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禁忌の開放

「バルトの奴、完全に正気を失ったな」


通信水晶に映し出される王都の地下宮殿。その映像を静かに眺めながら、俺は小さく呟いた。


世界の出力が15パーセント低下したことで、王都を支えていた古い封印システムの縛りまでが緩んでしまったらしい。かつて公爵家が国の裏で管理していたとされる、処理しきれない膨大なバグの塊。それを、バルトは俺を消すための兵器として利用しようとしていた。


画面の向こうで、黒い霧のような塊が鎖を引きちぎり、バルトの肉体へと流れ込んでいく。執事長としてのプライドも、エルロッド家への忠誠も、すべてがその黒い奔流に呑み込まれていくのが見えた。


「カイ様、これは……旧システムが隠蔽していた、原初のバグの具現化です」


いつの間にか背後に立っていたエルフィリアが、青ざめた顔で水晶を覗き込んでいた。元聖女である彼女には、その黒い霧がどれほど危険なものかが感覚で分かるのだろう。


「あの力を完全に解き放てば、王都だけでなく、この周辺の領地まで汚染が広がります。バルトは貴方を呪いごと消すつもりですが、自分が何に触れているのか分かっていないのです」


「だろうな。数字が減ったことに焦って、もっと大きな毒に飛びついたわけだ」


俺はポケットの中で、白銀の輝きを放つ原初のコアに触れた。移行度は15パーセントのまま。しかし、王都側が世界のバグを無理やり引きずり出したことで、こちらの手元にあるマスター権限の画面にも、新たなシステムテキストが明滅し始めていた。


脳内に響くのは、世界システムの領域内に未承認の不正データの増殖を確認した、という無機質な警告音だ。移行度15パーセントの権限に基づき、システムは俺に防衛措置の選択を要求していた。


選択肢は二つ。このまま隠れ家に引きこもり、バルトが自滅するのを待つか。それとも、エディット機能を使って、その不正データを根幹から書き換えるか。


「カイ様、どうされるのですか」


エルフィリアが、すがるような目で俺を見つめる。彼女は王都を憎んでいるが、そこに住む無関係な人々までがバグの犠牲になることを恐れているようだった。


「慌てるな。わざわざ向こうからバグのコアを剥き出しにして近づいてきてくれるんだ。こちらとしては、都合がいい」


俺は壁に立てかけておいた、そこらへんに落ちていた木の棒を再び手に取った。見た目はただの枝だが、原初のコアと連動した今のこれなら、王都の最高火力の魔導具すら上回るコードの書き換え媒体となる。


「バルトがこの森に辿り着いた瞬間が、旧システムとの本当の決戦だ。奴が持ってきたエラーデータをすべて吸い上げて、俺の移行度をさらに進めさせてもらう」


その時、神木の拠点の外から、大気を引き裂くような禍々しい咆アスが響き渡った。遠くの空が、不気味な紫色に染まり始めている。バルトに取り憑いたバグの軍勢が、すでにこの領地の間近まで迫っていた。


「カイ様……空が、歪んでいきます……。あの中には、かつて見たこともないほどの数の、異形たちが……!」


エルフィリアの声が、恐怖ではなく、世界の崩壊を目の当たりにした絶望で震えている。


「心配するな。世界を書き換えるってのは、こういうゴミ掃除から始めるものさ」


世界の崩壊を防ぐためではなく、己の領域を完全に掌握するため、俺は静かに歩みを進めた。

その背中で、通信水晶がバチバチと火花を散らし、王都全域に発令された緊急最高警戒の鐘の音が、虚しく響き続けていた。

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