第ニ話 勇者タクミ
#第ニ話 勇者タクミ
行きがかり上、『闇』を斃す勇者という事になったが、そもそもこの世界は俺の住む世界ではない。
きっかけが何なのかすら分からないし、元の世界に戻る方法ももちろん分からない。
言葉は分かるし、文字も読める。だがそれだけ。
気が付くと石畳の道路に突っ伏して寝ていた。ひんやりとして気持ちいい、そんな事を考えていたら生き倒れと思われたのか声を掛けられた。
「どうなさいました?」
自分が道路に寝そべっているのを理解し飛び起きた。
「大丈夫です」
そう言いながら声を掛けてくれた女性を見て大丈夫でない事を理解した。
どう見ても現代の我が国の服装とは異なる。ネイビーのワンピースで膝下までの長さ。それに白のエプロンを身に着け、髪をまとめてヴェールをかぶっている。
辺りを見回すと木で作られた家が並ぶが、窓にはガラスではなく布が貼られている。
「やはり、大丈夫ではないようです」
助けを求めるような目で見上げた。
「分かりました。まず教会で落ち着きましょう。どこか痛いところはありますか?」
シスターと思われるその女性が気遣ってくれるのでゆっくりと立ち上がり体の様子をうかがった。
腕を回し、体をひねり片足ずつ上げる。問題はなさそうだ。体中をさすってみたが、服に地面の汚れが付いている他は特に痛いところはない。
「体は大丈夫そうです。所で、ここはどこですか?」
「ここはルピナスの街ですよ」
優しく教えてくれる。もちろん、聞き覚えのない名前だ。それ以上聞くのは憚られシスターの後について教会に入った。
個別に話をするための部屋、談話室に連れていかれ机を挟んで向かい合わせに座る。
「私はシスターリネット、リネットとお呼びください。あなたは?」
「タクミ、です」
「タクミさん。聞き慣れない発音ですね。どこか遠くの国の方なのですか?」
「日本、と言う国なのですが分かりますか?」
「ニホンですか?聞いた事がありません」
ある程度予想はしていたが、改めて言われるとがっかりする。一体どうしてこんな事になったのか。
「事情がおありなら、暫く教会に住んでこれからの事をお考えになってもよいのでは?」
「それは大変助かります」
ああ、シスターリネット。最初に遭遇したのがあなたで良かった。
リネットは教会で預かっている孤児を紹介してくれ、それから皆で女神像を作り始めた。カジノに納品するらしい。
全くもって罰当たりとしか言いようがないが、教会を運営していくにもお金が掛かる。そのための費用として幾ばくかの収入を得るために幸運の女神像として売っているらしい。
もちろん手伝った。
いい歳をした大人の男性が教会で世話になるなど、世間の目が怖いと思っていたが、教会に来る信者にとってはさほど珍しくもないのか普通に受け入れられた。
だからといって世話になりっぱなしではいけないと教会の運営を手伝った。
教会の内外の掃除。孤児達と共に箒で掃き、ぞうきんで棚の上や長椅子、ドアの取っ手を拭いて回る。
近所の家々ももちろん掃いて回る。見返りは施しだ。この世界の住人は心優しい人たちが多いらしく、掃除やお使いの対価でパンや野菜を毎日頂ける。
薬草の栽培。薬草とはいっても漢方的な効果しかないが、化学技術が発展していない状態ではそれでも充分だ。薬草を摘んで乾燥させ粉にする。
孤児達の中には薬草を見つけるのが得意な子供もいて、見つけるたびに褒めるので随分懐かれた。
石油の存在が感じられないのも経済成長を阻害しているようだ。
礼拝に来る人々の相談や手伝いは率先して行った。話を聞くだけの事もあれば買い物を頼まれる事も、家具の建て付けを直す日曜大工もやった。
人々との会話からこの世界の事を知った。
少なくともここは王様が治めている王国らしい。王様の下には貴族が階層を作り民衆を支配している。
王立の軍があり隣国との争いに備えている。そこに行けばきっと女神が呼び寄せた人間として羨望と嫉妬とで求めない未来が待っているだろう。
剣の技術を教えてもらえる場所を探すため礼拝に来る人のお使いや雑談は丁寧にこなした。そうしながら孤児達と一緒に教会の中を掃除する。箒で掃き、ぞうきん掛けをする。
男の子はすぐに箒を剣に見立てて攻撃して来るので相手にとって不足はなし、と箒を構える。
大人と子供、リーチの差もある。箒を扱う筋力すら違う。調子に乗って来た。
「うわははは、貴様ら、勇者とは思えぬ弱さよ。まどろっこしい。一度に掛かってこい」
我ながらいい悪役っぷりだった。ここら当たりで負けないといつまでも狙われると思ったのもある。
子供達が一斉に飛びかかって来る。そこに遠慮はない。無数の箒が頭にも体にも打ち付けられる。
極限状態になると脳の処理速度が上がり、周りがゆっくりに見えると言う。スローモーションの世界で順番に全ての箒を手でいなし、勝負は悪の手先の勝ちとなった。
「うわははは、まだまだだ。出直してこい」
子供達に向けそう言って礼拝堂に逃げた。
一体さっきのはなんだったのか。まるで時間の感覚がゆっくりになった状態で四方八方から来る箒に対処する事が出来た。
もちろん早いのは自分の知覚、意識だけで素早く動けるわけではない。それでも充分だった。
ちょうどシスターが礼拝堂の女神像に祈りを捧げているところだった。
「女神様、迷える若者をお導きください」
『聖女を探すのです』
声は女神像から発せられたものか、それとも脳内に直接届いたのかは不明だが、聖女を探せ、そうはっきりと聞こえた。
ゆっくりと祈りの姿勢から戻るとシスターはこっちを見て微笑む。
「女神様のご加護がありましたね。聖女様をお探しくださいと仰られました」
驚いた。いきなり女神が現れても自然と受け入れている。だからこの世界に元々居ない異物を見ても普通に受け入れてしまうのだろう。
「ああ、それより女神様と対話出来るリネットさんは聖女じゃないのか?」
女神様と対話出来るのは絶対に聖女に決まっている。
「残念ながら私は聖女の力を持っておりません」
非常に残念だ。けれど、何をすべきかは分かった気がする。
「聖女を探すにはどうしたらいい?」
「聖女様は女神様にお仕えする身。教会を巡るとどこかにいらっしゃるかも知れません」
なるほど、シスターが何らかの条件を満たすと聖女になる。そして教会を巡ればそのうち会える。もしかして世界を一周して戻って来たらリネットが聖女になってたってオチはないよな?
それよりも当面の目的は理解したが、聖女に会って何をなすべきかを知りたい。
「聖女に会うと、何かいい事があるのかな?」
「女神様は闇から皆をお守りくださっています。女神様にお仕えしている聖女様の役目の一つは闇を斃す事です。きっとタクミ様もそのお役目を仰せ使ったのだと思います」
なるほど、闇を斃す、ね。無理。
幾ら何でも運動してない、剣だって使えない、魔法だって知らない。そもそもこの世界に魔法ってあるの?
とにかく特別な何かがない限りは無理でしょ。
・・・。
さっきの?スローモーション?
「あの、勇者って何か特別な力とかが使えたりするんですか?」
「聖女様は癒しの力を使えます。その力は弱い闇を退け、勇者様を癒すと言われています」
「癒す?」
「はい。小さな傷は治せるし、疲れも取れるみたいです」
・・・。
「つまり、勇者としての資質の前に剣士としての資質が必要そうですね。剣士の修行をさせてもらえるところはないかな」
「兵がいる場所であれば勇者様についての知識がもっとあるかも知れません」
決してこの世界に骨を埋める気はない。だって勇者としてずっと戦い続けるなんて、老衰で死ぬより戦死する確率が高いじゃないか。
一応元の世界に戻る事を考えつつ、今は女神の意向に沿って聖女に出会う事を目指そう。
まずは剣の修行だ。
「リネットさん、では俺は女神様のお導きの通り聖女様を探します。探しながら剣の修行を行い、闇を斃して来ます」
「ああ、なんて力強いお言葉なのでしょう。是非、聖女様が見つかる事をお祈りしています」
「とりあえずもう少しご厄介になってもいいかな。何しろこの世界の事が全く分からない。教会のお手伝いはするから」
「もちろんです。焦らずに頑張ってください」
礼拝に来る人々は限られており、まるでゲームの村人のように同じ事の繰り返しになった。これ以上の情報は得られないと貴族の階級の一番下、男爵の兵募集に応募した。
スローモーションの権能により、対人戦は全く問題にならないレベルだった。何しろ相手もただの素人だから。
それがまるで達人かのように扱われ男爵から子爵に有能な人材として紹介され、そこでも権能を使って勝ち残った。
ギリギリを狙ったつもりだったが、そもそもそれ程の実力差はない。相手からすると『勝てる』と思ったのに躱されるので達人に思えるのだろう。
そうして侯爵の兵に推薦された時、レベルの違いを実感した。スローモーションになろうが相手はこちらの動作を予見している。
将棋や囲碁の棋士が先の先の先の先の、とにかくこちらが神でもないと思い浮かばないレベルでの先を読まれ、それと同時にこちらの技能の程度を見透かされ脇腹に一撃をくらい負ける試合だった。
軽く撫でるように脇腹に木で作られた模擬刀が入る。
激痛に手を抑える、はずだった。ところが痛みはなく、傷は模擬刀の移動に合わせて癒えた。
刀を振ると相手は降参の白旗をあげた。
もちろん俺には何が何だか分からなかった。全てを理解しているのは侯爵の兵だった。
聖女が観覧している、それを知ったのはリッジ山へ出向く事が決まってからだった。
聖女の癒しの力、それは聖女が力尽きるまで続く。聖女の観覧試合、それは勇者を探す事が主な目的だ。兵はそれを理解しての白旗だった。
そもそもあれくらい強くなければ闇は斃せないのではないかと思うが時すでに遅し、だ。




