第四話 聖女ユーリ
#第四話 聖女ユーリ
最初に力が発現したのはシスターとして女神様に仕える覚悟を決めた翌日だった。
村中の人々の指先に黒い染みが出来、段々と広がり、肘まで到達すると自らの意思とは無関係に動く、と村人が言い始めた。
それが肩まで到達すると自らの首を締め出した。しかもそれを防ごうとする人に襲い掛かる。
両手を後ろ手に縛るしかなかった。そうして身動きの出来ない状態にしても闇の染みは少しずつ全身に広がり、全身が黒くなると段々と衰弱して最後には命も奪われた。
弟のルカも例外ではなかった。幼さゆえか指先に闇の染みが出来てから全身に広まるまであっという間だった。
看病しようにもどうすればいいのか分からず、ただ祈るしか出来ない。
「女神様、私はどうすればよいのでしょう?」
『私の使徒となり闇と戦うのです』
他の選択肢はなかった。ルカのため、皆のためユーリは女神様の言葉を受け入れた。
「女神様の使徒となり、闇と戦う事を誓います!」
そう誓った瞬間に頭の中に全てが流れ込んだ。女神様の事、闇の事。闇の生態や一代での進化。それを斃すのは聖女。聖女を守る盾としての勇者。
ユーリは手を組み祈り、自らの力を放つと全身が光り輝き始めた。そして力を強めると光はどんどん広がっていく。その光に触れた闇は蒸発し、人々の身体を蝕む闇の染みも跡形もなく消えていく。
村が光で包まれた時には闇の気配はなくなった。
ただし、ルカは幼さゆえか闇の侵食に耐えきれず、聖なる光で包まれた時には既に息を引き取っていた。
亡骸を抱きしめ泣いた。
それから、女神様に祈った。
「ルカは女神様の元に無事辿り着けましたでしょうか。皆をお助けくださりありがとうございます」
次の日、被害者を弔うために村人が集まり教会の裏に幾つもの穴を掘った。
ルカの分はひときわ小さかった。
もう一度女神様に祈り、ゆっくりと棺が下ろされ土が掛けられていく。
身寄りなく、唯一の肉親だったルカが亡くなり天涯孤独となった。この先は女神様の使徒となり闇を斃し一人でも多くの人を救おうと誓った。
村が落ち着き始める頃に国から調査隊がやって来た。隊は村の各地を周り闇の痕跡を探した。
村人にも闇の形や闇に蝕まれた者たちの状態を聞いて回る。忘れたい過去を無理やり抉られるようで再び村が悲しみに包まれた。
そして事のあらましと成り行きを確認すると、ユーリを聖女として認め、国賓として待遇する、と連れて行かれた。
ユーリは聖導院と呼ばれる聖女の集まりに属する事となった。普段は教会で女神様に祈る生活だが、有事の際には聖女の力でもって闇を斃す役割も担った。
教会には潤沢な支給金が割り振られ贅沢すら出来るようになった。ローブは真新しいものに代わり、毎日磨いて来た女神像は金色に輝くものに変えられた。
教会が建て替えられそうになってようやく、ユーリはついに国に対して過分な施しは女神様の教えに反する、と断った。
渋々職人は去って行ったが雨漏りのする教会は残った。村人すら、雨漏りの中で女神様に祈るのは困ると言ったがユーリはバケツを並べて対処した。
この雨漏りは大工の棟梁が直してくれる手筈が付いている。棟梁が酔って転んで怪我した時の手当の代金だ。
ドアの建て付けが悪いのも、入り口前の手すりが朽ちているのも直してもらえる。
そうして村人を助け、村人に助けられる生活がユーリには幸せを感じられるひと時だ。
教会で世話をしている子供達に引き取り手が見つかる時も幸せだ。ほんの少し寂しさを感じるが、孤児に新しい親が出来るのは嬉しい。
お金は大事だが、欲に溺れず慎ましい生活をする方がいい。
それから女神像を何ヶ月も掛けて彫り上げ、金色の女神像と差し替えた。
金の女神像と比べると丸みはなく優しかった表情も少し悲しげで、両手の長さは左右で違い、神々しいはずのローブも折り目の付いた板に見える。
街の人々は教会に礼拝に訪れ、金の女神像が木彫りの汚ならしい女神像に変わった事に驚きユーリを問い質したが、そのたびに女神様の怒りに触れたと応えた。
ユーリの生活を変えたものはもう一つあった。度々闇の討伐への参加要請があり、そのたびに快く参加した。といっても街を襲う闇で、決して強くはない。
闇は生殖能力を持たない一代限りの存在だが、獲物を捕食する事で構造を真似る事が出来る。構造を真似ると当然の帰結として能力を得る事が出来、短期間で生物の進化と同じ結果を得られる。
それは知能に関しても同じで、核が大きくなれば処理量も増え高度化される。そうして知能を得た闇は人間の気配に気付き獲物を捕食するために村や街を襲う。
動物が個を優先し他の誰かが犠牲になってる間に逃げるのに対して、人間は集団で闇に立ち向かって来た。火、水、毒、色々と試行錯誤し核の存在に気付いた。
だから、ある程度の知能を持った闇は人間の生活から一定の距離を保っている。人間の生活に近付く闇は人間に遭遇したことがないか、街を一飲み出来るような力を持っている。
ユーリは弱い闇が人々の指先に闇の染みを作るのを治して回る役目だった。決して逃げ惑うだけではない、闇の染みは対処出来る、闇は斃せると皆に知らせて回るのが大切だ。
人々はユーリに感謝し、ユーリを拝んだ。その後ろにいるはずの見えない女神様に祈った。
何度も何度も街を守り、そしてある時、女神様からのお告げがあった。
『封印が解けそうです』
封印とは、聖女の力よりも闇の力の方が強く、斃しきれない状態をいう。闇の表面を硬質化し、実質無力化するのだが、時と共に封印が解け再び闇が活動を再開する。
「女神様が私に仰ったという事は、私に闇を斃しなさい、と仰ったという事」
ユーリは聖導院に問い合わせ、封印が解ける闇がいないかを尋ねた。それで、村へと派遣される事となった。
闇と戦うという事は闇に負ける可能性もあるという事。ユーリは別の街の教会に事情を話し、教会で預かっている孤児達を一次的に預かってもらう段取りを付けた。
それから街の人たちに暫く教会を留守にする事を告げ、聖導院に向かった。
街の人たちが途中まで見送ってくれている。何度も振り返って手を振り、薄闇でそろそろ人の形もおぼろげになるとようやく前を向いて足早に歩いた。
月明かりが道を照らす頃には隣街の明かりが見えた。目標が見えるともうすぐだという気になり、呑気に歌を歌いながら歩いた。
すると前方から馬が走って来るのを見た。何事だろうと思っていると一気に距離が縮まった。
ユーリのすぐそばまで来て止まると馬がブルブルと声を出す。
「聖女ユーリ様でいらっしゃいますか?」
馬に乗ったまま軍服を着た男が言った。
「そうです。どうされました?」
呑気に応える。
「聖女様がお越しなる時は迎えを出すよう手筈を整えていたのですが、呼ばれないので街まで様子を見に行ったら既に出発されたとの事で探し回っていたのです。」
「そうですか、それはすみません。隣街だし歩いて行こうと思って」
「もう月が昇っています。皆さん待ちかねておりますので馬に乗ってください」
自分の背丈よりも高い所に昇るなど怖いに決まっている。断ろうとしたが兵は近寄り手を差し出した。
仕方なくその手を掴むと、簡単に引っ張り上げられた。
「きゃあ」
兵に抱きつく。
「すすす、すみません」
「そのまましっかり掴まっていてください」
馬は走り出し、街までほんの僅かの時間で到着した。だがユーリにとっては生きた心地のしない時間だった。
もう二度と乗りたくない。
街では聖導院の面々が迎えてくれた。ふと見るとユーリには聖女かそうでないかが分かった。その力の強さもはっきりと分かる。
自分より強い者も何人もいて、弱い者も何人もいる。けれど今回は女神様が自分を指名されたのだ。自分に対する試練だと考えた。
他の人たちは明日改めて挨拶をする事になり今晩は休む事となった。
食事の時の祈りは一番年配のシスターが声に出され、皆があとに続く形になった。
食事の時は喋ってはいけないが、周りに人がいる事がとても幸せな事で闇との闘いが非現実的な事のように思える。
それに、普段の生活では身体を清めるのは濡れたタオルで拭くのがほとんどだけど、ここではサウナが用意されていた。
国からの支度金が使われているようだ。ずっとそんな贅沢をしていては罰が当たると思うが、たまになら女神様も許していただけると思う。
翌朝、討伐隊の皆様と勇者様とで簡単に挨拶をして、これから向かうミルブルック村について聞いた。少し高地にあって寂れた村だけど、『ナビ』と呼ばれる闇の気配が分かる人の所に向かうのだそう。
ナビと合流してリッジ山に向かい闇と闘う。今まで闇の染みを直す事しかやって来なかったけれど、力の使い方は分かる。
癒しの力はその方法が全く分からないのだけれど、他の聖女様に聞いた限りでは何もしなくても勇者様は聖女の近くにいるだけで癒されるらしい。
少し安心した。
討伐隊の隊長のダルク様は少し何かを気にされているようだったけれど、結局何も口にされずミルブルック村に向かって出発した。
世の中にはおかしな人がいる事を知った。四十人程の兵達に何故か喧嘩を売り馬で近付いて威嚇して来た。
ダルク様は勇者様に向かって『腕を見せろ』と仰ったが、勇者様は『残念だが馬にも乗れん』と断られた。
それで核伐隊の一人が三人の賊に向かって馬で走って行かれた。鮮やかだった。
賊は近付く兵に弓で迎え討とうとしたが矢を剣で弾かれ次の矢を引く前に馬から落とされた。
そのまま槍を持って突進して来る賊の槍を掴んで横に払うと賊が馬から落ちる。
剣を持った賊に向かうと賊が剣を薙ぐ。剣でそれを受け、下から突き上げるように払うと賊の剣が宙を舞って地面に落ちた。もちろん賊もバランスを崩して地面に落ちた。
核伐隊の方はそれで颯爽と戻って来た。
「我々の役目は聖女と勇者を守る事だ。人間相手ならこれくらいたやすいが闇相手では何の役にも立たん。せいぜい頑張ってくれ」
ダルク様はぶっきらぼうだがそうやって勇者様を勇気付けられた。私も心強く思った。




