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さよなら、婚約者様。こんにちは、偽りの魔法使い。  作者: 穂村 ミシイ


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1 キロエは自殺したことにしましょう。

はじめまして。

それからお久しぶりです。

本日より『さよなら、婚約者様。こんにちは、偽りの魔法使い。』の連載を開始します。

最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです!

「そうだ。キロエは自殺したことにしましょう。」


 外はまだ明るい。

 側から見れば家族団欒。

 楽しそうなアフタヌーンに見えるだろうか?


 実際は私キロエ・ネーベルの目の前で、私の家族と私の婚約者が私の自殺の話をしているなんて、誰が思う?


「マリーは王妃として人目につく公務に全力を注げるし、キロエも屋敷に籠ってこれまで通り、フェリカ様と我が家に貢献できる。我ながら良い案じゃないか?」

 

 妹のマリーは一瞬、驚きはしたものの「お父様、とても素敵な考えだわ」と喜びの声を上げ、お母様も「良い案ね」と頷いた。


「しかし、キロエが素直に従うとは……、」


 婚約者であるフェリカ様だけが困惑した表情でこちらを向くが、笑みを作る私を見て悍ましいものでも見た様な顔で口をつぐんだ。


「大丈夫ですよ、フェリカ様。お姉様はお人形ですから。」


 私とは目も合わせようとしない妹のマリーは、フェリカ様の手をギュッと握りしめて口を開いた。


「お父様、ごめんなさい。私、フェリカ様が〝人形姫〟なんて汚名で呼ばれるお姉様の婚約者なんて可哀想で。ずっと目で追っているうちに、フェリカ様に恋をしちゃったんです。」

「マリーは悪くない。全ては俺が、心優しいマリーを愛してしまったのがいけないんだ。」

「フェリカ様……。」


 まるで悲劇でも観ているよう。

 涙ぐむマリーはフェリカ様の手に指を絡めながらお父様に許しを乞う。

 

「それに、お姉様はお人形だからフェリカ様を愛してなんていないんです。その証拠をお見せしますわ。」

 

 マリーは私に見せつけながらフェリカ様の頬にキスをしておいて「恥ずかしいッ!」と頬を染めた。


「普通、自分の婚約者にこんなことをされたら眉間に皺を寄せるぐらいしますよね。なのにお姉様ったら、全然怒らないんです。顔色一つ変えない。本当に、感情のないお人形みたいでしょ?」


 勝ち誇ったように笑うマリーに私は、何を言えば良いのか分からなかった。その様子を見たフェリカ様は少しムッとしてすぐに「人形よりも気味が悪い」と呟く。


「これは昔から人間として機能しておらず、私が丹精込めて教育してきたのですが。おい、いつまで笑っているんだ!!」


 お父様はそういうと私の頬を思いっきり引っ叩いた。


「はぁ……。どうしてこんな無能な娘に育ってしまったのか。全く嘆かわしくて仕方ありません。」


 床に倒れ込む私に向けられる視線は憎悪だけ。

 それでも私は何も言わずに立ち上がる。


「お前のような女を次代の王妃にしようなんて考えた過去の自分が恨めしい。」


 ふと、フェリカ様と目が合った。

 どうして彼がそんな瞳をしているのか。

 私には分からない。

 

「ご自身を責めないで下さい。悪いのはフェリカ様を騙したお姉様です。ちゃんと反省させて、これからは私達のためにしっかりと働いてもらいましょうよ。」


 さっきよりも上手く笑えば良いのですか?

 

「名案だな。さすがは俺が愛する未来の王妃だ。」

「フェリカ様……。マリーはうれしゅうございます!」


 見つめ合う二人をただ呆然と眺めた。

 フェリカ様ってあんなに優しい表情が出来たのね。

 婚約して十年、初めて知ったわ。

 

 あの瞳を得るために私は全てを捧げるつもりだったのに。どこで違えてしまったのだろうか。


 ——私は、自分の感情が、よく分からないのです。


 あの日。

 フェリカ様との婚約が決まった六歳の誕生日から。

 ずっと、ずっと…………、分からない。

 

 

 厳しい冬を乗り越え、命が産声を上げる立春の頃。

 花の開花より先に伝えられた第一王子との婚約話という祝報に、私は舞い上がっていた。


 これで厳しいマナーやお勉強から解放される。

 鞭で打たれなくなる。

 部屋に閉じ込められ、ご飯を貰えない日がなくなる!


 そう、思っていたのに……。

 現実は私に優しくない。


『これからは第一王子の婚約者に相応しくなれるよう、より一層、先生方に厳しく指導をしてもらおう。淑女として勉学とマナーレッスンに励みなさい。』


 ——この地獄が、まだ、続くの…………?


 冷たく言い放つお父様の言葉で私の中のなにかが、プツンと音を立てて切れてしまった。


 それからは何も感じなくなった。

 全部。全部。

 痛みも空腹も悲しみも全部が大丈夫になった。

 

 両親に抱きしめられる妹と、罵倒される私。

 なにが違うのか考えることすら馬鹿らしくなり、そう言うものなのだと思うことにした。


 考えることを放棄すれば今までが嘘みたいに生きやすくなった。あの日以来、全部がどうでも良くなってしまって、自分では何も決められない。


 ——それが私の〝普通〟になったんだ。


 そうして十年が経つ。

 十六歳になった私は世間から「人形姫」と呼ばれるようになり、妹のマリーに婚約者を奪われようとしていた。


「こんな娘でもフェリカ様の婚約者だ。第一王子が婚約者を妹に乗り換えたと知られれば、王家も我が家も笑い者になるだろう。それだけは絶対に避けねばならない。」


 お父様の言葉にマリーがまた「フェリカ様と我が家が可哀想」と嘆き涙をこぼし、絶望が漂う応接室にお父様がニヤリと笑い、口を開いたのだ。


『キロエは自殺したことにしましょう』と。


 こうして私の婚約はひっそりと、呆気なく破談し、私の自殺偽装計画が決定したのだった。

 

「キロエ、お前の部屋を屋根裏部屋に移しなさい。外に出ることを禁ずる。世間にまず、お前が伏せっていると印象づけるのだ。」

「…………はい。」


 席を立つ頃、私はもう透明人間だった。

 四人の視線の中には映らず、気にする人もいない。


 ふと、扉の前に立った時に気がついてしまった。

 さっきまで私もいたあの空間には、ティーカップが四つしか置かれていないということを。


 ——私は、初めからあの空間に存在していなかったんだ。

 

 風のように早足で応接室を出た私は、そのまま埃舞う屋根裏部屋へ踏み入った。

 

 外に繋がる扉は脱走防止用に鉄製のものが一つ。

 窓は外に鉄格子が嵌められて開かない。

 室内には簡易的な木製の机と椅子が一組あるだけ。

 この部屋に入るたび、全身の毛穴が開き肌が逆立つ。

 

「まるで死刑囚にでもなったみたいね。」


 外は夕日が沈み掛けている。

 小さなランタンしかない屋根裏部屋を茜色に染めていた。もうじき、夜が来る。


 私は笑みを貼り付けたまま、椅子に力なく腰を下ろす。そして、さっきのお父様達の話を頭の中で反芻した。


 私は死んだことになるらしい。

 大丈夫、今までもそうだった。

 何も感じないわ。


 私は、妹に婚約者を奪われるらしい。

 ずっとそうなる未来は見えていた。

 ……大丈夫。

 

 フェリカ様はずっと前から私に会いに来るフリをしてマリーに会いに来ていたもの。庭先での密会、マリーの指に嵌められた指輪。全部、知っていた。


 全ては今日のためだったのでしょう。

 ……大丈夫。大丈夫。


 私は、ずっとここで、書類をこなすお人形。

 …………大丈夫、だいじょうぶ。


 ……。

 …………。

 ………………ダイ、ジョウブ?


 不意に、頬を温かい雨が伝って溢れ落ちていった。

 それが自分の瞳から流れ出す涙だと気がついた時、今まで押し込めていたモノも一緒に出てきてしまった。

 

「大丈夫なはず、ない……」


 なんで私の人生を勝手に殺されないといけないの?

 両親が私を愛していないことぐらい分かってた。

 妹のマリーですら私を人形としか思っていない。


「全部、知っていたわ。」


 それでも耐えてきたのはフェリカ様の婚約者だったから。時が来ればこの家から出て行けるから。それだけを支えにしていた。


「例えそこに愛が無くても。フェリカ様がマリーを愛していようと…………、それで良かったの。」


 あと数ヶ月を我慢すれば、私はお人形でなく一人の女性として生きていけると信じていたから。


「ずっとここで書類を片付けるだけの生活なんて嫌よっ!!」


 あの人達は私の人生を殺して、勝手に与えた婚約者を勝手に奪うと言う。極めつけが、我が家に貢献出来て〝嬉しい〟だろうと笑っていた。


「嬉しいなんて感情、とうに死んでしまったというのに。」


 嫌だ。

 このままずっとマリーの尻ぬぐい、家の雑務をする毎日なんて耐えられない。


「それならいっそ、本当に殺してほしい……。」


 窓の外では凍てつく夜を誘うフクロウが鳴いていた。

 今まで人形の様に生きてきた私に、一人でこの屋敷から逃げ出すなんて到底出来っこない。だから、より悲しい。


 ——この運命を受け入れるしか、道がないんだ……。


 涙はとめどなく溢れ、床をカタカタと鳴らす。

 鼻水も出る。

 

「それなら、僕が連れて行こうか?」


 必死に鼻をすすると、香るはずのない冬の冷たい匂いがした。


「やっと見つけた……。」


 頭上から声が降る。

 冬の夜、月夜に照らされた淡雪の如く繊細で、今年一年で最も美しい声だ。

 

「こんばんは、お嬢さん。」


 顔を上げると、鉄格子の嵌められた開くはずがない窓が、目いっぱいに開いていた。


 今宵は三日月。

 冷たい夜風を引き連れた異端の訪問者がそこにいる。

 それは音もなく、たった一人。

 窓枠を優雅な椅子にして、笑う男が座っていた。


「唐突ですが、僕の弟子になりませんか?」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


キロエのことを応援したいと思っていただけましたら、

☆☆☆☆☆評価やブックマークをいただけると、とても励みになります。


また次回、お会いしましょう。

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