20 君に教える二つ目の魔法だよ。
リュゼの後を継ぐ……?
なんのこと?
そんなの知らない。
「リュゼ、一体どういう……」
「あっ!!」
言葉の意味を知りたくてリュゼに喋りかけるが、彼はある一点を見つめて声を上げた。
「危ない!」
彼が見つめる先には、淡く光る妖精が一人。
今にも落ちてしまいそうに不安定に飛んでいた。
リュゼは急いで妖精の元に向かう。
私を置いて……。
「……え?」
リュゼの手が、離れていく。
離れてしまったら、私はこの空から落ちてしまうのに。
指先が走馬灯のようにゆっくりと解けていく。
必死に掴もうとしたけれど、反応するには遅過ぎた。
——落ちる!!
「クルッポ。」
「ふぇ? なんで、まだ浮いてるの……?」
「クルッポクー……」
お前は魔法使いだろ、とクルッポが呆れて鳴いていた。
「でも、私。空飛ぶ魔法なんて教わっていません。」
「魔法は感情。キロエが空を飛びたいと強く願えば自ずと魔法は発動するよ。とはいっても色々制約はあるけど。そこはクルッポがいるからね。」
いつの間にか帰って来たリュゼが「心配ないよ」と言うと、クルッポは意気揚々と雄叫びのような鳴き声を上げた。
「魔法には色々あるのは分かりましたが、急に手を離すのは、やめて下さい。心臓に悪いです。」
「ごめんごめん。ちょっと急ぎだったから。」
そう言ったリュゼの両手の中には、小さな妖精が一人倒れていた。覗いてみると、彼女の羽根の一部が斬られたように無くなっている。
「どうやら舞い上がった落ち葉で羽根が斬られちゃったみたいだね。」
小さな妖精の淡い光はどんどん弱々しいなっていく。
「妖精は羽根に魔力が宿るから、このまま放って置くと死んでしまうんだ。」
「……そんな、治せるのですか!?」
妖精が見える魔法使いがいるのだ。
妖精を治せる医者が居てもおかしくはない。
「治せるよ。」
焦る私にリュゼは平然と頷いた。
「なら早くお医様のところへ連れていきましょう。」
「医者? そんなの居ないよ。」
え……?
治せると言ったのはリュゼなのに。
「ならどうやってこの妖精を治すのですか?」
「僕ら魔法使いが彼女達を直すんだ。でもね、」
手のひらの中で小さく疼くまる妖精は、どんどん光を失っていく。今にも死んでしまいそう。なのに、それを見守るリュゼはとても、とても嫌な顔をした。
「……直さなくても良いんだよ。」
今日の満月みたいに綺麗な瞳で、試すみたいに。
私に選択を迫ってくる。
「だって、この妖精は全く君に関わりはない。この子を見捨てたところで、他の妖精の怒りを買うこともない。感謝されることもない。強いていうなら、冬の期間がほんの少し延びるぐらいだ。」
リュゼは優しい人だ。
妖精を見捨てるなんて絶対にしない。
そう、思うのに……。
「キロエはどうしたい?」
今の彼は簡単に両手から妖精を落としてしまいそうで、恐ろしい。
「私は……」
小さな妖精の命を、殺すか生かすか。
多分、リュゼは私が選んだ選択を尊重してくれる。
それなら私は……、
「……助けたい、です。助ける方法があると知ってしまったら、もう。私は死の淵の絶望を知っていますから。」
見ず知らずの妖精だからと見捨てるなんて、出来ない。
「私は、助けたいです!」
正直、この選択が不正解だったらと思うと凄く怖い。でも、あの時リュゼを選んだことに後悔はないから。
「極上だ。その想いを込めましょう。」
満月を背に、リュゼは満面の笑みを見せた。
「キロエ。この子を優しく持っていて。」
「分かりました。」
手渡された酷く軽い妖精を預かると、リュゼは懐から杖を取り出した。そしてゆっくりとこちらに、杖の先端が向く。
「君に教える二つ目の魔法だよ。」
「復元の魔法、ですか……?」
秋の空に昇る満月。星屑と妖精は舞う。
その全てが、杖から発せられた唐紅に染まっていく。
「そう。名を〝レストア〟」
滴る血のような赤だ。
大輪のバラの花びらの紅だ。
恐ろしくも魅入ってしまう光が、私達を包んでいく。
「リペアはパーツの揃っているパズルをするようなもの、と言ったね。レストアは、パーツの揃っていないパズルを無理矢理完成させるんだ。」
似て非なる二つの魔法。
修復と復元。
リペアはパーツが揃って入ればどんなモノでも直す。それだけでも十分凄いと思っていた。なのに、レストアはパーツが揃っていないどんなモノでも直せるという。
「そんな万能な魔法が、存在するのですね……。」
「万能? そんなはずないでしょ。」
光は血液となり、意志を持ったように動き始めた。
「言ったじゃない。無理矢理完成させるって。強い魔法には、必ず代償が伴うんだよ。」
意志を持った血液は、ゆっくりと妖精の無くなった羽根の形を模していく。
「リペアに必要なのが込めたい想いと直したいモノの構造把握。そこに魔力を込めると言ったよね。レストアは更にもう一つ。」
そうして、血液は失った羽根を完全に復元してみせた。
「魔法を行使する人間の、魔法使いとしての寿命を奪うんだ。」
程なくして今にも死にそうだった妖精は、何事もなかったみたく起き上がり夜空に飛んで行った。
「寿命を奪うって、どういうことですか……?」
「言った通りだよ。使い続ければ魔力を感じられなくなり、最終的に二度と魔法使いには戻れなくなる。魔法使いとして〝死ぬ〟ということだね。」
魔法使いの寿命で、モノを直すっていうの?
「そんなの、あまりに無茶苦茶ですっ!!」
「そうさ。無茶苦茶だ。でも……、〝なんでも〟直せるよ。」
リュゼの言葉に、背筋が凍る。
肌が粟立つ。
「それは……。人体も、ということでしょうか?」
リペアリアにあった無数の本。
その本の多くを占めていたのは、図鑑と解剖図。
もちろん、人体解剖図もあった。
ずっと疑問だった医学書の謎を、ようやく理解した。
「人体だけじゃない。〝なんでも〟だよ。」
癖っ毛の髪を指で弄びながらリュゼはポツリと呟いた。
「だからリュゼは、魔法は必ずリペアリアの中だけで扱うこと、なんてルールを儲けているのですね。」
彼はなにも言わず、顔色一つ変えず、首を傾げた。
「リュゼは、この魔法の代償を、ずっと支払って来たのですか?」
「ハハハ。」
その曖昧な笑みの返答がより生々しく思えてしまう。
「リュゼの魔法使いとしての寿命はあと、どのぐらい残っているのですか?」
「……さぁね。」
「こんな恐ろしい魔法、本当に使って良いのですか?」
なんでそんなにへらへらしているのですか。
クルッポはなぜ、そんなにジッとリュゼを見つめているだけなのですか。貴方達は相棒なのでしょ?
——私は、私は……、
「そこまでしてリペアリアを開業する意味があるのですか!?」
——私は、考えただけでも恐ろしいのです。
「こんな魔法を、使い続ける理由があるのですか?」
「キロエ、落ち着いてよ。」
「この魔法は危険過ぎます!」
こんな、恐ろしい魔法。
もしも悪用を考える者に知られたら、私もリュゼもタダでは済まないだろう。
——それこそ、王族にでも知られたら……、
私達は壊れるまで酷使させられる。
それはまるで、人形のように……。
「クルッポ……、そろそろだ。」
「…………ポ。」
考えに耽っていた私は、目の前でよろめき始めたリュゼに気がつくのが遅くなってしまった。
「頼んだ、よ……。」
「…………え?」
それだけ言って、リュゼが視界から消えた。
「リュゼっ!?」
リュゼが地に落ちていく。
偉大な魔法使いが、リュゼがっ!!
「クルッポ、お願い! 助けて!!」
「ポポッ!」
間一髪、地上に打ち付けられる寸前でクルッポが間に合った。なんとか一瞬だけリュゼの身体を浮かせて落下の衝撃を和らげたのだ。
「リュゼ、しっかりして下さい!」
私が地面に着地した頃には、リュゼの意識はなく身体は恐ろしい程、冷たくて。まるで……、
「リュゼっ!!」
まるで……、
「嫌、嫌よ!!」
死んでいるみたい、だった……。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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また次回、お会いしましょう。




