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「王太子と円満に婚約解消をさせてやる」と言った筆頭魔術師が、ストーカーになった件  作者: 琴乃葉


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魔術師の巣窟.1


 馬車が停まると、アダルバート様は有無を言わさず私を寮へ放り込み、ソーニャさんに「これでいいんだろう」と言ってさっさと二階へ上がってしまった。


「ソーニャさん、これはいったいどういうことなのでしょうか」


 呆然とその後ろ姿を見送った私は、ソーニャさんに縋るように抱き着く。


「リアナ、ごめんなさい。まさかこんなことになるとは思っていなかったの」


 片手で私を引き離しながら、もう片方の手を額に当てて深いため息を吐いた。その顔はどこか達観しているようでさえある。


 ソーニャさんの話によると、アダルバート様が、滅多に着ない魔術師の正装姿で現れたため、どうしたのかと聞いたらしい。

 そこで一連の計画を知ったソーニャさんは、レオポルド王太子殿下と婚約解消をした私は実家に居づらいのではないかと心配したそうだ。


 それに対しアダルバート様は「そんなこと俺には関係ない」と宣ったとか。なんて無責任な。やっぱり悪魔だ。魔王だ。


「それで私、もしかするとリアナは強引に結婚させられて遠くに嫁ぐかもしれないって言ってしまったの」

「はい、私もそれはあり得ると思っています」

「そうしたら、アダルバート様がそれは困るって騒ぎだして。誰が古代魔法書の修復をするんだと怒り、実家には帰さない、寮へ連れ帰ると宣言して出て行かれたの」

「傍若無人極まりない」


 うんうん、とソーニャさんが同意する。

 さらには、私が古代魔法書の修復に専念できるように、筆頭魔術師として実家に圧力をかけるつもりだと教えてくれた。おおよそ、古代魔法書の修復が終わるまで結婚させるなと、両親に話すのだろう。


「すがすがしいほど、アダルバート様の頭の中には魔法のことしかないのですね」

「そうなの。悪い人ではないんだけれど、魔法で頭がいっぱいで人の気持ちを理解できなかったり、空気を読めなかったり、常識がなかったり、人としてその言動はどうかと問いたくなることも日常茶飯事で。でも、悪い人ではないから」


 悪い人ではないと二度も言って強調しているけれど、フォローが仕切れていない。


 私を利用しようとしている点では、レオポルド王太子殿下と変わらないのだけれど、なぜか嫌な気はしなかった。


 それはきっと、レオポルド王太子殿下が私の人格を無視していいように操ろうとしていたのに対し、アダルバート様は純粋に私の修復の腕を必要としているからだ。


 もちろん、いきなり寮へ連れて来られたことに不満はあるけれど、ではクリムウェル伯爵家に帰りたいかと聞かれると答えは否だ。

 さらに私が無理やり嫁がされることがないよう、両親に圧力をかけてくれるのは有り難い。


「それから、これは希望的観測だけれど、リアナがもし古代魔法書の修復に成功したら、国王陛下の褒章ものよ。きっとそれなりの地位を与えてくれると思う。そうなれば、実家を離れて自立して生きることだって可能かもしれない」

「でも私、レオポルド王太子殿下の元婚約者ですよ。国王陛下は私に対して良い感情を持っていないと思います」

「そうかもしれないけれど。そこはアダルバート様に後押ししてもらえばいいわ。それぐらいのことをして当然だもの」


 ソーニャさんが上の階をじろりと睨む。

 きっと今頃アダルバート様は魔術師の正装を脱ぎ捨て、何事もなかったかのように休んでいるだろう。その図太さが恨めしく、羨ましい。


「あの、私は今夜どこで休めばいいのでしょうか」

「リアナの部屋は用意してる。といってもベッドを整えただけで、掃除はまだなの。案内するわ」


 二階には、廊下を挟んで左右に二つずつ扉が並んでいた。ソーニャさんは右手前の扉を開けると「ここよ」と入っていく。それと同時に、部屋に灯がともった。


「うわっ、すごい。これ、どうなっているんですか?」


 扉のすぐ横の壁に掛けられたカンテラは、実家で見るものと変わらない。中にオイルが入っていて、金具部分に取り付けられた魔石に触れると火がともるようになっているのだが、ソーニャさんはカンテラに触れていなかった。

 同じようなカンテラが壁の高い位置に四つもついているので、隅々までよく見える。


「ふふ、実は秘密はここにあるんだ」


 ソーニャさんが指差したのは絨毯。モスグリーン色に黄色とオレンジ色でリーフ模様が描かれていた。


「この絨毯を踏むと、灯がつく仕組みになっているのよ。いつもは魔石を通して火を起こすでしょう。その原理とパーデル公式を用いて……」


 なんたらかんたら、と説明を始めるソーニャさん。いつも明るく朗らかな彼女に、こんな一面があったなんてと思わず見入っていると、「あっ」と何かに気づいたかのように口を押さえた。


「ごめんなさい。ついつい、魔法の話になると熱が入っちゃって。これではアダルバート様のことは言えないわね」

「いいえ、内容はその……分からなかったですが、すごいものだと理解しました」

「ありがとう。私の発明なの。消すときは絨毯を踏むか、各カンテラに触れてね。試作品では火の勢いが強すぎて火事になったりもしたけれど、今は大丈夫だから。安全安心よ」


 ソーニャさんはぐっと親指を立て、もう片方の手で私の肩を叩いた。信じますよ、その言葉。信じていいですよね。

 床は少し埃っぽくて、窓も汚れているけれど、ベッドはとても綺麗に整えてくれていた。短時間でここまで準備するのは大変だっただろう。


 婚約解消や古代魔法書の修復は、ソーニャさんには全く関係ないことだ。それなのにこんなに親切にしてくれて、頭が下がる。しかも。


「寝間着はとりあえず私のものを貸してあげる。着替えはきっとアダルバート様がどうにかしてくれるわ」


 ベッドの上には畳まれた寝間着まである。

 ソーニャさんは私がドレスを脱ぐのを手伝ってくれると「おやすみ」と言って部屋を出ていった。

 ひとりになった空間に、梟の低い鳴き声が響く。


「まさかこんなことになるなんて」


 婚約解消からの家出。さらに魔術師の寮に居候することになるとは想像だにしなかった。現実味がなくて足元がふわふわする。すごく疲れているはずなのに神経が高ぶって眠れそうにない。


 窓を開けると、濃い緑の香りがした。暗かったので今いる建物の全貌は分からないけれど、そう大きなものではない。何人が住んでいるんだろう。


 部屋の中にはベッドの他に、大きな机と本棚、ソファがあり、壁には姿見が掛けられている。それから備え付けのクローゼットがひとつあった。


 私は椅子を持ってきて、窓際に置くと腰を降ろす。

 そうして窓枠に肘を乗せ、頬杖をついた。夜風が髪を揺らし気持ちいい。

 梟の声に耳を澄ませながら、私は暫くそうしていたのだった。


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