魔王と娘
九人目の懐妊を告げられた時、彼女は額に手をやり唸り声をあげながらこの間の令嬢には暫く決闘はお預けだと伝える文を侍女に頼み、彼女の勇姿を見れず殊更に惜しむ魔王に誰のせいだ誰のと指を突きつけその後に下腹へ視線を落としまた溜め息を吐いた。
人とは違う頑丈さで知れる人外であろうともこうポコポコと孕み、産まされてを繰り返していてはたまったものではない。
またどんな問題を抱えた子が生まれるともわからないし、そもそも先に生まれた子たちだとてこのように年の離れた弟妹をどう感じるだろうか。もう立派にどのようにして子を作るかを理解できる年齢の子がいるそれを思うとどうにも居た堪れない。
知らせを受け一番に帰国してきた長男は相も変わらず父が恐ろしいのか顔を合わせられないでいたが母にも視線を向けていいものなのかといった具合でしどろもどろとし更には消え入りそうな声で九人目の子について祝福を口にし赤面した。
次男は悠々とした姿で中庭に降り立つと父親に向かい九人目って、父さんはどんだけ母さんの事を愛しているのとからかう様な眼差しとおどけた態度を取り真顔の魔王から鉄槌を下されていた。……よせばいいものをと困惑した面持ちで彼女は我が子が痛がって転がる様を見ていた。
長女は妊婦に良いとされるものをありったけかき集めて母さんの体が心配だと労ってくれた。やはり娘は良い。男どもの誰よりも心優しく母親に寄り添ってくれると彼女は多くの母親が感じるようなことを思った。
三男は…………止めておこう。ただ、父親である魔王が激怒し半殺し以上の目には遭わされていた、命はある。
他の子たちも概ね祝福してくれたが、一人だけこの子が来るまで未子でいた姫が首を傾げて問うた。
「あかちゃんは、おかあさまのおなかにいるのですか?」
「そうだ。まだお前たちに会えるのは少し先の事だ」
「なぜおかあさまのおなかにいるの?いままでどこにいたのですか?」
「それは……。ううん、ええと、その、なんだ。お父様が望まれたから、だ。うん」
「おとうさまはまじゅつでおかあさまのおなかにあかちゃんをいれたの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「あかちゃんはくるしくないですか?いたいいたいしてないですか?」
幼児に何と教えて良いものやら。唸り、考え、迷っているといつの間にか傍にまで来ていた子どもらの父である魔王が末姫を見下ろしそして彼女を見て口を開いた。
「母の腹にいる赤子はまだ小さな種のような大きさだ。それに痛みも感じていないはずだろう。誰も手をあげたわけでもなしに、お前たちもここで育まれそうして生まれてきたのだから」
「……わたしもですか?」
「ああ。もう何十年と前になるが父が母を抱き、そうして生まれてきたのがお前だ。お前もいつかは番の雄を自らで見つけ、そうなる」
「つがい?」
「心を惹かれ何としても手に入れたい。そう願う価値あるものの事だ。最初は興味を引かれる程度であっても、時を重ね体を重ね想いを重ねるごとに様々な感情を起こさせる。……今はまだ父や母のようなものだとそう思っていればそれでいい」
幼児相手にそんなあけすけにと顔を赤くし怒鳴り散らしてやろうとするも淡々と末姫に語る姿に彼女は呆れを通り越し関心してしまう。普段話さない類いの事も思わず聞くことになり興味を唆られたのだ。
それを知ってか知らずか、末姫は魔王に向けて両腕を伸ばして抱っこを求める。
「おとうさまは、あかちゃんがきてうれしいですか?」
「さてな。御し易い頭のいい子ならば喜びに値するが、反対に己の立場も弁えられない馬鹿ならば要らん」
「わたしはいいこですか?」
「面倒を起こさず父に反発せず母の言う事をよく聞く点においてそう言えるだろう。変わらずそのまま育て」
少し末姫を見据えてから渋々だっこの要求に答えて魔王はあやすように室内を歩き始めながら答えていく。表情は普段通りの無愛想で、やっていることと随分と差が現れているためにシュールにも思えた。
「おかあさまのおなかにあかちゃんはいつきたのでしょう?」
「正確なタイミングはわからないが恐らく緋の晩の時だろう。それ以外に交わった記憶もない」
「いもうとですか、おとうとですか?」
「先程種だと教えた筈だが。そんな状態ではまだわかるはずもないだろう」
末姫の何故何に僅かに煩わしさを滲ませ始めながらも答える魔王に、しかし末姫は目を大きく見開いて瞬いた。
「おとうさまにもわからないことがあるのですね!」
「……あるに決まっている。父の腹に赤子は宿らない。赤子の事は女である者たちの領分だ。父にどうやってそれを知れと?」
ピクリと幼い驚きの声に眉間の皺が寄ったのを見逃さなかったが、魔王は末姫に隠しきった。
末姫が幼いのを心得てか、それとも己のプライドを傷つけるようなそれであってもここで引かなければ大人気ないと自重してか。
煩わしさと腹立たしさから末姫を喰らうでも、首をもぐでもしないでよかったと知らず彼女は緊張にかいていた汗が背中に伝うのを感じた。
末姫はそうなのですねと何やら楽しげで父の顔を腕の中から見上げながら今度は名前はどうするのか等と尋ねて父を悩ませている。
そのまま部屋から出ていってしまった魔王の後ろ姿を見送って扉を閉める侍女にポツリと彼女は漏らした。
「……流石に九人も子どもができれば魔王も嫌でも子守りをするようになるのか」
「王妃様と出会う前の陛下でしたら己の子であろうとも生まれた瞬間に喰らっていたかもしれませんね」
「それはもう子どもは必要ないという意味でか?それとも母親に対する嫌がらせか?」
「どちらもでしょう。珍しい竜種の卵や柔い肉という点においても魅力を感じていたかもしれませんが」
「初めて産んだ時の子をそのようにされていたら私も気が狂っていたかもしれないな」
下腹を撫でて喰われないで良かったとまだ宿ったばかりの命を思い、彼女は窓の外を見やった。
顔を合わせ少し滞在もしていた長男が、恐らく婚約者となった者の元へ帰る為に空へと羽ばたき飛んでゆく。
その少し後にゆっくりと上昇していき城の上を旋回しながら次男が父母や兄、妹、弟たちに聞かせるように高く低く鳴いて歌ってから西の空へと向かっていった。
長女も少し宙へ浮いた後、母の部屋へと寄ってきて窓を大きな目で覗き込むとクルルルルと可愛らしい喉を鳴らした音を立てて別れを告げ大空へと消えていった。
三男は暫く傷を癒やす目的で城にいるだろう。
他の子たちもいずれはここを発つ。勇者とやらが来る前に全て安全な場所に行けたなら良いが……。
「678で若いなら一体何歳で性欲は落ち着くんだ?」
折角旅立たせてもまた乳飲み子が増えてしまえば元の木阿弥だ。
そう至り、彼女は嘆息した。




