運命の夜会.2
そこには魔術師の正装に身を包んだアダルバート様がいた。
大勢の注目を浴びながら入室してきたアダルバート様は、何かを探すように視線を巡らせたあと、まっすぐに私へ向かって足を進め、目の前で立ち止まった。
「遅くなった」
「あ、あの」
どういうことかと聞く間もなく、アダルバート様は私の腕を取り、両陛下のもとへ向かう。
「遅くなって、申し訳ございません」
臣下の礼もなく話しだしたアダルバート様に、国王夫妻が驚く様子はない。つまり、いつもこうなのだろう。
「いや、まだ一曲終わったばかりだ。それより、夜会に出席しないアダルバートがどうして今宵ここに?」
「もちろん、王太子殿下の誕生日を祝うためです。ささやかながら贈物もお持ちいたしました。ところでレオポルド王太子殿下はどちらに?」
わざとらしく周りを見たアダルバート様は、ダンスのために広間の中央まで来ていたレオポルド王太子殿下と視線を合わせる。
そうして私の手を掴んだまま悠然とした足取りでふたりに近付くと、にっと口角を上げた。気圧されたように、レオポルド王太子殿下が口を開く。
「こ、これはこれは、筆頭魔術師のアダルバートが来てくれるとは思っていなかった」
「お祝いの席ですので、当然です」
ちっとも祝う気のない横柄な口調で話すと、レオポルド王太子殿下の隣に立つセレスティアを見て首を傾げた。
「そちらのご令嬢は?」
「あぁ、俺の愛しいセレスティア・コラティア男爵令嬢だ」
「そうですか。しかしレオポルド王太子殿下の婚約者はここにいるリアナ・クリムウェル伯爵令嬢だと聞いていました。私は世の中に疎いので、記憶違いでしたか」
アダルバート様が手のひらを私に向ける。そのせいで、出席者の視線が一斉に私に向いた。
形だけの婚約者。まるで傷口に塩を塗るかのような態度に、ぎゅっと唇を噛む。
そんな私の悔しそうな表情に気をよくしたのか、レオポルド王太子殿下が「ははは」と笑った。
「記憶違いなどではない。その女は国王陛下に泣きついて私の婚約者となったのだ。俺が愛するのは、セレスティアただ一人だと言うのに、愚かなことこの上ない」
アダルバート様が真意を確かめるように国王陛下に視線を向ける。国王陛下は是とも否と言わず、ただ無言を貫いた。
私が婚約者に選ばれたのは、劣等生のレオポルド王太子殿下を支えるためだ。
ただ、いまだかつてその理由を、国王陛下は公にしていない。
それはそうだろう、次期国王となる息子が無能だと宣言するようなものだ。だから世間一般的には、私が婚約者になりたいと国王陛下に申し出たことになっている。
当然両親は真偽を知っているが、国王陛下から口止めをされていた。もちろん私もだ。
「そうですか。ところでこの指輪なのですが、あらゆる出来事を映像として記録し、鏡に映しだすことができるのです」
話の脈絡もなく、アダルバート様がポケットから指輪を取り出した。金のリングに大きな赤い石が嵌められている。
おぉと周りから歓声が湧き上がった。私だって涙を引っ込めて、彼の手にあるものを凝視する。
アダルバート様はそれを頭上に掲げると、朗々と説明を続けた。
「たとえばこのように、パーティの出席者の姿を指輪に記憶させ、魔力を加えると……」
うわっっ! と先程より大きな声があがる。
壁に掛けられた幾つもの鏡に、頭上に輝くシャンデリアが映しだされた。それがゆっくりと角度を変え、今度は斜め上から見た出席者の姿になる。
アダルバート様が掲げた指輪からだと、きっとこんな風に見えるだろうという光景だ。
「すごい!」
「俺が映っている」
「私があそこにいるわ」
「ねぇ、私、もう少し細いと思うのだけれど」
口々に出席者が騒ぎ出す。皆、興奮しているのか、頬を紅潮させていた。
「さらに、別の魔道具に保存した映像を指輪に転移させ、見ることもできます。こちらを誕生日のお祝いとしてレオポルド王太子殿下に贈らせていただきたいのですが、いかがでしょうか」
「素晴らしい! アダルバート、礼を言う」
レオポルド王太子殿下が差し出した手に、アダルバート様が指輪を置く。
だけれどそれはまるで風に吹かれたように手のひらから転がり落ちると、大理石の床にカツンと落ちた。
「あっ」とレオポルド王太子殿下の声がすると同時に、鏡に映る光景が一斉に変わった。
緑色の木々を背景に、一組の男女がもつれ合っている。押し倒された女性のピンクブロンドの髪が芝生に広がり、頬は煽情的に染められていた。
男性は後頭部し映っていないけれど、ブロンドの髪と背格好からしてレオポルド王太子殿下に間違いない。
「殿下、大好きです」
「俺もだ。俺の正式な妻はセレスティア、君だけだよ。だって俺たちは『聖夜の契り』を終えているのだから」
シンと広間が静まり返った。
魔道具によって映し出されたのは、私の婚約者であるレオポルド王太子殿下と、彼が真実の愛と公言する男爵令嬢セレスティアの、仲睦まじすぎる映像だった。
愛人を持つ人もいるベルティア国だが、その貞操観念は意外としっかりしている。
男女とも結婚まで純潔を保ち、清い身体のまま神の前で夫婦となる誓いを交わすのだ。そうして、その夜に行われる聖夜の契りによって、正式な夫婦となる。
純潔を愛人に捧げるなど、もってのほか。これ以上の侮蔑はないとされる禁止事項だ。
この場所には、教会の筆頭責任者である大司教様もおられる。その彼の視線が注がれる鏡の中では、レオポルド王太子殿下は上半身裸となり、セレスティアのドレスは肩が剥き出しとなっている。
レオポルド王太子殿下の背中が邪魔でよく見えないけれど、ドレスは胸の下まで下がっているのではないだろうか。
「なんて破廉恥な!」
誰かの声が、広間にこだました。
国王陛下を見ると、顔面蒼白で立ち尽くしている。
レオポルド王太子殿下とセレスティアの仲は知っていたが、まさかここまで愚かだとは思っていなかったのだろう。
「嫌ぁ! 見ないで! 早く映像を消して!」
「やめろ! み、見るな」
セレスティアが叫び、レオポルド王太子殿下が鏡の前に踊り出るが、広間には幾つも鏡がある。ひとつの映像を遮ったところで、意味はない。
それに気づいたレオポルド王太子殿下は、手近な花瓶を掴むとそれを鏡に投げつけた。
バリンと激しい音がして、硝子の破片が床に飛び散る。
その破片を踏みつけ、さらに隣の鏡に靴を投げつけた。今度は亀裂が入っただけだが、レオポルド王太子殿下はさらに向こうの鏡へと駆けていく。
その後ろ姿は惨めで、滑稽で、とても一国の王太子とは思えないものだ。
鏡の中で、ふたりの情事がどんどん進んでいく。
さすがにこれ以上はまずいのではと思ったところで、映像はぷつりと途切れた。




