無能の烙印と容赦なき追放
王立式典の間から一歩外に出ると、浴びせられる言葉のすべてが棘に変わっていた。
昨日まで俺の機嫌を伺い、媚びへつらっていた貴族の若者たちが、今や嬉々として俺を指差し、嘲笑の声を上げている。
だが、そんな雑音よりも、俺の意識は己の内にあった。
魂の奥底で、何かが完全に噛み合った感覚。BとCの融合──それがもたらした真実に、俺は直感で気づいていた。
「おい、待てよゴミ。誰の許可を得て僕の前を歩いているんだい?」
背後から響いたのは、公爵家の次男レナードの声だった。
その隣には、エルロッド家の執事長であり、幼い頃から俺の身の回りの世話をしてきたはずの男──バルトが立っていた。
バルトは俺と目が合うと、かつての恭順な態度は微塵も見せず、冷酷に鼻で笑った。
「カイ様。いえ、カイ。たった今、当主様より伝令が届きました。『ALL 0の汚物をお前のような疫病神にはお似合いだ』とのことです」
「……親父が、そう言ったのか?」
「当然でしょう。我が公爵家に無能の居場所などありません。お前がこれまで使ってきた部屋の荷物は、すべて家畜の餌場に投げ捨てておきましたよ。お前のような疫病神にはお似合いだ」
バルトの冷徹な言葉に、レナードがさらに調子づいて下品な笑い声を上げる。
「ハハッ! 勘当だってさ! 国一番の天才になるはずが、家も、身分も、すべてを失ったただの浮浪者か! おい、せめて僕の靴でも舐めたらどうだい? 上手になめたら、僕の家の犬小屋にくらいは住まわせてあげるよ!」
周囲の受験生や衛兵たちからも、どっと大きな笑い声が沸き起こる。
誰もが俺の破滅を喜び、さらに深く奈落へ突き落とそうと、容赦なく言葉を叩きつけてくる。
「犬小屋、か。断る」
「チッ、往生際の悪いゴミめ……! おい衛兵! この不法侵入者を力ずくで叩き出せ!」
レナードの命令で、武装した衛兵たちが一斉に武器を構え、俺を囲い込んだ。
その刃が俺の身体に届こうとした、まさにその瞬間──。
キィィィィィィィィン──!!!
大気を引き裂くような、禍々しい高音が響き渡った。
「な、なんだ……!?」
レナードの顔から一瞬で血の気が引く。
上空の空間がガラスのようにひび割れ、そこから地獄の深淵を思わせる漆黒の巨躯が現れた。
──『特級災厄・黒蝕竜』。
一国を滅ぼし得る伝説の魔獣が、式典の結界を食い破って強襲してきたのだ。
「ヒッ、化け物……!? なんでこんな場所に……!?」
「逃げろ! 結界が破られたぞ!」
さっきまで俺を嘲笑っていた奴らが、一瞬でプライドを投げ捨て、悲鳴を上げて逃げ惑う。
だが、黒蝕竜が大きく顎を開いた瞬間、街一つを消し飛ばすほどの暗黒魔力がその口内に収束していった。放たれれば、この場にいる全員が消滅する。
「あ、ありえない……僕のA級スキルじゃ、あんなの……!?」
腰を抜かしてへたり込むレナード。執事長のバルトも、恐怖で歯をガタガタと鳴らしながら俺の後ろへ隠れようとする。
「おい、無能! 突っ立ってないで盾になれ! 肉壁くらいにはなるだろ!」
迫り来る、圧倒的な絶望の閃光。
レナードが俺の背中を、黒蝕竜のブレスの真っ向へと突き飛ばした。
誰もが俺の死を確信し、レナードたちは俺を身代わりに生き延びようと背を向けて走り出す。
光に呑み込まれる直前、俺は静かに目を閉じ、ただその衝撃に備えるフリをした。
──その直後、王都の全域に、脳を揺るがすような無機質な【世界システム】のアナウンスが響き渡った。
『──警告。個体名:カイ・エルロッドへの敵対行動を検知』
『これより、現世界システムの【マスター権限】の移行プロセスを開始します』
『不具合の発生に伴い、全人類の意識および五感を一時的に固定します──』
その瞬間、レナードたちの視界も、思考も、黒蝕竜の動きも、世界のすべてが完全に停止した。
時間そのものが止まったのではない。世界システムがバグ(俺への攻撃)を処理するために、全人類の『認識』を強制遮断したのだ。
誰の目にも映らない、完全な空白の時間。
俺一人だけがその静寂の中で目を開け、消えかけてノイズを走らせているブレスの横をすり抜け、無言で歩き出す。
恐怖の表情のまま、目玉一つ動かせずに固まっているレナードとバルト。
彼らの横を通り過ぎ、俺は完全に彼らの視界の外、王都の門へと向かって足を進めた。
(ALL 0……か。本当に、よくできたシステムだよ)
俺の姿がその場から完全に消え失せ、誰の視界にも入らない位置まで移動した、その時。
──数分後。
背後で「ドォォォン!」と世界の時間が動き出す音がした。
人々の意識のフリーズが解けたのだ。
しかし、王都から聞こえてきたのは、悲鳴ではなく、呆然とした困惑の声だった。
「……消えた? 黒蝕竜のブレスが消えてるぞ……!?」
「ダーク・ドラゴンが……諦めて去っていく!?」
フリーズから解放された黒蝕竜は、移行し始めた神格のプレッシャー(不可視)に本能的な恐怖を感じたのか、攻撃を中止してそそくさと空の彼方へ逃げ去ってしまったのだ。
何も知らないレナードやバルトたちは、九死に一生を得てその場にへたり込む。
彼らの目に入ったのは、誰もいなくなった地面だけだった。
「た、助かったのか……? しかし一体なぜ……。あ、おい! あいつはどうなった!?」
「カイの姿がどこにもありません……! 今のブレスの直撃を喰らって、塵一つ残さず消し飛ばされたのでしょう。ふん、エルロッド家の汚物が綺麗に片付きましたね」
「ハハッ、そうか! 死んだか! 盾の役目くらいは果たしたってわけだ、無能め!」
命拾いしたレナードたちは、すべてが「たまたま起きた奇跡」だと思い込み、俺が跡形もなく死亡したと勘違いして嘲笑う。
自分が原因だとは1ミリも気づかれないまま、俺は完全に彼らの前から姿を消した。
──だが、本当の異常事態は、ここから静かに始まろうとしていた。
王都を去る俺の脳内に、世界システムからの次なる通知が、冷徹に響く。
『──マスター権限の移行度:5%。これより、マスター専用の【世界書き換え機能】を部分的に開放します』




