26 ここは、どこ……?
青……。
見渡す限り、晴天。
小鳥が囀る春の良い天気。
「空気が凄く、美味しい……。」
さっきまで古い石レンガに覆われていたはずの空が、今や石の欠片すら見当たらない。床だってそう。こんな色鮮やかな花々が咲き誇る土の上に座った覚えはない。
瞳を何度擦っても変わらない。
頬を抓ってみるも痛いだけ。
——これは、現実…………?
「リュゼ、クルッポ。どこにいるのですか?」
どれだけ声を張り上げてみても、返事はない。
私の声は生暖かい春の風に流されて消えていく。
「ふたりとも、返事をしてください!」
辺りに広がるは、長閑な自然。
少し歩けば行ける距離に街と時計台のような塔が見えた。
「あの塔、何処かで見たような……。」
頭にふと、シェルターの中で見たあの素晴らしい絵画を思い出した。目の前に広がる大地はどこか、あの絵に似ている。
「まぁ、初めましての子がいるわ。」
草木が囁くようなとても小さな声がした。
「本当だ。とっても久しぶり。しかも色なしだ。」
私の左右から、風に攫われてしまいそうなぐらいか細い声が二つ聞こえる。なのに姿が見えない。
「誰ですか? 一体何処に……」
立ち上がって声の聞こえる方をキョロキョロと見渡すと、私の鼻先にパッと何かが現れた。
「ここよ!!」
「え、キャッ!?」
急に現れたそれに驚き仰け反り、そのまま後ろに倒れてしまった。
「アハハ! 色なしが驚いて池に落ちた!」
「ずぶ濡れだ。ベタベタで可哀想!!」
お尻に広がる痛み。
それからひんやり冷たい水の温度。
まさか、後ろが池になっていたとは。
慌てていて全く気が付かなかった。
そんな私の姿をクスクスと楽しそうに見下ろす二人。
二人と言っていいのか分からないけど、人間ではないのは明白。
目の前を飛び回るのは、大きな羽根を持った妖精……?
「メロウ、そんなこと思ってないでしょう。顔が笑ってるわよ!」
「僕はニンフほど性格が悪くない。」
「なんですって!? メロウのくせに!!」
宙を自在に飛びながら喧嘩をする二人。
私が知っているの妖精は両手で収まるほどの小ささで、対になる羽根を持っていた。けれど、彼らは人間の赤子ぐらいの大きさがある。それに、見た目だって違う。
「あのー……、貴方達は妖精なのですか?」
言い争っていた二人は顔を見合わせて頷いた。
「そうよ。私はニンフ。風の妖精。」
美しい女の子の身体に、背中には鷲の様な大きな緑の羽根を持つ。風と言うだけあって髪も瞳も翡翠色。
「僕はメロウ。水の妖精さ。」
愛らしい男の子の妖精。ただ、人間の様な脚はなく下半身は魚のよう。青い鱗が太陽に照らされてキラキラと輝いていた。
「私の知っている妖精とはだいぶ違います。」
「もしかして私達を野生の妖精と一緒にしてるの?」
「僕達は名前を持つ妖精だ。一緒にしないでよ。」
「あ、ごめんなさい。」
妖精にも種類があるなんて、初めて知った。といっても、どんな違いがあるのか。見た目以外はさっぱり分からない。
「僕達は冬の奴らが蒔いた六花虫を捕まえる大切な仕事をするとっても偉い妖精なのさ。」
「そんな虫の名前は聞いた事がありません。」
「あら、貴方にも何匹か着いてるわよ。」
「えっ!?」
指差された右肩を見ると、雪の結晶の形をした小さななにかが動いていた。
「この子達は雪を運ぶ虫さ。春に回収しないと草木の育ちが悪くなるんだ。」
ニンフがこちらに息を吹きかけると、六花虫は暖かい春の風に運ばれ、メロウの持つ水の網へと入っていった。
「まるで、お伽話みたい、です。」
「なに言ってるの。ここじゃ当たり前の出来事よ。」
「そうさ。毎年していることだ。」
平然と喋る妖精二人に圧倒されつつ、ここが何処なのか余計に分からなくなって来た。とりあえず、池に落ちて濡れたままのお尻と両手をどうにかしたい。
ゆっくりと立ち上がると、ニンフとメロウは「びしょ濡れだ」と意地悪く笑った。
「色なし。名前を教えてよ。」
「……色なし?」
「貴方のことよ。」
ニンフが私の髪を弄ぶ。
「あ、髪が灰色だから。」
「違う。色なしだよ。」
「そう。色なしの魔法使い。久しぶりだわ。」
二人の言いたいことはいまいちよく分からない。
髪に色がないから色なしって事で良いのかしら?
「えーっと、私はキロエです。」
「良いお名前ね。貴方からは懐かしい香りがする。」
「僕達の古い友の香りだ。懐かしい。貸しを作らねば。」
「そうね。貸しを作りましょう。」
そういうと、二人は徐に私に向かった指差した。
『唄え唄え。舞い上がる春の風。汝に古き鳥の導きを。』
『巡り沈まれ、清流よ。汝に古き雫の導きを。』
次の瞬間、濡れていたスカートから水滴が離れていき、それらは纏って、ひとつの大きな水の玉が宙に浮かんだ。地面からは暖かい春の風が吹き、濡れた身体があっという間に乾いていく。
「凄い……。」
宙を浮いた水の玉は透明な魚となって、私が転んだ池へと帰っていった。
「元通りに乾いています。」
「当たり前よ。私達が力を貸したのだから。」
「ありがとうございます。」
元々、彼らのせいでずぶ濡れになったのだけど、満足そうな笑顔を浮かべてるから黙っておこう。
「これは貸しだ。貸しはちゃんと返してね?」
「貸し、ですか。」
スカートのポケットに入っているのはリュゼから貰った杖と魔女の涙だけ。あげられる物がない。
「貸しを返すのは今じゃなくていいよ。なにせ百年ぶりの友人だから。」
「そうそう。とっても久しぶりの新しい友人。」
二人の妖精はまた意地悪い笑みを浮かべて言った。
百年ぶり……?
友人?
ああ、そうか。
魔法使いは百年前にいなくなってしまったから。彼らが人間と喋るのは久しぶりという感覚になるのだろう。
——あれ、おかしいな……。
「あの、この辺りでリュゼとクルッポ。いえ、黒髪の人間と白いフクロウに会いませんでしたか?」
ニンフとメロウは顔を見合わせて首を傾げた。
「見てないな。」
「私達がここへやって来るのを見たのは貴方だけ。」
そんな……。
じゃあ、二人は一体どこに?
まだあのシェルターの中にいるの?
——だったら早く帰らないと!!
「あの、シェルターへの帰り方を知りませんか?」
「それは出来ないと思うよ。」
メロウの声が冷たく、温度をなくした。
「なぜ、ですか?」
「ここは閉ざされた楽園だからよ。」
ニンフはクルリと宙を一回転して、笑った。
「閉ざされた、楽園……?」
「私達は貴方を歓迎するわ、キロエ。」
「待ってください。ここは一体何処なのですか!?」
ニンフとメロウは互いに手を繋ぎ、私の真上でクルクルと舞う。
「これ以上は教えてあげない。」
「僕達は仕事に戻らないと。」
「そんな!!」
急いで手を伸ばすも、紙一枚届かない。
「知りたいなら真っ直ぐ進みなさいな。」
「そうさ。真っ直ぐ進むべきだ。」
彼らが指差すは時計台の方角。
「「じゃあね。色なしのキロエ。」」
私の制止は虚しく、二人の妖精は空高く消えて行った。
残るのは陽気な春の風と草花と私。
「……どうしよう。」
妖精はリュゼとクルッポを見ていないと言っていた。
帰れないとも……。
心臓は徐々に速く脈を打ち始めた。
手に汗が滲む。
——もしかして、リュゼはもう…………、
「大丈夫、落ち着くのっ!」
頬をパンっと両手で叩き、思考を回す。
「ここはどう考えても、見渡しても春よ。ということは、リュゼは魔力の枯渇から解放されたんだわ。」
どんな魔法を使ったのかは検討も付かない。けれど、こんな見知らぬ土地に私を送るなんてことが出来るのは、彼しかいない。
絵画の前に立ってリュゼは泣いていた。
明らかに取り乱していた。
もしかしたら魔法が不完全のまま発動したのかも。
だとしたら、私が一人取り残されているのも納得出来る。
「リュゼとクルッポはこの土地の何処かに居るはず。私は王国騎士団に見つからないように彼らを探すの。」
足場が崩れ落ちてしまいそうな不安から逃げるように、二人の妖精が指差した方向へと歩き始めた。
まずはここが何処なのか、それだけでも把握したい。
リュゼは最後になんて言っていたっけ?
「確か……。アル……、アルクマ?」
いや、なんか違う。
もっとギラギラした感じで。
——カラン……。
物思いに更けていると、横からなにかを落とした音がした。音の方へ振り向くと、見知らぬ女性が一人。地面には一本の杖が転がっている。
油断した。
咄嗟に身構えるが、服装からして王国騎士団ではない。
どちらかというと、町娘のような……。
あの杖、私と同じ。魔法使いの杖だ。
——あの娘も、魔法使い……?
だったら協力を頼めるかも知れない。
「…………き、た。」
女性は驚きを体現したかの如く目を見開き、口をパクパクとさせた後、大声で叫んだ。
「遂に、外から魔法使いがやって来たんだ!!」
理解が追いつかない私を他所に、物凄いスピードでこちらに走って来た女性に両手を掴まれた。
「ねぇ、早くアルギナに会って!」
「……!!」
そうだ。リュゼが言っていたのは〝アルギナ〟だ。
会えと言うとこは誰かの名前なんだ。
色々気になるけれど、今はそのアルギナに会いたい。
「そのアルギナ様は何処にいらっしゃるのですか?」
その方に会えばリュゼ達の行方が分かるかも知れない。
ここが何処かとかどうでも良い。
女性が何者でも構わない。
私は女性の手を強く握り返した。
「魔塔主なのだから魔塔にいるわ。」
「魔塔とは、一体何処にあるのです?」
「アレよ。」
彼女は遠くに立つ塔を指差す。
私が時計台だと思っていた物だ。
「我がベルハーラが誇る荘厳なる魔法の塔。」
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また次回、お会いしましょう。




