18話 炎鉄騎士と天性の王子
彼の人生が狂ったのはまだ幼い頃のことだった。
幼い頃に狂ったのならば人生の軸がそのままずれただけのこと、歩む道は違うことになっても一変と言うことは無いだろう。
だが、彼の人生が進む先は元の軸に戻るように近づいていった。
急に変えられた軸は戻る。時が進むにつれて変わってゆく、まっすぐ進むのではなく、歩むはずだった道を違う行き先に変えて変わってゆく。
時は15年も昔の話だ。
レスト・ヴィズ・トリスタン、今のレスト・ロックハートは当時何の不自由も無い裕福な暮らしをしていた。トリスタン帝国第一王子として生まれたときから歩む道が決まっていたように全ての事が決められていた。ただ自由だったのが学ぶ楽しみだった。他の者は「後に王に成る身だから学ぶのは悪くない」とそう言っていた。彼はひどく本を読むのが好きで、魔術のことや軍略のことをよく勉強していた。たった5歳で大人顔負けの天性示し、帝国も安泰だといわれていた。
だが、ある日、舞踏会の帰りのことだった。城を出て他の領地で開かれた物だったが、そう遠いというわけでもなかったので、日帰りだった。
レストを乗せた馬車が山道を走っていた。夜道だったこともあって前がなかなか見えなかったのだろう。いきなりの事だった。刺客、暗殺者、盗賊、山賊やならず者だったのかもしれない。確かだったことはいきなり襲われたことだ。数も不明、見方にいたのは護衛数人と現在の炎鉄騎士だった。
乱闘のようになったその場は子供が生き残れるような場所ではなかった。炎鉄騎士は彼に言った「お逃げください。必ずお迎えにあがりますから」それが最後の聞いた言葉だった。レストは逃げた。暗い夜道の中を逃げた。道からはずれ、ただ一生懸命に逃げた。そして、川に落ちた……
決戦、恐らくこれが最後となる帝国とユナリアの戦いだった。
こう着状態に陥りつつある両軍、そのなかで平地に陣を張っていた炎鉄騎士が率いる部隊の陣にて……
「マーレスト将軍、我々は……」
副官と思われる兵士が隣の大男に話しかけた。
「待て、今は待て、我々は今回本隊の後ろに着く」
髭を生やした中年の男がそうだみ声で答えた。大剣を背負った男の名はエレドア・マーレスト、炎鉄騎士と呼ばれる男だ。
「ですが……」
額に汗を浮かべながら食い下がる。
「待てと言うのが分からんのか?」
ギロリと睨んだその眼力は強烈なもので、体が震え上がりそうにもなった。
まるで何かを待っているような言いぐさだった。
「いえ……」
さすがの副官も言い換えることができず、黙ってしまった。
「……おい」
エレドアは唐突に沈黙を破るように口を開き、話を切り出す。
「はっ!」
「流離いの神軍師という奴がユナリアに付いたとは本当か?」
彼の持ち出した話は前々から帝国を悩ませ続けている軍師のことだった。彼がレスト・ヴィズ・トリスタンとは知らない帝国はただの敵だと思い込んでいるようだが、今まで絶対に帝国に付かなかったということは無い。3年前に前例があったらしいが、気まぐれだとも言われている。
「先日、アウィナイトの宝剣が地形を利用した策になすすべも無く敗北したと聞き及んでおりますので、本当かと」
「地形を利用した奇策だったか……昔、あの方が似たようなことを考え付いていたような気がする」
エレドアはふと昔の事を思い出し、苦笑しながらそう言った。
「あの方と申しますと?」
「我が主だ。レスト・ウィズ・トリスタン、今は無き忘れられた王子にして我が生涯お仕えするはずだった方だ」
「確か、帝国始まって最初で最後の天性の持ち主と聞き及んだことがあります。ですが、忘れ去られたとは少々語弊があるのでは?」
たった5歳の幼さにして語学や軍略、魔術に長けていたと聞く。5歳という若さで本業の軍師も驚くほどの策を考え出したという。その策の特徴が地形を利用した奇策だ。
「いや、あの方は……」
その時のことだった。エレドアが何かを言いかけたとき、本陣が揺らいだ。
「貴様ら、何者だ!」
「怪しい者じゃありませんよ、お仲間じゃないですけどね」
そこに現れたのは長い銀髪の青年と元イリオス王国近衛騎士団長、アウィナイトの宝剣の異名を取るクリナ、そして数名の兵士だった。
慣れた様な素振りで本陣に乗り込んできた一行、それに対してエレドアは笑いを堪えることができなかった。
「あはははははっ!! 敗北したはずの小娘がそこに居るってことは、アンタが噂に聞く流離いの神軍師でいいんだな!!」
発せられる覇気、地響きがするのではないかというほどの笑い声、レストにとって大きく変わってしまった風貌だが、どこか懐かしく感じるのは確かだった。
「ええ、確かに私はそんな呼ばれ方をしていますし、ついこの前までは各地を旅する軍師でしたよ」
「……って事は、敵だよな」
「もちろん」
刹那、エレドアは背に背負った大きな大剣を手に取り、振り下ろした。
地面に振り下ろされた大剣、大地が割れ、剣からは炎が発せられ、放たれる衝撃波と共にレストたちに襲い掛かった。
が、レストとクリナたちの足元に魔方陣が瞬時に描きあがり、衝撃波を消滅させた。そしてレストの周りに多属性で構成された魔方陣が描かれ、中にも魔方陣が浮いた。
この地方では独特性のある魔方陣だったが、帝国には似たような魔方陣が使われている。レストにとっては何気なく描いている魔方陣だったが、帝国の魔術師や魔術に何らかのかかわりを持ってる人間はすぐに分かるはずだった。そして、レスト自身は忘れているが、この魔方陣はレストが初めて描いた魔方陣とそっくりそのまま同じものだった。
「マーレスト将軍の一撃を……」
そう驚く副官だったが、それ以上にエレドアが驚いていた。
「先手必勝……やられる前に倒すということは非常に重要です。ですが、それは時に大きな被害を及ぼすこともあります。炎鉄騎士、彼方は今の一撃で私たちを仕留めるつもりだった。だがその攻撃は空しくも無駄に終わった」
「……」
レストが付きつける事実に対して、エレドアは沈黙を続けていた。
「言っておきますが、魔封石を使って魔術を封じようとしても無駄ですよ、私は多属性の体質ですから」
「多属性だと……」
副官がそう驚くのも不思議なことではない、魔術と言う物は鍛錬を積めば多属性の魔術を行使できるが、多属性を元々扱える体質は限られた血統にしかない。
そのうちの多くが貴族や王族といったもので、中でもトリスタン帝国の血筋は一つ一つの属性の血筋が薄いといっても、全ての属性を持つ極めて希少な血統である。
しかもレストが今展開している魔方陣は帝国式の物を独自に変えたもの、若干魔法式に差はあっても大きくは変わらない。その為、レストが帝国の人間だということは一目瞭然だった。
「さて、本題に入りましょう。なぜ、私たちが立ったこんな人数でここへ来たのか、お分かりですか?」
修羅場を作りにきた。そう言うだけで説明は足りるのだろう。炎鉄騎士の攻撃は打ち砕かれ、兵士は皆剣を抜き、臨戦態勢に陥った。
数の上では圧倒的に不利だと考えられるレストたち、だがレストには全く負けるという言葉が似合わなかった。
肝心のエレドアは額に汗を浮かばせ、固まったままで居た。
「ここでマーレスト将軍の首を刎ねる。そう考えているようなら考えが甘かったな」
「まさか、そんな簡単に思ってるわけが無いじゃないですか、黄金、白銀、青銅、四大鉄騎士、この7人のうち一人に入る魔将の一人をこんな少人数で倒そうなんて考えるほうがいかれている」
「では、死ににでも――――」
副官が死と言う言葉を言った直後だった。隣に立っていたエレドアがグーで副官を殴り飛ばした。
その光景は誰もが目を見張った。
誰もが予想だにしていなかった事だった。
「総員、剣を納めろ」
エレドアが手に持った大剣を背に収めながらそういう。
だが、大人しく従う奴はいなかった。
「クリナさん、剣を収めて構いません」
レストは展開させていた魔方陣を地に沈めてそう言った。
魔方陣を消したのではなく、地に沈めたのだ。その気になればいつでも魔方陣は展開し、攻撃を可能とする。
クリナたちは大人しく剣を収めた。
「何をしている。剣を収めろといっているだろう」
エレドアはドッとするほどの覇気を発し、自分の兵士たちに言って聞かせた。
すると兵士たちはその気迫に失神して倒れるものも居れば、大人しく剣を収めるものも居た。
「……流離いの神軍師、名前を聞かせてもらってもいいだろうか、出来れは偽名ではないほうを」
その瞬間、レストの背筋が一瞬で寒くなり、冷や汗が吹き出た。ばれている、そう直感していたのかもしれない。身の毛もよだつような思いが一瞬で全身を駆け巡り、今にも倒れそうな気がした。
「レスト・ロックハート……またの名をレスト……ヴィズ・トリスタン……この世に存在してはいけない名だ」
彼の発言が再度この場を奮い立たせ、沈黙させた。
エレドアは彼に発言にニタリと笑みを浮かべた。
「貴様! 何を言い出すかと思えばふざけた事を!!」
副官はエレドアに殴り飛ばされたのにもかかわらず、何事も無かったかのように起き上がり、剣を手に取り、レストに斬りかかった。
ガギンッ!! 刹那、荒い鉄の音が鳴り響く。
エレドアが背負った大剣を瞬時に抜き、副官の剣をなぎ払ったのだ。
「出しゃばるなよ小僧、貴様が今斬りかかろうとした方がどれほど恐れ多い方だと思っている」
「しかし……!!」
「貴様には分かるまい、トリスタン帝国第一王子で在らせられるレスト・ヴィズ・トリスタン様がお使いになる魔方陣がどれほど特殊な物なのかを」
その時、レストの脳裏には幼い頃のことが走馬灯のように駆け巡った。
レストは今、自分が何気なく使っている魔方陣が幼い頃自分で描いた魔方陣に瓜二つということを思い出し、ハッとした。
「見間違えるはずが無い、弧を描く竜に帝国の紋章、全ての属性紋章とラード神話の四大神、あれこそが証拠、あれこそが我が主の証拠だ」
思い出される思い出、帝国を恨み、自分が帝国の王子だと分かっていても嘆くことさえ出来なかった日々がうそのように思える。幼い頃、本ばかり読み漁っていたレストが唯一懐いた人物、忘れるはずも無い人だ。
エレドアはレストのほうに振り向き、レストの前まで進むと剣を捨て、膝を付いた。
「近衛騎士団所属エレドア・マーレスト、お約束どおりお迎えにあがりました」
「エレドア、お勤めご苦労様です……ですが、私は帝国に帰るつもりはありません。そして、私はあなたに受けた恩のお礼を言いに来ました」
レストの発言を聞いてエレドアは目を見開いた。
「彼方はあの時、私を守ってくれました。そして結果として再び彼方の元へ生きて現れた……だが、今の私は彼方にとって敵、切り捨てる相手だ。しかもその相手は敵軍の軍師、数の上では勝っているはずなのに二連敗、しかも兵の一人も欠いていない、そんな相手を目の前にしている。エレドア、彼方ならどうする? そこの副官のように私を殺すか?」
「…………」
「選択肢は3つ、私をこの場に何も言わず殺すか、この場で戦うか……ユナリアの軍門に下り、帝国を敵に回すか、この3つです」
「…………」
「さて、私たちもいつまでも足踏みをしているわけにはいきませんね、エレドア・マーレスト将軍、彼方に一つ問うことがあります。彼方の主は誰ですか?」
「……全軍……近衛騎士団の旗を掲げよ!! 我らの敵は帝国にあり!!」
エレドアのその一斉が軍を振るい立たせ、帝国軍の旗を降ろし、近衛騎士団の旗を掲げた。この旗は王族を守るための旗だ。近衛騎士団の旗を掲げるということはその戦場に王族が居るということだ。
「レスト様、どうか御指示を」
「レスト・ヴィス・トリスタンの名の下に、今ここにネオ・トリスタン軍の結成を宣言します!!」




