23 人形姫はもういない
「よくもまぁ、僕の家で暴れてくれたものだね。」
顔には余裕の笑みを浮かべて。
それでも声色は酷く低い。
「それで君、キロエになにしようとしてるの?」
「クルッポー……」
ギラリと光る黄金瞳は猛禽類のソレ。
ここに居るのは一人の餌と二匹の狩人。
「こ、こっちにくるな!」
凶器のはずだった剣は今やガラクタに成り下がる。
ブンブンと威嚇のような音を立てる姿は、音が鳴るおもちゃのよう。
「こっちにくるな? 先にこの店に来たのはお前達でしょうが。」
リュゼの手には杖。
クルッポを肩に乗せて。
二人はゆっくりと、階段を降りた。
「死にたくないならキロエを離してくれないかな?」
「はっ! 離すわけがないだろう。そこから少しでも動いてみろ。コイツの四肢を斬り落とすぞ!」
無理矢理に身体を起こされ、首に剣を突き立てられた。たった少し掠った首元から、赤い血が垂れる。
このぐらい、痛くない。
それよりも心が痛い。
この騎士のせいでリュゼが脚を止めた。
私がまた、足手纏いになっている。
それが一番、苦しい。
「コイツを王城まで持って帰れば、昇格が約束されているんだ。そのためなら、俺はなんだってする覚悟さ。」
「へぇ……。」
どうにかしてこの騎士から離れないと。
けれど、どれだけ身体に力を入れようとびくともしない。私の小さな抵抗を他所に、騎士とリュゼの会話は続いていく。
「さっきから聞いてると、君はまるでキロエを物みたいに扱うんだね。」
「そう大差ないだろう。人形姫なんて呼ばれているんだからな。」
騎士が吐き出した言葉に、空気が変わった。
リュゼの表情が、恐ろしく変わった。
家は軋み、通り抜ける風は轟音を立ている。
店内は息が出来ないほど、張り詰めていた。
「そうか、なら……。お前も物みたく扱われても、しょうがないよな?」
それは一瞬。
瞬きの隙間で終わっていた。
「………………え?」
リュゼが杖をこちらに向けた途端、床は大樹の幹のように変形し、私を交わして騎士にだけ巻き付いた。
「キロエ、こっちにおいで。」
「…………は、い。」
身動きどころか、声すら発せられない騎士から這い出してリュゼに駆け寄る。
「無事で良かったよ。」
いつものリュゼがそこにいた。
「首元、よく見せて?」
「んっ……」
そういえば、首元に剣先が当たって切れてしまっていたのを思い出した。
「……これで、よし。」
リュゼは傷口を優しく撫でると、あっという間に治ってしまった。
「さてさて、邪魔な騎士様達にはお帰り願おうか。クルッポ、頼んだよ。」
「ポポーッ!!」
「キロエ、店の扉を開けてくれるかい?」
「分かりました。」
クルッポが羽根を広げると、木の幹に縛られた騎士はそのまま浮き上がり、店の外に放り出された。続けて、二階で気を失っていた残りの騎士達も、クルッポによってあっさりと店の外に追い出されていく。
「ここには二度と来ないで欲しいな。来ても良いけど……、次は容赦しないから。」
リュゼの言葉を最後に、カランコロンとベルが鳴り、店の扉はバタンと閉じられた。
「いやー……。危ない、ところ、だっ、たね……。」
「リュゼ! 大丈夫ですか!?」
さっきまでの威勢が嘘のように、リュゼはその場に倒れ込む。
「アハハ。これじゃあ、全く、格好が付かない、ね。」
「そんなことはありません。とても、とてもカッコよかったです。」
駆け寄り、握った手は血の巡りを感じない冷たさ。
完治したわけじゃないと、ひと目でわかる有様だ。
「助けて下さり……、ありがとうございます。」
「ふふ、どういたしまして。」
「……。」
なんて声を掛ければいいの?
聞きたいことが山積みだ。
いつから体調が悪かったのですか、とか?
なにがあれば良くなりますか、とか?
「……このまま、死なないですよね?」
あれ……?
思っていたこもと全然違う言葉が、漏れてしまった。
「…………キロエ、泣かないでよ。」
「だって……、私。ずっと……、」
「大丈夫だよ。」
「一体、なにがあったのですか!?」
落ち着いて、と頭を撫でる手が狂おしいほど嬉しい。
「僕の魔力はどうしても冬に枯渇気味になってしまってね。まぁ、簡単に言うとすんごく辛いんだ。起きてるのも嫌になるぐらい。」
「でも去年は、私を迎えに来てくれましたし、起きてましたよね?」
あれでも痩せ我慢してたんだ、とリュゼは苦笑した。
「だからいつもは動物の冬眠に近い感じでやり過ごすんだ。それで毎年なにかあった時と、春が来る少し前にクルッポに起こして貰うんだよ。」
「だから今日は起きてくれたのですね。それなら、どうして言っておいてくれなかったのですか?」
「え……? クルッポに伝えていたから。」
二人して白い獣に目をやると、名前を呼ばれた本人は「俺、誰にも話すな言われた!」と自分の容疑を強く否定していた。
「はぁー……。なんだか凄く心配させたみたいだね。本当にごめん。」
「いえ。口の固い相棒を責められませんから。」
「アハハ。クルッポ、良かったな!」
「クルックー!!」
クルッポと戯れ合う姿もどこか懐かしい。
でも、胸のざわめきは消えない。
「どうして魔力が枯渇気味になるのですか?」
魔力は体力と同じだとリュゼが言った。
冬になるからと言って、なにもしていないのに枯渇する理由にはならない。そういう病気なの?
「…………キロエ。少し歩くの手伝ってくれないかな。」
「まだ質問の答えを聞いていません。」
「そう、だね。でも先に場所を移動した方がいい。」
リュゼは店の外を指差した。
「もうすぐ、魔法が解けてしまう。彼らは誇りある王国騎士なのだろ?」
いくらリュゼが魔法で脅したとは言え、外に放り出された彼らに魔法の記憶はない。何故か追い出されたと認識しているだろう。ならば、このまま簡単に引き下がってくれるとは考えにくい。
「威勢のいいことを言ったけどさ。僕ら、もう魔法使えないんだ。」
「クルッポー……。」
魔法を使い過ぎた、と力なくひらひらと両手を振るリュゼとクルッポ。そして武力を持たない私。次に騎士団が店に突撃した時が、私達は確実な敗北だ。
「でも、逃げるといっても何処へ?」
この店の出入り口は目の前の扉だけなのだ。
「あの時、暖炉を少しでも片付けて置いて良かった。」
「え……?」
キキが倒れた時、リュゼが片付けを途中で諦めたあの暖炉。今でも若干の荷物置きスペースとして放置されたまま。
「暖炉に見えてるアレ、非常用のトンネルなんだよね。」
リュゼが指差したそれは、人ひとりがしゃがみ、ようやく入れるような小さな暖炉だ。改めてよく見ても、トンネルには全く見えない。
「急いで杖と、念の為に魔女の涙も持っておいで。」
「わ、分かりました。」
それからリュゼの指示で恐る恐る、しゃがみながら荷物を掻き出すと、奥に一つだけ出っ張るレンガの感触があった。
「あっ、ありました。この出っ張りどうしたら良いですか?」
「その非常用のトンネルはわざと壊してある。どう言うことか分かる?」
「リペアの魔法を使え、ということでしょうか?」
「ご名答。構造は簡単。その出っ張ったレンガを元通りにするだけ。」
それなら私でも出来そうだ。
持ってきた杖と魔女の涙を一粒、手に取った。
「ねぇ、キロエ。収穫祭からどれだけ魔法が上手くなったのか、僕に見せてよ。」
「はい。」
「もう魔女の涙なしでも魔法の一つぐらい、掛けられるようになっているだろ?」
「は、い……?」
魔法を掛けようとした寸前で、思わず後ろにいたリュゼに振り向いた。
「出来るよね、キロエ……?」
この緊迫の状況で。
その笑みと圧力を兼ね備えた顔を、なぜ今するのですか?
「もう外は騎士団の声がしているよ。一回で成功、出来るよね……?」
——なんでそんなに、楽しそうなのですか!?
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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また次回、お会いしましょう。




