第三話 核伐隊ダルク
#第三話 核伐隊ダルク
ダルクは核伐隊への適性適格審判に申請し、審判の日を待った。
闇との戦いは長い年月を得て組織化されており、勇者と聖女に任せるだけではなく国が派兵するのが普通だ。
闇を斃すのは聖女、聖女を守るのは勇者、勇者を守るのは核伐隊、そして後方から支援するのが守備隊だ。
守備隊はおおよそ三十人規模で構成され、その時集められる兵が選ばれる。核伐隊は適性適格審判に合格した精鋭五人からなる。
闇に家族を殺された者、街や村を壊滅させられた者達が復讐心に燃えて申請するが大抵は落ちる。冷静な判断が出来ぬものは精鋭とは呼べない。
適性適格審判は三戦の実技で行われる。一戦目は片脚をロープに縛り付け、逆さまに吊るし上げられた状態で戦う。
闇はただの闇ではない。闇から溢れ出た異形の生物。そう、生きているのだ。獲物を捕食し栄養を摂取して成長する。
捕食した獲物を模倣する事で生物の進化を模倣し、一世代で粘菌のような姿から昆虫、動物、人型にまでなる。
そして、植物を模倣し至る所に罠を広げる事が確認されており一戦目は草の蔓に擬態した闇に捕まり吊るし上げられた状態を想定している。
ダルク他九名、合計十名が吊るされた状態になった。対する審判員は二十名。一方的な防戦の中、一人だけ逆さまになりながら剣を捌く者がいた。
剣同士の弾く音も正面から相対する時と変わらず、誰の目から見ても合格に資する。
一方のダルクも人と人との間に挟まれ審判員の攻撃が単調にならざるを得ない事をすぐさま理解し、次第に的確な対処が出来つつあった。
「審判員は縦か突きしか使えない!」
ダルクが叫んだ。それを機にほとんどが攻撃を防ぎ始めた。慌てて審判員が横に剣を振ったが、時すでに遅く、ダルクへの攻撃は横の試験者が払う、という連携が出来ていた。
一次試験は皆合格となった。
助けを求めてはいけない。だが、他者を助ける事の合理性が認められればその限りではない。
二戦目は野戦を想定している。森の中にある闇の核に見立てた石を見つける。
闇は人間の脳に該当する核がある。核の大きさが能力の高さに該当し、砕けば運動能力や知能を失い無力化出来る。
恐ろしいのは複数の個体に見えるが、実際には一つに繋がった集合体でその中心に大きな核があり、その核が司令塔の役割を持っていて同時に末端の闇に命令する。一対一のようでもあり、一対百、一対数千のようでもある。
十人が散開する。森の中には罠が幾つも仕掛けられており、油断は出来ない。罠は試験官と異なり手加減が出来ないからだ。
落とし穴にはさすがに槍は立ててないが、所々に草を輪にして足を引っ掛けるようになっている。
それを引き金にして丸太が落ちて来る事もある。何より、木に擬態した試験官が弓を引いて狙っていた。
木々の間を抜け足を取られる者、穴に落ちる者、木の上から様子を伺おうとして矢で射抜かれた申請者がいた。
「南へ二十メートル、東へ五十メートル。北側から矢による攻撃あり!痺れがある!」
他の申請者に報告するように叫ぶ。申請者同士は敵同士ではないが味方ではない。報告する義務もなければ助ける義務もない。
にも関わらず、誰かが攻撃を受けた。つまり近くに敵がいると判断し音もなく攻撃の主に近付く。
「制圧!」
即座に声が聞こえる。油断した弓手を背後から襲い弓矢を取り上げた。互いに初めて会う、審判を受ける者同士とは思えない連携。
(まったく、あいつら勘違いしてるな)
「罠の排除は最小限とし、核を見つける事を優先されたし。本番であれば敵の戦力を測るが、審判では無尽蔵を想定しているそうだ」
ダルクは叫ぶ。人間相手の場合、敵を制圧してからゆっくり目的のものを探す方がリスクも低く効率もいい。
しかし数千の闇の軍勢を相手にした時、それは出来ない。
二つ目の試練は過酷な状況を想定していたが、結局誰一人として失格するものはいなかった。何しろ、各所で審判員を制圧する声が響いた。
核伐隊を申請するものにあっては審判員を放置する事は自身を危険に晒す事に等しく、そこに制圧以外の選択肢はあり得ない。するなと言われる方が難しい。
何故と問われた時、『制圧しかすべがないから、もしかして命を奪うのが正解だったか?』と応えるものばかりだった。従って不合格を出せなかった。
三戦目は目隠しをした状態で二十四時間過ごすだけの簡単な試験だった。言葉を発すればそこで失格となる。
一時間の休憩の間、各自が今までの戦いを反芻し、これからの戦いに備える。
ダルクは最後に皆にこう切り出した。
「今までの二戦で図らずも俺達は仲間になった。それぞれの過去は辛いものだと想像に難くないが、それだけでは生きていけん。俺達は仲間として家族として互いを思って生きていこう」
自分の村を失った者たちの中には自暴自棄になる者もいる。それを繋ぎ留めるのが闇を斃す想いだが、それだけではいつか無駄に命を失う。
怒りは短期的には力となるが、誰かのためを想う事こそ生きる糧になるはずだ。
最初の一時間は審判員の罵詈雑言だった。記憶の中の家族が何故お前だけ生き延びるのかと嘆いた。
次の一時間はお前の代わりに生きていればどんなに周りがしあわせだったかと涙ながらに訴えられた。
次の一時間はお前では力不足だ、やめろと囁かれ、動揺に身体を揺らすと即座に爪で薙払われた。心が傷付いている状態では爪でさえ剣と同じ痛みを感じる。
そんな事をするうち、自らが死ねば皆がしあわせになるような気がしてくる。泣いて懇願し、助けてくれと心で叫ぶ者があらわれる。
だが、誰一人として口にする者はいなかった。皆が、この十人のためにやり抜こうと努力した結果だった。
そして、二十四時間が経っても一人の落伍者を出す事なく適性適格審判は終わった。
ダルクは隊長として認められ、残り九人は核伐隊員として各方面に散らばった。
実戦配備されて初めての戦い、ダルクは戦果を挙げ続けた。一人で何体もの闇の末端の核を粉々に砕き、どんどん進んで行った。
核は柔らかく剣で簡単に砕ける。『闇を斃すのもそれほど大変ではないな』、と思った。
核の大きさが能力を示す。砕かれ小さくなった核は複雑なものを模倣出来なくなる。熊を模倣していたものが昆虫しか模倣出来なくなり、体を保てずアメーバのようになるものもいる。
ただしそれは闇が消滅した事にはならない。核は再び一つにまとまる事が出来るし、何より中央の核は依然として無傷だ。エネルギーさえあれば元に戻せる。
闇の末端が攻撃され末端の核が砕けた場合、その場所での復元は控える。再び攻撃されるリスクを避けるためだ。
だからダルクの通ったあとには闇はいなかった。
ダルクは初めての戦いで闇の性質について勘違いしていた。そのため隊長がとめるのも聞かずに進んだ挙句囲まれた。全て人型。闇の形は能力の高さを表している。もちろん人型が一番高い。
少しずつ押され、生傷が増えていった。自らの服が血で赤く染まっていく。手に黒い染みが出来ているのに気付いた。我ながら死にそうだというのに冷静だなと苦笑した。
そこへ聖女がやって来た。
「ダルク様、お一人で進まれては危険です」
見る間に手の染みが消えていく。それに疲れが癒やされていくのを感じた。
「おお、力がみなぎる。これが聖女の力か!」
剣技もおぼつかない若い男が遅れてやって来た。
「勇者様、すみません。ダルク様が危険でしたので先に進みました」
「勇者とは?」
ダルクにもはっきりとした知識があるわけではない。聖女に聞いた。
「勇者様は女神様に聖女と対になって仕える騎士です。聖女の癒しを他の人より多く享受する事が出来ます」
言われてみれば勇者は全く疲れた素振りが見られない。
だからといって剣技もおぼつかない状態で実戦に使うのは浅はかとしか言いようがない。
「剣技がとても闇を斃すレベルではないな」
「俺にあるのは聖女の癒しだけだ。素人そのものだ」
勇者は自らの弱点をダルクに晒した。晒されては放置するわけにはいかない。
ダルクは勇者と聖女を守りながら進んだ。他の核伐隊はいつの間にか全滅していた。守備隊がダルク達の後ろから追い掛けてくる。
そして核に辿り着いた時、核の猛攻が始まった。全ての戦力を核を守る事に費やし、目の前の敵を倒すために暴れまわる。
闇を殲滅するか、討伐隊が全滅するか。二つに一つ。終わり方は明白で途中で白旗を上げる事も態勢を立て直す事もない。命と命の闘い。
聖女が祈り光があふれる。小さな核はそれだけで蒸発する。勇者にまとわりついた闇の染みも一瞬でなくなる。
だが聖女の癒しの力は無限ではない。聖女の力尽きる時、癒しの力も消える。
光が弱くなり、勇者の身体を一気に闇の染みが覆う。
聖女が力を振り絞っているのが分かった。聖女の力とは聖女の生命力そのものだとダルクは理解した。
長くはもたない、そう思った。聖女の力が闇の力と均衡した。勇者の身体を覆う染みが消えず白化した。無力化は出来ているようだが、蒸発させるほどの力はない。
白化した内側から外に出る事は出来ないが、既に内側にあるものは聖女の光の影響を受けない。
闇が勇者を取り込む。闇に支配されながらもこの世の理を守るために剣をやたらめったら振り回す。元々がただの素人だ。
その剣が闇の末端に当たるのは勇者の剣の腕ではなく、闇が勇者を押さえつけようと前に出て来るからだ。
聖女は狂気の中ひたすら祈りを捧げる。敵味方関係なく次々と斃れていく。
末端は既に守備隊、核伐隊をも捕食し模倣しているはずだ。皆がその姿形に集中する。
闇の手が槍のように尖り一斉に勇者を貫いた。
その刹那、ダルクの剣が核を叩いた。本来であれば外骨格を模倣し守っているはずだが、聖女の力により剥ぎ取られ剥き出しになっていた。
闇の最後の一突きがダルクの頬を掠めたのと、聖女の光が当たりを包み、砕かれた核を蒸発させるのが同時だった。
聖女の癒しの力をもってしても、勇者の傷を癒す事は叶わなかった。闇の染みは綺麗になくなったが、心臓を貫いた何本も槍の穴は塞ぎようがなかった。
「女神様、勇敢に闇と闘った強き魂をお救いください」
聖女が両手を組み、勇者に捧げるように女神様に祈ると、勇者の体は光に包まれ細かい粒子となって消えた。
多大な犠牲を払ったが、闇を無事斃す事が出来た。ダルクは己の未熟さを悔い、剣技もままならない素人を戦いの場に駆り出さねばならない状況を疑問に思いながら、生きながらえた事に感謝した。




