第一話 闇の気配
#第一話 闇の気配
幼い頃から時々違和感があった。朝起きて顔を洗った時や洗濯物を抱えて母親と一緒に洗濯をしに行く途中で山を望んだ時など。
それは日増しに強くなり、違和感が胸をぎゅっと締め付けるような感覚になり、漠然とした不安へと変わったあたりで村に人が増え始めた。
軍服を着た兵士が三十人程、軍服のデザインが異なる兵士が五人。膝までのネイビーのローブを身に着けた聖女様。
刀剣を背中に抱え子供達に囲まれた男性。いつも笑みをたたえているけれど時々山の方を睨んでいる。母親に聞けば勇者様なんだって。
そして、村人ではないけれど一行の仲間なのか、腰にナイフを付け、山仕事に出掛けるような格好の男性。
私はその山仕事に出掛ける風の男性に興味を持ち、話し掛けた。
「こんにちは」
「こんにちは、どうしたんだいお嬢ちゃん」
男性は気安く返事をしてくれた。
「最近村にたくさんの人が来ているけれど、どうしたの?」
「ああ、あの山に闇が発生してるからね」
その言葉に鼓動が高まる。自分が抱える不安の原因をこの男性は知っているはずだ。もっと教えて欲しい。
「あの、山を見ると凄く不安になるの。胸が締め付けられてとても怖いの」
「ああ、お嬢ちゃんはナビか。ナビって言うのは闇の存在が分かる人間の事だよ」
ナビという言葉を初めて聞いたけれど、何となくしっくりと来た。
「この世界は女神様と闇が闘っているんだよ。女神様の使徒は聖女、勇者。そして闇の存在が分かるナビ」
幼い私にも分かるように説明をしてくれる。
「おじさんもナビなの?」
「あはは、おじさんか。そう、ナビだよ。勇者も聖女も闇を斃す存在だけど、ナビは闇を見つける役目を持った存在なんだ」
久しぶりに闇の気配を感じたせいで子供の頃の夢を見た。自分がナビであり勇者様と聖女様を闇の元へ導く役目であると認識した頃の夢だ。
結局あの時の闇は聖女様の力をもってしても斃すには至らず封印しただけだった。そしてそろそろその時の封印が解ける。
明日は国から討伐隊と勇者様、聖女様がいらっしゃるので顔合わせだ。
村の入り口にあの時と同じくらい大勢の人が押し寄せる。ほとんどが兵士、そして勇者様、聖女様。
村長が兵の一番偉そうな人に挨拶をして屋敷に招待した。私ももちろん招かれた。
これから闇を斃す仲間同士、まずは自己紹介をする事になった。
「村長のオルセンですじゃ。このたびは我々の申し出を快く引き受けていただき感謝しておりますじゃ」
オルセン村長はそう言って頭を下げた。闇の討伐は国の事業なのでやって当たり前だが、納税額や袖の下の具合などによっては後回しにもされる。
「アルフ国王の命を受け闇の討伐隊の隊長を任されました、ダルクです」
討伐隊は女神様の使徒である勇者様と聖女様が闇の本体に近付くまでの護衛を行う部隊で、国から派兵されている。
ダルク様は屈強で顔に傷痕があるけれど、物腰は静かだ。
「女神様にお仕えしているユーリです」
聖女様は女神様の使徒として闇を斃す役目と力を持っている。
ユーリ様のそばにいるだけで癒しの効果があり、山から来る不安もかき消してくれる。
「勇者のタクミです」
言葉少なに挨拶をするその方は精悍な顔付きで、ご自分の運命を受け入れているようだ。
勇者様は聖女様と対を成す女神様の使徒で強い意志と人一倍強い加護を聖女様から受けられる。
おかげで聖女様の力が続く限り傷は癒され疲労も回復する。
「ナビです」
私は立ち上がってそう言った。ナビとは勇者様と聖女様を闇まで導く存在。兵のように強くもないし、お二人のように女神様の使徒でもない。
闇を斃した記録にもその名は残されない存在。討伐隊が結成された時には、名前で呼ぶ紛らわしさを排除するため、単に『ナビ』と呼ばれる。
簡単に挨拶を済ませると皆は充てがわれた宿に引き揚げた。宿といっても村に作られた宿は一つきりで三十人も泊まれるようなところはない。
そもそも村に観光施設はない。山を超える人のために宿があるがそれも年中使われているわけでもないので時々行われる近隣の村の会合用の簡単な宿泊施設があるだけだ。
兵の皆さんは宿の横に仮設のテントを張ってそこで待機されるらしい。本格的な討伐が始まればもっと険しい所でテントすらない場所での仮眠もある。
テントでも村の中でなら快適な部類なのだと聞いた。
私はまず聖女様の元へ行った。
ナビの役目は勇者様と聖女様を闇の元へ導く事にあるが、もう一つの役目がある。
ナビは闇の気配を感じられるが、その強さも分かる。それから聖女様の強さも分かる。闇の強さよりも聖女様の方が強い場合、闇を斃す事が出来る。
けれど、闇の方が強い場合には斃す事は出来ず封印するにとどまる。闇の力が聖女様より遥かに強い場合は傷一つ付ける事も出来ない。
その見極めをするのがナビの最初の仕事。
聖女様の部屋のドアをノックする。
「はい、どうぞ」
聖女様は無条件に誰でも受け入れてくださる。野蛮な者だったらどうするのだろうか。
「失礼します」
返事をして部屋に入る。
ベッドの脇に膝まづき、両手で木彫りの女神像を掲げてお祈りされている所だった。
「どうされました?ああ、力の確認ですね。どうぞ」
立ち上がると私の方を向いて両手を差し出された。
「失礼します」
再び丁寧に断り両手を握った。村は山間部にあり標高が高く空気も平地より冷たい。聖女様の手は温めて差し上げないといけないくらいだ。
細くしなやかな指は女神様の美しさを分けていただいているようで爪の先まで無駄がない。
そして、握れば力がはっきりと分かる。圧倒的な力で闇を斃せる程には力がない。封印された闇をギリギリ斃せるかどうかといった所だ。
「ユーリ様はこれまでも何度も?」
戦いはやはり経験がものをいう。ユーリ様に闇との戦いの経験を尋ねた。
「いいえ、これが初めてです。けれど私は女神様に誓ったのです。弟のルカを失ったあの日に」
「分かりました。正直に言います。今の状態であればギリギリです。封印が解かれて闇が活発に活動すればすぐに斃すのは不可能になってしまうでしょう」
闇は生物のようにエネルギーを摂取する。摂取すればする程強大になっていく。
「分かりました。元より女神様にお仕えしている身です。覚悟は出来ています」
「はい、一緒に頑張りましょう」
両手を強く握って部屋を出た。
次は勇者様の部屋のドアをノックした。
「開いてる」
ぶっきらぼうに中から声がする。
「失礼します」
ドアを開けて中に入る。ベッドの上に寝転びながら片膝を立て足を組み、両手で頭を支えた格好をしていた。
「確認させてください」
聖女様の力と同じように勇者様の意志の強さも感じ取る事が出来る。もし仮にその意志が女神様に与えられた力でなければ偽物の勇者という事になる。
勇者様の意思の力は女神様から与えられたものだった。意思の力、というと不思議に聞こえるかも知れないが、熱く堅く女神様の力と混ざっているように感じる。
そして今まで見た誰よりも強い。安心した。
「凄くお強いんですね」
「与えられたものだ。努力の結果ではない」
タクミ様はそういって謙遜される。あまり人と関わりたくないのかも知れない。
それよりもどこのご出身なのだろうか。名前の発音も聞き慣れない。
「ありがとうございます。足手まといにならないように頑張ります」
そういって部屋を出た。結局まともに目を合わす事はなかったが性格なんだろう。
最後にダルク様の部屋のドアをノックする。
「入れ」
討伐隊の隊長らしく命令系だった。
「失礼します」
「ああ、ナビか。部下かと思った。すまない。入ってくれ」
ダルク様は配下に三十人の部下がいる。そして、核伐隊と呼ばれる精鋭部隊が五人。この五人が勇者様、聖女様とナビとで闇の本体を斃す。
机に向かって地図を確認しているみたいだ。
「報告します。聖女様は闇とほぼ互角。封印が解かれて間もなくであれば斃す事が可能と判断します。勇者様の力は強く、聖女様の癒しを存分に受けられると思われます」
「ああ、では問題なしだな。ここは前回斃せなかったらしいからな。是非斃したい」
ダルク様はもしかして前回の戦いを調べていらしたのかも知れない。
「分かりました。ではよろしくお願いします」
国から兵を出すだけあり、万全を期して闇に向かう。聖女様の力が不足していて斃せなかったでは済まされない。
ましてや偽物の勇者や聖女などもってのほか。ナビの役目は隊長に結果を知らせる事。
それから闇に近付くまで警戒しながら進む三十人の部隊の方達、それに闇の本体とも相まみえる五人の核伐隊と呼ばれる精鋭部隊の方達にも会った。
闇は核を破壊すれば斃せる。破壊は聖女様の役目、勇者様は聖女様を守る役目、核伐隊はその勇者様を守る役目。
皆戦い慣れているのかいつも通りの作業をこなしている、といった雰囲気だ。
一番戦いから遠いのがナビで、けれど闇の核を見つけられるのはナビだけだ。足手まといにならないように、少しでも気に入られるように皆に挨拶をして回る。
最後に村長の所に行って報告をする。
「勇者様はお強いし、聖女様は闇と互角の力を持っておいでです。討伐隊、核伐隊の皆様からも落ち着いた雰囲気が感じられきっと闇を斃せると思います」
「あの男、稀人か?」
勇者様の事を仰っている。確かに髪は黒く瞳も茶色い。名前の発音も聞いた事がない。それに独特な雰囲気。
「そう、かも知れません」
女神様がこの世の厄災に備えて遣わされた人の事をそう呼ぶ。それならあの強さも納得出来るし、もし本当にそうなら今回の戦いはとても厳しいものになるはずだ。
私は少し不安を感じながら村長の家を辞した。




