22 共犯者は既に殺した
「キロエという娘はお前か?」
なんでこのタイミングで……!?
今までなんの進展もしていなかったじゃない。
深々と降り積もる雪を掻き分けて来訪した異端の訪問者は、容赦なく私を査定しにやって来た。
咄嗟に頭を下げると、見えたのは王国騎士団の甲冑。
腰にはそれぞれの武器を携えて。
薬草と紅茶の匂いで溢れていたリペアリアは、一気にむさ苦しい男の匂いが充満した。
「は、はい……。」
「……ふむ。顔を上げよ。」
絶対にバレないようにしないと。
この人達は私がキロエ・ネーベルだと決め付けてここへ来たわけじゃない。平然としていればやり過ごせるはずだ。
「よく似ている気はするが……。」
心拍数がどんどん上がっていく。
「その髪色は地毛か?」
「はい。」
平常心を保つの。
バレたら城に連れ戻されるかも知れない。
最悪、この場で斬り殺される……。
「そうか。我々は第一王子の婚約者である方の捜索をしている。なにか知っていることはあるか?」
「……ございません。」
騎士団員は全部で五名。
指揮を取っているのは、フェリカ様の護衛補佐だった方だ。
騎士団員の中でも腕が立つと聞いたことがある。
私は公式の場でしかフェリカ様のエスコートを受けなかったから、彼と話したことはない。でも、確実に私の顔を知っている。私探しには打ってつけの人材だろう。
彼の後ろに立つ四人は寒さ避けの帽子を深く被っていて顔は愚か、髪色すら見えなかった。
「そうか。時間を取らせて悪かった。もし、有力な情報が入ったら新聞社ではなく、こちらに情報を提供して欲しい。」
騎士団員は私を値踏みするみたく一瞥すると、懐から紙切れを取り出した。その様子から彼らも義務的にやっているだけで本当に探すつもりはないのかもしれない。
——良かった。あっさりと引いてくれそう。
内心ホッと胸を撫で下ろす。
手渡された折り畳まれた紙切れを広げると……、
『共犯者は既に殺した』
そう、たったひと言書かれていた。
全身から、血の気が引いていく。
この騎士達は私がここに居ると知っていたの?
だとしたらもっと騎士団を率いて来てもおかしくない。
目の前に五人。その他の人間は私の隙を盗んで裏から二階に登っていてもおかしくはない。
「リュゼっ!!」
思わず後ろを振り向いて叫んでしまった。
階段には誰もいない。
人の気配もない。
「…………ほう。」
その声は何かを断定したかのようで。
しまった、そう思った時にはもう遅かった。
「まさか、こんな所にいらっしゃったのですね。」
騙された……。
この手紙は私を動揺させる為の罠だったんだ。
「キロエ・ネーベル様。」
心臓が飛び出してしまいそうだ。
騎士の瞳が鋭く私を捉えている。
その名前をまた呼ばれる日が来るとは。
「フェリカ様とネーベル家のマリー様より、貴方様が一人で家を飛び出すなんてあり得ないと。ですので、このような方法を取りました。」
ここまで上手く引っかかって貰えるとは、と嘲る騎士。
この目を見るのも久しぶり。
足の先からじわじわと身体が固まっていく。
あの日々に引き戻される。
「わ、たし、は……」
「フェリカ様からの伝言を承っております。」
私の話を聞く気はないらしく、騎士は咳払いを一つするとまた口を開く。
「人形なのだから家と私に迷惑を掛けるな。さっさと帰ってきて仕事をしろ。だそうです。」
フェリカ様。
貴方は私の一世一代の勇気を、たったそれだけの言葉で片付けるのですか……?
「最近、第二王子セルリア様派閥が勢力を拡大していますからね。元々、貴方様がしていた仕事をこなして貰わないと立場が危うくなるのですよ。」
私がこなしていた仕事は、本来フェリカ様のお役目。それを私に押し付けてマリーと相引きしていたこと、護衛補佐なら知っているはず。
「ネーベル家のマリー様も、貴方様が家出をしたことにお心を痛めておいでです。妹君にまで心配を掛けて、こんなボロ屋で一体何をなさっているのですか。」
クスクスと、後ろから聞こえる笑い声。
「その服、髪色、全然似合っておりません。まさか本気で、平民になりたいなんて言わないですよね?」
騎士団員の視線や態度は、昔となにも変わらない。人形姫と呼ばれていたあの頃は、これが普通だと思っていた。
——私は、こんな明け透けに侮辱されていたのね。
なにも考えないようにしていたから。
ずっとこれが当たり前だと思い込んでいた。
今思えば、敵の多い貴族社会で人の上に立つ次期王妃が意思を持たない人形姫だなんて、不満が出てもおかしくない。その上、家族からも婚約者のフェリカ様からも愛情を貰えない哀れな女。
——それが私、キロエ・ネーベル。
ぞんざいな扱いをして良い人間なんだと思われても、仕方がない。
——本当に、そうなの……?
ふと、あの時のリュゼの言葉がよぎった。
『都合の良い人みたいだから。』
キキとニアは必死にもがいているみたいだった。
自分と他人の食い違う意思をどうにか優しく繋ぎ止めるために物に想いを込めて、言葉を使って戦っていた。
私は……?
もがいたことも、戦ったこともない。
他人の意思に頷き行動するだけ。
これを都合の良いと言わずなんと言う?
「貴方様にマリー様みたく少しでも愛嬌があれば、フェリカ様にも愛されたいかも知れませんね。まぁ、人形姫には無謀でしょう。さっさと帰りますよ。我々の手を煩わせないでください。」
伸ばされた手を咄嗟に払い除けた。
「……どうぞ、私のことは死んだとお伝えください。」
「はぁ?」
どんな理由があったとしても、この騎士団員に私を軽んじられる筋合いはないじゃない。
「元々、私の自殺を企てていたのです。今更、帰っても邪魔になるだけでしょう。でしたら、このまま放っておいていください。」
もう、人形には戻らない。
私の家はここだ。
「仕事はフェリカ様がやりたくないのであれば、次期王妃となる妹のマリーにさせればよろしいのです。ただ、あの子の学校での成績は私があるルートから買ったもの。勉学は得意ではありませんでしたからお勧めは致しません。」
「なにを、言っておられるのですか。駄々をこねるのはよしてください。」
手が、全身が震える。
気を抜けば過去に食い殺されてしまいそう。
「マリー様に仕事をさせるなんて。それでも貴方は姉君ですか!?」
「昔からマリーは男性を篭絡するのが得意でした。貴方も、ですか?」
「なんてことをっ!?」
多分、一年前の私なら言いなりで終わっていた。
でも今は違う。
「ここに、人形姫はおりません。」
もう、彼女は死んだのですよ。
「どうぞ、お引き取りを。」
私は平民で、魔法使いで、修復師のキロエだ。
「あー、クソっ!! そんな勝手、許されるはずがないでしょう。お立場を考えくださいよ。」
いきなり掴まれた腕が痛い。
「離してください!」
「フェリカ様より貴方様が暴れるなら、四肢を斬り落としても構わないと指示を頂いています。」
「なっ!?」
「これ以上暴れるなら、両脚を斬り落としますよ。ああ、それからさっきの反応。共犯者は二階に居るのですよね。お前達、殺してこい。」
嫌だ、待って。
リュゼは今動けない。
見つかった本当に殺される!
「嫌だ、離して!!」
残り四人の騎士達がぞろぞろと階段を上がっていく。
「暴れないでくださいよ。本当に脚、斬りますよ。」
「脚なんてどうでも良い!」
「はぁー……。」
リュゼの方が大切だ。
止めないと!
あの部屋にはクルッポもいる。
「じゃあ、遠慮なくそうさせて貰います。」
帯刀した剣が抜かれる。
取り押さえられた身体を軋むほど曲げても全く動かない。
二階からクルッポの鳴き声が聞こえる。
リュゼが見つかったんだ。
「嫌だ……、嫌よ!」
涙で視界が霞む。
振り上げられた剣先が、灯りに照らされて鈍く光った。
「リュゼッ!!」
叫び声と重なって、物凄い音がした。
続いて大量の煙が二階から流れ込んでくる。
「…………なにが起きた?」
騎士団を率いる護衛補佐の手が止まる中、天井から小さな木片が降ってきた。
「おい、なにがあった!?」
その問いに返事はない。
代わりに響く音がある。
コツン、コツン……。
ゆっくり階段を降りる足音。
翼が風煙を薙ぎ払う音。
煙と埃が充満する部屋の中、現れたのは四つの不気味な黄金瞳。
「クルッポ、やり過ぎたよ。」
「ポポポッ」
ああ……、ずっと聞きたかった声がする。
「また家が壊れたじゃないか。もっと手加減を覚えろよな。」
「ポポーッ!!」
ずっと見たかった笑顔がある。
「………………リュゼ。」
——ちゃんと、生きてた……。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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また次回、お会いしましょう。




