25 残り一年だと、伝えてくれ
「今の音は聞こえたかい?」
「鈴の音みたいな音なら、聞こえました。」
「そうそう。これは古い魔法でね。ざっくり言うとリペアリアに付いてるベルと同じ原理の魔法なんだ。」
久しぶりに発動出来た、と喜ぶリュゼとクルッポ。
そんな二人を後ろから眺めていた。
「まぁ、安心して着いておいで。」
それだけ言うと、リュゼは目の前の石レンガに向かって歩き出した。
「リ、リュゼっ!?」
ぶつかるのを止めようと手を伸ばすも、リュゼは石レンガに吸い込まれるように消えていく。その後を追ってクルッポも。平然と石レンガの中に消えていった。
「二人とも、大丈夫なのですか!?」
私の問いに返事は返って来ない。
辺りには、ポツンと一人。
意を決して石レンガに腕を伸ばす。
「……何もない。」
目には見えている石レンガの感触はない。
ここは入り口なんだ。
リュゼがさっき言っていたけれど、どう言う原理なのかはさっぱり分からない。とにかく、凄い魔法でこの先にある空間が隠されていたんだと、自分を納得させた。
「本当に、魔法は奥が深い……。」
そんな独り言を吐き出して、ゆっくりと両腕を伸ばしながら石レンガの中へと踏み入った。
「え……、」
「どう? 凄いでしょ?」
広がる光景は、想像とはかなりかけ離れていた。
「凄い、というか……、ここは。本当にシェルターなのですか?」
広がる緑。それから淡雪。
どこからか降り注ぐ太陽光が、目を眩しく焼く。
ここは外だ、そう言われた方がしっくり来る。
そのぐらい、不思議な空間だ。
なのに、目を引くのはそこじゃない。
「あの、絵画は一体……?」
大きなシェルターの奥、壁一面に貼られた巨大な絵画に心を奪われた。古い街並みと自然と人間が、美しく調和している。
今にも動き出しそうな、圧巻の絵。
今まで見てきたどの絵画とも違う。
あれは本当に絵画なのか、疑いたくなるほど忠実に再現されている。
「百年前に消失したベルハーラだよ。」
「あれが……、聖地ベルハーラ。」
まさかこの目で百年前の風景を見ることが出来るなんて、思いもしなかった。何時間でも観ていられそうだ。
「あの理想郷みたいな都市が、この地に存在していたなんて。信じられません。」
細部まで細かく描かれている都市には、今や失われた魔法の痕跡が多くある。
宙を浮く水の中を泳ぐ魚達。
街灯代わりの炎。
土塊の人形は畑を耕している。
「とても、美しいです。」
百年前の世界は今は見る影もない。
私からすれば、まるでお伽話だ。
童話を現実的に描いたような風景に胸が高鳴る。
でも、不思議だ……。
今、一瞬、遠くの人影が少し揺れた気がした。
気のせいだろうか?
こちらで吹いている風に合わせるように、絵画の木々が揺れているようにも見える。
——まるで、生きた世界が閉じ込められているみたい。
「僕はもうずっと、この都市を復元し続けているんだ。」
リュゼの衝撃的なひと言に、理解が追いつかない。
あんな大きい絵を一人で?
ずっとって、一体いつからなの?
そもそも、こんな美しい絵画がどうしてこんな所にあるの?
——これでは隠しているみたいじゃない……。
思考はぐるぐると回っている。けれど疑問が多すぎて何から口にすれば良いのか。
絵画の額縁をそっと撫でるリュゼは、いつにも増して大人しく穏やかな表情で絵画を愛でていた。
「修復、ではないのですか?」
ようやく喉から出た言葉に、リュゼとクルッポが顔を見合わせてからこちらを見た。
「復元であっているよ。」
「こんな大きな絵を復元し続けているなんて。魔力が枯渇する訳です。それに、レストアの代償だって……、」
強い魔法にはそれだけの代償が伴う。
ならば、この絵を復元する為にリュゼは、魔法使いの寿命をどのぐらい手放したの?
「僕の寿命はあと持って一年ぐらいだろうね。」
「……っ!?」
リュゼの魔法使いとしての寿命があと、一年だなんて。
この絵はリュゼにとってそこまで直したい絵なの?
「実はさ、キロエにこの都市を見せるのはもう少し後の予定だったんだ。まさか騎士団が来るなんて、想定外だよ。」
畳み込むように話すリュゼ。
私は未だパニックと疑問の中にいる。
「ほとぼりが冷めるには、時間が掛かる。半年、いや一年ぐらいかな。残念ながらこのシェルターには、もうそれだけの食料は残っていないよ。」
誰か、リュゼを止めて。
理解が追いついていないの。
クルッポに祈るように目をやるも、リュゼの肩から飛び立ち、近くにあった古い椅子に降りて静かに絵画を眺めていた。
「だから、もう。迷ってる暇はなくて。この手を選ぶしかないんだ……。」
さっきまで浮かべていた穏やかな笑みは消え、両手で顔を覆ったリュゼは声を震わせている。
「そう考えると、やっぱり巻き込んだのは僕なんだよ。」
「リュゼ、さっきから一体何を言っているのですか?」
「ごめんね……。」
リュゼは静かに瞳から涙を流していた。
涙が溢れ落ちれば全てが音を立てて壊れてしまいそう。
「謝らないでください。貴方は何も悪くありません。」
早く受け止めてあげなくては。
そうしないと、消えてしまう。
「ありがとう。君が立派な魔法使いになったこと、嬉しく思うよ。」
咄嗟に、絵画の前に立つリュゼに駆け寄った。
それから彼の手を両手で強く握る。
「リュゼ、私にもあの絵画の復元を手伝わせてください。そうしたら、もっと長く魔法が使えるのですよね?」
貴方の役に立つなら、私はなんだってやれる。
「キロエ……。ここにあるのは絵画なんかじゃない。」
「…………え?」
横にある絵画を見た。
そんなはずがないと、分かっている。
「本物のベルハーラだ。」
分かっているのに、絵画の中の人が、動いているように見えた。
「そんな、はず、ないですよね……?」
握っていたはずのリュゼ手が、私の肩を押した。
後ろには絵画がある。
このままじゃ、ぶつかってしまう!!
「残り一年だと、アルギナに伝えてくれ。」
リュゼの顔が、声が、脳裏に焼き付く。
泣きながら笑ってる。
吐きそうなぐらい震えた声。
「みんなに、よろしくね……。」
——なんで、最後のお別れみたいなこと、言うの……?
本当はそう、口に出したかった。
現実は、さっきシェルターに入る時みたく石レンガをすり抜ける感覚が身体に走って。微かに漏れた息は声にならなかった。
——絵にぶつかって、転んでしまう!
そう思ってギュッと目を閉じてすぐ、背中に衝撃を感じた。でも、石レンガに打ちつけたような硬い痛みじゃない。もっとふわふわの。
そう、草の上みたいな。
手に伝わる感触はちょっとチクチクとして。
まさに、草だ。
「……って、そんなのどうでもいい。リュゼ、ちゃんと話をしまっ……」
勢いよく飛び降りると、青が広がっていた。
晴天に、長閑な草、少し見上げるとピンクの花咲く木。
春だ……。
春が来てしまったんだ。
そんな光景。
石レンガも、絵画も、リュゼ、クルッポもいない。
「…………ここ、どこ?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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また次回、お会いしましょう。




