18 これ、僕が犯人ってこと!?
「やぁ、キロエ。もう体調は大丈夫かい?」
季節は駆け足で夏へと進んでいく。
日中はもう暑く感じることもしばしば。
というのも、熱を出したあの日から、私はかなり寝込んでしまった。
「…………はい、おかげさまで。」
魔女の涙を使う代償はかなり大きいのだと、自覚した。
「そっか。それは良かった。」
そんなこともあり、気付けばリュゼはいつも通りに戻っていて。あの日のキスも何もかも、有耶無耶のまま。いつもの日常に戻っていた。
「朝ごはん出来てるよ。皿の準備してくれる?」
強いて変わった所を上げるなら、
「分かりました。リュゼ、新しいジャムはどこにありますか?」
「確か、食器棚の上の方に……。僕が取るから、そこ退いてくれる?」
リュゼは私との接触を明らかに避けるようになった。
「…………分かりました。」
別に大したことじゃないのに。
なんだか寂しいと感じてしまう。
「そういえば、クルッポどこ行ったか知らない?」
「今日はまだ見ていませんね。」
そんな会話をしながら窓の外を眺めていると、見覚えのある白い毛玉がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「あ、リュゼ。クルッポが外に……、んぐっ!」
「ポポッ、クルッポーー!!」
「クルッポ……。どうして貴方は、いつも私の顔面に突っ込んでくるのですか。」
強制モフモフは嫌いじゃないのだけれど、胸毛でくしゃみが出そうになる。出来ればやめてほしい。
「クルックー、ポポポ!!」
ただ、最近。
クルッポが何を伝えたいのか、少しずつ分かるようになっていた。クルッポは今、かなり焦っている。
「そんなに慌てて、どうしたのですか?」
「クルッポーー!!」
「これを見ろ、ですか?」
「ポポッ」
よく見るとクルッポは前足で器用に朝刊を持っていた。
どこから取って来たのか、彼はとにかくそれを見ろと言う。
おもむろに開いた朝刊。
私の血の気が一気に引いていく。
「り、りりり、リュゼ!! 大変です!!!」
「どーしたの。二人してそんなに慌てて。」
「この朝刊、読んで下さい!」
朝刊の一面、大きな文字で書かれていたのは……
「キロエ・ネーベル誘拐……って。え、これ。僕が犯人ってこと?」
「既に王族騎士団が各地に派遣されているって、書いてあります。」
「ねぇ! これ、僕が犯人ってこと!?」
なにがどうなって、こんな代々的に私の捜索が新聞の一面になっているの?
それもネーベル家とフェリカ様は心配で生活に支障をきたしているですって!?
「ポポポッ」
「「クルッポ、笑ってる場合じゃない(です)!!」」
二人の声はびっくりするぐらい重なり、家全体に響いた。
「ねぇ……、キロエ。」
「なん、でしょうか?」
「もしさ。もしもだよ? 二人共が見つかって、僕が騎士団に捕まったらさ……、」
不安気にこちらを見つめるリュゼ。
「僕……。もしかして、殺されるんじゃないかな?」
思わず、そんな彼から目を逸らしてしまった。
「キロエ……。」
「…………記事には。情報提供者には、多額の褒賞が支払われるとあります。今なら、リュゼは犯人ではなく功労者になれます。だから、」
ここを出て行きます。
そう言うのが一番いいと分かっているのに。
言葉が喉に詰まる。
「キロエは、あの家に帰りたくないでしょ?」
「え……?」
彼にさっきまでの不安そうな瞳はなかった。
今更なにを言っているんだ、と言わんばかりに首を傾げている。疑問系で聞いているのに答えは断定されていて。
——ここがお前の家だと、言われた気がした。
「はい。ここに居たいです。」
「だよね。」
まるで、青々とした生命の息吹きを感じさせる初夏の太陽だ。私の太陽が戻ってきた。
「だったらどうするか、考えないとな……」
「既に何人かには顔を見られてしまっています。」
特に、キキには髪色を変化する前に会ってしまっている。彼はこの領地を納める辺境伯の長男。彼が声を上げれば簡単に居場所がバレてしまう。
「あのクソガキは大丈夫。漢の約束をしておいたから。」
「漢の約束、ですか?」
「うん。だから大丈夫。」
リュゼは何度聞いても、漢の約束の内容を教えてくれなかった。ただ、彼には絶対的な確信があるらしい。
漢の約束って、もしかしたら魔法の一種みたいなものなのだろうか?
それなら安心だ。
今度、漢の約束の使い方を聞いてみようかしら?
「それよりもニアって記者の方が厄介だね。最初からキロエを疑っていたなら、次は騎士団を連れてここへやって来てもおかしくない。」
彼女は最初から私に気が付いていた。
ちゃんと否定はしたけれど、完全に納得していたかと言われると難しい。ただ……、
「ニア様の性格を考えると、この記事が出た辺りで既にこちらへやってくる気がします。」
凄く行動力のある方だったから。
この朝刊は五日前の物。だったら王都ではもっと早い段階で記事は広がっていたはず。今頃、ここへ乗り込んで来ていてもおかしくはない。
「クルッポ、町に騎士団が来ているか見て来てくれ。」
「クルッポッポ。」
素早い判断で二人は動き出す。
長年の相棒は羽を大きく広げ、空を高く舞って出て行った。
「キロエはまず、髪は必ず毎日あの櫛で梳かすこと。」
「はい。」
「あと……、クルッポの羽根みたいに髪を結ってみる?」
「分かりました。」
「それから、どこかに伊達メガネがあったはず。」
「それなら二階の右手の部屋で見ました。」
「よし、後はそばかすの化粧もしよう。」
「は、はい。」
そうして出来た仕上がりは、黒縁の伊達メガネを掛けたおさげの町娘風。ただ、その容姿を見たリュゼは、何故が眉を顰めていた。
「…………町娘に変装した貴族の娘にしか見えない。」
「なにがいけないんでしょうか。」
「品が良すぎるんだよ。立ち居振る舞いが貴族過ぎる。」
変装しても意味がない、と頭を抱えるリュゼの元に、クルッポが帰って来た。
「ポポー……」
「そうか、騎士団はいないのか。」
「ポポッ。クルッポポーッ!!」
「いや、僕達は遊んでいたわけじゃなくて、キロエの変装を考えていたんだよ。」
「クー……、ポポッ」
それのどこが変装なんだ、と真剣なクルッポの様子に、私達の数時間は無駄になったのだった。
「変装は、諦めようか……。」
「はい。」
それからは、リペアリアからあまり出ない生活が続いた。私はたまに庭を散歩するぐらいで、買い物はリュゼとクルッポが町へ情報収集も兼ねて行ってくれる。
「それにしても平和だねー……。」
「ポー……」
騎士団の訪問に怯えていた初夏はあっという間に過ぎ去って。深緑は更に青々と生い茂っていった。
「あの、気が付いたのですが。」
毎朝の日課となった新聞記事に目を通す。
キロエ・ネーベルの記事は新しい情報が出ないまま、みるみる内に小さくなっていった。
「キロエ、どうかしたの?」
深緑が役目を終え、赤く色付き始めた秋の始めた今日この頃。私の情報なんて、新聞の最後の方の片隅に「情報求ム!」とだけ記載される程度に成り下がっている始末。
「騎士団捜索の記事。あれはフェリカ様達のパフォーマンスだったのではないでしょうか?」
「え゙え゙……。なんでそんな事をする必要があるのさ。」
クルッポが朝と晩の二回、町の様子を見に行ってくれるけど、騎士団の影すら見当たらない。
「少し前の記事に、私の捜索にはフェリカ様と妹マリーが協力していると書かれていました。二人はとても懸命に手を取り合っている、と。つまり、二人が婚約するために世論へ向けたパフォーマンスかと。」
フェリカ様の婚約を私からマリーに移すために、私の自殺を偽造を計画するような人達だ。このぐらいやってもおかしくない。
「貴族って面倒くさいね。」
残念ながら、世論は第二王子であるセルリア様の婚約者探しに夢中のようだけど。
「でも、そっかそっか。少し安心出来るね。」
「……はい。」
「なんだか浮かない顔だね。」
騎士団が来ないのは、私にとって朗報のはずなのに。
心は流れる季節の早さに比例して、焦りを感じていた。
「リペアリアに来てもうすぐ一年が経つというのに。私、まだ上手く魔法が使えません。」
魔法使いはリュゼのように、杖だけで魔法を行使してこそ一流。なのに私は、魔女の涙を使わないと魔法が発動しない。
今のところ、魔女の涙を使って一日一回のリペアが精一杯。復元に関する魔法は教えて貰えてすらいない。
「今年はお客が少ないからねー。僕なんて半日以上寝ている気がするよ。」
「リュゼは最近、お寝坊が過ぎます。」
リュゼは毎日あくびばかり。
魔法の使い方もやっぱり適当にしか教えてくれない。
「ごめんよー。でも、寒くなって来るとどうしても眠いんだよー。」
このままでは、魔法を覚えるより先にリペアリアの今年の営業が終わってしまう。たったの一度も、誰の役にも立てないまま……。
「キロエも、たまには息抜きが必要だよ。」
「ですが……」
「そうだ! 君の記事も落ち着いたし、明日〝収穫祭〟に行こうか。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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また次回、お会いしましょう。




