疑惑の始まり
「じゅう、ご、パーセント……? い、いま、頭の中で変な声が……」
エルフィリアは頭を抱え、困惑した様子で周囲を見回した。
移行度が15%に達し、『原初のコア』を俺が手にしたことで、俺のすぐ傍にいる彼女にもその神威の「残響」が漏れ聞こえてしまったらしい。
彼女は、俺のステータスプレートに表示された『ALL 0』の文字と、俺の顔を何度も見比べ、驚きで声を詰まらせた。
「貴方が……カイ・エルロッド……。王都で『歴史上最悪の無能』と蔑まれ、追放されたという、あの……」
「ああ。ついでに言うと、今お前を治したのも、その『無能の力』だ」
俺は手元に残った『折れない木の枝』を軽く振ってみせた。
エルフィリアは息を呑み、信じられないというように首を振る。
「そんな……あり得ません。王都の賢者たちは、貴方のせいで世界が呪われたと言っていました。でも、本当は違う……貴方が王都から離れたから、世界のシステムが『主人』を失って、出力が落ちているだけ……!」
そこまで一気に口にすると、彼女はハッとして通信水晶に目をやった。
パリィィィィィィン!!!
不吉な、何かがひび割れるような音が、通信水晶の向こう……王都のキャピタル・スクエアから響いてきた。
慌てて水晶の画面を覗き込む。
映し出されたのは、ひどく狼狽する王都の騎士たちの姿だった。
『緊急特報です! 先ほど、王都を覆う『第一至高結界』に大規模な亀裂が確認されました! さらに、全魔導騎士のステータスおよびスキルの出力が、一律で【15%】低下するという異常事態が発生しています!』
画面の向こうでは、空を覆っていた光の膜が一部損なわれ、そこへ結界の弱体化を嗅ぎつけた飛行魔獣の群れが数匹、防壁へと接近していた。
『くそっ、なんだこれは! 身体が妙に重い! 剣が、いつものスピードで振れないぞ!』
声を荒らげているのは、公爵家の次男レナードだ。
移行度5%の時はまだ「気のせいか?」で済んでいた違和感が、15%の低下となったことで、完全に実戦で焦りを生むレベルの出力不足となって彼らを襲っていた。
いつもなら一撃で倒せるはずの魔獣の皮を切り裂くことができず、レナードは防戦一方に追い込まれている。
『レナード様、落ち着いてください! 魔術師たちの魔力も15%カットされており、出力の調整が効きません!』
執事長のバルトが、青い顔をして指示を飛ばしている。
彼らが誇っていた「A級スキル」も、世界システムという強固な基盤の上にあぐらをかいていたからこそ成り立っていたものだ。その基盤の15%を引き抜かれただけで、彼らの戦術は完全に狂い始めていた。
だが、王都のトップ層はただ混乱しているだけではなかった。
画面の奥、宮廷魔術師団の長老が、険しい表情で破損した測定器の残骸を調べている姿が映し出される。
『……待て。結界の出力低下の波形が、あのALL 0の少年が立ち去った軌跡と完全に一致している。これは呪いなどではない。あの少年が、世界のシステムそのものを連れ去ったのではないか……!?』
「あ……」
エルフィリアが短い悲鳴を上げた。
王都の連中は、ただ無様に自滅しているわけではない。15%という明確な「異常」が起きたことで、ついにその原因の矛先を、消えた俺へと向け始めていたのだ。
「フン、さすがに気づき始めるか」
俺は通信水晶の画面を消し、ベッドに腰掛けた。
奴らが「無能」と呼んだ俺の生存を疑い、血眼になってその行方を探し始めるのは、もう時間の問題だろう。
「カイ様……彼らはきっと、貴方を見つけ出そうと躍起になります。15%の出力低下でこれなら、これ以上の変動が起きれば国そのものが維持できませんから……」
エルフィリアは静かに両手を胸の前で組み、真剣な眼差しで俺を見つめた。
世界に消されかけた元聖女。そして、王都から追われる身となった俺。
「なら、こちらも次の手を打つだけだ」
『──マスター権限の移行度15%を検知。中級エディット機能:【情報遮断】が解放されました』
脳内のアナウンスとともに、俺の手元にあった『折れない木の枝』が、淡い白銀の光を放ち始める。
王都の連中が「消えたALL 0」の影を追い、必死の捜索を開始する裏で、俺たちの隠れ家はさらなる深い霧の中へと隠蔽されていく。追跡者との、見えない化かし合いが始まろうとしていた。




