21 この方は本当に生きているのですか?
「リュゼ、リュゼ!! しっかりして下さい!!」
地面に倒れるリュゼは、ピクリとも動かさない。
身体はどんどん冷たくなっていく。
口元から微かに息をする音が聞こえるのに。
——鼓動が、聞こえない。
「どうしたら……、どうすればっ!」
周りには誰もいない。
頼れる人間がいない。
呼吸が上がる。
頭は真っ白だ。
「りゅ、リュゼ……、」
助けを呼ばなくちゃ。
一体どこに……?
こんな山林に人なんて見つからない。
今から町まで走って間に合うの?
「嫌だ、駄目。リュゼっ、どうしたら良いの、か、分かりません。」
薄くなる呼吸に追い打ちを掛けるように、鼻先が冷たい雨粒で濡れた。
「さっきまで、あんなに晴れていたのにどうして!?」
雨足はどんどん早くなる。
このままじゃ、リュゼ体温も下がる一方……。
雨に濡れた髪は元の灰色に戻ってしまった。
町に行けば私がキロエ・ネーベルだとバレてしまう。
「助けを、呼べない……。どうしよう……。リュゼ、リュゼっ!!」
——………………指示を、下さい……。
「クルックポーッ!!」
「んぐっ!?」
顔面に広がる白。
手触りがいつもと違う。
湿っていて、肌にへばり付く感じが不快。
「クルッポーッ!!」
——ああ……、そうか。そうだった。
「……クルッポ、ありがとうございます。」
私はもう、一人じゃない。
出来ることをしなければ。
こんなところでお人形になっている暇、ないでしょうが!!
「クルッポ。お願いします。リュゼをリペアリアに連れて帰るのを手伝って下さい。」
「ポポーッ!!」
そこからはもう、無我夢中で。
山林をとにかく走って、走って。
リュゼがくれた花冠が泥のぬかるみに落ちて、踏ん付けたまま。その場に放置してきたのを覚えている。
「とにかく身体を温めないと。」
大丈夫。
キキが倒れていた時みたいに毛布をありったけかき集めれば良い。
「去年の冬用の紅茶がまだあったはず。」
大丈夫、大丈夫。
ちゃんと息はしている。
意識はないけどちゃんと生きてる。
「クルッポ……。リュゼは、大丈夫、なのよね……?」
どれだけ身体を温めても、リュゼの身体は冷たいまま。
「心音が、しないの。」
微かに聞こえる息遣いが、リュゼが僅かに生きていると知らせていた。
「ここにある医学書を全部ひっぱり出してきたけど、心音がしない病気なんて書いてない。」
こんな状態で生きている方が奇跡だ。
「ねぇ、大丈夫なのよね……?」
「クー……。」
「分からないって。そんな……。」
身体の震えが止まらない。
涙が頬を伝い、魔女の涙となってコツコツと床を打つ。
「…………そうだ。魔法がある。」
教えて貰ったレストアの魔法があるじゃない。
込めたい想いなんて山ほどある。
人体の構造も把握している。
あとは……。
「私の魔法使いの人生、全部あげる。」
出来たばかりの魔女の涙とリュゼから貰った杖を握って。リュゼが眠るベッド横に立つ。
「これが私の使う最後の魔法になってもいい。」
縋るような気持ちでリュゼへと杖を向けた。
「だから、どうか。上手く魔法が掛かりますように……。」
杖を持った手のひらが熱くなる。
鼓動がうるさい。
まるで、命が削られるみたいに脈拍が昂ぶっている。
……大丈夫。
リュゼを助けたいこの想いは本物だもの。
杖からゆっくりと、鮮血のような赤い光が浮かび上がった次の瞬間、気泡が割れるみたくあっさりと魔法はその場に分散して、消えた。
「…………なんで?」
なにが足りなかったの?
手のひらに握っていた魔女の涙は魔法を掛ける前と同じ。私の魔法は、発動すら、しなかった……。
「もう一回!」
夜通しレストアの魔法を試し続けた。
やり方を変え、思考を変え、どれだけの回数を重ねても、私の魔法は一回の発動すらしなかった。
翌日からは町中の医者を招きリュゼを見てもらったが、返ってくる返事は全て同じ。
『この方は本当に生きているのですか?』
心臓は完全に止まっている。
なのに脈があり、呼吸をしている。
人間としてはあまりに歪。
「クルッポ、本当にリュゼのこと、何も知らないの……?」
「クー……」
頼みの綱のクルッポも、こればかり。
「リュゼとの約束だから話せないって。彼がこのまま目を覚まさなくても良いのですか!?」
「…………ポ。」
そんな覚悟をした悲しい瞳で頷くなんて、ズルい。
これ以上、なにも聞けないじゃない。
「リュゼ……。」
貴方は最初から私にリペアリアを継がせるつもりだったのですか?
「魔法が大好きだって、言っていたじゃないですか!!」
この店は確かに、良い店だと思う。
でも、魔法使いとしての寿命と、自分の命を危険に晒してまで続ける必要が、本当にあるの?
——私には、分かりません。
一日、一週間、そして一カ月……。
なにも出来ない時間が過ぎていくほど、その想いは強くなっていった。
「クルッポ。店を、閉めましょう……。」
私の選択に、クルッポはなんの反対もしなかった。
外に出しっぱなしになっていた小さな看板を引きずって店の扉を閉めると、カランコロンとベルが物悲しく鳴る。
『リペアリア、閉店してます。』
店の外に掛けられたその文字が、私の全てを表していた。
「窓の外を見てください。雪が、降っていますよ……。」
リュゼが倒れた日から、気の遠くなる時間を過ぎた。
季節は再び、別れを象徴する冬が訪れている。
世間は年越しを祝う準備を始める今日この頃。
リュゼは変わらず寝たきりだ。
意識は戻らず、微かな呼吸音だけが部屋に響いている。
私はベッドの横に置かれた丸椅子が定位置となっていた。
「今日こそは、レストアを成功させます。」
あまりに彼の隣で長い時間を過ごしたせいで、魔女の涙は腐るほど出来てしまった。
「いきます。」
リュゼに少しでも届いて欲しくて、独り言が増えた。
「…………お願い。」
神様は本当に意地悪だ。
私の努力を嘲笑うみたく、毎回同じ答えしか提示しない。
「今日も……、ダメ、ですか。」
なにをしても、リュゼの体調は変わらない。
あんなに表情豊かだった彼は今や、ずっと同じ顔をしたまま。目を離した瞬間、呼吸が止まってしまうんじゃないかと思うと、夜も眠れない。
「クー……。」
「大丈夫ですよ、クルッポ。私は大丈夫ですから。」
もう一度リュゼの笑顔を見るまでは、絶対に。
そんなことを思っていると、店の扉が開いたことを知らせるベルが、カランコロンと音を鳴らした。
「今日はお医者様が来る予定はないのですが……。」
一体誰だろう?
念のために櫛で髪を梳かし色を変えてから、階段を駆け降りた。
「誰かいない?」
「はい、今行きま……す。」
久方ぶりの訪問者の姿を見た時、心臓が飛び出しそうになった。
「我々は王国騎士団だ。この店にキロエという娘が居ると聞いてやって来た。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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また次回、お会いしましょう。




