【第13話】試験終わりの安堵と、笑顔が咲くチュニアの食卓
古都の協会に入寮して二回目の年度末テストを終えたわたしは――いや、正確にはわたしとユアンをはじめとした同学年の魔女の卵たちは、最後の答案を受け取った後、精も根も尽き果てて机に突っ伏していた。
そうはいっても、この二年間を共に乗り越えられた数はそう多くはない。
元々魔女の数自体が少ないこともあって、総じて魔女の卵の数も少ないのだ。
その少ない魔女の卵たちが思い思いに、この試験中に必死に詰め込んだ知識が脳からまろび出てしまっているかのように「終わった……終わった……」「追試のレポートの準備を……」「ラノリア王国聖教法二条第三項……」などと虚ろな目で呟いている。
まさに死屍累々といった有り様だ。
わたしたちの学年にはいないけれど、もし聖光の魔女の卵がここにいたら、間違いなくアンデッドと勘違いされて浄化されてしまうだろう。
そんな惨状の中、なぜか教務課に呼び出されたわたしとユアンは、春休みをどう過ごすかなんて他愛のない話をすることもできず、歩く屍のような足取りで廊下を進んでいた。
二人揃って呼び出される心当たりといえば、先ほど終わったばかりのテストの成績のことくらいしかない。
どこで赤点を取ったのか、どんな補習が待っているのかと戦々恐々としていたのだが――。
教務課で告げられた呼び出しの内容は、驚くべきものだった。
ユアンには、母国であるチュニアの協会から帰国の打診。
そしてわたしには、なんと留学の打診があったのだ。
提示された選択肢は三つ。
西の果てにある西方連邦の協会、新大陸北部の協会、そしてお隣の国であり、ユアンの故郷であるチュニアの協会。
そこまで聞いて、隣にいたユアンが喜色を満面にしてわたしの腕を掴んだ。
「チュニアにしなよアルセア! 大歓迎だよ! 一緒にチュニアの協会で頑張ろう!!」
チュニア語なら、もう七割くらいは不自由なく話せるようになっている。
ユアンのおかげで、チュニアの文化や政治、法律には他のどの国のそれよりも詳しくなっていた。
そして何より、ユアンの作るあの刺激的で奥深いチュニアの食事に、わたしはすっかり魅了されていた。
頭の中で並べようと思えば、選ぶ理由はいくらでも出てくる。
けれど、それよりも何よりも。
目の前で目を輝かせている大好きな友人と、もっと一緒にいたくて。
わたしの次の旅先は、あっさりとそういうことになった。
◆◆◆
チュニアへの留学が決まり、わたしたちはさっそく部屋を片付けなければならなくなった。
そこで最大の壁として立ちはだかったのが、部屋の半分を占拠している大量の漬物壺の山だ。
わたしとユアンは、留学先での身分証だという新しいバッジを貴重品入れにしまった後、腕組みをして考えこんだ。
「これ、どうしようか……」
「捨てるなんてとんでもない! でも、出発までに二人で食べるには多すぎるね……」
壺を前に腕を組んで唸っていたわたしたちは、顔を見合わせて同時に名案をひらめいた。
食堂を借りて、試験のお疲れ様会と、わたしたちのお別れ会を兼ねたチュニア料理パーティーを開けばいいのだ。
さっそく教務課へ相談に行くと、意外なことにあっさりと許可が下りた。
それどころか、ユアンの医食の魔女としての研究の集大成であると評価され、かなりの額の研究費用まで出してもらえることになったのだ。
思わぬ資金を得たわたしたちは、市場へ繰り出し、豚肉や羊肉、それに牛の内臓まで、大量の食材を買い込んだ。
もちろん、わたしも料理の補助として腕を振るう。
そして迎えたパーティー当日。
食堂には、試験の重圧から解放された寮生たちがこぞって集まっていた。
長いテーブルにはいくつもの小型の魔導コンロが並べられ、その上に置かれた陶板や鉄板で、次々と肉が焼かれていく。
ユアン特製のタレに漬け込まれた肉や、熟成された漬物と一緒にこんがりと焼かれた肉から、食欲を暴力的に刺激する香ばしい匂いが立ち上った。
「辛いのが苦手な子もいると思って、そうじゃない味付けのものも用意したんだけど……」
わたしの心配は完全な杞憂に終わった。
過酷な試験のストレスからか、それとも新陳代謝を上げて疲労を回復させるという医食の魔女の卵たるユアンのレシピに体が無意識に反応したのか。
どの肉も、真っ赤な漬物も、寮生たちの手によってあっという間に新鮮な葉野菜に包まれ、次々と彼女たちの胃袋へと飲み込まれていったのだ。
「もう食べられない……でもお箸が止まらないわ……!」
「ラノリア王国聖教法なんて、今はどうでもいい……お肉最高……」
涙目になりながらも咀嚼をやめない同級生たちの姿に、わたしとユアンは顔を見合わせて大笑いした。
宴の最後は、荒れた胃の腑を優しく落ち着かせる、鶏肉と一〇種類以上の薬草でとろとろに炊き上げたスープ粥で締めくくられた。
こうして、チュニア料理パーティーは盛況のうちに幕を下ろした。
うら若い乙女たちが、食べ過ぎて帯を緩めたまま、食堂の床に仰向けになって動けなくなっているという、多少みっともない惨状を除けば、極めて穏やかで幸せな夜だった。




