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婚約から逃げた私は、うっかり世界を滅ぼす大罪人の弟子になる〜師匠を死刑にするのは許しませんっ!〜  作者: 穂村 ミシイ
第一章 人形姫と北の魔法使い

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19/31

19 表と裏の収穫祭

「収穫祭、ですか?」

「そう。この北の大地は昔から寒冷地帯。王都に比べると食料はかなり限られる。だからこそ、今年も作物を収穫出来たことを自然に感謝し、盛大に祝う。」


 この土地で一番大きな祭りだ、とリュゼが教えてくれた。


「収穫祭は明日と明後日の二日間。どっちも夜だから人目もあまり気にならないと思う。」

「クルッポポーーッ!!」

「いや、ネズミの丸焼きなんて屋台で売ってないよ。」

「クー……」


 王都のお祭りは、いつも窓から見つめるだけのものだった。マリーだけが連れて行って貰える特別な催事。


「で、キロエはどうしたい?」


 キラキラの町に憧れていた。

 ずっとそういった所には縁がないと思っていたけど。

 今なら、それが叶う。


「私、行ってみたいです。」

「うん。楽しみだね。」


 ふわふわする。

 地に足がつかないってこういう感じなのだろうか。


「はい…………。たのしみ、です。」


 翌日、朝から何度も髪を梳かした。

 ネーベル家を出る時以来のスカートを引っ張りだして。

 夜はすっかり肌寒いから分厚めのコートを羽織る。

 靴で床をコツンと鳴せば、いつもはギシッと不気味に軋む板さえ、今宵はなんだか楽しそう。

 

「さて、行こうか。」

「はい。」

「ポポーッ!」


 玄関で待つリュゼとクルッポの後を追い、収穫祭へと出掛けた。


「いらっしゃーい。焼きたてだよ!」

「今日収穫したばかりの果物はいかが?」


 町は喧騒に包まれていた。

 夜を照らす街灯は、星のように煌めいている。

 芳しい香り、人々の笑い声。

 広場で踊れと演奏が唸っている。


「これが……、収穫祭。」


 右を見れば肉串しを頬張るクルッポ。

 左を振り返ると果物に舌鼓するリュゼ。

 

 笑顔ばかりだ。

 どこを切り取ってもみんな浮かれている。

 これが祭りという行事なんだ。


「キロエ。これ、被って。」

「なんですか、この花冠は?」


 リュゼに手渡されたのは秋の花が編み込まれたもの。

 紫色のコスモスがとても綺麗。

 

「……いいから。そういう決まりなの。」


 周りを見渡すと、女性の大半がこの花冠を被っていた。


「なるほど……。これで良いですか?」


 花から香る秋。

 生命が実を付ける熟成の季節。

 私にとっては初めてばかりで。

 熟成なんてまだまだ先に思えてしまう。

 

「少し曲がってるよ。」


 傾いた花冠を直してくれるリュゼを見上げると、呆れたように笑っていた。


「……よし、出来た。」


 いつも通り優しい指先は、いつもより温かい。


「あ、りがとう、ございます……。」

「うん。どういたしまして。」


 揺らめく街灯は、リュゼを贔屓して照らしているに違いない。だって、いつもより、眩しいんだ。


 ——黄金に輝く瞳が、とても美しい……。


「あの、喉が乾いたので飲み物買ってきまふ!」


 後ろから「あまり遠くに行かないように」と、叫ぶリュゼに頷き、私は近くの屋台に走った。


「あら、お嬢さん。観光かい?」

「あ、えと……。」


 ふらりと立ち寄った屋台の店主に声を掛けられた。


「おっと、野暮だったか。すまんね。許してくれ。」

「いえ。」

「ここら辺はまだ治安は悪くねぇが、一人でぶらぶらするのは危険だぜ。恋人の側を離れるんじゃねぇぞ。」


 愛想の良い店主は「おまけだ」と飲み物と一緒に焼き菓子を包んでくれたのだけど。

 

「恋人……?」

「なに惚けてるんだい。その花冠、男から恋人に贈る物だろ。こいつは俺のもんだから手を出すなって、周りに伝えるためのさ。」


 リュゼが?

 私を……、そう思っている、の?


「噂だが、位の高いお貴族様もお忍びで来てるらしい。今年はアレも重なる本当に運の良い年だ。観光客も多い。気を付けな。」


 店主の話があまりにも衝撃的で、最後の方は全然頭に入ってこなかった。


 夜風は涼しいのに。

 顔が、指先が熱い。

 喉も渇く。


 屋台を後に、振り返れば周りは人で溢れ返っている。

 それなのに、彼の、リュゼの居場所だけはすぐに分かるの。こんな魔法を使った覚えはないのに。


「キロエ、こっちだよ!」


 目が合えばこちらに手を振ってくれる。

 ただ、それだけ。

 それだけで、胸が更に早く脈打った。


「あれ……、飲み物は?」

「もう全て飲んでしまいました。」

「僕の分……」

「あ……、忘れました。」


 リュゼとちゃんと話せている。

 大丈夫……。


 ——なのに、なんでこんなに胸が苦しいんだろう?


 私とリュゼの間には見えない壁が存在する。

 踏み越えられない境界線。

 貰った花冠の理由すら聞けない、境界線。


 ——今日はその線引きが、苦しい。


 それでも大丈夫。大丈夫よ。

 私達はなにも変わらないのだから。


「収穫祭は楽しめたかい?」

「はい。とても……」


 あれだけ待ち遠しかった祭りは、あっという間に過ぎて行く。二人と一匹は屋台を幾つか回って、広場の踊りを観て。瞬きの間に収穫祭は終わりを迎えた。


 さっきまであれだけ賑やかだった広場はゆっくりと、光を消していく。笑顔で帰路に着く群衆を眺めながら、物悲しく思うのは私だけなのだろうか?


「とても……、楽しかったのです。」


 楽しいを知ってしまった私は今、楽しいは寂しいをより強く思わせるのだと知った。

 

 ——帰路へ向かう足取りが重い……。


 声になり損ねた息が地面に落ちるの見送っていると、前を歩いていたリュゼの脚がピタリと止まった。

 

「じゃあここからは〝裏収穫祭〟にご案内しましょう。」


 リュゼはこちらに向かってパチンと指を鳴らす。

 次の瞬間、地面から風を感じると同時に地面から足が浮いた。


「では、夜の空中散歩と行きましょうか……、なんて。少し懐かしい気がするね。」


 悪戯を成功させた子供のように無邪気に笑うリュゼ。

 まるであの時、屋根裏部屋で出会ったあの冬の夜と同じように。


「お嬢さん、お手をどうぞ……」

 

 差し出された手を握れば、足音はなく。

 鳥のような羽根もない。

 それなのに、足は懐かしくもあの時と同じ感覚で宙に浮いた。


「クルッポ、先導を頼むよ。」

「クルッポーポっ!!」

 

 赤く染まった枯れ葉が空を舞う。

 香るは、金木犀。

 私達はその中を飛ぶのだ。


「今日は寒さ避けのベールは要らないよね。」

「はい。今日は厚手のコートを着て来ましたから。」


 あの日、一年後にこんな会話が出来るなんて思いもしなかった。


「…………笑えるようになったんだね。」

「え?」

「だって、キロエに出会った日。君は死にたがっていたじゃないか。」


 そうだ。

 この世の終わりぐらいの絶望の中にいた。


「今はどうだい?」


 今思えば、私はなんとちっぽけな世界で悲嘆していたんだと恥ずかしくなる。


「今は……。もっと生きてみたい、です。」


 明日も明後日も、リュゼの隣で。


「…………………………そう。」


 小さく頷くリュゼの横顔は、暗闇の中で上手く見えない。もう少し雲がどいてくれたなら、彼の顔がしっかりと見えるのに。


「さて、もう少しで始まるよ。」

「なにが始まるのですか?」


 徐々に速くなる雲の流れ。

 ザワザワと木々が揺れる。

 不気味だ。あの日の不安を彷彿とさせるような。

 

「裏収穫祭の始まりだ!」


 大きく風が吹いた。

 思わずギュッと閉じた瞳を、ゆっくりと開ける。


「うわぁ……。」

 

 雲が晴れていく。

 顔を見せた今宵の主役は満月。

 それもとても大きい。月光に手が届いてしまいそう。

 星屑はその周りを踊り、騒ぎ、遊んでいる。


「今日は二十年に一度、満月と星がこの国に最も近づく日。」


 月も星も大きく見えるだろ、と隣で空を見上げるリュゼが教えてくれた。


「……とても、とても美しい、です。まるで、夜空の宴会を観ているようです。」

「宴会をしているは夜空だけじゃないよ。ほら、よく周りを観てごらん。今の君なら見えるはずだ。」


 月光に照らされた辺りは、空気すらキラキラと輝く。その中をクルッポは優雅に羽根を羽ばたかせて飛んでいる。


 その他になにもない。

 リュゼが言うなにかは、見えない——、


「え……?」


 ……ふと、目の前を通り過ぎた。


 ヒラリと舞う月光を纏う、蝶……?

 いや、違う。

 これは、光る羽根を持つ妖精だ!


「裏収穫祭は、妖精達のお祭りなのですね!」

「ご名答。」


 初めて輪郭を掴んだ妖精という存在は、まるで蝶のような羽根を持ち、小さな人間の姿を持っていた。


 羽根は色とりどり。

 町の街灯とは違う淡い光。

 揺れて揺れて、漂うように風に乗る。

 その美しい容姿は月光を浴びてより輝く。

 

「こんなにも沢山の、美しいです。言葉で表せないぐらい。まるで夢を観ているみたいです。」

 

 見惚れるとは、まさにこのことを言うのでしょう。


「キロエは、なにも成長していないって言っていたけどそんなことはないよ。」

「……え?」

「だって、一年前は彼女達を見る事すら出来なかったでしょ?」


 リュゼの言う通り。

 逃げ出したあの日は輪郭を掴めなかった妖精を、今はしっかりと認識出来る。


「君はもう僕の後を継がせることが出来るほど、立派な魔法使いさ。」

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


キロエとリュゼの旅を応援したいと思っていただけましたら、☆☆☆☆☆評価やブックマークをいただけると、とても励みになります。


また次回、お会いしましょう。

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