24 救済都市の遺物
「…………リュゼ、時間がないことを理解していますか?」
「勿論さ。」
「では、何故そんなプレッシャーを掛けるのです?」
ゆっくりと体勢を整え、こちらを試すように見つめてくるリュゼとクルッポ。
「だって僕らの弟子だから。」
「ポポポッ」
こんな時ですら、私の師匠達は変わらない。
杖と一緒に握っていた魔女の涙を袋に戻し、杖だけを握り直した。
「ずっと思っていたのですが、私の師匠達は意地悪です。」
「そんなことないよー。」
「クルックー!」
まるで日常が帰って来たみたいだ。
外には追手がいて、リュゼとクルッポは魔法も使えない。絶体絶命と言っていい危機的状況だっていうのに。
本当に不思議だ。
出会った時からずっと、不思議と心地が良い。
——手放したくない。
だったら師匠達の応援に応えないといけない。
「震えは止まったかい?」
深く呼吸を吸うと、埃臭い。
あと、少し森林の匂い。
やっぱり私は良き師に出会えたのだろう。
「はい。もう大丈夫です。……いきます!」
握った杖に身体の全神経を集める。
巡る血液を感じ、魔力を宿らせた。
構造はただの石レンガだ。
完璧に把握出来る。
「リペアリア、私達を守ってくれてありがとう。もう少し、力を貸して下さい。」
込めたい想いなんて、数え切れない。
この店にはもう、それだけの思い出がある。
「お願いしますっ!」
店の光が杖の先に集まっていく。
背中からは追い風が吹いている。
杖から離れた光が風に乗って石レンガに触れた。
私の魔法は、水たまりに一滴の雫が落ちるよう。
でも波紋はゆっくりと広がっていく。
そうしてこの店を包むんだ。
「………………出来た。」
光の波紋が収まった時、目の前には長く続くトンネルが現れていた。
「や、やりました!」
「完璧なリペアだったよ。」
「ポポーッ!!」
初めて自分の力だけで魔法が発動した。
ちゃんと二人の役に立てた。
「嬉しいのは分かるけど、そろそろ本当に中へ突撃して来そうだ。急ごう。」
おそらく、今の光が騎士団を刺激したんだ。
ここで捕まっては意味がない。
「は、はい!」
二人と一匹は急いで暖炉に隠された非常用のトンネルへと逃げ込んだ。程なくして、カランコロンと勢いよくベルが鳴った。店の扉が開かれたんだ。
「キロエ、そこの石レンガを思いっきり叩いて!」
リュゼの指示通り、トンネルに入ってすぐにあった一つだけ色の違う石レンガを思いっきり叩く。
すると見る見るうちにトンネルの扉は石レンガに覆われ、出入り口が完全になくなってしまった。
「これでひとまずは、大丈夫だと思う。」
「クルッポ!」
「だね。まだ油断は出来ない。早く先に進もう。」
額には冷や汗が滲んでいた。
非常用のトンネル内は、人が二人並んで歩けるほどの幅と高さがあり、窓はなく全てが古い石レンガに覆われている。近くにあったランプの光だけを頼りに進むしかない。
底なし沼に落ちていくような恐怖を錯覚するほど長い階段を降り、一本道を永遠と進む。
「あの、ここは一体なんなのですか?」
非常用のトンネルにしてはあまりに長く深すぎる。
それに作りからしてかなり古い。
「ここは昔、魔法使い達が使っていた非常用の脱出地下通路を兼ねたシェルターだよ。」
「通路兼シェルター、ですか……?」
「そう。もうすぐ進むとどんどん道が入り組んで行く。進むべき道を知らないと、一生ここから出られなくなるだろうね。」
道は覚えている、と言い切るリュゼ。
なんでそんな物がリペアリアの地下にあるのだろう。
「ベルハーラが救済都市だったって話は覚えてる?」
「はい。私のような両親と似ていない魔法使いを守る場所だったと。」
「そうそう。救済都市って名前だけあって色んな訳アリがこの地に集まっていたんだ。そんな人達を守る為のシェルターでもあったわけだ。」
この地下通路はベルハーラがあったこの北の地の至る所にあるらしい。
「もう存在を知る人間もほとんどいないけどね。魔法使いは皆、この地下通路がある近くに家を建て、勝手に自宅と繋いだものさ。」
そのせいで地下通路は地下迷路の如く、入り組んでいる。勿論、リペアリアもその内の建物の一つだと、リュゼは笑った。
「リュゼは誰からこんな場所を教えて貰ったんですか?」
「さぁ……、誰だったかなー。」
「教えてください。ここもそうですが、リュゼはベルハーラについてもやけに詳しいですよね?」
「そんなことはないと思うよ。」
バレバレなはぐらかし方。
答えたくない時のそれだ。
これ以上の問い掛けは無意味だろう。
もっともらしい嘘の一つでも付けばいいのに、なんて思ってしまう。
「シェルターがあるなら騎士団がいなくなるで、ここに籠って入れば安全ですね。」
わざとらしく話題を変えると、少しホッとしたようなリュゼの表情が見えた。
「ああ……そうだね。今向かってるのは一番大きなシェルターだよ。」
地下通路を歩くスピードは徐々に落ちていく。
リュゼは笑ってはいるけれど、石レンガに身体を預けて歩くので精一杯。
私も飛び疲れたクルッポを肩に乗せているせいで足取りは重い。
「巻き込んでごめんね。」
思わぬ謝罪に後ろを歩いていたリュゼを振り返った。
通路は寒いぐらい冷たい冷気が流れて込んでいるというのに、顔には汗を垂らし息もかなり上がっている。
急いでリュゼを支えに駆け寄るも、「まだ、大丈夫」の一点張り。
「……巻き込んだのは私の方です。」
「いいや、僕だよ。君をあの家から連れ出したのは僕なんだから。」
「そうだとしても私は、リュゼに着いて来て後悔はありません。」
リュゼのお陰で私は、少しだけ人間になれた気がするもの。言い切る私の隣でリュゼは「そうだと、良いな」と小さく呟いていた。
「シェルターまであとどのぐらいですか?」
「うーん。まだまだ、先だね。」
それから長い時間、地下通路を歩いた。
太陽の光も時計もないから正確な時間は分からない。何度か小さなシェルターを見つけては休み、リュゼとクルッポの回復を願った。
「大きなシェルターまで、あと少しだよ。」
「ポッポ!」
ここまでかなり入り組んだ道を歩いて来た。
体感では二、三日歩いている気がする。
途中にあった湧水で顔を洗った時、濡れた髪はすっかり元の灰色に戻ってしまった。逃げるのに必死でリュゼから貰った櫛を自室に置いてきてしまったのが悔やまれる。幸いにも、騎士団が後ろから追ってくる気配はまだない。
「リュゼ、体調は大丈夫ですか?」
「うん。この辺りの空気は他より魔素が多いからかなり楽だよ。」
そう言われると、地下なのに空気が軽く感じる。
これが魔素が多いということなのだろうか?
「ずっと聞きたかったのですが。リュゼは何故、冬に魔力が枯渇するのですか?」
「シェルターに入れば分かるよ。」
「……そう、ですか。」
リュゼは自分の事を滅多に語らない。
意図的にずっと避けている。
私はいつも彼の過去への踏み込み方が分からない。
だから待つしかないのだ。
それからまた会話もなく歩き続けていると、前を歩いていたリュゼが突然立ち止まった。
「あ、ここだよ!」
目の前にあるのは、変わり映えしない石レンガの風景だけ。
「…………何もありません。」
「あるんだ、ここに。この地下最大のシェルターが。」
そう言ってリュゼが石レンガの壁を触れた時、
チリン——。
微かに小さな鈴の音が聞こえた。
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また次回、お会いしましょう。




