継承される力
恒例ともなりつつある魔王の旅支度が行われ、早朝、魔王とその子である卵が城を発った。
今度の卵は深海に潜り海底火山の熱と魔王の鱗を幾らか溶かしたものを卵にかけ続けて魔王の力の一端を渡しそれによって孵すという呪いを行う予定で、鱗を剥ぐための特製の刃物も持参していったようであったが、果たして百日も魔王は傷を負いながらに我が子の為に海底にいられるのだろうかと彼女も不安を覚え、彼らが無事に帰って来る日を待ち続けた。
早くに起床し昇りかけた太陽に祈り、昼も神殿にいた頃のように神に我が子の無事を祈った。夜も寝る前に月へと願いを託すように祈り。
寝食を削る程ではなかったが魔王領にきてから初めてそのような事をしだした王妃に周りの者たちも少し落ち着かない様子を見せあまり根を詰めすぎないようにとだけ口を出し、見守った。
そうしてようやく百日を少し過ぎた頃、中庭へ竜の姿で戻ってきた魔王が降り立った。子の姿が見られない事に周りの者たちは騒然となったが魔王の帰還を知らされた彼女が駆けつけ眉を顰め子どもはどこだと低く牽制するように尋ねると魔王は徐ろに口を開いた。
口内からころりと転がり落ちたのはまさに生まれたてと言うようなふにゃふにゃの赤子であり、それを見た世話役たちは慌てて赤子を拾い上げようとしたが魔王が竜の姿のまま止めろと声で制した。
『全身に毒を孕んでいる。下手に触れると腕が溶けるぞ』
毒にも腐食にも耐性のある魔王であるからここまで連れてこられたと言いながらそのように耐性のある乳母を連れてこいと無理難題を提示してから魔王は人の姿へと形を変え、王妃たる彼女にも念を押すように耐性を得るか、子が自分で毒を制御できる年になるまで絶対に触れるなと厳しい声と表情で伝え、湯浴みに行ってくると海水ですっかり艶をなくしたボサボサの頭で城内へと消えてしまった。
毒と腐食に耐性のある乳母は直ぐには見つからず、困り果てた臣下たちは仕方なく乳母の限りではなくそれらの耐性を持つ者たちを呼び寄せ、そのうち育児経験のあるものらを乳母代理とし乳母役たちの乳を布に吸い込ませたり器に入れて咽ないようにと配慮した上で育てられる事となった。
シルラーナも本来ならば帰還と同時に子を抱き上げ互いの顔を確認したり名前を考えたりなど勤しむのだがそれが出来ないという予想外の事態に塞ぎ込んだ。
元はと言えば様々良くない属性を数多持つ魔王のせいなのだが、それでも自分を責めてしまうのが母親の性である。
まともな体に生んでやれなかった、やはり自分が元人間というせいなのではなかろうかと。
自室で鬱々と一人で考えていると魔王が訪ねてきて了承も得ていないにも関わらず室内にと至った。そして彼女の消沈した様子を見て怪訝そうにしつつも深くは突っ込まず口を開く。
「毒にしろ腐食にしろ、扱いを覚えられればそれなりに強くなる。しかし子に継がれる可能性の低い能力だった為に諦めていた。……お前は本当に俺の予想をいい意味で外してくる女だ」
機嫌が良さそうに不敵な笑みを浮かべ喉を鳴らせば魔王は空腹を紛らわせる為に出掛けてくると彼女の返事も聞かずに出て行ってしまった。
やはり何百と経とうとも魔王の人ならざる思考と配慮の欠けた言動は変わらないようだと呆然と残された彼女は考えて、あれやこれやと自分だけ思い悩んでいるのも馬鹿らしくなり頭を掻きあげ荒く息を吐き出すと抱けはしないも遠くから見る事は可能な我が子の元へと気を取り直し足を向けていった。