如として消えたベルハーラ。
誰も、何処に消えたのかすら分からなかった。
「だからそうだって言ってるでしょう。」
私は今、そのベルハーラの地を踏んでいるなんて。
『僕はもうずっと、この都市を復元し続けているんだ。』
脳裏に浮かぶリュゼの言葉。
あの言葉が本当だとしたら……?
いやいや、都市を一つ丸々復元し続けるなんて。
そんな到底不可能なことがあるはずない。
「信じられない……。」
頭が痛くなってきた。
これは夢だって、早く言ってほしい。
「ええ、私も信じられないわ。ようやく、ようやく外から助けが来たんだからっ!!」
…………助け?
一体なんのこと?
一人はしゃぐ彼女に質問しようにも、差し出された手に遮られてしまった。
「私はホルンよ。魔塔までは私が案内してあげる。」
赤いロングヘアーに白い神秘的な瞳。
左耳に付けた花の美しい耳飾りがよく似合う。
私と同い年ぐらいの女の子。
「貴方、名前は?」
「……キロエ、です。」
「良い名前じゃない。さぁ、行きましょう!」
「ふぇっ!?」
ホルンはそう言うと、私の右手首を掴んで走り出した。
「あの角を曲がるとね、ベルハーラ随一の大通り〝リャナンシーの漁り場〟よ。」
「あ、ホルン様。私、人通りの多い道はちょっと……」
彼女の言葉に私はピタリと脚を止める。
ここがベルハーラだとは、今だに信じられない。それにベルハーラだとして、王国騎士が居ないとは限らない。ここで見つかる訳にはいかないんだ。
「うーん。確かに、注目されたら魔塔に行くまでに時間が掛かっちゃうもんね。それなら……、ちょっとここで待っていて。」
そう言い残し、ホルンは何処かに走って行った。しばらく物影に隠れて待っていると、彼女は何処からか黒いフード付きのマントを持って帰って来た。
「これを頭から被れば人の視線を遮れるよ。」
「ありがとう、ございます。」
「リャナンシーの漁り場を通るのが魔塔への最短ルートなの。さぁ、行くわよ!」
手を更に強く引くホルンに連れられ、私はフードを深く被ってからリャナンシーの漁り場へ足を踏み入れた。
「うわぁ……、」
「リャナンシーの漁り場はなんでも揃う。ここを通り抜ければ赤子も笑う、なんて言われてるの!」
宙に浮く川の中を泳ぐ魚達が売られている。
美しい花は店主の隙をついて脱走を企る。
楽器達は意思があるみたく自ら陽気な音楽を奏でる。
「右も左も、魔法に溢れています。」
「うわぁっ、危ないじゃないか! ちゃんと下を見て歩けよ!」
下を向くと足元には、親指程度の小人が歩いていた。
「あ、申し訳ございません。」
「気をつけてくれ!」
「は、はい。」
反省しながらも、露店に目を映せば初めて見る野菜や果物が並び、どこも賑わっている。
「ちょっと失礼。飛びつかれたから肩貸してね。」
「え!?」
私の知っている小さな妖精もあちこちを飛び回り、自由気ままに人の肩で羽根を休めているではないか。
「凄い以外の言葉が見つかりません。」
「ふふ、当たり前。ここは魔法の聖地ベルハーラだもん。」
なんと珍妙。
なんて異世界!!
「これが、魔法都市ベルハーラ……。」
何処を見渡しても知らないもので溢れていて、キョロキョロと見渡す私の腕を、ホルンが強く引いた。
「そこの裏路地は絶対に覗いては駄目。〝ガンコナーの狩場〟だから。ここ数年で一気にあちら側が増えてしまったわ。」
ホルンが指差す裏路地は、大通りの活気とは裏腹に、黒く冷たい空気を発していた。本能が危険を知らせている。
「あちら側と目を合わせば、魅入られる。絶対に目を合わせたら駄目よ。気をつけて。」
「魅入られると、どうなるのですか?」
私の問いに、ホルンは嫌悪を抱いた目を見せた。
「…………戻って来れなくなる。」
「あの路地裏から、ですか?」
一歩先を歩き出したホルンに曖昧な答えを追求する。彼女はこちらを振り返りもせず、低い声で唸った。
「違う。ただ…………、黒く、染まるんだ。」
それ以上深く聞いてくれるな、と全身が言っている。
彼女の底知れない闇に気押されて、私は口を継ぐんで後を追った。
「あ、あそこ。凄い人集りですね。一体なんのお店ですか?」
しばらくして、話を逸らすように視線を移せば、大通りで一番賑わって列を成している店があった。
「あー、あれは個人の修復師の店ね。」
ここには修復師と言う職業が根付いているんだ。
リペアリアで初めてその存在を知った私にはなんだか不思議な光景。
「個人という事は他にも種類が?」
「ええ。魔塔所属よ。でも彼らはベルハーラ維持の為にしか修復を行わないの。だから個人の修復師が重宝されるんだけど……。」
ホルンは自身の左耳に付けていた耳飾りを触りながら俯いた。
「元々、修復師は誰でもなれるってわけじゃないから数が多くないでしょう。それにベルハーラは何処もかしこもガタが来ててね。ほとんどが魔塔所属になっちゃうの。」
その方が給料もいいから、と愚痴を溢す。
「ま、そんな訳で個人の修復師はぼったくりや外側だけ直す雑な仕事をする人が多いのよ。」
私もリュゼの修復魔法を初めて見た時、同じ事を提案したな。王都で店を出せば金儲け出来るって。彼は単純に魔法が好きだから、なんて答えていた。
今思えば、あの頃の私は欲に塗まみれていた。まさか、それを体現した現場をここで見ることになるなんて。
「なんだか、居た堪れません。」
「なんでキロエが恥じらっているのよ?」
「過去の私は不純でしたので反省しております。」
「……キロエって、変わった子ね。」
すいません、と謝るとホルンは小さく笑った。
もう機嫌は治ったみたいで良かった。
それにしても、リペアの魔法で外側だけ直すとか出来るんだ。初めて知ったわ。
「あの店の主人、腕は良いんだけどねー……、」
「なにか欠点があるのですか?」
「とっっっっても守銭奴なの。その上性格も悪い。」
この店は気を付けてね、とウインクが飛んできた。
私自身が修復師なので多分立ち寄る事はないだろう。ただ、リュゼ以外の修復師がどんなものなのかは、少し興味が湧いた。
「さぁ、魔塔はもうすぐそこよ。」
リャナンシーの漁り場を抜けると、すぐに魔塔が見えた。
「遠くから見ても凄く迫力がありましたが、近くで見るとより圧巻ですね。」
塔というだけあって、かなり大きい。
近くで見ると顔をのけ反らせてようやく塔の先端が見えるぐらい。
「そうでしょ! ベルハーラの自慢だもん!」
外観は白を基調としながらも、赤、青、緑、黄色でそれぞれの模様が施されていた。王都でもこれほど緻密な装飾は滅多にお目にかかれないだろうけど……、
「この塔の入り口は、何処ですか?」
魔塔に繋がる道の先、あるのはそびえ立つ塔の壁のみ。
入るための扉が見当たらない。
「ああ。魔塔の入り口はね、上よ。」
ホルンは遥か先の晴天を指差す。
「本来、魔塔は招かれないと入れないのだけど。今は緊急だし、直接アルギナの所までいきましょう。」
「そんな事が出来るのですか!?」
「ふふふ。出来る。これがあればね!」
ホルンが懐から取り出したのは木彫りの羽ばたく鳥があしらわれたネックレス。
「それでなんだけど、キロエ。魔法はどのぐらい使える?」
「どのぐらい、ですか……?」
比べる対象がいないからよく分からない。
なんと表現すべきなのだろう。
「うーん……。ベルハーラでは魔力測定器で階級を判断するのだけど。外は違うのかな?」
私はそんな機械は見た事ないと首を傾げる。
「じゃあ、周りに魔法使いはいたでしょう?」
「一人だけおりました。」
「その人と比べてどうだった?」
リュゼと比べて……。
それなら分かりやすい。
「天と地ほどの差がありました。」
「そんなに!?」
「はい。」
「うーん。じゃあ発動するか怪しいな……。まぁ、とにかくやって見ましょう!」
ホルンは身に付けていたネックレスを外し、私に両手で包むように持つよう指示する。
「こう、ですか?」
「そうそう。それで、魔力を目一杯込めてみて?」
魔力……。
私は杖を返してしか魔法を使えた事がなのだけど、大丈夫だろうか?
ふと、ホルンを見ると「気軽にやってみて」と言ってくれた。
「イメージは遥か高く飛び上がる鳥よ。鷲でも鷹でもいい。強く大きな羽根を想像するの。」
「強く大きな羽根……。」
それならよく知ってる。
彼の羽根は何度も見てきた。
強制的に幾度となく、もふもふさせられた。
「深呼吸をして。強くイメージする。」
私が想像するのはたった一人。
クルッポと一緒に空を飛んだ思い出だ。
「はい。……いきます!」
ゆっくりと手の中が熱くなるのを感じた。
地面から風を感じる。
木彫りの鳥が羽ばたいているように、羽根が地面を蹴るイメージ。
——……今だ、羽ばたけ!!
熱くなった両手から緑のフクロウが飛び出した。
それは風で具現化したクルッポみたい。彼が彼を羽ばたかせると地面から吹き上げる風が私達を包んだ。
「ちょっと、キロエ! 何したの!?」
「なにって……、魔力を目一杯注いでいまっ」
私が返答するより先に、物凄い勢いの風が私達を空高く舞上げた。
「ぎゃぁぁぁあああーーーっ!!!!」
驚きのあまり声が出ない私と、ホルンの叫び声が一緒に花火のように空高く飛び上がり始めた。制御を失った身体はされるがまま。
「魔力込めすぎよォォオっ!!!」
私達二人はあっという間に魔塔より遥か高く飛び上がったのだった。
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また次回、お会いしましょう。




