悪魔
「おい、本当にこんな田舎に、ALL 0の悪魔なんてのがいるってのかよ?」
神木の隠れ家から数キロメートルほど離れた街道沿い。エディット機能による周辺索敵画面には、王都の騎士団とは明らかに違う、ガラの一団の光点がいくつも映し出されていた。
王都が放った精鋭隠密部隊が森で謎の全滅を喫したことで、上層部は焦りのあまり、周辺領地の冒険者ギルドにまで莫大な賞金付きで強制捜索依頼を出したらしい。そのせいで、欲に目がくらんだ高ランクの冒険者や、鼻息を荒くした地方貴族の私兵たちが、この静かな田舎町周辺へ一斉に流れ込んできていた。
「おい見ろよ、あのギルドの測定紙の写し。ALL 0だぜ。生きているのが不思議なレベルのゴミじゃねえか。そんな奴が世界に呪いをかけて逃亡中なんて、王都の連中も大げさなんだよ。さっさと見つけて、賞金山分けにしようぜ」
通信水晶をエディットして傍受した彼らの会話からは、未だに俺をただの都合の良い標的としか思っていない傲慢さが透けて見えていた。
「カイ様、奴らのうちの数名が、ギルドで貴方の登録書類を見つけたようです。この森の捜索も、じきに本格化します」
エルフィリアが神木の窓から外を睨みつけながら、硬い声で告げた。王都の正規軍ならまだしも、統率の取れていない命知らずの冒険者どもが数に物を言わせて森を荒らし回れば、エディットの空間歪長による15パーセントのズレだけでは完全に撒ききれなくなる恐れがあった。
「泳がせておくのも面倒だな」
俺は壁に立てかけてあった、そこらへんに落ちていた木の棒を手に取った。
見た目はただの乾燥した枯れ枝だが、今のこれには、中級エディットによって、相手のステータスを感知してその15パーセントを一時的に吸い上げるという、地味だが陰湿な偽装コードが組み込まれている。システム上の表示名も、他人が見ればただの木の棒にしか見えないように偽装してある。
「少し、外の空気を吸ってくる。エルフィリアはここで待ってろ」
「はい。御武運を、我が主」
俺は隠蔽の結界を抜け、静かに森の木々の間へと身を隠した。
数分後。藪をがさがさと踏み荒らしながら、重装備の男たちが俺の潜むエリアへと侵入してきた。地方領主が雇ったという、自称A級のベテラン冒険者パーティだ。
「チッ、何もいねえな。やっぱりあのALL 0のゴミは、とっくに野垂れ死んで……」
「誰がゴミだって?」
木陰から、俺はあえて姿を現した。手には、どこにでもある木の棒をプラプラと持ったままだ。
「お前、まさかカイ・エルロッドか!?」
冒険者のリーダー格の男が、驚きと、それ以上に獲物を見つけたという下品な歓喜で顔を歪ませた。すぐさま腰の大剣を引き抜き、俺に向けて切っ先を突きつける。
「ハハッ! 本当に生きてやがった! 運がねえなぁボウズ、お前のALL 0の首には、公爵家から一生遊んで暮らせるだけの賞金がかかってんだよ!」
男がスキルを発動しようと、大剣に凄まじい魔力を込めようとした。
だが、その瞬間。男の顔から、一瞬で血の気が引いた。
「が、はっ……な、なんだこれ……身体が、急に……っ!?」
男だけではない。彼の後ろに控えていた魔法使いや弓兵の仲間たちも、一斉に胸を押さえてその場に膝を突いた。
対象の敵対行動を検知したことで、俺が持つ木の棒の隠し効果が発動したのだ。現在、王都システムの出力が15パーセント低下しているため、それに連動して彼らの全ステータスもさらに15パーセント強制カットされる。
「ば、馬鹿な……スキルが、発動しない……! 俺のA級の腕力が、まるで一般の平民並みに……!」
彼らが誇っていた圧倒的な数字は、俺の持つ枝が周囲の空間と干渉しただけで、いとも簡単に目減りした。ただでさえ国全体が弱体化しているというのに、俺の近くに寄ったせいで追加のデバフを喰らい、もはやまともに武器を振ることすらできない。
「測定器の数字がすべてだと思っているから、本質が見えないんだ」
俺は、一歩も動かない。ただ、手元の木の棒を地面にトントンと軽く打ち付けただけだ。
その瞬間、エディットされた空間の波動が衝撃波となって地面を走り、膝を突いた冒険者たちの武器を一斉に粉々に粉砕した。
「ヒッ……化け、もの……ALL 0なんて、嘘っぱちじゃねえか……!」
「逃げろ! こいつはただの無能なんかじゃねえ!」
武器を失い、ステータスをガタガタにされた男たちは、涙目を浮かべて一目散に森の奥へと逃げ帰っていった。彼らの目には、ALL 0の少年の周りで、謎の怪奇現象が起きて武器が壊れたとしか映っていないはずだ。
「これで少しは静かになるか」
俺は木の棒を肩に担ぎ、神木の拠点へと戻ろうと背を向けた。
だが、その時。ザザ、ザザザザ……と、懐の通信水晶から、これまでにないほど激しいノイズが鳴り響いた。
慌てて水晶を取り出すと、そこには王都のニュース映像ではなく、ドス黒い魔力の奔流に包まれた別の場所の景色が映し出されていた。
脳内には、旧世界システムの15パーセント機能停止に伴い、王都の地下最深部に封印されていた重大なシステム不具合の拘束が弱体化しました、という無機質な警告が響く。
画面の向こう、禍々しい鎖が次々と引きちぎられ、咆哮を上げる何かの巨大な影が見える。そして、その封印の間へと、ボロボロになったエルロッド家の執事長バルトが、狂性に満ちた目で近づいていく姿が映し出されていた。
「ハハ、ハハハ! 結界がダメなら、この禁忌の力を解き放つまでだ! あのALL 0の呪いを、カイの存在ごとこの世界から消し去ってくれるわ!!」
王都の自滅のペースが、俺の想像を遥かに超えて加速し始めていた。




