19 表と裏の収穫祭
「収穫祭、ですか?」
「そう。この北の大地は昔から寒冷地帯。王都に比べると食料はかなり限られる。だからこそ、今年も作物を収穫出来たことを自然に感謝し、盛大に祝う。」
この土地で一番大きな祭りだ、とリュゼが教えてくれた。
「収穫祭は明日と明後日の二日間。どっちも夜だから人目もあまり気にならないと思う。」
「クルッポポーーッ!!」
「いや、ネズミの丸焼きなんて屋台で売ってないよ。」
「クー……」
王都のお祭りは、いつも窓から見つめるだけのものだった。マリーだけが連れて行って貰える特別な催事。
「で、キロエはどうしたい?」
キラキラの町に憧れていた。
ずっとそういった所には縁がないと思っていたけど。
今なら、それが叶う。
「私、行ってみたいです。」
「うん。楽しみだね。」
ふわふわする。
地に足がつかないってこういう感じなのだろうか。
「はい…………。たのしみ、です。」
翌日、朝から何度も髪を梳かした。
ネーベル家を出る時以来のスカートを引っ張りだして。
夜はすっかり肌寒いから分厚めのコートを羽織る。
靴で床をコツンと鳴せば、いつもはギシッと不気味に軋む板さえ、今宵はなんだか楽しそう。
「さて、行こうか。」
「はい。」
「ポポーッ!」
玄関で待つリュゼとクルッポの後を追い、収穫祭へと出掛けた。
「いらっしゃーい。焼きたてだよ!」
「今日収穫したばかりの果物はいかが?」
町は喧騒に包まれていた。
夜を照らす街灯は、星のように煌めいている。
芳しい香り、人々の笑い声。
広場で踊れと演奏が唸っている。
「これが……、収穫祭。」
右を見れば肉串しを頬張るクルッポ。
左を振り返ると果物に舌鼓するリュゼ。
笑顔ばかりだ。
どこを切り取ってもみんな浮かれている。
これが祭りという行事なんだ。
「キロエ。これ、被って。」
「なんですか、この花冠は?」
リュゼに手渡されたのは秋の花が編み込まれたもの。
紫色のコスモスがとても綺麗。
「……いいから。そういう決まりなの。」
周りを見渡すと、女性の大半がこの花冠を被っていた。
「なるほど……。これで良いですか?」
花から香る秋。
生命が実を付ける熟成の季節。
私にとっては初めてばかりで。
熟成なんてまだまだ先に思えてしまう。
「少し曲がってるよ。」
傾いた花冠を直してくれるリュゼを見上げると、呆れたように笑っていた。
「……よし、出来た。」
いつも通り優しい指先は、いつもより温かい。
「あ、りがとう、ございます……。」
「うん。どういたしまして。」
揺らめく街灯は、リュゼを贔屓して照らしているに違いない。だって、いつもより、眩しいんだ。
——黄金に輝く瞳が、とても美しい……。
「あの、喉が乾いたので飲み物買ってきまふ!」
後ろから「あまり遠くに行かないように」と、叫ぶリュゼに頷き、私は近くの屋台に走った。
「あら、お嬢さん。観光かい?」
「あ、えと……。」
ふらりと立ち寄った屋台の店主に声を掛けられた。
「おっと、野暮だったか。すまんね。許してくれ。」
「いえ。」
「ここら辺はまだ治安は悪くねぇが、一人でぶらぶらするのは危険だぜ。恋人の側を離れるんじゃねぇぞ。」
愛想の良い店主は「おまけだ」と飲み物と一緒に焼き菓子を包んでくれたのだけど。
「恋人……?」
「なに惚けてるんだい。その花冠、男から恋人に贈る物だろ。こいつは俺のもんだから手を出すなって、周りに伝えるためのさ。」
リュゼが?
私を……、そう思っている、の?
「噂だが、位の高いお貴族様もお忍びで来てるらしい。今年はアレも重なる本当に運の良い年だ。観光客も多い。気を付けな。」
店主の話があまりにも衝撃的で、最後の方は全然頭に入ってこなかった。
夜風は涼しいのに。
顔が、指先が熱い。
喉も渇く。
屋台を後に、振り返れば周りは人で溢れ返っている。
それなのに、彼の、リュゼの居場所だけはすぐに分かるの。こんな魔法を使った覚えはないのに。
「キロエ、こっちだよ!」
目が合えばこちらに手を振ってくれる。
ただ、それだけ。
それだけで、胸が更に早く脈打った。
「あれ……、飲み物は?」
「もう全て飲んでしまいました。」
「僕の分……」
「あ……、忘れました。」
リュゼとちゃんと話せている。
大丈夫……。
——なのに、なんでこんなに胸が苦しいんだろう?
私とリュゼの間には見えない壁が存在する。
踏み越えられない境界線。
貰った花冠の理由すら聞けない、境界線。
——今日はその線引きが、苦しい。
それでも大丈夫。大丈夫よ。
私達はなにも変わらないのだから。
「収穫祭は楽しめたかい?」
「はい。とても……」
あれだけ待ち遠しかった祭りは、あっという間に過ぎて行く。二人と一匹は屋台を幾つか回って、広場の踊りを観て。瞬きの間に収穫祭は終わりを迎えた。
さっきまであれだけ賑やかだった広場はゆっくりと、光を消していく。笑顔で帰路に着く群衆を眺めながら、物悲しく思うのは私だけなのだろうか?
「とても……、楽しかったのです。」
楽しいを知ってしまった私は今、楽しいは寂しいをより強く思わせるのだと知った。
——帰路へ向かう足取りが重い……。
声になり損ねた息が地面に落ちるの見送っていると、前を歩いていたリュゼの脚がピタリと止まった。
「じゃあここからは〝裏収穫祭〟にご案内しましょう。」
リュゼはこちらに向かってパチンと指を鳴らす。
次の瞬間、地面から風を感じると同時に地面から足が浮いた。
「では、夜の空中散歩と行きましょうか……、なんて。少し懐かしい気がするね。」
悪戯を成功させた子供のように無邪気に笑うリュゼ。
まるであの時、屋根裏部屋で出会ったあの冬の夜と同じように。
「お嬢さん、お手をどうぞ……」
差し出された手を握れば、足音はなく。
鳥のような羽根もない。
それなのに、足は懐かしくもあの時と同じ感覚で宙に浮いた。
「クルッポ、先導を頼むよ。」
「クルッポーポっ!!」
赤く染まった枯れ葉が空を舞う。
香るは、金木犀。
私達はその中を飛ぶのだ。
「今日は寒さ避けのベールは要らないよね。」
「はい。今日は厚手のコートを着て来ましたから。」
あの日、一年後にこんな会話が出来るなんて思いもしなかった。
「…………笑えるようになったんだね。」
「え?」
「だって、キロエに出会った日。君は死にたがっていたじゃないか。」
そうだ。
この世の終わりぐらいの絶望の中にいた。
「今はどうだい?」
今思えば、私はなんとちっぽけな世界で悲嘆していたんだと恥ずかしくなる。
「今は……。もっと生きてみたい、です。」
明日も明後日も、リュゼの隣で。
「…………………………そう。」
小さく頷くリュゼの横顔は、暗闇の中で上手く見えない。もう少し雲がどいてくれたなら、彼の顔がしっかりと見えるのに。
「さて、もう少しで始まるよ。」
「なにが始まるのですか?」
徐々に速くなる雲の流れ。
ザワザワと木々が揺れる。
不気味だ。あの日の不安を彷彿とさせるような。
「裏収穫祭の始まりだ!」
大きく風が吹いた。
思わずギュッと閉じた瞳を、ゆっくりと開ける。
「うわぁ……。」
雲が晴れていく。
顔を見せた今宵の主役は満月。
それもとても大きい。月光に手が届いてしまいそう。
星屑はその周りを踊り、騒ぎ、遊んでいる。
「今日は二十年に一度、満月と星がこの国に最も近づく日。」
月も星も大きく見えるだろ、と隣で空を見上げるリュゼが教えてくれた。
「……とても、とても美しい、です。まるで、夜空の宴会を観ているようです。」
「宴会をしているは夜空だけじゃないよ。ほら、よく周りを観てごらん。今の君なら見えるはずだ。」
月光に照らされた辺りは、空気すらキラキラと輝く。その中をクルッポは優雅に羽根を羽ばたかせて飛んでいる。
その他になにもない。
リュゼが言うなにかは、見えない——、
「え……?」
……ふと、目の前を通り過ぎた。
ヒラリと舞う月光を纏う、蝶……?
いや、違う。
これは、光る羽根を持つ妖精だ!
「裏収穫祭は、妖精達のお祭りなのですね!」
「ご名答。」
初めて輪郭を掴んだ妖精という存在は、まるで蝶のような羽根を持ち、小さな人間の姿を持っていた。
羽根は色とりどり。
町の街灯とは違う淡い光。
揺れて揺れて、漂うように風に乗る。
その美しい容姿は月光を浴びてより輝く。
「こんなにも沢山の、美しいです。言葉で表せないぐらい。まるで夢を観ているみたいです。」
見惚れるとは、まさにこのことを言うのでしょう。
「キロエは、なにも成長していないって言っていたけどそんなことはないよ。」
「……え?」
「だって、一年前は彼女達を見る事すら出来なかったでしょ?」
リュゼの言う通り。
逃げ出したあの日は輪郭を掴めなかった妖精を、今はしっかりと認識出来る。
「君はもう僕の後を継がせることが出来るほど、立派な魔法使いさ。」
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また次回、お会いしましょう。




