19話 戦場に降り立つ銀狼
「それで、バルマス軍はユナリアに手を出さない、そういうことでいいんだよな」
戦場より西、山の中間部にて、ミラノが居た。
「約束する。我々バルマス軍は祖国復興を夢見ている。その際にはぜひユナリアにお力添えして貰いたい」
ミラノと話す人物は魔族国バルマスの筆頭騎士ディグル・モラールだ。黒竜に跨り戦場を駆け巡る竜騎士、そう呼ばれた人物だ。
「そうか……黒騎士も大変だな」
「レィーヴェンの人間に言われる筋合いは無い」
ディグルは嫌みったらしくそう言うが、ミラノもそれにカチンと来た。
「はんっ! 俺だって魔族の伝達を伝える筋合いは無い。あの方が居るから黙っているだけだ」
ミラノもそう言い返した。
今回は戦場と言うこともあってお互い剣は抜かないものの、元々は敵対する国同士の人間だった。
レィーヴェン王国は精霊と共存する文化の発展した国で、精霊使いも多く、エルフ族や妖精族との交流も少なくなかった国だ。それに対して魔族国バルマスは竜と共存する国、精霊や妖精、特にエルフとは対になる存在で、レィーヴェンも対になる存在の一つであった。国との距離はそれほど離れていないレィーヴェンとユナリアの交流が無かったのもバルマスとの因縁があったからだ。
ミラノはレィーヴェンの王族、ディグルはバルマスの筆頭騎士、因縁深いといえば因縁深い。
「じゃあな、黒騎士」
吹き抜ける銀色の風、その風は戦場のほうへ向けて吹いてゆく。
「全軍、撤退する準備をしておけ」
「帝国軍本隊、動き始めました」
ユナリア軍本陣にて、一人の兵士がそう報告にあがった。
敵本隊の規模は約6000、その大群が現在、ユナリア軍本隊に向けて進軍を開始したのだ。
「分かりました。リサ、お願い」
「は、はい! 敵本隊にはこれといって名のある将が居るわけでもありません。敵の大将は不明ですが、スクレイドさんの部隊は出来るだけ敵を分散、撹乱してください、好戦的にはならず、出来るだけ時間を稼いでください」
「おう!」
スクレイドは勢いよく本陣を出て行った。
冷静な指示をするリサだったが、額には汗を浮かべて険しい顔をしていた。
「リサ?」
「……すみません。アニア様、私、私……!!」
その場に居た誰もが分かり切っていた事だ。時間稼ぎをしたところで何にもならない、ただ戦いを引き延ばしているだけだと誰もが分かっていた。
だが、リサの判断は間違っていない。
下手に打って出るより、撹乱をし続けたほうが可能性は残されている。
「いいのよ、リサ……」
慰めるようにアニアはリサをそっと肩を持った。
そんな時、一人の兵士があわてた様子で本陣に入ってきた。
「ほ、報告します! 怪盗フェンリルが、戦場に!」
「えっ!」
銀色の風が吹きぬけた。帝国軍本隊、ユナリア城へと進軍する大規模な部隊を前にして、吹雪が吹き荒れた。
ユナリア軍の本陣を背に、帝国軍の前に堂々と立ったのは神出鬼没の怪盗フェンリルだった。彼の傍に立つのは大きなな大狼、いつものエリルとは大きさが違ったがエリルには違いなかった。
「さて……行くか!」
帯剣していたレイピアを抜き、彼の足元には精霊魔術式が描き挙げられた。
その姿は戦士、英雄、騎士、はたまた旅人、どのようなものにも移し見ることが出来たのであろう。だが、彼に最もあった呼び名は「銀の旅人」ラード神話に出てくる英雄の一人に似ていた。
大狼は咆哮を上げた。
大狼の上げた咆哮と共に吹雪が帝国軍に吹き付けられ、兵士を薙ぎ倒し、吹き飛ばし、あるいは氷漬けにした。
「俺の名は怪盗フェンリル! 押して参る!!」
ミラノは帝国軍に単騎で駆けた。
大軍を目の前にしても恐れることは無く、挑んだ。
その後ろには大狼、死ぬかもしれないことを承知の上で主に付き従った。
ミラノは敵兵に剣を突き立て、敵兵を凍らせた。そして敵兵は砕け散り、彼は次々と敵を凍らせ、戦い続けた。
浴びるのは返り血ではなく、砕かれた氷のみ、冷たいその声が発せられることも無くただ戦い続けた。
大狼は敵をその鋭い牙で食いちぎり、ミラノと同じように凍らせていった。
彼らが戦った後には砕かれた氷のみが落ちていた。だが、その氷もすぐに光の粒子となって消えていってしまう。
憎しみ、恨み辛みを背に背負うも、ただ守りたいという一心で戦っているミラノの勇姿は誰よりも勝れ物に見えた。
だが、帝国兵もやられっぱなしと言う訳でもなく、彼に剣を振るおろす。
「アイスエッジ」
刹那、地面から氷の槍が突き出し、帝国兵を串刺しにし、は周囲の敵を一掃した。
「負けはしない、俺は必ず生きてみせる!」
主力であるスクレイドの部隊が出陣し、ほとんどの兵士が居なくなったユナリア軍本陣にて、一つの由々しき問題が起きていた。
「行かせてください!」
アニア・ネールス・ユナリア第一王女が戦場に行こうと言いだしたのだ。
「だめですアニア様!」
「そうです! リサの言うとおり本陣に居てください!」
リサとレキが二人がかりでアニアを止めようとするが、アニアが引くことは無かった。
「行かせてください! 私は行かなければならのです!」
アニアが抱えていたのは氷剣ルシアリオ、ミラノから託された大切な一振りの剣。
彼女は怪盗フェンリルが戦場に現れたと知ったとき、直感した。ミラノが危ない、そう直感したのだ。
「アニア様!」
リサがそう叫んだときには既に遅かった。
アニアは二人を振り切り、本陣を飛び出した。
その直後、兵士が再び急いで本陣に入ってきた。
「申し上げます! 北より本陣に向けて移動する部隊を発見、エルド殿の部隊が応戦に当たっていますが、少数でありますがこちらに向かってきております」
「なに!? ……くそっ! 応戦に出るぞ!」




