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さよなら、婚約者様。こんにちは、偽りの魔法使い。  作者: 穂村 ミシイ


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2/20

2 帰るか、死ぬか、僕と来るか。

「唐突ですが、僕の弟子になりませんか?」


 いつの間にか窓枠に一人、男が座っていた。

 音なんてしなかった。ここは古い造りで木造だから触れたところは必ずギィッと音が鳴るはずなのに。


「…………誰、ですか?」


 宵闇色のくせっ毛が夜風と遊んでいる。

 微笑む瞳は時刻を知らせる大鐘のように荘厳な金色。

 遅れてやって来た白いフクロウが男の肩に止まってクルッポーと、ハトみたいな鳴き声を上げた。


「これは失礼。先に言っておきますが怪しい者ではありませんのでご安心を。っと言われましても難しいことでしょう。」


 心中お察しします、と笑う男はどこか楽しげ。

 普通ならすぐに衛兵を呼ぶ場面なのだけど、彼があまりにも生き生きとしているから魅入ってしまった。


「僕はリュゼ。こっちが相棒のクルッポ。僕らは魔法使いを生業にしています。」

「魔法、使い……?」

「そう。学校で勉強したでしょう? かつてこの地には、空気中の魔素を自在に操る魔法使いがいたと。」


 もちろん知っている。

 ただ……、


「百年前に魔法は消えたはずです。」


 この国最大の謎で迷宮入りしている有名な事件だ。


「確か、聖地ベルハーラ消失事件。そこに住んでいた魔法使い、土地、魔力が丸ごと全部、一夜にして消えてしまったと習いました。」


 多くの学者によって研究と調査されても尚、いまだに全てが謎に包まれたままだとか。

 

 そんな中で現れた自称魔法使い。

 信用なんてできない。

 この人、本当に魔法使いなの?


「よくご存知で。僕はその生き残り、とでも言いましょうか。僕の弟子になるなら、より詳しく教えてあげましょう。」


 知りたいですよね、なら弟子に。と茶目っ気を飛ばしてくる不審な男リュゼは、あまりに陽気。

 

 その姿に毒気を抜かれてしまいそうになる。

 でも、目の奥は笑っていないように見える。


 三階にある屋根裏部屋に外から檻を開け、窓枠に堂々と座る彼の姿は、あまりに人間離れしていた。仮に次期王妃の私を狙う暗殺者だとしたら、私の首は今頃床に転がっていただろう。


「ふふ。そう警戒しなくても僕は本当に魔法使いですし、ここへ来たのは貴方の魔力に引かれたからです。」

「魔力、ですか……?」


 そんなもの、出した自覚はないのだけど。


「そう、僕の弟子になり得る素晴らしい魔力。ほら、それですよ。」


 リュゼは徐に私の瞳に溜まった涙を自身の指で拭うと、涙は丸い真珠のようなものに変化した。


「これは魔女の涙と呼ばれるもの。いわば魔力の結晶。高い魔力を持つ魔女が感情の高ぶりでこぼした涙に魔力が籠もったものです。この大きさはなかなか珍しい。それ故に惚れ惚れする美しさ。」

 

 私の涙を恍惚とした笑みを浮かべ、三日月に照らして眺めるリュゼ。ふと床を見ると、さっき溢した涙も硬くて白く濁った石のように変化していた。

 

「それ全部貰ってもいいですか?」

「は、はい。」

「じゃ、遠慮なく。」


 自分の涙を嬉々として拾っている姿を前に、なんだか不思議な気分になった。

 

「今までにもこういった経験があるのでは?」

「…………分かりません。」


 涙をこぼしたのなんで、今日が本当に久しぶりで。

 いいえ、物心付いてからは初めてだったかも……。


「なるほど。だったら信じられなくて当然か。」


 彼の肩に乗ったフクロウが相槌を打つようにクルッポーを悲しそうに鳴いた。「それならば、」とリュゼはこちらに向かってパチンと指を鳴らす。


「僕の魔法をお見せしましょう。」

「え……、キャッ!」


 床から風を感じた次の瞬間、ふわりと地面から足が浮いた。


「おっと、危ない。」


 支えを失いふらつく身体を、彼のやけに冷たい手がすかさず掴んだ。すると身体は浮かんでいるのに地面を歩いているかのように安定した。

 

 足音なんてしない。

 鳥のような羽根もない。

 それなのに、足は確かに宙に浮いていた。

 

「これが、魔法…………。」

「魔法の威力は感情に大きく左右されます。今日、僕の調子がいいのはきっとお嬢さんに会えたから。」


 リュゼはこちらを見て優しく笑った。

 まるで太陽だと思った。


「では、夜の空中散歩と行きましょうか!」

「ええっ!?」


 そのまま手を引かれた私は、狭く息苦しい屋根裏部屋を飛び出して夜を飛んだ。

 

 雪が降る。灯りは三日月。奏でるは二人の吐息。

 たったそれだけ。二人と一匹だけ。


「クルッポ、先導を頼むよ。」

「クルッポーポっ!!」

「ああ、こんな薄手じゃ寒いですよね。」


 リュゼがもう一度パチンと指を鳴らす。

 二人と一匹の足元が光り、私たちを包むように弧を描くと白いベールに変化した。


「…………綺麗。」


 外はまだ雪が積もる極寒の土地。

 厚手のコートを羽織っても肌に届く冷気に凍てつく。そんな中を私は今、薄手のワンピースに裸足という格好をしている。それなのに寒さを一切感じない。むしろ、屋根裏部屋にいた時よりも温かい。

 

「これで寒くないでしょう。」

 

 白いベールは星屑を縫い合わせたようにキラキラと光を放ち、私達を包み込む。思わず感嘆のため息が溢れた。

 

「本当に……、魔法使いなの、ですね。」

「ずっとそう言っているでしょう。」


 人の言葉を理解するフクロウを相棒にしている普通の人間がいるはずないです、と的外れなことを言うリュゼは少年じみた顔で笑っていた。


「綺麗な雪の結晶は魔法の材料になるんですよ。でも捕まえるのは難しくて。」


 リュゼの話は延々と、子供が喜ぶ童話のよう。

 さっきまで悲観に暮れていた私からは想像できないほど、不思議な事が目の前で起こっている。

 

「そうだ。ひとつ手伝ってもらえますか?」

「私に手伝えることなんて……」

「なにも難しいことはありません。」


 横並びで歩いていたリュゼが空中で突然向き合って立ち止まった。


「僕と一曲、踊ってくれませんか?」

「え……?」

「雪の妖精たちは楽しい踊りを好みます。お嬢さんが一緒に踊ってくれたら、きっと上等な雪の結晶が手に入るでしょう。」

「私で、良いのでしょうか?」


 私は裸足で、服だってとても綺麗とは言い難い。

 それに楽しい踊りなんて出来ない。

 私にできるのはせいぜい、王妃教育で習った義務の踊りぐらい。とてもリュゼが望む踊りができるとは……。


「お嬢さんがいいのです。僕だって古臭い社交用の踊りしか出来ませんし、クルッポーが奏でる歌は音痴だし。でも、ここには僕たちしかいません。怒る人間はいないのだから。」

 

 リュゼは社交界にいるような煌びやかで気取った振る舞いなんてしない。ここはどこよりも貧相なパーティー会場で、誰よりも自由だ。


「ほらっ!」


 強引に私の両手を掴んだリュゼはくるくると回り始める。その隣で白いフクロウがホーホーと小刻みに鳴く。まるで子供のお遊びみたいに。


 こんなの踊りとは言えない。

 お父様に見つかったら絶対に怒られる。

 目の前の彼はそれはそれは楽しそうに回っていた。


 ——変な人……。


 本当に変な人で、不思議で、温かい人。

 この人みたいに私も、笑えたならよかったのに。


「そう言えばお嬢さん、お名前は?」

「私は……、キロエ・ネーベルと申します。」

「キロエ。良い名前ですね。」


 たわいのない話を口ずさみ、ひとしきり踊った私たちの周りには白い雪のような光が無数に浮かんでいた。蛍のように儚いその光を、リュゼは雪の妖精と呼んだ。


「彼女たち、キロエを気に入ったらしいです。」

「言っていることが分かるのですか?」

「僕は魔法使いですから。キロエも少し修行すればすぐに聞こえるようになりますよ。」

「私にも……。」


 本当に私なんかに魔法使いの才能があるのだろうか。

 なにも出来ないお人形の私に。


「死ぬ前に、魔法使いになりません?」

「…………え」


 謎多き異世界の扉が、目の前に開かれたようだった。

 その扉は異質でゾッとするほど恐ろしいのに、目が離せない。

 

「死にたいって泣いていたでしょ?」


 喉がヒュッと詰まった。

 足元から現実という手に掴まれた気がした。

 

 そうだ、ここは真冬の夜だ。

 魔法で忘れていた寒さと恐怖が、一気に身体へ戻ってきた。


「僕がここで手を離したら、……落ちますね。」


 いつもより何倍も大きく見える三日月。

 足元に広がっているはずの地面が見えない。


「ちゃんと、死ねると思います。」

 

 あるのは、闇。


「心配ならもう少し高度を上げましょう。」

 

 リュゼの口角が無機質に、静かに、上がった。

 白いフクロウは打って変わってジッと押し黙る。


「どうします……?」


 今、選択を強いられている。

 お人形の私に。


「魔法使いは感情によって左右されますから、嫌がる人を弟子には出来ません。」


 全身に冷や汗が伝う。

 選ぶ……?

 どうやって?

 なにを基準に?

 

「正解が、分かりません……」

「正解? こんなもの僕にも分かりません。」


 お父様に相談する?

 それともフェリカ様?

 いいえ、ダメよ!!

 なぜ? なぜダメなの…………?


「決められないなら、僕が決めてあげましょうか?」


 悩む私の耳元でリュゼは楽しそうに囁くと、その胸に抱き寄せた。

 

 ピクリと肩を震わす私をギュッと、力強く。

 閉じこめるみたいに。

 でも、心音がしない……?


「…………なんてね。ちょっとは落ち着きましたか?」

「あっ、…………は、い」

「感情の動く方が選べば良いんですよ。」

「感情?」

「そう。全ての原動力は感情だから。簡単に考えれば良いんです。貴方に与えられた選択肢は〝たったの三つだけ〟ですから。」


 たったの三つ……。

 感情は死んでしまって久しい。

 

 私にとって三つは多すぎる。

 いや、選択肢が二つでも、一つでも、

 きっと私は、選べない……。

 

「帰るか、死ぬか、僕と来るか。」


 あの屋敷に帰るぐらいなら死にたい。

 

「最後が一番、心に響きますよね?」


 死にたいと思っていたけど……

 リュゼの黄金瞳が私を逃さない。


「本当に、私は魔法使いに、なれますか?」

「ハハッ。ここまで来たら貴方は僕を信じるしかないですよ。」


 偽善者みたいに、妙に優しい微笑み。


「でも、安心して良い。貴方は特別だから。」

 

 彼は優しい笑みの裏になにか隠している。

 そう直感した。

 けど、でも……。


 ——…………もう、後には戻れない。


「わ、私は……っ!!」


 その日。

 私は初めて、選んだ。


「……よく、出来ました。」


 選んだと言っていいのか分からないけど。


「では、行きましょうか。」

 

 寒さ厳しい雪降る晩。

 ネーベル家の屋根裏部屋から、人の気配が消えた。

 そばに置かれた手紙には、


『さよなら』


 それだけ残されていた……

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


キロエのことを応援したいと思っていただけましたら、

☆☆☆☆☆評価やブックマークをいただけると、とても励みになります。


また次回、お会いしましょう。

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